ギルとヘスティアが邂逅してから数日経ったある日、ギルは『黄昏の館』を留守にしていた。
この時、ギルはいつもの散歩に出かけているわけではなかった。
彼がいた場所は、ロキ・ファミリアと並ぶ現在のオラリオ二大派閥のもう片方であり、『都市最強』の冒険者を抱えている派閥、フレイヤ・ファミリアの拠点『
* * *
「やれやれ、ここに来るのも慣れてしまったな・・・」
『
内装は当然立派なのだが、『黄昏の館』と比べるとどこか無骨といった印象を受ける。
(さて、適当に理由をつけてさっさと帰ろうか・・・)
正直なところを言えば、ギルはフレイヤ・ファミリアが苦手だった。
所属している冒険者個人で言えば何人か気にかけているが、ファミリア全体として見るとどうしても好きになれない。
頭の中で帰る口実を考えるギルだったが、少し時間が経ったところで扉が開かれた。
現れたのは、容姿端麗な神々の中でも圧倒的な存在感を放つ美貌を持った女神だった。
「ふふ、今月も来てくれたわね、ギル」
「“ロキ・ファミリアに居座る代わりに月に一度は顔を見せる”。そんな条件を無理やり押し付けておいてよく言う、フレイヤ」
彼女こそが、ファミリアの主神であるフレイヤだ。
彼女のように神々の中でも随一の美貌をもつ女神は『美の女神』と呼ばれており、フレイヤはその『美の女神』の中でも他の追随を許さない美貌を持っている。
そして、数少ないギルが苦手意識を持つ女神でもある。
というのも、
「あら。あの日、私と熱い夜を過ごしたというのに、ずいぶんと薄情なことを言うのね」
「わかった、わかったから、そういうことを言わないでくれ。他の連中に聞かれると面倒なことになる」
実は、ギルとフレイヤは関係を持ったことがあるのだ。
神と人の間には子供を作ることができず、それはギルも例外ではないのだが、行為自体ができないというわけではない。
そして、フレイヤは英雄あるいはその器を持つ者を愛しており、ギルもフレイヤの興味の対象となった。いや、ギルの場合は神の血を引いていた唯一無二の存在だったこともあり、それはもはや執着とでも呼ぶべきものだった。
そのため、フレイヤはどうにかギルを自らのファミリアに引き入れようとしたが、ギルはこれを断固として拒否。
その結果、ギルとファミリアは軽く戦争状態になった。
これはギルがフレイヤ・ファミリアを苦手としている理由なのだが、フレイヤ・ファミリアの団員たちはフレイヤが持つ圧倒的な美に心酔しており、例外なくフレイヤに対して強い忠誠心を持っている。同時に、フレイヤの寵愛を授かろうと団員同士の間で日々蹴落とし合っている。
これはファミリアの中で『洗礼』と呼ばれ、『
これによって、団結力や統率力は皆無に等しいものの、徹底された実力主義と個人主義によって個々の戦闘力で言えばロキ・ファミリアを凌駕している。
ここで問題になるのが、団員たちが持つフレイヤへの強い忠誠心だ。
団員のほぼ全員がフレイヤの寵愛を求めているため、フレイヤに寵愛あるいは執着を向けられている人物に対して激しい敵対心を持つ。
ギルもその例に漏れず、さらにフレイヤの申し出を断っていることも相まってかなりの頻度でギルはフレイヤ・ファミリアの団員から襲撃を受けていた。
とはいえ、ギルはこの時点ですでに世界最強のLv.10であり、ギルとしては「めんどくさい奴らが構ってきた」くらいの認識でしかなかった。そのため、ゼウスとヘラの影響もあって当時の団員たちは殺されない程度にあしらわれ続けた。
しばらくこの状態が続いたが、ある時フレイヤは『一夜だけ関係を持つことを条件にファミリアへの勧誘をやめる』という提案をし、ギルもこれを了承。提案をしたその日の夜に褥を共にした。
ファミリアの団員による襲撃は続いたものの、約束通りファミリアに勧誘されることはなくなった。
だが、黒竜に敗れた後にオラリオに戻った際、ギルはそのことを後悔した。
このようなファミリアであるため、療養を望んでいたギルはすでにロキ・ファミリアの世話になることを決めていたが、フレイヤはその時のことを持ち出してギルを自分のところに住まわせようとしたのだ。これはファミリアに勧誘しているわけではなく、ある種の同居を求めているだけなので、ギルからは当時の取引を引き合いにだせない。
おそらく、当時はフレイヤもそこまで考えていたわけではないだろうが、結果的にそのときの取引は盛大にギルの足を引っ張る形になってしまい、最終的な落としどころとして「月に一度はフレイヤの下に訪れる」ということになった。ついでに、これを破ればその後のことは保証しないとも付け加えられた。
なお、他にこのことを知っているのはフレイヤ・ファミリアの団長とロキ、フィンたちのみであり、ギルがロキたちにこのことを告白した際は口をそろえて「自業自得だ(や)(じゃ)」と言われ、決してファミリアに迷惑をかけないようにしてくれとも念を押された。
そういうこともあって、ギルはフレイヤに対して苦手意識を持っており、事が事だけにロキやフィンたちの力を借りることもできないでいるのだ。
「それよりも、オッタルはどうした?部屋の中はともかく、珍しく周囲にもいないぞ」
これ以上この会話を続けたくなかったギルは、近くにいないフレイヤ・ファミリアの団長のことを尋ねる。
だが、これは藪蛇だった。
「あら、それを私に言わせるつもり?」
「よし、わかった。それ以上色気を振りまきながら近づくのはやめてくれ。俺だって平穏が欲しい」
どうやら、隙あらば喰らいにいくつもりだったらしい。
本当に、厄介な弱みを作ってしまったと、あの時の自分を呪う。
実を言えば、あの時行為に及んだ理由は、興味半分だったりした。
「英雄は色を好む」という言葉があるが、それは逆もまた同じことが言える。
これはギルにとっても黒歴史だが、ギルは昔の一時期ギルにすり寄ってきた数多の女の中から何人かと行為に及んだことがある。
動機を答えるとするなら、しいて言えばゼウスのせいだった。
ゼウスが大神であるのは間違いないのだが、実際はセクハラの常習犯であり、自分のファミリアはもちろん、ヘラのファミリアの女性すらもターゲットにすることがあった。(そして返り討ちにあってヘラからさらに絞られるまでがワンセットだった)
そんなゼウスだが、酒の席でギルに詰め寄ったことがある。
『ギルガメッシュ!どうしてお主は女に興味を持とうとしないんじゃ!』
『いきなりどうした、エロじじぃ。今さら何を言ってるんだ?』
『あんだけ女に囲まれておいて、少しも浮ついた話がないとはどういうことなんじゃ!!』
『欲に飢えた女は好かん。そもそも、俺にすり寄ってくる女なんざ、俺と行為をしたことを口実にしてあれこれしたい輩ばかりだろうに』
『かぁーっ!夢がないのう!そうとは限らんじゃろ!もしかしたら、お主に純粋な好意を寄せている女子もおるかもしれんじゃろ!据え膳食わぬは男の恥という言葉を知らんのか!』
『・・・ずいぶんと暑苦しいが、まさか俺がはじいた女でも狙おうとしてんのか?』
『別にいいじゃろう!お主がいらないと言うんじゃったら、少しくらいわしがもらっても・・・』
『あんたがもらっても、なんだい?ゼウス』
『ひぃっ!へ、ヘラぁ!?ち、違うんじゃ!今のはギャアーーーー!!??』
この後、ゼウスはヘラに殺されかけてこの話は終わりになったのだが、この時なぜかギルは「・・・ゼウスの言うことも一理ある、のか?」とゼウスの言葉を頭の片隅に残した。
そして、様々な理由があって「人を見る目は神に並ぶ」と評判があったギルは、ゼウスが言っていた純粋な好意を持つ女を見極め、「好きというわけでもなければ、唯一の女として見ることもない」と明言した上でそれでもと望んだ女と関係を持った。
結局、傍から見れば割とクズなことをしていたギルにゼウスが盛大に嫉妬して再び一悶着があったのだが、ここでは控えておこう。ちなみに、幸いなことにギルと関係を持った女同士で問題が起こったこともなく、ギルと関係を持ったことで不幸な目にあった女はいなかった。
話は戻り、フレイヤはそこにつけ込んでギルを誘った。ギルも女神、それも『美の女神』と関係を持ったことはなく、さらに誘ってきたのが『美の女神』の中でも随一の美貌を持つフレイヤであったため、フレイヤの誘いに乗ったのは興味半分でもあった。
その結果がこれなのだから、この件に関してはギルに救いようはない。
「はぁ・・・それよりも、そろそろ本題に入ってくれ」
「あら、何を言っているのかしら?」
「俺に迫るために、人払いをしたわけではないんだろう?俺に何か言っておきたいことがあると見た」
ギルがそう言うと、フレイヤはギルを誘うために放っていた色気を収め、微笑を浮かべて切り出した。
「そうね。私が話をしたいのは、あなたが最近になって気にかけ始めた、あの少年のことよ」
「・・・案の定と言うか、見ていたか」
ギルと会う際は『
その理由は、「ここならオラリオの全てが見えるから」。フレイヤは、普段はバベルの私室で、時には密かに街に下りて人を眺める趣味を持っている。
そのため、さすがにいつもというわけではないが、他と比べて高い頻度でギルを見ていたこともあってベルの存在を知っていた。
「まさか、あいつのことが気になったりしたのか?」
「えぇ、そうね」
まさかすぐに肯定されるとは思っておらず、僅かにギルは目を見開いた。
ギルの目に映るフレイヤは、フレイヤがギルに言い寄って来ていた時と同じ、あるいはそれ以上かもしれないほどの執着を持っていた。
「・・・珍しい、とは言わんが、そこまでか」
「えぇ。だって、あの子のような穢れのない透明な魂は初めて見たもの」
これはギルもどこまで本当のことを言っているのかはわからないが、フレイヤには魂の色が見えるのだという。
その人によって魂の色や輝きは千差万別であり、フレイヤはそれを目安にして眷属となる人物を探している。
「底知れない黄金の輝きを持つあなたとは、まるで逆ね」
「なるほど・・・まぁ、言わんとすることはわからんでもない。お前さんの言う透明が何を表しているのかは知らんが、良くも悪くも純粋と言えるだろう」
ギルの昔話を聞いて無垢な表情を浮かべるベルを思い浮かべ、ギルは苦笑を浮かべた。
だが、次の瞬間には応接間は剣呑な雰囲気で包まれた。
「それで?だから俺は手を出すなとでも言いたいのか?」
「そうよ、と言ったら?」
ギルはもちろんのこと、フレイヤもギルに負けないほどの雰囲気を発する。
どちらも互いの性分は理解している。
ギルは自らにたてつく者には決して容赦せず、フレイヤもまた自分のお気に入りのためなら手段を選ばない。
下級冒険者であればすぐに卒倒しそうな空気に満ちた中で、ギルとフレイヤは互いに視線を離さずに相手を見据える。
果たして、どれだけの時間が経ったのか。
あるときを境に、緊迫した空気はまるでなかったかのようにふっと霧散した。
「どうやら、互いに取り越し苦労だったらしいな」
「えぇ、そのようね」
長い間、互いを探り合っていた2人だったが、結果的に問題はないと両者共に判断した。というよりも、考えることは2人とも同じだった。
2人とも、互いの悪影響によってベル・クラネルに良からぬ変化をもたらすのではないかと危惧していたのだが、この探り合いでお互いにそのような意思はないとわかった。
であれば、お互いに敵対する理由はない。領分を超えない程度に、好きなようにベルと接触すればいい。
「それにしても意外ね。あなたがそこまで気にかけるなんて」
「そう・・・だな。俺でもそう思う」
一瞬、そうでもないと否定しようとしたが、たしかにギルが気にかけている他の冒険者と比べても、ベルが最も扱いがいい。
「なにか、特別な理由でもあるのかしら?」
「それについては今は秘密だ。まぁ、いつかは話してやるよ」
「そう。またいつか、ね」
「・・・ちっ。これで話は終わりだな」
ギルは自分が口を滑らしたことに舌打ちしながら、さっさと帰ろうと立ち上がった。
「あら、もう帰るの?」
「話したいことはあらかた話しただろう。今はロキのところの留守も任されているし、そろそろ帰らせてもらう」
「そう言えば、遠征に行っていたのだったわね。それじゃあ仕方ないわ」
口ではそう言いながらも、フレイヤの表情にはありありと不満が読み取れる。
どうしたものかとギルは盛大にため息を吐いたが、その隙とも言えないような空白にフレイヤは滑り込んだ。
「だから、これで勘弁してあげる」
次の瞬間、フレイヤはギルの頬にそっと口づけをした。
そして、そのままフレイヤは「じゃあね」と言って応接室を出て行ってしまった。
取り残されたギルは先ほどよりもさらに深いため息を吐き、そのまま応接室を後にして帰路についた。
一夜の関係はずっと後まで尾を引くといういい例ですね。
いや、自分にそういう経験があるわけではないんですけどね。
周りにそう言う話があったってだけで。
うかべるべる・・・う~ん、なんか違和感がすさまじい・・・。