白海染まれ   作:ねをんゆう

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99.stand by

夜が明ける。

朝日が徐々に上り始め、少しずつ街に光が入り込み始める。

それと同時に露わになる前日とは全く異なった街の光景。

誰も居ない。

何も聞こえない。

冒険者を罵倒する声も、

世を嘆く泣き声も、

怒り苦しむ憎悪の唄も、

今日この朝には何処からも聞こえてこない。

 

まるでゴーストタウンの様になったこの世界の中心で、更にその中央部に存在する中央広場とバベルをグルリと囲む様に分厚い氷の壁が存在していた。

魔導師達による結界。

物理的な氷壁。

本陣を守る最後の砦。

 

言わずとも分かる。

これが最終決戦の地。

オラリオの存亡を賭けた、最後の戦いが行われる場所の姿。

 

「シルさん」

 

「……?ええと、何処かでお会いしましたか?」

 

「いえ、またいつか会えますから。どうかお元気で」

 

「え、あの……!」

 

バベルを登っていた少女に意味の分からない声を掛けて、下へ下へと降りていく大量の安剣を持った不思議な少女がそこには居た。

彼女の向かった先はゴブニュ・ファミリア。

ヘファイストス・ファミリアからゴブニュ・ファミリアへ、鍛治系ファミリアを梯子する奇妙な行動。

けれど、彼女の武器はヘファイストス・ファミリアの最上級鍛治師でもないと手が付けられなかったのだから仕方がない。そこに主神まで加わらなければ完全な修復が出来なかったのだから仕方がない。

そして、ゴブニュ・ファミリアにも今やそんな余裕は無かった。

なぜなら、そこでは彼女のファミリアの先輩達の新たな武具が作られていたからだ。

新調した防具を、彼等が今正にそこへ受け取りに行っていた。

 

「リューさん!アリーゼさん!すっごく綺麗ですね!似合ってます!」

 

「き、きれい……!?そ、そんなことは……!」

 

「あらユキ、貴女はロキ・ファミリアの所へ向かうんじゃなかったかしら?アルフィアを倒す為に地上部隊で出陣するんでしょう?」

 

「ええ、でもその前にお二人の姿を見ておきたくて。それに、アリーゼさん達もこの後フィンさん達の元へ向かうんですよね?それなら一緒です」

 

「それもそうね、一緒に行きましょうか」

 

ユキがゴブニュ・ファミリアに入ると、そこでは丁度アストレア・ファミリアの団員達が新しい武器や防具を受け取っていた。

武器の整備等を終えた者達、壊れた武器を新調した者達、特にアリーゼとリューはその姿を大きく変えた。

アーディによって取り戻された大聖樹の枝によって作られた武器だけではなく、真っ白な衣服を纏い髪を後ろ手に一つに結んだリュー。

元の赤い服を基調としているのは変わらないが、胸と肩に取り付けていたプレートを外し、より動き易さを重視した服装に変わっているアリーゼ。

どちらも方向性の違いはあれど、気分を高揚させるのには十分な良い装備だ。

 

「……そ・れ・よ・り、見て見てユキ!胸元がパッカーンよ!パッカーン!脚もいつもより1.2倍増し!どう?美しいでしょ!」

 

「はい!とってもお美しいです!それに、なんだかとってもカッコいいです!」

 

「ムラムラした!?」

 

「してないです!」

 

「酷いっ!?」

 

普段から短い丈の服を好むアリーゼの、いつもより更に足や胸の露出が増えたその服装。しかしユキは色味の強くなったそれをカッコいいとは思うも、欲情する事はない。

悲しいことに、決して。

 

「そ、それならばユキ!私の、私の服装はどうですか!ど、どう思いますか!?」

 

「とっても素敵です!リューさんは白色も似合うんですね!白色が似合う女性というのは素晴らしいと思います!」

 

「な、なるほど……!ほ、他には!?」

 

「そうですね。髪型のせいもあってか、いつもより凄く凛々しく見えて……正に戦乙女とでも言いますか……!」

 

「そ、それで、それで……!?」

 

「と〜っても!かっこいいです!」

 

「んん〜〜〜……!!」

 

「………」

 

果たしてリューがユキにどんな反応を期待していたのかは分からないが、どうやら求めていた言葉では無かったらしい。

彼女があからさまにユキの事を気になっている事と、そんな彼女が悲しい事にユキに恋人が居るという事を知らない事実にライラやアリーゼはどう反応すればいいものか……

早めに打ち明けるべきなのだろうが、失恋を他人の手でさせるのもなんとなく違う気もして。

 

「そうか、お前は白色が好きなのか……」

 

「ええ、そうですよ。子供の頃から憧れがありまして……」

 

「子供の頃と言うと、具体的には丁度今の時代くらいのお前か?」

 

「は、はい、そうですね……な、何か変でしたでしょうか、輝夜さん」

 

「気にするな、参考にするだけだ」

 

「?」

 

「………」

 

そしてユキの性別が判明したあの日から、妙にユキの趣味趣向について聞き出そうとしている輝夜。

その言動に怪しい気配を覚えているのはライラだけであり、他の者達は皆彼女がユキと仲良くなりたいのだと考えているのだから恐ろしい。

 

「髪は幼い頃から長かったのだな?」

 

「ええ、この時期はまだ肩辺りで切っていましたが……小さい頃はよく白くて綺麗な石とかをよく集めていましたね」

 

「なるほど……趣味では無いが白で揃えてみるか」

 

「?」

 

ライラは考える。

幼い頃のユキ・アイゼンハート。

それはもしかすれば髪色が違うだけで幼い姿の女神アストレアそのものなのではないかと。神という存在の幼い姿など分かりはしないが、果たしてそれを見てしまったアストレア・ファミリアの団員達は冷静で居られるのだろうかと。

確かにゴジョウノ・輝夜は現実主義者だ。

だがそれでもアストレアに惹かれた人間の1人でもある。

アストレアの事を心の底から慕っているし、そうでなければこの女が面倒な副団長という役割など務めるはずもない。

 

「頼むからロキ・ファミリアが回収に行ってくれ……ウチがユキを迎えに行ったら絶対やばい事になる」

 

最後の出陣を前にしながらも、ライラは呑気に心の底からそう思った。それが本当に呑気な考えであるかどうかは今はまだ分からないが。

 

 

 

 

 

「は?ユキもダンジョンに連れてくのか?」

 

「ああ、それとリヴェリアとアイズもだ。ガレスも同行させようかと思ったけれど、そこはユキに任せることにした」

 

アストレア・ファミリアの新装備のお披露目の後、彼等は中央広場付近のテントにフィンへと出発前最後の確認を行う為に訪れていた。

とは言え、そう大きくもないこのテント。

中にはフィンしかおらず、入って来たのもライラとアリーゼ、そしてユキの3人だけ。

それでもフィンに対して主に話しているのがユキでもアリーゼでもなくライラであるのは、やはりそこには他とは異なる何らかの特別なものがあるからなのか。

フィンの突然の提案に対しても、ライラは思考しながら頷く事で意を返す。

 

「それとライラ、例の盾も君が持って行ってくれ」

 

「……どっから入った?」

 

「分からない、普通なら考えられない。目撃情報があった訳でもない。ただそういう予感がしているだけさ」

 

「なるほど、なら遠慮なく持ってくぜ。ガキの面倒まで見られるかどうかは分からねぇけどよ」

 

「…………」

 

「……なんだよ、珍しい顔しやがって。ギャップで惚れさせる気か?もう惚れてるっての」

 

「いや……」

 

ライラが言うように珍しく、意外というよりは何かに気づいた様な、改めて気付いた様な、そんな不思議な反応をするフィン。

2人の会話に口を出さない様に後ろで話を聞いていたユキとアリーゼも互いに横目で視線を合わせて疑問符を浮かべる。

なにより内心困惑しているのはライラだった。

フィンのこんな顔はそれこそ今この瞬間まで見た事がない。

 

「おい、本当にどうした?アタシなんか変なこと言ったか?」

 

「変という事は無いんだけれど……君は本当に僕の言葉を疑わないんだなと思ってね」

 

「はぁ?何を今更」

 

「いや、君が僕の事を信用してくれているのは知っている。けれど、もう少し深く聞いてくるくらいの事はすると思ったんだ。自分で言うのも何だけれど、あまりにも理由が無さ過ぎる話だろう?」

 

「……はぁぁ、それはお前マジで今更な話だぞ。しかもこんな人前でする様な話でもねぇし」

 

そう言って頭を掻きながら背後の2人に目を向けるライラ。

そしてそんな彼女の思っている事など全く分からないユキとアリーゼは揃って首を傾げるのだから、こういう時くらい鋭くあってくれないものかと思わざるを得ない。

フィンもここまで言って引き下がるとは思えず、思わずライラは大きな溜息を吐いてしまう。

 

「他でも無い一族の勇者サマが真剣な目して言うんだ、疑う余地なんかねぇだろ」

 

「本当にそれだけかい?」

 

「うっ、なんなんだよ本当に今日は……なんか変だぞ、フィン」

 

「変な事は分かっている、何処かの誰かに当てられてしまっているのも自覚している。ただ、君がここを出る前にこれだけは聞いておきたかったんだ。……君を死地へと送る前に、知っておきたかった」

 

「〜〜〜っ!ああもう、分かった!分かったっての!だからそんな真剣な顔して私の事を見るな!ほんとに恥ずかしいだろうが!」

 

顔を真っ赤にして焦る彼女の背後で、一瞬だけフィンに目線を向けられたユキは、その瞬間になって漸く彼の考えている事に思い至った。なんとなく嬉しそうな顔をして、そして軽くぐっと拳を握って、隣で呆けているアリーゼの背中を押す。

 

「え、あ、ユキ?どうしたの?」

 

「なんだか込み入った話になりそうですし、私達は一度出ましょう?リヴェリアさんとも話しておきたいですし……ね?」

 

「はっ!そ、そうね!ユキとリヴェリアさんが話してる所も見てみたいし……い、行きましょう!そうしましょう!さあ行きましょう!今すぐ行きましょう!ほらユキも急いで!」

 

「え、あれ?なんだかアリーゼさんの方が乗り気……?」

 

空気を読んでユキがアリーゼをテントから出そうとしたところ、何故かアリーゼに引き摺られる様な形で出る事になってしまったユキ。

そういった恋愛的なものに強い興味を抱いている年頃のアリーゼとしては、目の前の分かり辛いやり取りよりも、別世界の将来の話とは言え、仮にも恋仲であった2人のやり取りの方が気になるのだろう。

そしてそんな風に出て行った2人を、ライラは気を遣われた様で余計に恥ずかしくなって俯いてしまう。

ユキが自分の為を思って動いてくれたのは分かるのだが……

 

「はぁ……あたしはな、他の何よりもフィン・ディムナの事を信用してんだよ」

 

「他の何よりも、かい?」

 

「ああ、そうだ。確かにアリーゼも、輝夜も、アストレア様も、アタシは信用してる。でもその意見が理解出来ない物なら、絶対に一度は確認する」

 

「当然の話だ、僕だってロキを相手にしていたとしてもそうするだろう。だから僕は知りたいんだ、君がどうしてそこまで僕の事を無条件で信用出来るのか」

 

「……それこそあたしの勘みたいなんもんなんだよ、フィン」

 

「勘……?」

 

勘なんて言葉は、普段フィンがよく使い、頼りにしてしまう様な言葉の一つだ。

けれどまさか自分がそれを使われる側になるとは思わなかった。

それもこんな会話の場で。

そして正しくそんな様な顔をした彼に、ライラは笑った。

こちらはいつもそれをさせられる側だというのに。

 

「別に単純、他の誰よりもお前は信用出来るっていう勘だ。勘なのに、あたしはそれを他の誰よりもずっとずっとよく知っている気がする。何度も何度もこの目で見て、嫌ってくらいに証明されて来た気がする。……これはただ、そんだけの気の迷いみてぇな話だ」

 

「……!」

 

「ああもう!だからこんな事話したくなかったんだ!何処かで会った事がある〜みたいな三流の誘い文句とか!相手を自分が一番よく知ってるとかいう自己中ファンみたいな!ああもう嫌だ!忘れろ忘れてくれ!うぅ、なんで今日に限ってこんな事を聞きたがるんだよチクショウ……」

 

勘だなんて綺麗な言葉で飾り付けているが、普通の人間の感覚からすればそれは妄想だとか勘違いだとか、そういう類のものだろう。

だからライラは言いたくなかった。

たとえそれが自分の中で確かな感覚だとしても、周囲から見れば滑稽にしか思えないその感覚の事を他人に言いたくなどなかった。

ただ……

 

「そうか、この感覚は確かなものだったのか。それならきっとこれはただの悪い予感ではなく、過去から続く運命の様なもので……それを取り零した未来の僕の夢が叶いそうに無いのも、当然の話なんだろうね」

 

「……なんの話だよ、フィン」

 

「いや……人生、何処かで妥協は必要なのかもしれないと思っただけさ。妥協というよりは諦めかな。リヴェリアが言うように、もしかしたら僕は敷かれるくらいが丁度いいのかもしれない」

 

「???」

 

突然意味のわからない事を言い出した彼に、ライラも不審な物を見る様な目を向ける。だが一方でフィンは何処か面白げに、けれど言葉通り諦めた様な苦笑をした。

そうして改めて向けられた彼の目からは、いつもとは違った温かさを感じた様な気もして。

 

「さあ、もう行くといい。リヴェリア達も待ち飽きた頃合いだろう」

 

「いや、結局なんだったんだよ。あたしを辱めただけか?」

 

「ああ、そうかもしれない。珍しく可愛らしい所が見れた」

 

「チッ。こんな若いピッチピチの乙女を虐めるとか、一族の勇者サマが聞いて呆れるな。責任とって嫁に貰えよ」

 

「嫁に貰う……のは一先ず置いておくとして。そうだね、この戦いがいち段落したら一度食事でもしてみようか。2人きりで」

 

「は……?え、あ……はぁ!?ま、まじか!?嘘じゃないよな!?下手な冗談だったら怒るぞ!?ほんとに怒るからな!?」

 

「冗談なんかでこんな事は言わないさ、約束しよう。だからせめて無事に帰って来てくれ、出来ればこちらの僕は君の墓石なんて見たくない」

 

「お、おお……!な、なんかよく分からねぇけど!やる気出て来た!約束破るなよフィン!今から良い店を予約しとけよ!絶対だかんな!?」

 

「ああ、そうしておくよ。それと、ユキにお礼を言っておいてくれ。この提案も彼女……いや、彼のおかげで生まれた物だからね」

 

「マジか!ユキー!お前は最高の後輩だー!!」

 

満面の笑みでテントを出て行く彼女を見送る。

彼女もあの様な顔をするのだと、フィンは改めて自分の視野の狭さを自覚する。

普段より広く広く目を広げる事を意識していても、見落としている物は多いということか。それともそれを引き出す事が出来るのが自分だけだったという事なのか。

外から聞こえてくる彼女と、困惑しつつも何かを察した様に返事を返すユキの声が聞こえてくる。

 

「……案外、僕の根は優柔不断なのかもしれないな。色恋となればこうも切り捨てられなくなるのか」

 

その発見にいつまでも心を動かされている暇はない、考えるべき事は他にある。

だから、この妙な心の動きに突き動かされるのは今この瞬間までだ。

今この数秒でさえも、本当ならば無駄には出来ない筈なのだから。

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