ギルがフレイヤと会った後日、いつものように散歩から帰ると、黄昏の館が何やらあわただしい雰囲気になっていた。
何かが起こったのか、ギルは近くの団員を捕まえて尋ねた。
「おい、何があった?」
「あっ、ギルさん!それが、今日いきなり遠征に行った団長たちが戻ってきたんです。それと、団長がギルさんが戻ってきたら執務室に来てくれって」
「わかった。すぐに行く」
さすがにただ事ではないと察したギルは、小走りで執務室に向かっていった。
できるだけ急いだギルは、すぐに執務室に着いてドアをノックする。
「俺だ」
「あぁ、入ってくれ」
中に入ると、そこにはすでにフィンたち三首領とロキが座って待っていた。
「遠征お疲れ様、と言いたいところだが・・・何かあったのか?」
「あぁ、イレギュラーだ。それも、今までに前例のない、ね」
「イレギュラーなんて、大抵そんなものだろうが・・・どうやら、
「そうだ。まず始めに何があったのかだけ伝えると、50階層付近で未知のモンスターと出くわした。極彩色のモンスターだ」
フィンによると、今回遭遇した極彩色のモンスターは2種類で、1つ目は芋虫のような見た目の巨蟲型のモンスターで、一等級武装を容易く溶解させるほどの腐植液を吐き出す。2つ目は上半身が女の人型で下半身が巨蟲のモンスターで、腐植液に加えて強大なステイタスを持っていたという。
これらの襲撃によって部隊は壊滅、武器を含めた物資もほとんどやられてしまい、地上に撤退せざるを得なくなった、ということだった。
「なるほどな・・・それで、そいつらの対処はアイズが?」
「あぁ。私たちの中であのモンスターに対抗できたのは、“デスぺレート”を持っていたアイズだけだからな」
アイズとはロキ・ファミリアの幹部の1人であるLv.5の少女のことで、彼女が扱う武器“デスぺレート”はロキ・ファミリアが持つ武器の中で唯一の『
とはいえ、あくまで壊れないというだけなので、相当に消耗してしまったようだが。
「となると、対処自体はできたってことか。だったら、魔石は?」
「それが・・・」
モンスターは倒せたというのなら、その魔石も手に入るはず。
そう思って尋ねたのだが、返ってきた言葉は予想を超えるものだった。
「実はのう、魔石は極彩色のモンスターが自分の腐植液で溶かしてしまったんじゃ」
「はぁ??」
ガレスの言葉に、ギルは面食らってしまう。
それだけ、あり得ないことだった。
「モンスターが自分の魔石を自分で溶かすだって?そんなことがあるのか?」
「事実だ。でも、ティオネが無茶をしたおかげで、いくつか魔石が手に入った」
そう言って、フィンはポケットから件の魔石を取り出した。
通常の魔石は形や大きさに差はあれど、色は決まって薄紫色なのだが、その魔石は薄紫色の結晶の中央に極彩色の何かが存在していた。
「これが、その?」
「そうだ。これに心当たりは?」
「ない」
「なんや、即答やんか。当てが外れたなぁ」
今まで見たことのない魔石にギルは食い気味に否定し、ロキはがっかりしたように背もたれにもたれかかった。
「俺だって、そんなモンスターは聞いたことないし、こんな魔石も見たことない。だが、いくつか推測を立てることができる」
「聞かせてくれないか?」
「あぁ。まず1つ。そいつらはおそらくダンジョンの最下層付近のモンスターだ」
「根拠は・・・聞くまでもないかな?」
「あぁ。俺が見覚えがないんだから、生息域に関してはそれくらいしか言いようがない」
およそ1000年はオラリオにいたギルだが、ダンジョンをすべて踏破しているわけではない。
本人にそこまでの興味がなかったというのもそうだが、基本的にギルはゼウスとヘラのファミリアと共にダンジョンで行動を共にすることがほとんどだった。
だから、ギルもそこまでの情報しか持っていない。
逆に言えば、極彩色のモンスターはギルたちが知らないエリアに生息しているということが予想できる。
「次に、これは憶測でしかないが、そいつらはモンスターとは微妙に違う。おそらく、何かしらの意思、あるいは知恵を持った存在から生み出された触手のようなものだ」
「なっ!あれがただの尖兵だということか!?」
「いや・・・でも、たしかにその可能性はある」
モンスターとは基本的にダンジョンから生み出されるものだが、基本的な理念は自然の動物に近い。本能を基準として行動することがほとんどだ。極彩色のモンスターのように、死んでからの証拠隠滅を計るようなことはしない。
であれば、何か意思を持った存在から生み出されたという方がしっくりくる。
それはそれで、このようなモンスターを生み出す本体はどれほどの力を持っているのかということを考えたら、頭が痛くなる話だが。
「最後だが・・・フィン。手に取って見てもいいか?」
「構わないよ」
フィンから承諾を得てから、ギルは極彩色の魔石を手に取ってまじまじと観察し始めた。
「ふーむ・・・うん、間違いないか」
「ギル、何かわかったんか?」
「あぁ。やっぱり、これは普通の魔石じゃないな」
「そんなん、見りゃあわかるわ」
「見た目の話じゃない。そうだな、魔石に異質な何かが混じっている、とでも言うべきか。水と油のように、本来は混じり合わないもの同士が混ざり合ったようなものだ」
「それはつまり、どういうことだい?」
「例のモンスターはおそらく、普通のモンスターに“何か”が融合した物だ。その“何か”がなんなのかはわからんが、真っ当なものじゃないのは確かだな」
ギルの言葉に、執務室はしぃんと沈黙に包まれる。
いったい、ダンジョンで今何が起こっているというのか。
その答えを知る者は、ここにはいない。
「それで、ここでこういう話をしたってことは、俺にも調査をしてもらいたいってことか?」
「あぁ。頼めるかい?」
「今回は事が事だ。引き受けよう」
ギルは基本的に傲慢だが、それでも1000年もの間過ごしてきたオラリオを彼なりに愛している。今回の件は下手をすればオラリオそのものにも危害が及びかねないかもしれないという直感からも、ギルが引き受けない理由はなかった。
「さて、さっそくなんだが、少しの間これを預かってもいいか?」
「具体的には、どんなもんや?」
「今日の間だけでいい。あまり期待はできないが、これから心当たりがあるかもしれない神に会いに行く」
「それは・・・」
ギルの口ぶりから、フィンたちはギルが誰に会いに行くのかわかった。
「あぁ。ちょっくらウラノスのところに行ってくる」
* * *
神・ウラノス。ギルドの主神であり、オラリオの創設初期から存在した大神だ。
ギルとウラノスは、その当時からの知り合いであるため、本来であればウラノスに会えるのは同じ神であっても稀なのだが、その中でもギルは自由にウラノスの下に行ける数少ない存在だった。
もちろん、ノンアポだとウラノスもいい顔をしないためギルも控えているが、今回はそれどころではない。
周りに人がいないか注意しながら、ギルは迷路のような地下通路を迷わずに進んでく。
しばらく歩いていると、大きな広間に出た。
そして、その奥には身長が2mはあろう男の老神が座っていた。
その老神こそが、ウラノスだ。
「いきなりですまないな、ウラノス」
「気にするな、とは言わん。だが、お主がこうして現れたということは、相応の理由があるのだろう?」
おそらくは他の神にも出せないだろう、重い威厳のこもった声音で、ウラノスはギルに先を促した。
「そうだな。なら、単刀直入に言おう。ロキ・ファミリアの件について知っているか?」
「報告は受けている。あくまで、何があったか、というだけだが」
「そうか。だったら、俺からは推測を交えた捕捉を話そう。物も持ってきている」
そう言って、ギルは懐から極彩色の魔石を取り出し、自身の仮説を語った。
最初は静かに頷きながら聞いていたウラノスだが、次第にその表情は悩まし気に歪んでいった。
「・・・以上が、俺の方でたてた推測だ」
「・・・そうか。確証は?」
「ない。こればっかりは、これからの遭遇に期待するしかない・・・まぁ、特徴が特徴だけに、被害が出るのは避けられないだろうが」
あくまで不意打ちの初見殺しだったとはいえ、あのロキ・ファミリアの遠征部隊を半壊状態にさせて撤退にまで追い込んだのだ。そんじょそこらの冒険者ではどう考えても歯が立たない。
さらに言えば、この情報をうかつに広めるというわけにもいかない。相手の戦力がどれほどのものかわからない以上、下手に情報を広めて混乱させるのは得策ではないだろう。
「そういうことだから、今のところは俺とロキ・ファミリアでできるだけ情報を集めるつもりだ。ウラノスの方でも対処を頼む」
「わかった。そういうことなら、私の方でも調査をしよう」
ギルの提案にウラノスも快くうなずき、今後の方針がある程度決まった。
「ところでギル。お主も捜査をするということは、ダンジョンに潜るということか?」
「・・・いや、それはまだ様子見だな。ひとまず、地上の方で情報を集めてみる。期待はできないだろうが、ダンジョンの方はフィンたちに任せる」
「そうか・・・体には気を付けるのだぞ」
「わかってる」
厳格なウラノスにしては珍しい、たしかな労りが籠った声に、ギルは心配するなと言わんばかりに口元に笑みを浮かべ、広間から去っていった。
今回もちょっと簡単な感じで、あくまで繋ぎみたいな感じにしました。
最近はちょっと疲れ気味なので、多少はね?