かつて【英雄王】と呼ばれた男   作:リョウ77

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英雄王の日常

 およそ1000年前、全知全能であった神が天界から下界に降り立った。きっかけは様々だが、下界に降り立った理由は共通していた。

 それは、下界に満ちる未知を追い求めるため。

 その未知を追い求めるために、神は自らに制約をつけた。

 それは、神たる所以である全能の力“神の力(アルカナム)”の封印。この制約を破った神は、強制的に天界に送還されて二度と下界に戻れなくなる。

 それゆえに全知零能に成り下がった神は、1人だけではそんじょそこらの人間と大して変わらないほどの能力しか持たなかった。

 その代わりに、神はごく一部の権能はそのまま持っていた。

 その1つが、力を持たない人間に神の加護を与える神の恩恵(ファルナ)と呼ばれるもの。

 モンスターに怯えるばかりだった人間に神の恩恵(ファルナ)を授けることで、多くの人間がモンスターに太刀打ちすることができた。

 だが、神の恩恵と言っても、授けられてすぐに劇的に強くなるわけではない。

 神の恩恵(ファルナ)を授けられた人間、神の眷属が自らの道を切り開くことで、より高みへと登ることができる。

 そして、神の眷属によって組織された集団を、ファミリアと呼ぶ。

 

 

* * *

 

 

 ロキ・ファミリアに居候しているギルことギルガメッシュだが、本当に何もせずに脛をかじっているだけというわけではない。

 

「ほら、そこ。腕の力だけで剣を振ってんじゃねぇぞ」

 

 ロキ・ファミリアが拠点にしている館である『黄昏の館』、その訓練場代わりに使っている庭で、ギルは木刀を持って構成員に戦技指導を行っていた。

 対象となるのは、主に冒険者駆け出しであるLv.1の見習いだ。

 

「腕だけで剣を振り下ろしても、大して力は乗らない。もっと腰と肩、肘を使え。関節を連動させるようにして振るんだ。そうすれば、ただ振るだけよりも斬れるようになる」

 

 上手くできない団員を叱咤しては、1人1人に的確にアドバイスを与え、動きを矯正させていく。

 それを続けていくと、建物の方からツンツン頭の黒髪の青年が駆け寄ってきた。

 

「ギルさ~ん、ちょっといいっすか?」

「なんだ?」

「団長がギルさんに話があるから、執務室に来てほしいって言伝を預かったっす」

「フィンが?わかった、今行く」

 

 的確ながらも厳しいギルの指導に、ようやく団員たちが解放されると思ったのも束の間、

 

「それじゃ、各自素振りをあと100回やったら終了だ。もしサボろうものなら、後で倍はやらせるからな」

 

 ギルから告げられたのはさらなる地獄だった。

 団員の間にどんよりとした空気が流れる中、ギルは建物の中に入っていった。

 いつもの光景にツンツン頭の黒髪の青年、ラウルは苦笑いを浮かべた。

 そんな中、駆け出し団員の1人がラウルに素朴な疑問を投げかけた。

 

「ラウルさん。あのギルって人、いったい何者なんですか?団長たちと気さくっていうか、やたらと馴れ馴れしいですけど。あの人、俺たちと同じLv.1なんですよね?」

「う~ん、実は自分もあまり知らなくて。なんだか、団長たちとは昔馴染みらしいっすけど・・・」

 

 ロキ・ファミリアの首脳陣は軒並みLv.6。オラリオでも上から数えた方が早い実力者だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()団員たちからすれば、そのことが不思議でならなかった。

 

 

 ギルはなるべく急ぎつつものんびり向かうという器用なことをしながら館の中を進み、目的の部屋にたどり着くと扉をノックした。

 

「フィン、俺だ」

「入ってくれ」

 

 中から返事が返ってきてから扉を開けて中に入ると、中にはロキ・ファミリアの三首脳とロキの姿があった。

 

「さて、話があるらしいが、“遠征”についてか?」

「そうだ」

 

 ギルの問い掛けに答えたのは、執務机に座っている金髪の小人族(パルゥム)で、ロキ・ファミリアの団長でもあるフィン・ディムナだ。

 

「いつものことだけど、僕たちが留守の間、団員たちの面倒を頼む」

「べつにいいけどな、そろそろ俺以外にも留守を任せる奴らを用意した方がいいんじゃないか?」

「それはそうじゃがな、儂らが遠征に行くとなると、レベルの関係でどうしても人手が足りんくなる。じゃから、お主に下っ端の面倒を任せて、1人でも人員を増やせるように頼んどるんじゃろうが」

 

 ギルのいつもの愚痴に慣れたように返すのは、ドワーフの老兵であるガレスだ。

 ギルもガレスの言葉に「だろうな」とため息をついた。

 そこに、リヴェリアがギルに尋ねかけた。

 

「実際、ギルから見てどうなんだ?今の下部構成員は」

「ひよっこ以外の何物でもないが?というか、俺からすればお前らもまだ未熟だ。いや、半熟と言うべきか?」

「なんや、その言い方やとゆで卵みたいやなぁ」

「ははは。ギルからすればそうかもしれないけどね」

 

 ギルの辛辣な評価にフィンは苦笑いするが、その言葉を否定しない。

 今でこそ、わけあってステイタス自体はLv.1相当だが、かつてはフィンたちよりもはるか高みにいた存在なのだ。

 

「それはそうと、期間はいつも通りか?」

「いや、少し長くなるかもしれない。今回は59階層を目指す」

「・・・そういえば、フィンたちはまだだったか」

「あぁ。よければ、ギルも同行してもらえるかな?」

「断る。療養とか関係なしに、あそこはできれば2度と行きたくない」

 

 当時のことを思い出してか、ギルは嫌そうな表情を浮かべる。

 

「59階層は空気すら凍てつく極寒の地。飲み水にすら苦労するようなところになんて誰がすき好んで行くか」

「じゃが、ギルは何度も訪れたことがあるんじゃろう?」

「その時はさっさと次の階層に向かった。言っておくが、あそこに長時間滞在することは勧めないぞ。油断すればあっという間に凍傷になるからな」

「なるほど。参考にさせてもらうよ」

 

 経験者の助言、というよりは当時の愚痴だが、それでもフィンたちは貴重な意見に頷く。

 

「それで、俺の方はいつも通りにすればいいだろう?」

「あぁ。ロキと一緒に留守番だ。とはいえ、もう慣れただろう?」

「おかげさまでな」

 

 ギルがロキ・ファミリアに居候するようになってから数年が経ち、ギルもロキ・ファミリアでの暮らしにだいぶ慣れていた。

 

「ま、いつも通り過ごすだけだが」

「せやなぁ。せっかくやし、うちとどっかに飲みに行くか?」

「だからといって、以前みたく、必要以上に浪費するような真似はしないでほしいものだがな」

 

 より図太くなった、とも言えるが。

 

「それで、必要な話はこんなもんか?」

「そうだね。いつも通り、ロキのことも含めてよろしく頼むよ」

「わかった。んじゃ、俺はちょっと散歩に出かけてくる」

 

 返答を待つよりも早く、ギルは立ち上がってさっさと部屋から出て行ってしまった。

 

「相変わらず自由な奴やなぁ」

「自分勝手と紙一重だがな。あるいは、傲慢とも言えなくない」

「ハハ。まぁ、言うべきことは言ったから問題はないけどね」

「それに、あやつがわしらに対して礼儀正しくふるまう方が()()()ないじゃろう」

 

 ギルの態度に、それぞれの感想を抱きつつも思うところはガレスと一緒だった。

 そもそもで言えば、ロキ・ファミリアの拠点に居候する際も、似たようなものだった。

 

『悪いけど、しばらく邪魔になるぞ。他にあてもないし』

 

 いきなりロキたちのもとにやってきて、ふてぶてしく居候を決定事項にしたギルに、ロキは大笑いし、フィンは苦笑を浮かべ、ガレスとリヴェリアは額に手を当ててため息を吐いたが、けっきょく彼らもギルを追い出すことはしなかった。

 歓迎する理由はあまりないが、だからといって追い出す利用もなく、遠征中の留守番や下部構成員の面倒を見るなどのメリットを考えればむしろ追い出す方がもったいない。

 今ではすっかり、ロキ・ファミリアの一員とまでは言わずも、それに近いくらいには馴染んでいた。

 というよりは、よくギルと共に酒を飲んでいるロキの影響が大きいのかもしれないが。

 

 

* * *

 

 

 執務室を後にしたギルは、そのまま館から出て街へと向かった。

 フラフラとさまよいながら、特に当てがあるわけでもなく歩き回る。

 一見、ただ時間を潰しているだけのように見えるが、ギルはこの時間を気に入っていた。

 いたるところで人がにぎわい、移り行く景色の中に存在する変わらない光景を見つけることで、オラリオという都市を満喫する。

 そして、これがあとどれだけ続くのか、あるいは、いつまでも続くのか。そんなことを頭の片隅で考える。

 オラリオが保有する冒険者は、世界的に見ればその質は非常に高いが、全員が強いというわけではない。

 過半数はLv.1の下級冒険者で占められており、残りはほぼLv.2。Lv.3以上となるとその数は激減する。

 この一握りの冒険者が、オラリオの名声を保っていると言っても過言ではない。

 そして、現在のオラリオは一昔前と比べて大きく質を落としていると、ギルは思っている。

 ()()は仕方なかったとはいえ、この現状に不満を抱いているのもまた事実だった。

 

(まぁ、今の俺もそんなことを言える立場じゃないが)

 

 ほぼ毎日行っている思考にギルは小さく苦笑を浮かべながら、いったんその思考を止めて再び雑踏に意識を向ける。

 しばらくぶらぶらと歩き、それから人込みから離れて裏路地に入る。

 いつもの散歩は基本的に決まったルートはないが、それでも必ずとある裏路地に入る。

 それからさらにしばらく歩いていくと、裏路地を抜けて廃墟群にたどり着いた。

 あちこち廃墟群を歩き回ると、とある教会の前で足を止め、近くにあった瓦礫に腰かけて教会を見上げた。そして、目を細めて追想にふけっていく。

 

(我ながら、女々しいことだな・・・)

 

 毎日の習慣に心の中で自嘲するも、かつてあった日のことを思い出していく。

 かつての自分の、黄金時代を。

 

「あの~、すみません。どうかしたんですか?」

 

 しばらくの間ぼうっとしていると、不意に声をかけられた。

 

(っと、いかんいかん。気が緩んでいたな。ていうか、人がいたのか・・・)

 

 昔のことを思い出しているばかりで周囲に注意をはらっていなかったことに自省しつつ、話しかけてきた目の前にいる人物に視線を向けた。

 年はまだ若い、というより人によっては幼いともとれる顔だちで、おそらく15に届いていない。そして、穢れのない白髪に綺麗な深紅の瞳、お世辞にも男らしいとは言えない華奢な体つき。かっこいいと可愛いの間で揺れている容姿に、

 

(なんつーか、ウサギみたいな奴)

 

 心の中でそんな第一印象を覚えた。

 

「あー、いや、すまない。特に用事があるわけではない。ただ、俺にとってこの辺りは懐かしい場所だからな。こうしてこの場所で物思いにふけるのが日課になっているのさ」

「そうだったんですか。邪魔をしてすみません」

「気にしなくていい。ちなみに、君は冒険者だったりするのか?」

「はい。って言っても、まだ冒険者になってから1週間程度ですけど・・・ファミリアだって、神様と僕の2人だけですし」

「なるほど」

 

 おそらく、この廃墟にいるのも、そもそも活動拠点を手に入れる金がないからだろう。その点、この辺りには廃墟とはいえ辛うじて住める場所は残されている。

 

「それで、えっと、お兄さんも冒険者なんですか?」

「俺か?そうだな・・・今は冒険者は休業中だが、戦技指導っていう形でとあるファミリアに世話になっている」

 

 これは真実ではないが、嘘でもない。

 目の前の少年も「そうなんですか」と疑う様子もなくうなずいた。

 

「にしたって、どうしてその年で冒険者なんかやってんだ?しかも、ほぼ単身で」

「えっと、オラリオに来たのはおじいちゃんの影響で。おじいちゃんから聞いた話で憧れて来たんです。最初は僕もどこかのファミリアに入ろうとしたんですけど、どこからも断られちゃって・・・そこで途方に暮れていたところに、神様に会ったんです」

「そうか。そいつは運がよかったな」

 

 様々なことを話す少年に、ギルは笑みを浮かべながら頷きを返す。

 

「さて、俺もそろそろ帰らんとな。っと、そう言えば、お前さんの名前は?」

「ベル・クラネルです」

「そうか。俺の名前はギルだ。ここで出会ったのも何かの縁。また会ったら、その時は俺の方からも面白い話を聞かせてやる」

「はい、ありがとうございます!」

「それじゃあな。お前さんも頑張って冒険するんだぞ、ベル」

 

 別れの挨拶をしてその場を後にしたギルは、裏路地に入ったところで少年の名前を口にした。

 

「ベル・クラネル、か。偶然か?・・・いや、運命、と言うべきか。なんにしろ、これこそ何かの縁だ。それとなく気にかけてやるか」




わかる人にはわかりそうな内容ですね。
まぁ、あくまで核心に触れない程度ですけど。

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