「ギル!夜は打ち上げやるから、絶対に来るんや!」
翌朝、朝食を食べ終わると、ロキがそんなことを言ってきた。
「・・・極彩色のモンスターの件があった翌日にそれか」
「イヤか?」
「参加させてもらうとも」
遠慮なく酒を飲めると言うのなら、こんな時であっても喜んで参加するらしい。
いや、こんな時だからこそ、かもしれないが。
正体不明のモンスターのことで鬱屈するよりは、酒宴でマイナスな気持ちを吹き飛ばしてしまうのも悪くはないだろう。
「それで、ギルはこれからどうするん?」
「調べるにしても、当てがまったくないからな~。とりあえず、しばらくは大図書館に行って片っ端から情報を漁ってくる。どうせ、今日は館に誰もいないし」
今日は、途中で中断してしまったとはいえ遠征が終わった直後のため、様々な事後処理がある。
ギルドへの報告に、消耗した物資の補給、調達したアイテムの売却などなど。
そのため、今日は団員総出でそれらをこなすことになるため、館にはほとんど人がいなくなる。
「それで、打ち上げはいつものところか」
「せや」
「わかった。それじゃあ、行ってくる」
それだけ言って、ギルはバベルに存在する大図書館へと向かっていった。
* * *
「あ"~、肩凝った・・・」
「なんや、えらい疲れとんなぁ」
それから数時間経ち、日も暮れてきた頃。
打ち上げを行う店に向かう道中で、ギルが珍しく死にそうな声をあげていた。
「結局、何もわからなかったん?」
「ぶっちゃけ、俺としても何かを期待してたわけじゃないんだが、徒労もいいところだった」
今日ギルが調べたのは、強化種のモンスターに関する書物だった。
強化種と言うのは他のモンスターの魔石を取り込むことでさらにパワーアップした個体のことであり、中には冒険者のように異名を与えられた強化種もいる。
極彩色のモンスターがモンスターと何かを掛け合わせて生まれたのではないかという推測に基づいて片っ端から調べたのだが、結論から言えばまったくの無駄骨だった。
そもそも、強化種の魔石も見た目は普通の魔石と大差はないため、ヒントらしいヒントがあるわけでもなかったのだ。
「あるいは、モンスターでなんか研究したマッドな野郎の論文なりなんなりがあればとも思ったが、そもそもそんなやばいやつが公共の図書館にあるわけもないし。あるとすれば、おとぎ話とかそんなもんだが、そっち関連は読んでないし」
「あ~、ギルはおとぎ話の類は好きやないもんな~」
実際、ギルは1000年生きた実在の英雄、というより冒険者なので、昔のことがおとぎ話として描かれているのだが、ギルはこれを気に入っていない。
というのも、やたらと美談化されていたり書かれていることが曖昧な部分が多いのだ。
神以外に1000年を生きる人物などかなり希少であるため当たり前と言えば当たり前なのだが、いくつかねじ曲がった情報が存在するのだ。
そういうこともあって、ギルは基本的におとぎ話の類は嫌いだった。
「とはいえ、今回ばかりは好き嫌いは言ってられないな~。明日からは捜索範囲を広げてみるか」
「おっ、珍しい。ギルが嫌なことを自分からやるなんてなぁ」
「他にいい案もないしな。というか、ロキだって少しはやってくれよ」
「はいはい、わかっとるわかっとる」
とても重要な話をしているように見えないノリで歩き続け、ギルたちは主に一般人が集まっている西地区にたどり着いた。
ここにはファミリアに加入していない無所属の労働者が多く集まっており、大規模な住宅街が形成されている。
そのため、西地区のメインストリート沿いには多くの酒場や宿屋が連なっており、冒険者も食事や宴会のために訪れることも多い。
ロキ・ファミリアが予約をとったのは、その中で最も大きな酒場である“豊穣の女主人”という酒場だ。
その酒場は料理もさることながら、従業員が全員女性であるということもあって人気が高く、多少値段は張るもののそれでも連日賑わっている人気の店だ。ロキも酒が美味いのとウェイトレスの制服姿が琴線に触れてたいそう気に入っており、他の団員もそのことに気付いている。
ちなみに、見目麗しい女性が集まっていると評判の“豊穣の女主人”の実態はそんな優しいものではないと一度でも通ったことのある者は全員知っているのだが、ここでは割愛する。
「ミア母ちゃーん、来たでー!」
店にたどり着くと、ロキは店の主人の名前を呼び、ウェイトレスの案内に従って席についた。
店の中はすでに満員で、ロキが予約したスペースのみ空いている。また、人数に合わせるためにカフェテラスも解放されており、各々の場所に座っていく。
その中で、ギルは比較的目立たない場所に座った。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」
そして、ロキが音頭をとり、一斉に乾杯しながら宴が始まった。
その中で、周りから一歩下がったところで酒を飲むギルに厨房の方から恰幅のあるドワーフの女性が近づいてきた。
「なんだい、結局あんたも来たのかい」
「それ、客に対して言う台詞じゃないだろう、ミア」
彼女こそが“豊穣の女主人”の店主のミア・グランドだった。
実は知っている人物こそかなり少ないものの、フレイヤ・ファミリアの元団長であり、その縁でギルとも顔見知りだった。今は団長の座から退き、ファミリアを半脱退して店の切り盛りをしているものの、多少だが今でもフレイヤと交流がある。
そのため、彼女には顔を見られた際に身バレしており、主要なファミリアや神の関係以外ではほぼ唯一ギルのことを把握している人物でもある。
「というか、お前が厨房を空けていいのか?」
「別にあたし1人抜けたくらいで支障がでるほど、軟な鍛え方はしてないよ」
「別にそれだけじゃないんだが・・・まぁ、いいか。それで、何か話しでもあるのか?」
彼女が雑談のためだけにわざわざ来るはずがないと、ギルはさっそく要件を問いただした。
「大した話じゃないよ。あんた、この前あの主神と会っただろう。いったい、何を話したんだい?」
ミアの問い掛けに、ギルは大した話ではないとあっさり答えた。
「べつに。ちょっとした不可侵の取り決めをしたくらいだ」
「なんだい、そりゃあ」
「俺とフレイヤが気にかけている冒険者に関して、お互いに不要な手出しはしない。それだけだ」
「へ~、あの主神はともかく、あんたがねぇ。珍しいこともあったもんだ」
ミアの不躾な言葉に、ギルはわずかに苦笑を浮かべるだけだった。
この女傑は、かなりの肝っ玉母ちゃんなところがあり、主神であるフレイヤやギルに対しても対等な態度を崩そうとしなかった。
フレイヤはむしろそんなミアを気に入っていた節もあって許しており、ギルも対等な話し相手は希少なこともあって特に気にすることもなかった。
余談だが、現在でこそ女傑という言葉が似あうものの、現役時代では「可憐で美しい、美の女神にふさわしい眷属」という評判が流れていたのだが、今ではすっかり老けてしまっており(あくまでおばさんの範疇だが)、ギルは内心で時の流れの残酷さを思い知った。同時に、歳をとらない自分がそんなことを考えるのはいろいろな意味で冒涜なのだろう、とも思ったが。
「フレイヤにも同じことを言われたんだが・・・そこまで珍しいか?」
「少なくとも、あたしの知る限りじゃ興味を持つことはあっても気にかけることはなかったね」
「それもそうか」
たしかに、ギルも今までの人生の中で誰かを気にかけたことなど、片手で数えるほどしかない。
だったら珍しいと言われるのも当然のことだろう。
「それじゃ、あたしが聞きたかったのはそれだけだからね。仕事に戻るとするよ」
「おう」
それだけ言って、ミアは厨房へと戻っていった。
「ギル~!」
そこに、入れ違うようにしてロキがやってきた。
すでに顔を赤くして酔っ払っていたが。
「なんだ。酒臭ぇぞロキ」
「いやいや、さっきミア母ちゃんと話しとったやん。なんの話をしてたん?」
どうやら、ギルとミアが話しているところを見かけて興味本位で近づいて来たらしい。
それで顔をしかめるレベルの酒臭さが近づいてきたことに少しイラっとしたギルは、ロキの顔面に拳を叩き込んで距離をとりつつ簡単に説明した。
「早い話、この前フレイヤのところに行って来たことを話しただけだ」
「けっ、なんや、色ボケ女神の話か。せやったらええわ」
フレイヤの名前を出すと同時にロキは嫌な顔になり、さっさと元の場所へと戻っていった。
今の反応からもわかる通り、本来ロキとフレイヤの仲はあまりよくない。ファミリアの問題というよりは、ロキがフレイヤに対して一方的にコンプレックスを抱いているだけだが。
そんなこんなで時間は過ぎていき、だいぶ酒がまわってきたところで遠征の話が出てきた。
とはいえ、ギルは酒を飲みに来ただけであって、別に話に花を咲かせるような気分でもない。
なにやら上機嫌になった灰髪の
だから、その話も止めなかった。
いや、止めることができなかった。
「ベルさん!?」
バッと顔を上げたのは、店員の少女がよく知った名前を口にした時だった。
そして一瞬、誰かが店から出て行ったのが見えた。
その髪は、よく知った白色だった。
だが、気づいたときにはもう遅く、ベル・クラネルはあっという間に店から姿を消してしまった。
「なぁ、ロキ。俺はあまり聞いていなかったんだが、何があったんだ?」
「あ~、それがなぁ~」
元凶である
遠征から戻る途中で、ミノタウロスの群れに遭遇したこと。
本来は中層あたりに生息しているが、不手際と偶然が重なってどんどん上層に逃げてしまったこと。
幹部の少女であるアイズがギリギリのタイミングで駆け出しの冒険者を助けたこと。
そして、
それらを聞いて、ギルは大きくため息を吐いた。
元凶となった男はベートという名で一応は幹部なのだが、格下、というよりは弱者をとことん嘲るきらいがある。
今回は、それがもろに問題となったようだ。
「今回ばかりはベートが悪いんやろうけど、どうしたもんかな~。謝ろうにもどこの誰かなんてわからんし」
ロキはそんなことをぼやくが、ギルは別のことを考えていた。
そして、その足を店の出口に向ける。
「ギル?どったん?」
「外に出る。どのみち、打ち上げを楽しんでばかりいられるような状況でもないだろ。少し散歩してから館に戻る」
そう言って、ロキからの返事も待たずにギルはさっさと店から出て行った。
その姿を、ロキは珍しいものでも見たかのような眼差しで見送った。
* * *
もう夜も遅くなり、もはや月も沈みそうになる頃。
ギルはいつものように、廃教会の前の瓦礫に腰かけていた。
しばらくそのまま待っていると、目的の少年が現れた。
「よう、ベル。奇遇だな」
「ギルさん・・・?」
ベルはギルがそこにいたのが予想外だったのか、軽く目を見開いていた。
「どうしたんですか、こんな夜明けに」
「たまには月夜に訪れるのも悪くないと思ってな。それに、ベルこそどうした。子供が寝るにはもう遅いぞ」
軽い調子でそんなことを言うと、ベルは顔を伏せた。
こうは言ったが、ギルもあの場にいたから、おおかた予想はついている。
おそらく、ぐちゃぐちゃの感情のままダンジョンに行ったのだろう。消耗の跡が見える。
だが、それを表に出さないようにしてギルはベルに問いかけた。
「どうした。何かあったのか?」
「・・・ギルさん。僕、強くなりたいです」
ベルの口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「僕、憧れの人がいて、その人に追いつきたくて・・・でも、どうすればいいのかわからなくて・・・」
こうありたいという願望と、そのための方法がわからない苦悩の間に揺れる言葉に、ギルはいつもベルに見せる優しい笑みではなく、期待以上の回答に対する不敵な笑みを浮かべた。
まだへこんでいるようであれば、何か慰めの言葉をかけてやろうかと思っていたが、その必要はないらしい。
だからこそ、ギルは慰めの言葉ではなく、先達者として道を示した。
「そうか・・・なら、俺から2つほどアドバイスをやろう。まず1つ。逃げるということは、必ずしも恥にはならない」
「え?」
まるで何をしていたのかわかっているような口ぶりに、ベルは驚きの声をあげた。
「必ずしも壁に立ち向かうだけが強くなる秘訣じゃない。
時には回り道をしたっていいし、下がって違う方法を見つけてもかまわない。
だが、逃げるときは必ず道を探せ。やみくもに逃げて迷子になるんじゃない、逃げた先に自分が求めるものを探し出せ。
そうすれば、その逃げは必ず前進に繋がる」
ギルの言葉に、ベルはハッとギルを見た。
ニヤリと笑ったギルは、さらに言葉を続ける。
「そして、もう1つ。ベルがどうしたいのか、それはお前が決めることだ。
神ヘスティアに相談するのもいいし、なんだったらその憧れの人に師事してもらったっていい。そんな俺の意見を聞き入れてもいいし、無視したっていい。
お前が自由に決めろ。周りにも、神にも想像できないようなことをやってもいい。強くなりたい意思があるんなら、お前は必ず強くなれる。
それこそがお前の、お前だけの“
そこで、ギルは立ち上がってベルに近づく。
「あいにく、俺の方も用事ができたから、次がまたいつになるかはわからん。だが、もしお前が望むなら、また話をしてやるよ」
そう言って、ギルはポンポンとベルの頭を撫でて、その場を後にした。
(強くなりたい、か。まったく、さすがにお人好しがすぎるだろう)
ベートが原因で諍いが起こったことは少なくない、というかむしろ多い。
ベートの言ったことが認められないからと一悶着起こるなんて珍しい話でもないのだ。
だが、ベルは違った。
あれは非があったのは明らかにベートなのに、ベルはその言葉を否定せず、あまつさえ強くなりたいなどと言った。
他人の言葉を否定せず、それでも受け止めきれるものではなくて、思わず逃げてしまって。
あの時、ベートの言葉を否定していれば、少しは楽になれたのかもしれないのに。
それでも、ベルはそうしなかった。
それは、ベルが持つ優しさだ。
そして、第一級冒険者を置き去りにした逃げ足の速さ。
(あぁ。本当にお前らにそっくりの息子だよ、あいつは)
街灯の灯りに照らされながら、ギルはベルの両親を思い浮かべながら帰路についた。
叶うならば、あの少年もまた英雄の道に上り詰めてほしいと、そんな望みを抱きながら。
ちらっと出したベルのご両親。
自分はアプリの方はやってないですけど、ぜひともゼウスとヘラの話、というかベルの両親の話を出してほしい。
3周年記念のあのストーリーを見たあとならなおさら。