※弓道についてはズブの素人です。ご承知おきください。
「え!?瑞鶴先輩が私の訓練を見てくれるんですか!!」
執務室に一際大きな驚きと喜びの声が上がった。
声の主は航空母艦・葛城。
この艦隊に加わったのは少し前のことだが、空母の中では一番の新顔だった。
「そうだ、瑞鶴には既に話してあるし、了承済みだ。」
答えるのは皆から提督と呼ばれ慕われる、この艦隊を指揮する軍服をカッチリと着込んだ男性だ。
「葛城、君もこの艦隊で訓練と実践を重ねていよいよ改装する段階に近づいている。そして君の艤装はこれまでの空母の子たちとは少し変わった形式になるようなんだ。」
「変わった形式?」
「そうだ。なんでも、鳳翔のような弓術式と、龍驤のような陰陽術式を複合した航空機運用になるそうなんだ。」
「!!」
これまでの葛城の航空機運用は、短弓を使った発艦方式を使っていた。
しかしこれからは長弓と式神を合わせた運用方法に変わるとのことだった。
当然、葛城にはどちらの方法も経験がない。
「改装していきなり『新しい艤装だよ頑張れ』で放り出すつもりはもちろん全くないが、どうせなら今の内から弓と式神の扱いに慣れておいた方がいいんじゃないかということになったんだ。これは鳳翔、龍驤の二人と相談した結果だ。新しい艤装に改装する前の慣熟訓練と思って、まずは瑞鶴指導の下で弓術を学んでほしい。」
新しい艤装、これまでにない複合方式。
不安と期待の両方があったが、『憧れの瑞鶴先輩にマンツーマンで指導をしてもらえる』という喜びが彼女の心を占拠した。
「あ、ありがとうございます提督!航空母艦葛城、瑞鶴先輩の下、より精強な空母になって活躍して見せます!!」
ビシッ、という効果音が聞こえてきそうな程元気な挙手敬礼をする葛城。
「フフフ、『ありがとうございます』なんて言い方、葛城らしくもないな。」
「な、なによそれー!アナタ!私がお礼を言うのがそんなにおかしいっていうの!?」
「いやいや、随分と緊張しているんだなと思っただけさ。期待しているぞ?」
「!!……ええ!もっちろん!!アナタが泣いて喜ぶくらいに立派になって見せるわ!!」
「……改装したら、姉たちのように"立派"になるといいな」
「?……ええ、それはもちろん雲龍姉や天城姉みたいに……って!アナタ!どこ見ながら言ってるの!!!!!」
「い、痛い痛い!」
「うるさいうるさい!爆撃してやるんだから!!」
「ちょ、そんなとこまで瑞鶴センパイを真似なくていいから!!」
いつもの調子を取り戻す葛城。
だが先刻提督が発したように、彼女の胸には期待と不安が入り混じった独特の緊張感が渦巻いていた。
/
──翌朝
「ね、寝すぎたーーー!!!!」
新しい訓練、全く新しい艤装、瑞鶴のマンツーマン指導。
葛城は布団に入っても遠足前の子供のように興奮してなかなか眠りにつけず、朝寝坊をしてしまったのだった。
「まだ!まだ間に合う!!」
寝坊したといっても遅刻が確定したわけではない。
普段よりも起きるのが遅くなってしまっただけで、訓練開始時刻にはなっていなかった。
大急ぎで身支度をし、弓道場まで走れば何とか間に合うだろう。
寝間着から緑の着物……艤装用の服に着替え、鏡の前で身だしなみを整え、朝食……は最低限のおにぎりを一つパクつき、朝の支度を終わらせ、弓道場に全速力で向かう。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息も絶え絶え、弓道場に到着。
なんとか時間にはギリギリ間に合った。
(これから、憧れの瑞鶴先輩と訓練……)
昨日までは喜びの方が大きかったが、いざその時となると不安がのしかかってくる。
もし瑞鶴先輩に幻滅されちゃったらどうしよう、と。
普段勝気な彼女だが、今回ばかりは初めての訓練を憧れの瑞鶴に指導されるとあって、不安も大きい。
(……大丈夫!しっかり訓練に参加して、瑞鶴先輩に認めてもらえるよう頑張らなくっちゃ!)
パシンと両手で自分の頬を叩いて気合いを入れる。
深く息を吸って道場の扉を勢いよく開ける。
「たのもーーーーー!!!!!」
道場には一、二、五航戦がそろい踏みだった。
大声で扉を開けた葛城に注目が集まる。
(や、やっちゃったーーーー!!!!!!)
気合いが空回りしてとんでもない入場をしてしまった。
「あら?加賀さん、可愛らしい道場破りが来ましたね♪」
「……元気があるのはいいことですけど、随分な挨拶ね」
「アハハハ!蒼龍聞いた~~?葛城~~~今時『たのもー!』って!!アハハハ!」
「プッ……飛龍ってば笑いすぎ……クククク!」
「えっと、葛城さん?その、間違えちゃっただけよね?道場に来るの初めてでしょうし……道場破りするつもりなんてなかったのよね?」
「翔鶴姉、トドメさしたね」
恥ずかしさで真っ赤になる葛城。
弓道場が賑やかになったところで。
「す、すいませんでしたーーーーー!!!!!」
深々と頭を下げて謝罪する。
葛城にとっては第一印象を最悪にしたのではないかと冷や汗ものだ。
もちろん誰も気にしていない。
むしろ元気いっぱいの可愛い後輩として好印象なくらいだが、そのように思われていることは葛城は知る由もなかった。
「あー、面白かった……ということで、葛城の弓術訓練はこの瑞鶴が見ることになったから、改めてよろしくね!」
「瑞鶴先輩……ハイ!!よろしくお願いいたします!!!」
訓練が始まる。
まず基本の動作……を行う前に、弓術訓練の内容、目的、注意点、そもそも弓術とは?といった説明が始まる。
座学といっても椅子も机もない道場、葛城は冷たい板張りの床に正座して講義を聞いていた。
瑞鶴の説明を熱心に聞いていたが、その集中を途切れさえる不快感を体の中から感じ取った。
(ん……ちょっと、トイレ行きたくなってきたかも……)
朝大慌てで道場に向かった葛城。
昨夜遅くまで目が冴えていたからか分からないが、朝起きた時点では尿意を感じていなかった。
その為トイレには行かずに弓道場に向かったのだった。
寝ている間に体内で作り出された尿に、活動を開始した体がせっせと水分が膀胱に加わった。
(うぅ、床冷たい……)
加えて板張りの床は彼女の体温を容赦なく奪っていく。
体が冷えれば尿意を感じやすくなるという当然の帰結。
(訓練始まったばっかりだし、いきなりトイレ行かせて下さいなんてみっともないこと言えないわ……でもこれくらいなら集中すれば大丈夫!)
彼女の見込みは概ね正しい。
間違っているとすれば、それは『今の状態なら』という前提条件がすっぽり抜け落ちていることである。
座学は終わり、実践に入る。
とはいってもいきなり弓を持つわけではない。
ゴム弓という練習用の弓で構え方、体の動かし方の基本を身に着けるのだ。
立ち上がり準備をする
「じゃあ、私の姿勢をマネする感じでさっき説明したように構えてみて」
「は、はい!」
(こうかな、いや瑞鶴先輩はもっと……)
「ん!いい感じじゃない!」
「え?そ、そうですか?」
瑞鶴に褒められた。
些細なことだがそれでも嬉しくて気が緩む。
「……って、ほーらあんまり気を抜かないの」
「す、すみません!」
やっぱり怒られた。
(いけないいけない、ちゃんと集中しなきゃ!集中……集中……)
葛城は訓練に意識を集中させていく。
しかし、その集中を妨げる感覚が彼女の中から沸々と湧き上がってきた。
(んっ……もう!こんな時に……!)
尿意である。
座っている姿勢で足を冷やされ、今度は立ち上がっているために足の裏に床板の冷たさを感じている。
加えて弓を構える姿勢……内股などではなく、足はしっかりと広げられている。
さっきまでは何でもなかった尿意が、その存在感を彼女の腹の中で増しつつあった。
(う~~集中よ集中!!こんな程度我慢できなくてどうするの葛城!)
自分自身を叱責し、キュッと"栓"を閉め直すように力を入れる。
まだ大丈夫、まだ我慢できる。
(集中……)
高めた集中力は大したもので、尿をほぼ完全に意識の外に追いやることに成功した。
「尿意を感じていると逆に集中力が増す」という研究結果も世の中にはあるらしいが、今の葛城にも当てはまるのかもしれない。
ただし、これは一定のレベル以下の尿意の話。
/
「フッ……!」
ゴム弓を引く姿も徐々に様になってきた。
高い集中力で練習に打ち込む葛城を瑞鶴はまじまじと見ていた。
これなら一度弓を持たせてみてもいいかもしれない、と瑞鶴は考えた。
「はい!ストップ!」
「ふぅ……えっと瑞鶴先輩、今の引き方は良くなかったですか?」
「ううんその逆、思ったよりもの見込みが早くてビックリしちゃったくらいよ」
「そ、そうですか!?エヘヘ……」
「というわけでだから、ホントはそのつもりなかったんだけど、一回本物の弓を引いてみない?」
「え?いいんですか?」
「うん!まぁ上手くいかなかったらゴム弓練習に戻れば良いんだし物は試し、よ?」
「は、はい!!」
「じゃあ私は弓を取ってくるから、ちょっと待っててね」
瑞鶴はそういうと、弓道場の外に出て行った。
用具が置いてある場所は外にあるのだろうか?と考えながら先輩の後ろ姿を見送った。
「ふーー」
高い集中力で初めての挑戦をしていた葛城は相応の疲労感を覚えていた。
不思議と嫌な感覚ではない。
とはいえ時間的にも小休止を取るべきだろう。
そう判断して葛城は床に座り込んだ。
すると、集中を切らした瞬間を待っていたかのようにあの感覚が牙を剥き始めた。
「んっっ!?」
突発的に高まる尿意。
不意打ちを食らった葛城は反射的にソワソワと身を捩る。
足も崩して座っていたが、正座をするようにして太腿をピタリとくっつけた。
(ど、どうして急に!!!んぅうぅ!!!)
どうして、というのも負債を先延ばしにし続けたツケが今回ってきただけの話である。
朝も、訓練開始前も、タイミングはあったのにトイレに行かずに弓の練習に呆けていたのだから。
(うぅ、み、見られてないわよね……?)
尿意を抑え込むために体をモジモジと動かす。
見る人が見れば『おしっこを我慢している』と一発で分かってしまうような動きだ。
幸い、他の空母艦娘は訓練に集中していた。
その集中度合いは傍から見ていても空気がピンと張り詰めているのが伝わってくるようで、葛城は先輩たちからトイレの場所を聞こうという気にはなれなかった。
それに、まだ葛城は弓道場の勝手……ルールを分かっていない。
矢が飛び交う危険な場所なので、あまりチョロチョロと動くべきではないだろうと思ったのだ。
今は瑞鶴を待ちながら、うっかり栓が開かないように耐えるしかない。
「ふぅ……ふぅ……」
下腹部が朝よりも膨らんでいるような気がしてくる。
ズンとした水分の重み、ジワジワ染み出してくるような小さな痛みを腹の内側に感じる。
お腹を圧迫しないよう体の重心を後ろに持っていき、片手で体重を支える。
もう片方の手でしさを和らげるため下腹部をさする。
そうしているうちに、身じろぎしなくても大丈夫なレベルまで落ち着くことができた。
瑞鶴先輩が戻ってきたらトイレに行かせてもらうべきかどうか、と思案する。
先ほどの尿意が高まっている状態であれば断りを入れてトイレに行かせてもらおうと決心していただろうが、幸か不幸か今は落ち着いてしまった為、憧れの瑞鶴に打ち明けることへの恥ずかしさが勝りつつあった。
(と、とりあえず、まだ大丈夫よね……?)
トイレと意地を天秤にかけた結果、意地が勝った。
勝ってしまった。
この判断を彼女は後に悔やむことになる。
「お待たせ―、ゴメンね時間かかっちゃって」
「い、いえ、大丈夫、です」
先程よりも覇気を失っている葛城。
「疲れたよね?ハイこれ」
瑞鶴が手渡したのは500mlの水が入ったペットボトル。
慣れないことをして疲れたであろう葛城への一息入れさせるための気遣いだった。
「水分補給は大事よ?喉が渇いたと思ってからじゃ遅いんだから」
瑞鶴が言うことは、おおむね正しい。
間違っているとすれば、今の葛城にとっては喉を潤す以上に優先すべきことがあるのを理解していなかったことだ。
「水……」
「あれ?要らなかった?」
「い、いえ!とんでもないです!いただきます!!」
やってしまった。
わざわざ自分のためにと買ってきてくれた水を要らないということが出来なかった。
葛城はこの時、素直にトイレに行きたいと申し出るべきだったのだ。
コクコクと喉を鳴らして水を飲む。
膀胱に注がれている水分と喉の状態は関係しないのか、つい喉を潤すためにゴクゴクと飲んでしまった。
(飲んだからって、すぐに行きたくなるわけじゃないわよね……)
もともと我慢していない状態であれば大丈夫だっただろうが、そもそも葛城は朝から膀胱に水分をため込んでいる。
そんな状態でさらに余計に水分を取ってしまう危険性を正しく認識できていなかった。
結局トイレには行けないまま訓練再開。
「じゃあ、さっきと同じように持って構えてみて」
「は、はい!」
葛城は、足をゆっくりと開いてゆく。
(うぅ……)
足を開くと、貯まった水分が出口の水門に向けてジワジワと移動していくような感覚を覚える。
そのまま開門しないよう、括約筋にぎゅっと力を込める。
(ダメダメ!気合入れなきゃ!)
再び尿意を意識の片隅に追いやっていく。
彼女の高い集中力がそれを可能にしていたが、先ほどと比べると明らかに尿意の存在感は強くなっており、完全に拭い去ることはできなかった。
尿意を押しとどめながら弓を構えていく。
(葛城、なんだかすごく気合入ってる……私もやる気に応えてシッカリ指導してあげないと!)
確かに葛城は高い集中力をもって訓練に臨んでいる。
それは尿意を抑え込むためという一面もあったので、若干見当違いの方向に解釈してしまっていた。
葛城の受難と訓練は続く。
/
(うぅ……おトイレ行きたい……)
実際の弓を使う訓練が始めってから、瑞鶴の指導は真剣みを増していた。
それ自体は葛城も望むところだったのだが。
(どうしよう……そろそろまずいかもしれないわ……で、でも)
意識の片隅に追いやっていた尿意がどんどん主張を大きくしてきており、集中力が下がり始めた。
「はい!じゃあもう一回!」
「は、ハイ!!」
なんとなく、時間が経つにつれて言い出しづらい雰囲気になってきてしまった。
(瑞鶴先輩がこんなに熱心に見てくれてるのに、恥ずかしくて言えないわよ……)
憧れの先輩に幻滅されたくない、失礼なことをしたくない、期待されているならば是非ともそれに応えたい。
そんな思いが、葛城に『トイレに行かせてください』という一言を飲み込ませた。
「すぅーーーーはーーーーー……」
深呼吸をする。
これは集中するためでもあり、栓を閉めなおすためでもあった。
弓を構えているときはどうしても足を開かなければならないし、体も動かせない。
葛城は何とか括約筋の力だけで抑え込み続けてきたが、徐々に辛さが増している。
(うぅ……だ、だれか代わりに行ってきてくれないかしら……)
そんなことすらも思いながら、矢を射かけた。
放った矢は的の少し横に突き刺さった。
葛城は、空母艦娘として生来生まれ持った感覚があるのかドンドン上達をしていたが、本人としてはやはりバシバシと的に中てて瑞鶴に認められたい気持ちだった。
「葛城、ちょっとストップ」
待ち望んだ休憩時間か。
「いったんそこに座って、私の動きを見てて」
違った。
しかし座れるのであれば少し楽になる。
葛城は正座をする……ような恰好でさりげなく踵を出口に押し付けた。
(ふぅ……こ、これで少し楽になるかしら)
押し付けた踵を軸に、瑞鶴にバレない程度にモゾモゾと体を動かす。
足を開いて立っている時よりはるかに楽だ。
尿意が少しずつ引いていく。
(う~~お腹痛くなってきちゃったわ……)
練習再開前に摂取した水分も膀胱に注がれたのだろうか。
下腹部がかなり張っているように感じられ、染み出すような痛みを伴っていた。
さりげなく、片方の手でへその下あたりをさする。
「~~~~っていうことに注意して、もう一回やってみよっか」
瑞鶴がコツや注意点について実践を交えて説明してくれた。
今度はそれを踏まえて葛城が実際にやってみる番だ。
立ち上がり、弓を持ち、構える。
が、その瞬間。
「ッ……!!!!」
座った状態で抑え込んだ水分が、いい加減にしろと言わんばかりに暴れ始めた。
ため込んだ水分が水門へと殺到するような感覚。
括約筋を全力で締め上げる。
余りの尿意に、少しだけ膝を内側に曲げて「八の字」のような姿勢になる。
足の内側の筋肉にも自然と力が入り、足の指先には床板をもぎ取ろうとするかのような力が入る。
(ダメ!!ダメよ葛城!!瑞鶴先輩が見てるのにそんなみっともないこと!!!)
強烈な尿意に襲われてなお、彼女の乙女として、後輩としての矜持は崩れなかった。
まずは何としても、この手に握った二本の矢を射かける。
そうすれば一度足を閉じることが出来る。
大丈夫、まだ大丈夫と自分に言い聞かせ、尿意の波を引かせる。
波が引いた瞬間を見計らって一本目の矢を放つ。
「……フッ」
中心からは外れていたが、的には中った。
(よし!次の二本目も……ッッ!?!?)
喜んだのも束の間。
引いた波がまた戻ってきた。
それもさっきよりも強い波になって戻ってきた。
(ダメダメダメ!!!ダメよ!!!出ちゃダメ!!!!)
自分の体に言い聞かせるように体に力を込める。
括約筋はもとより、足の内側、足の指先、果ては腹や背中や肩にも力が入り、全身が強張る。
「ふーーーーふーーーー」
尿道口がヒクついているような感覚すらある。
(これ……まずいかも……!ほんとにこのままじゃ……私……!!)
漏らしてしまうかも。
という言葉は心の中でも発したくなかった葛城。
言えば、思ってしまえば一気に今まで保っていた矜持が瓦解してしまうような気がしていたからだ。
力が入りすぎた足はすでにプルプルと小刻みに震えている。
もう弓の方に割ける集中力は少なくなっている。
とにかく二本目、この二本目を放たなければ。
しかし狙いも姿勢も覚束ない。
(ええと……ええと……)
軽い混乱状態に陥りつつある葛城。
強弱する尿の波が弱まるタイミングを見計らって少しずつ狙いを修正していく。
そして矢を放とうとした瞬間。
「んぅっ!?」
突発的な尿意が体を突き上げるようにして込み上げた。
完全に意識を尿意に持っていかれてしまった。
放たれた矢は、的に中るどころか少し手前の地面に突き刺さった。
「え?」
明らかに一本目と比べて上手くいかなかった二本目を見て瑞鶴が疑問の声を上げる。
彼女の視線は地上の矢から葛城の方へと向けられる。
「ふっ……んっ……んっ……!」
足と肩を震わせ、息を止めるようにして何かに耐えている。
まさか悔しくて泣いている?
いやあれはそんな状態ではない。
体調を崩しているのだろうか?気分が悪い?
いや、あれは、あの様子は……。
「……ねぇ葛城、あなたもしかして」
違います。
瑞鶴先輩、違うんです。
きっと何か勘違いしているんです。
決して『おしっこがしたくて堪らなくてちゃんと矢を射れなかった』んじゃないんです。
ちょっと失敗しただけです。
気づかないでください、お願いだから気づかないで……!
「トイレ、我慢してる?」
言われた瞬間、葛城の中の何かが音を立てて崩れた。
無意識的に『もうトイレに行きたいと打ち明けてもいい』と思ったのだろうか。
尿意が加速度的に高まっていく。
「んんぅ!!」
うつむきながら、空いている右の手で思い切り股間を握りしめた。
さらに握った手を両足で挟み込み、体をモジモジとせわしなく動かし始めた。
「ちょっ!葛城!?」
瑞鶴もまさかそこまで限界が近いとは思っていなかったので、驚きの声を上げる。
(嫌……!!急に……!!!と、トイレ!!!)
憧れの瑞鶴先輩にバレてしまった。
しかも気を遣わせてしまった。
そして何よりも、彼女の目の前で"前押さえ"をするというはしたない行為をしてしまったことが堪らなく恥ずかしかった。
しかしそれ以上に、やっとトイレに行けるという安堵の思いが強かった。
「す、すみません先輩……すみません……」
何に対しての謝罪かはわからないが、葛城はそれしか言えなかった。
「実はずっと、お手洗い、行きたくて……」
蚊の鳴くような声で瑞鶴に告げる。
「も、もう!別に途中でも言ってくれたらよかったのに」
瑞鶴は葛城の左手にある弓を受け取ろうと手を差し出した。
葛城はそれを見て、弓を瑞鶴に預ける。
「トイレはそこの奥の方にあるから、行っといで?」
羞恥心で顔が赤くなっていくのを感じる。
「す、すみませんっ……行ってきます……!」
(トイレ……トイレ……!!)
床板をドタドタと踏み鳴らしながら小走りで道場の奥に向かう。
すりガラスの小窓が付いた木のドアがあった。
施設が古いのか、特にここがトイレであるというような表記はなかったが、恐らくこれだろう。
(やっと出来る!トイレ、トイレで!!)
トイレを目前にしてさらに尿意が高まる。
(嫌!!ダメよ!!まだトイレじゃないの!!!まだなの!!!)
片方の手は股間から離せないまま、はしたなくジタバタとしながら歩みを進める。
道場内の僅かな距離が非常に長い道のりに感じられたが、ようやくドアの前にたどり着いた。
この扉の先が、ずっとずっと行きたかった場所。
突進するようにドアに向かい、金属製のドアノブに手をかけ、思い切り回す。
ガチャガチャ
「えっ……?」
ノブは回らなかった。
無情にも、内側からカギがかかっていた。
「ひゃっ!!ええと、入ってます……」
中からは瑞鶴の姉、翔鶴の恥ずかしそうな声が聞こえた。
まだ葛城の戦いは終わっていなかった。
「しょ、翔鶴さん!?すみません!!」
「葛城さん?ごめんなさいね、すぐ済むから……」
すぐ済むから。
そうは言われたが葛城ダムは決壊寸前。
しかも『もうできる』という状態からおあずけを言い渡されてしまった。
そして……。
ジョロ……チョボボボボボボボボ……
「ッ!!!!」
扉の向こうから翔鶴が用を足す音が聞こえてくる。
その水音が呼び水となり、葛城の膀胱の中の水分が呼応して暴れまわる。
そして、背中にゾワゾワとした悪寒を感じ取り……。
(だ、ダメ!!!!!それだけはダメ!!!!)
両手で思い切り股間を揉みしだきながらその場にしゃがみ込む。
しかし葛城が着ている着物の厚く固い生地の上からでは、押さえが不十分だった。
(無理!!!もう無理!!!!)
最早恥も外聞もなく、彼女は着物の裾を広げ、隙間から両手を差し込んで下着の上から手で押さえ始めた。
「あっ……んんぅ!!」
触れた下着がじんわりと湿っているような感覚が指先に伝わる。
(ち、違う!!これは汗!!そう汗よ!!)
しゃがみ込み、身を捩る。
それだけでは飽き足らず手で直接下着を抑えるという幼子でさえあまりしない限界我慢の仕草。
(イヤ……イヤ……イヤ……ッ!)
漏らすのが嫌なのか、このはしたない姿が嫌なのか、その両方か。
彼女は心の中でうわ言のように繰り返す。
下腹部全体が脈打っているようにすら感じながら、きつく、きつく、栓を閉める。
「翔鶴さん……お願い……早く……早く……」
小さな声で床に吐き捨てるようにつぶやく。
すでに中からは水音は止んでいる。
あと少しだろうか。
ごそごそとする音が聞こえてくる。
もうすぐだろうか、もう変わってもらえるだろうか。
早く早く早く……。
気持ちが焦る。
ザーーーーー
水が流れる音。
顔を上げ、ヨロヨロと立ち上がる。
「ごめんなさいね、葛城さ……キャッ」
「すみません翔鶴さんっ!」
もうなりふり構っていられない。
扉から出てきた翔鶴を押しのけるようにしてトイレに飛び込む。
(トイレトイレトイレ!!早く!!早く!!)
トイレは床が一段高くなった和式便所だった。
古いタイプではあったが、清潔感は保たれている。
もつれそうになる足でサンダルを履き、段差を登る。
「くぅ!うぅ!!んっ!!!」
(漏れちゃう!!漏れちゃううう!!!!)
トイレを目の前にしたことで尿意が限界を超えて高まる。
尿道口がヒクつき、熱くなったように感じる。
ギュウギュウと手で出口を押さえつけ、最後の我慢をする。
「あと、少し、あと少しだから……あと少しでおしっこできるから!」
自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、片方の手で着物の裾を捲る。
その間も足はソワソワと落ち着かない。
体もモジモジくねくねとせわしなく動く。
そしてあとは下着を下してしゃがむだけ……。
「……ごめんなさい!!」
葛城はその前に、足で和式便器のレバーを蹴っ飛ばした。
足で流すのはよろしくないなのは承知していたが、限界だった。
この古いトイレの木製のドアでは、自分が放水する音が外に聞こえてしまうだろう。
実際、先ほど翔鶴の音は葛城に聞こえていた。
ただでさえ瑞鶴の前で恥ずかしい我慢姿を披露してしまったのだ、音まで聞かれるなどということは避けたかった。
ゴボボ……サーーーー
水が流れ始めると同時、一気に下着を下しながらしゃがみ込む。
しゃがみきる前からフライング気味に尿が飛び出した。
ブシュッ!!ブシャアアアアアアアアア!!!
ジュオオオオオオオオオオオオオ!!!
「あッ……んッ……」
声が抑えられない。
頭がぼんやりとする。
長い長い我慢の末、ようやく解放することが出来た幸せを噛み締める。
ジュオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ジョボボボボボボボボボボボボボボボ!!
極太の小水が封水に叩きつけられる。
普通なら「チョロチョロ」という音になるのだが、あまりの勢いに独特なくぐもった音を奏でている。
そこで葛城は気が付いてしまった。
(嘘!水、全然流れてない……!?)
流し始めたばかりの水が、もう殆ど止まってしまっていたのだ。
それもそのはず、直前に翔鶴が使用したばかりだったので、まだタンクに十分な水が貯まっていなかったのだ。
(これじゃ音が……!)
ジュウゥ……ちょぼぼぼ……ちょぼ……ちょぼぼぼ
「んんんんぅ!!!」
無理矢理開放していた栓を閉め、勢いを殺そうとする。
当然、完全に止められるはずはないが、もう一度水を流すまでの時間稼ぎだ。
慌ててもう一度レバーを下げる。
もちろん今度は手で。
ゴポポポ……
当たり前だが、短い間隔で何度水を流そうとしても無理だ。
ちゃんと水を流したければタンクに水が貯まるのを待つしかない。
「そんな……あんっ!!!」
ジョロッ!!ジョロロロ……
(だめだめだめ!!今おしっこしたら音聞かれちゃう!!だめよ!!だめぇ!!!!)
もう彼女の括約筋に力は残っていない。
最後の力を振り絞ってせき止めていたが……。
ジョロロロロロロ……
ジュウウウウウウウウウウウ!!!!
ジョボボボボボボボボボボボボボボボ!!
「────ッ!!!!」
もう止められない。
(わ、私……こんなはしたなく、おしっこ……)
どんなに恥ずかしくても、全部出し切るのを待つしかない。
「んっ………」
(でも、やっと出来た……気持ちいい……)
一度抑え込んでしまった反動か、さらに強い解放感が訪れた。
だらしない表情を浮かべながら、貯まった尿を放出していく。
頭に靄がかかったようにぼんやりとした気持ちになる。
ジョボボボボボボボボボ
まだ終わらない。
昨晩から今に至るまでにため込んだ量は並みではない。
(……ちょっと、いい加減終わりなさいよ……)
自分の体に悪態をつくが、こうなったのは自分自身の判断のせいである。
ジョロロロロロロロロロ チョロロロロロロロロロ
ようやく勢いが収まり始めた。
お腹もかなり軽くなった。
(うぅ、まだ終わらないの……?)
もう爆音を響かせてしまった後なので、今更音消しをする意味は無い。
すると今度は長時間に渡って音を響かせることの恥ずかしさが湧き上がってくる。
ちょぼぼぼぼぼぼぼ……
(これで全部かな……)
残さず出し切るため、腹部に力を込める。
「んっ!」
シュウゥ!!チョボボ!!
ピチャン……
「は~~~~………」
深い深いため息。
何とか無事トイレで済ませることができた。
(間に合った……けど……うぅ……恥ずかしいわ……)
漏らさなかったというだけで、結局ははしたなく我慢する姿を見られてしまった葛城の心は晴れない。
それに……。
(下着、ちょっと濡れちゃってる……こんな子供みたいにな失敗しちゃうなんて……最悪……)
先ほどトイレの前で感じた水気。
これは汗というには少々無理があるような湿り方だった。
とても情けない気持ちになりながら、ペーパーで股間と下着を拭いていく。
「はぁ………」
またも深いため息。
今度は解放感からではなく、自分自身への呆れからだった。
ザーーーーーーー
葛城が用を足している間にタンクの水は貯まっていたので、今度はちゃんと水が流れた。
せめてこれがしている最中に流れてくれればなあと思いながらトイレのドアを開ける。
「………!」
出ると、目の前には瑞鶴が立っていた。
彼女は葛城があまりにも危険そうだったので心配になってあとからついてきたのだった。
「えっと、その、大丈夫?」
「……はい、葛城は大丈夫です」
俯きながら、どこかの戦艦のような受け答えをする葛城。
あんまりにも彼女がしおらしくするものだから、瑞鶴はおかしくなってしまった。
「プッ……!も~~そんなに気にしないの!何にも悪いことしてないんだから!」
「でも、私……情けなくて」
「間に合ったんでしょ?ならよかったじゃない!それを言うなら私の方が情けないわ」
「え?」
予想だにしない瑞鶴の言葉に葛城は驚いて顔を上げる。
「私、葛城が調子悪いのかな?って思いながら、教えることばっかり優先してた」
「そんなこと……!」
「ある、と私は思ってる。翔鶴姉だったら、きっと途中で『大丈夫?』って声かけてたもん」
「……」
「だから、言い出せなかった葛城と、気遣えなかった私、おあいこにしましょ?」
「……瑞鶴先輩!!」
何を怖がっていたのだろう。
瑞鶴はちょっと後輩が失敗したり、上手くいかなかったとしてそれを受け入れないような狭量な艦娘ではないというのは分かっていたはずなのに、勝手に葛城の方から怖がっていたのだ。
「それにしてもすっごい我慢してたのね。私びっくりしちゃった」
「ず、瑞鶴先輩!!!」
「アハハハ!いやーあんなに我慢しながらよく弓構えられたわね~私なら我慢できなくて漏らしちゃうかも」
場を和ませようとしているのか、冗談気味に言う瑞鶴。
「もう瑞鶴……そんなはしたないこと言わないの」
様子を見ていた翔鶴が、会話を聞いていたんか少し離れたところから近づきながら瑞鶴を諫める。
「え~~?翔鶴姉だって時々すっごい我慢してるじゃん~」
「ええっ!どうしてそれを!?」
「……え?ほんとだったの?」
「~~~~!!!」
「そっかー、だから時々トイレからすっごい音が……」
「瑞鶴!!!!」
そんな姉妹の会話を聞きながら、葛城は思う。
(……もしかして私、そんなにすごい音をさせてたのかしら……)
弓道場のトイレのドアは薄い。
今日初めて弓道場に来た葛城には、どのくらい水音が道場内に聞こえるのかまだわからない。
それを知るのは別の日になるのだが、その時に今日のことを思い出して真っ赤になる葛城の姿が見られたという。