某艦隊が拠点とする基地……その施設のある一室。
『会議室』という札が貼られているが、元が何の部屋だったのかははっきりしない。
そんな古い建物の一室に艦娘たちが集められている。
『昼戦でこのような場面があったが~~~』
先ほど行われた演習の振り返りを行っている様子であった。
会は滞りなく進行しているが、流れに徐々に付いていけなくなっている艦娘がいた。
「んっ……んんっ……」
今回の演習艦隊の旗艦を務めた重巡・妙高であった。
(お、お手洗い……どうしてこんなに……)
彼女の下腹部に重く重くのしかかっている尿意、これが彼女の集中力を削いでいた。
(どうしましょう……中座させてもらいたいけど……)
どうしよう、とは思うものの彼女にできることはなかった。
中座してトイレに行く、などという発想は彼女には全くなかった。
「ふぅ……ふぅ……うう……」
浅めの呼吸を繰り返す。
周りの視線を気にしながら、太ももをすり合わせて尿意を抑えようとする。
(な、なんとか……終わるまで……)
『我慢できるかしら?』という不安は心の奥底に押し込んだ。
できるかどうかではなく、もう我慢するしかないのだ。
妙高にとっての戦いは、先の演習で終わっていなかった。
ある種ここからが本番だった。
「ふーー……ふーー……」
深く呼吸をしながらソワソワと体を動かし、尿意を意識の外へ外へと追いやっていく。
そうした頑張りが実を結び、尿意の波が少しずつ引いていく。
「ふぅ……」
尿意の波が来たら耐え、抑え込む。
抑え込んで波が引くのを待つ。
波が引くと少し落ち着く。
先ほどからこのようなことを繰り返していた。
(これでもうしばらくは大丈夫、ですね……)
ぴったりと閉じていた足を楽な姿勢に戻していく。
もちろん、モジモジとしていた動きもやめている。
本当はトイレ休憩を申し出たいほどだった。
今回の演習参加者には駆逐艦も多い。
男性である提督もいる。
そんな中で旗艦たる自分が「トイレに行きたい」と言い出すことが出来なかった。
しかし、彼女が率先してトイレ休憩を申し出られなくなった大きな理由は別にあった。
それは演習開始前のこと……
~~~~~~~~~~
「あの~……」
「どうしました?初風さん」
「……ええとですね、お手洗いに……行っても良いでしょうか……」
「……初風さん?なぜ演習の開始前というこのタイミングまで行かなかったのですか?」
「その、行くタイミングが無くて」
「準備の時、予め行っておけばこんなことにはならなかったはずですよね?」
「……はい」
「いいですか初風さん、常に万全の状態で任務に当たれるように備えておくのは我々艦娘の基本です。特に今回は演習の開始時刻も事前に分かっていたのですから、予想はできたはずで……」
~~~~~~~~~~
あろうことか、彼女自身が麾下の駆逐艦・初風からのトイレに行きたいという申し出を却下していたのだ。
それ以降、初風が手洗いに立っていないことは妙高も把握している。
それなのに自分の方が先に我慢できなくなるなど許されないと彼女は考えていた。
(早く休憩時間にならないかしら……)
彼女が考えるこの窮地を脱する方法はただ一つ、"休憩時間になるのを待ち、トイレに駆け込む"……それだけだった。
抑え込んだ尿意が再び強まらないよう、努めて会議の方に意識を集中させていった。
/
妙高の体感ではかなり長い時間が経過したが、休憩時間に入る気配はない。
(随分と白熱してきましたね……)
絶対的な正解が無い場合、どうしても意見が割れてしまうことがある。
今回も、大別して二つの意見に割れてしまっている様子だった。
彼女は麾下の艦娘たち、提督の意見を聞きながら自分の意見をまとめていく。
『あの時はこういう状況で~~~』
『しかしそれだとこちらが~~~』
議論がどんどん活発化し、熱を帯びてきている。
これはかなり長引くかもしれない、と妙高は思い始めたところだった。
「妙高、旗艦としてはこの状況どうするのが良いと思う?」
不意に提督から話を振られた。
議論していた艦娘たちも彼女に視線を向ける。
「そうですね……今までの話を聞きながら、私も自分なりの考えをまとめていたのですが……」
と前置きしながら彼女は椅子を引いて立ち上がる。
そのまさに立ち上がろうとした時……。
(ッ!!!!)
妙高が顔を歪めた。
何か痛みに耐えているようにも見える。
そんな様子を、前から見ていた提督はそれを見逃さなかった。
「妙高?」
「……す、すみません……机に、足をぶつけてしまって、その、少し驚いただけです……すみません」
「大丈夫か?」
「は、はい!大丈夫です!」
嘘をついていた。
机に足などぶつけてはいなかった。
立ち上がった瞬間、姿勢が変わったせいか尿意の大波が彼女の不意を突いて襲い掛かってきたのだ。
(そ、そんな……さっきまで治まっていたのにどうして急に……!)
彼女が抑え込んでいただけで、尿自体が消滅したわけではない。
急に、ではなく満を持してといった方が本当は正しいだろう。
膀胱は彼女の意思とは関係なくその存在を強く主張し始めていた。
「ええと……先ほどのような、状況の場合は、ですね……」
周りに気取られないよう細心の注意を払いながら身じろぎをする。
間違って放出してしまわないように……。
「~~~となるので、先ほどの演習でもそのような判断をしました」
なんとか意見を言い終わり、着座しようとする……が。
「で、でも!こちらからの攻撃にはどう対処するんですか!!」
妙高の説明に納得していない艦娘が意見をぶつけてくる。
「妙高さんの判断に逆らうのか?」
「そうじゃなくて!それだとこっちが……」
またもや議論が白熱しかける。
「まあまあ落ち着きなさい……」
提督がこれ以上言い合いにならないように場を制した。
(は、早く座らせて……)
その間、妙高は尿意に耐えながら直立していた。
彼女はとにかく早く座って、先ほどのように尿意を抑え込みたかった。
「妙高、私もそのあたりもう少し詳しく聞きたいと思うのだが、良いかな?」
しかし、更なる説明を提督から求められた。
またも全員の視線が妙高へと集まる。
「は……はい……」
拒否権などなかった。
「ええと、その場合、こちらの方から~~~」
普段よりも格段に言葉の歯切れが悪い。
しかし幸か不幸か、皆は考えながら、言葉を選びながら丁寧に説明しようとしているのだと思い、特に気に留めていなかった。
「~~~~ですので、その、こういった場面で~~~」
(お、お手洗い……お手洗いに……!!)
何とか意見を述べようとするが、どんどん意識を尿意に占拠されていく。
足をピタリと閉じ、極わずかにモジモジと擦り合わせて尿意に耐える。
『あまり身じろぎすると変に思われてしまうかも』という不安があったが、もう直立不動ではいられなかった。
「~~~~~~~~と、私は、考えます」
「うむ、よく分かったよ」
「ありがとうございます……」
言い終わると彼女は速やかに着席した。
自分の腹を庇うように、若干前傾姿勢になりながら座り込む。
「ふぅ………ふぅ………」
先ほどよりも激しく足をすり合わせる。
椅子の上で彼女の尻が左右に踊る。
(お、おトイレ……行きたい……!!!)
もう周りのことなど気にしていられない、と思い始めたその時。
『ふーーーーふぅーーーー』
前方の席に座っている艦娘が彼女の目に留まった。
駆逐艦・初風……今回の演習に参加した艦娘、妙高の妹のような艦娘、妙高がトイレ休憩を却下した艦娘…。
彼女は明らかに呼吸を荒くしながら、綺麗な水色の長髪を揺らしている。
いや、正確には体全体が忙しなく揺れている。
(は、初風さん……もしかして……)
そう、初風もまた尿意と戦っていた。
彼女は演習前にトイレに行きたいと申し出ており、今の今まで我慢していたのだった。
明らかに妙高よりも限界が近そうだ。
初風の両手は机の上にはなく、足の間に挟み込まれている。
(……あんな、あんなこと私には……!!)
"人の振り見て我が振り直せ"という言葉がある。
初風が我慢する様子を見た妙高は『自分も周りからあんな風に見えているかもしれない』と考え、失いかけていた羞恥心を取り戻してしまった。
「んっ……んんぅっ……」
脳天から爪先まで、全身を硬化させるかのように力を込める。
体の動きを最小限にとどめながら、耐える。
ひたすらに耐える。
(このまま……次の休憩時間まで……耐えれば!!お手洗いに……!!!)
そう思いながらちらりと部屋の後方に目をやる。
実はこの部屋の後方、1つの洗面台とトイレが備え付けられていた。
妙高が欲して堪らない空間が、ほんの数メートル後方にあるのだ。
(さ、最悪の場合は……あそこに……)
彼女が『最悪の場合』と言うのには理由がある。
自分しか居ないならまだしも、麾下の艦娘も提督も居る目の前でトイレに飛び込むのは憚られた。
しかも、古い建物なのでトイレは薄い木の扉一枚で隔てられているだけ……音消しをするしないに関わらず、中の様子を察されるのは非常に恥ずかしいと思っていたのだ。
そんなトイレでも候補に挙がってしまう程度には、彼女は切羽詰まっていた。
「では、先ほどの妙高の意見も踏まえて~~~」
既にかなりの時間が経過しているが、まだ会が終わる気配はない。
それどころか新たな議論が始まりそうな雰囲気すらある。
本当に"取り返しのつかない失敗"を犯す前に、恥を忍んで申し出た方が良いのではないか。
そんな風に考え始めた妙高だが、先ほどの初風の姿が脳裏にちらついてしまう。
自分ももしかしたら『トイレを我慢している?と思われているかもしれない』と思われているかもしれない。
もしそうなら、休憩を具申したら『妙高はトイレも我慢できないのか』と思われてしまわないだろうか……。
(だ、大丈夫……大丈夫……このまま、我慢……すれば……!)
結局、言い出せないまま会の進行に身を任せることになった。
尿意の波は少し落ち着かせることが出来たが、それでも先ほどのように意識の外に追いやることはもうできない。
下腹部がチクチクと痛む。
妙高が抱える水袋は、その限界が近いことを強く訴えかけていた。
/
『なのでこういった状況では~~~』
(うぅ……そ、そろそろ、休憩時間に……ならないでしょうか……)
何度も何度も時計に目をやる。
その度に時間の進みが遅くなっているのかと疑いたくなる感覚に陥る。
(は、早く……早くお手洗いに……!!!も、もう私、これ以上は……!!)
妙高の心はいよいよ屈しかけていた。
例え恥ずかしくても、情けなくても、みんなの前で放出してしまうよりは何万倍もマシだ。
羞恥心と生理的欲求の天秤が、これまでと反対側に傾き始めた。
「ん……んっ……」
(は、初風さんも辛そうですし、他の子も、もしかしたら、我慢してるかもしれませんし、一度休憩をした方が……皆さんの為にもなるはずですし……提督もお疲れかもしれないし……)
誰に聞かせるわけでもない言い訳を自分の中で並べ立てる妙高。
それはまるで呪文のようだった。
心の中で必要な儀式を済ませた妙高、意を決して休憩の具申をしようとした正にその時。
「あっ、あのっ!!」
声の主は妙高ではない。
「どうした?初風」
声の主は初風だった。
彼女の声に提督が応える。
「あの……一度、休憩に、しない?そろそろ、その、一息入れたいんだけど……」
「あぁ、もうこんな時間か……」
「でしょ?だから、一旦……」
(は、初風さん……!)
妙高よりも先に限界を迎えた初風が、ついに休憩を申し出たのだった。
言うまでもなく、妙高にとって願ってもない幸運。
これで限界を悟られることなくトイレに行くことができる。
「そうだな……じゃあさっきの話をまとめたら休憩にしようか」
「えっ……」
「それまで我慢できるか?」
「……っ!わ、分かったわ!」
「?」
再び暗雲が立ち込めた。
(そ、そんな……!!)
提督は初風の状態を察していた訳ではなかった。
『我慢できるか?』という聞き方をしてしまったのは全くの偶然。
しかし今の初風にとってはそう聞こえなかった
『もう少し(トイレに行くのを)我慢できるか?』と言われたようにしか聞こえなかったのである。
そう聞かれて『もう我慢できません』と返答する勇気は、彼女にはなかった。
(お、お手洗い……おトイレに……行きたいのに……!)
自分がトイレ休憩を却下した初風が耐えているのだ。
彼女より先に音を上げるなどもっての外だと考えている。
それに、もうすぐ休憩時間になると告げられている状態でどうしても今すぐに休憩したいと申し出るなど、もう我慢できないと全員の前で告白するのに等しい。
そのようなこと、妙高にはとても耐えられない。
(も、もう限界なのに……!!)
そんな彼女の羞恥心とは関係なく、水をたっぷり蓄えた臓器は危機を訴えかけてくる。
膀胱が脈打っているような感覚に襲われる。
ズキズキとしたより強い痛みが、まるで警報のように彼女の体内に鳴り響く。
(だめ……だめぇ!!!)
ついに今まで決して行わなかった禁忌の手段を取った。
スカートの上から両手を使って股間をギュウギュウと抑え始めたのだ。
「んぅっ!……ンッ!!」
声にならない悲鳴を上げる。
見る人が見れば……いや、誰が見ても"私はおしっこを我慢しています"と一目瞭然な姿勢をついに取ってしまった。
こうでもしなければ今にも放出してしまいそうだった。
(お願い……皆さん……私を見ないで……見ないでください……!!)
心の中でそう祈ることしかできなかった。
バレないようにと考える余裕も無い。
乙女としての最終防衛ライン、これだけは突破されるわけにはいかない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
椅子の上ではタイトスカートに包まれた形の良い尻が小躍りしている。
体は強張り、猫背になっている。
出口まで殺到していた水分を何とか押し戻す。
こうして尿意を無理矢理抑え込む。
(こ、この話が終われば……休憩時間に……トイレに……!!!)
尿意が僅かに弱まれば、その分の羞恥心が戻ってくる。
さながらシーソーゲームのように。
もしここまでしても尿意が高まり続けていたら、全ての恥をかなぐり捨ててトイレに行きたいと申し出ていた事だろう。
ここで無理に抑え込んでしまったのは、妙高にとって幸か不幸か……それは彼女にも分からない。
『~~~~で~~~~なので~~~~』
提督にはバレていなさそうだ。
もちろん初風のことも気づいていないだろう。
特に調子を変えることなく話を続けている。
(早く……提督……お願いします……早くっ……!!)
「~~~~というわけだな……ふう、随分と長時間拘束してしまったな。これより……そうだな、休憩時間を20分取ろうか」
(お、終わった!!!これでやっと!!!)
「では、20分後に再びこの部屋に集まるように」
そう言って場を解散させた。
各々の休憩時間を過ごそうと、艦娘たちはぞろぞろと部屋を出ていく。
初風が一目散に部屋を飛び出していくの妙高は見た。
どうやら彼女にとっても、この部屋に備え付けのトイレを使うのは憚られるようだ。
(私も早くトイレに……!!)
尿意と格闘していたため、出足が一歩遅れてしまった。
部屋に残っているのは妙高と提督だけ。
妙高も立ち上がり、部屋を後にしようとしたその時……。
「妙高、ちょっといいかな?」
「て、提督……!」
呼び止められてしまった。
どうする。
後にしてくれと頼むべきか。
「な、なんでしょうか」
「今回の演習の結果と、今日の話の内容をまとめた報告書を作ってもらいたいんだが」
「はい、ええと、元々……んっ……その、つもりでしたので」
(だめ……我慢……がまんしなきゃ……がまん……)
「そうか、助かるよ」
「いえ、これも、んっ!……旗艦の務め、です、から……」
(ト、トイレ……トイレに……トイレぇ……)
提督との会話がすぐに終わると信じて、必死で我慢しながら受け答えをする。
「……顔色が優れないが、大丈夫か?」
「そ、そうですね……少し疲れが、んんっ!……出てしまったのかもしれません……」
(で、出てしまいそう……早く……!!)
再び誤魔化そうとする。
まだ、まだ提督には我慢していることはバレていない。
早くこの部屋を出て、トイレに駆け込めば全て解決する。
「なので、ええと、すこし、外の空気を吸ってきますね」
「ああ、呼び止めてすまなかった」
「いえ……」
「体調が優れないなら、無理しなくていいからな?」
「だ、大丈夫です!……大丈夫……では、少し失礼しますね……」
(早く早く早く!!早く!!!)
提督に気取られないように、下腹部を刺激しないように歩みを進め、後方の扉を目指す。
どうしても備え付けのトイレが目につくが、部屋には提督がいる……ここは使えない。
目の前にある楽園に後ろ髪を引かれつつ、部屋の出口へ向かう。
そこでまたしても、思いもよらぬ事態に出くわすこととなる。
「はぁ!!はぁ!!!」
「は、初風さん!?」
脱兎のごとく部屋を飛び出したはずの初風、彼女が息を切らしながら戻ってきたのだ。
「妙高姉さん!!ご、ごめんなさい!その……この部屋のトイレは……誰か入って……ますか!?」
初風は落ち着きなく足踏みをし、体をしきりに動かしながら言葉を紡ぐ。
両手はスカートの間にぎゅっと挟み込まれている。
もう人目を気にする余裕も無いようだ。
「と、トイレ、その、並んでて……っ!空いて……!」
「!!……誰も使ってませんから!早く!!」
妙高の言葉を受け、歪んでいた初風の表情が幾らか明るくなる。
「あ、ありがとうございます!」
礼を言いながら一直線にトイレ駆け出し、乱暴に扉を閉めた。
『あっ……んっ!!』
扉の中から聞こえるか細い声、足踏みの音、衣擦れの音。
それらは傍にいる妙高、そして提督にとって妙に艶めかしい音に聞こえていた。
本来であれば提督は部屋を出てやるべきだが、突然のハプニングに反応が遅れ、その場でオロオロとするしかなかった。
そして中から聞こえる音が止んだ瞬間……。
ブシュウウウウ!!!ジョボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!
(っ!!!!)
扉の向こうから初風が苦しみから解放されていく音が響いてくる。
その音量はとても駆逐艦の物とは思えないほど大きい。
あれほどの体にどれだけの水分を貯め込んでいたのだろうか。
(わ、私も早くお手洗いに!!!)
一瞬間をおいて妙高が正気に戻る。
自分も早くトイレに行かなくてはと。
(あ……でも確か初風さんが『トイレに行列があった』と……)
思い出される初風の言葉。
彼女はトイレにできた行列に耐えかねてこの部屋に戻ってきたのだ。
今から自分が行ってもその行列に並ばなければならい。
果たして耐えられるだろうか……?
そんな妙高の思考の隙を突くように、突然膀胱が暴れだした。
「ああっ!!!」
突然素っ頓狂な声を上げる。
間に合わないかもしれないという絶望感、扉の向こうから聞こえる水音。
これらが急速に彼女の尿意を加速させた。
(だめっ!!!だめっ!!!!!)
ついに彼女は一つの禁忌を破ってしまう。
(もう……我慢できない!!!!!!)
手で"出口"を思い切り押さえ始めたのだ……提督が目の前で。
「みょ、妙高!?」
提督が驚くのも無理はない。
あの真面目で清楚な妙高が、幼子のような恰好ではしたなくトイレを我慢しているのだ。
それも人目をはばかることなく。
「は、初風さん!!初風さん!!!」
『きゃっ!妙高姉さん!?!?』
恐らく今からトイレの列に並んでも間に合わない。
であれば、初風の次にこの部屋のトイレに入るのが一番早い。
妙高の世界に存在するのは、自分と目の前の扉、その向こうにある白い陶器だけだった。
初風にみっともなく思われる、提督に恥ずかしい姿を見られる、といった不安は消し飛んでいる。
「早く……早く交代して下さいっ!!!」
恥も外聞もなく頼み込む。
『ええと、ごめんなさいもう少し待ってください!』
ジョロロロロロロロ……
どれほど我慢していたのだろうか。
初風の放水はまだ終わる気配が無い。
断続的に聞こえる水音が妙高の膀胱を際限なく刺激していく。
「あっ……あぁっ!!」
シュイッ……
(嘘!い、今……少し……!!)
とうとう水門が耐えきれなくなってきた。
聞こえるはずはないのだが、彼女の耳には自分の足の付け根から確かに水が少量噴出したような音が聞こえた。
(い、いけませんこんな!!!だめだめだめだめ!!!だめぇ!!!!!)
このままでは本格的に決壊してしまう。
そこで普段の彼女からは到底考えられない行動を取った。
より強く押さえるために、タイトスカートを半分ほどまくり上げ、タイツと下着の上から直接股間を手で握りしめた。
「ダメ……こんなこと……いけない……のに……」
涙声になりながらうわ言のように声を上げる。
手と股間にじんわりとした不快感が伝わる。
やはり先走ってしまったせっかちな水分が居たようだ。
「出ちゃう……出ちゃう…………」
とても妙高の発言とは思えない情けない言葉。
限界の淵に立たされた彼女に、普段のような凛々しさはない。
「初風さん……初風さん……お願いします……早く……」
目の前の扉を涙目で見つめながらうわ言を繰り返す。
その間も手はギュウギュウと股座を揉みしだき、体はせわしなく揺れている。
チョロロロロロ……チョロロ……
ようやく水音が聞止んだ。
間をおいてガサゴソという音、衣擦れの音が聞こえ、最後にザーっという大きな水音が聞こえ、ガチャンというカギが開く音が聞こえた。
「お、お待たせしまし……」
「ごめんなさいっ!!!」
初風が言い終わる前に彼女を押しのけるようにトイレに飛び込んだ。
目の前には切望していた白い和式トイレ……それを目にした瞬間、出口がヒクつくほどの強烈な尿意に襲われる。
(漏れちゃう!!!漏れちゃううううう!!!!)
後ろ手にトイレのドアを力いっぱい叩きつけるように閉める。
今はコンマ1秒を争っている状態、鍵を閉める余裕などない。
そのままバタバタと足をもつれさせながら便器に跨る。
(やっと、やっと出来る!!!)
既に半分めくり上げていたスカートを完全に下半身が露出するまでまくり上げる。
(早く早く早く!!!)
ここで油断してはいけない。
片方の手でタイツと下着に指をかけ、一気にずり下す準備をする。
(トイレ!!!トイレ!!!!!おしっこ!!!!!)
そしてもう片方の手を股間から放し、両手で一気にタイツと下着を下ろすと同時にしゃがみこむ。
妙高の形の良い臀部、これまで水流をせき止めていた水門が露になり……。
ブシュウウウウウウウウウウウウウ!!!!!
ジュイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!
ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!!!
「ッ――――――!!!!!」
放流が始まった。
決壊寸前までなみなみとため込んだ水分を吐き出していく。
「はぁーーーーー………………」
ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ
まさしく"せきを切ったように"という表現がぴったりだろう。
滝のような奔流を便器に叩きつけている。
(ま、間に合い、ました…………良かったぁ…………)
先ほどほんの少し失敗していたが、これくらいなら自分にしかわからないだろう。
スカートには染みていないし、床にも零れ落ちていないハズだ。
とても情けない姿を提督に見られてしまったが……。
(うぅ……こんな恥ずかしい姿を、提督や初風さんに晒してしまうなんて……)
ジョロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ
(それに、お……音が……)
先ほどの初風の音も外まで聞こえていた。
きっと自分の音も同じだろう。
せめて提督も初風も気を利かせて扉から離れていてくれれば……あわよくば退室してくれていればありがたいのに……。
そう思いながら何気なく後ろを振り返る。
「………………………………えっ!?」
彼女の目に、扉は映らなかった。
代わりに映ったのは茫然とした表情でこちらをみる初風と、提督の姿……。
妙高も思考が追い付かず一寸固まる。
ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ
「…………………~~~~~ツ!?!?」
ようやく状況を理解し、声にならない悲鳴を上げる。
彼女がトイレに飛び込んだ際、あまりにも強く扉を閉めようとしたため、正しく閉まらなかったのだ。
結果、そのまま自然に開いてしまっていたのだが、気付かないまま二人の前で思い切り用を足し始めてしまった。
そして外の二人はあまりの光景に目を離すことも声を上げることもできず、その場に立ちつくしていた。
「だ、ダメ……み、見ないで!!!!!見ないで!!!!!!見ないで下さい!!!!!」
妹の羽黒のような叫び声をあげる妙高。
その声を聞いた二人がようやく正気に戻る。
「す、すまない妙高!!!!」
「ご、ごめんなさい妙高姉さん!!!今すぐ閉めます!!!」
今度こそ初風が扉をガチャリと閉めた。
(み、見られた……私……お、おしっこすることろを……初風さんに……提督に…………!!!)
今まで味わったことのないほどの恥ずかしさがこみ上げる。
顔はリンゴのように真っ赤になっており、目尻には涙が浮かんでいる。
用を足す音どころか、その姿さえも晒してしまった。
(こんなはしたない……恥ずかしい姿を……)
ジョロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ
しかし彼女の恥じらいなど知らぬと言わんばかりに放水は続いている。
恥ずかしさとは別に、体はこの上ない快感を噛み締めていた。
「ん……」
今は何も考えられない、考えたくない。
そう思った彼女は諦めの境地か、その快感に身を任せるしかなかった。
ジョロロロロロ……チョボボボボボ……
永遠に続くかと思われた放水もようやく勢いがなくなり始めた。
「……んっ!」
シュイッ!
ちょろろろろ……
「はあ~~~~~」
肺にたまった空気をすべて吐き出すかのように深くため息をする妙高。
(これからどんな顔をして二人に会えば良いのかしら……うぅ……恥ずかしい……恥ずかしすぎます!!)
妙高は扉の外に顔を出したくない気持ちでいっぱいだった。
とはいえ立てこもるわけにはいかない。
鬱々とした気持ち、顔から火が出そうなほどの恥ずかしさを抱えたまま扉に手をかけ、ドアノブを引く。
軽いはずの扉が非常に重く感じた。
「あっ……妙高姉さん……その……大丈夫、ですか?」
外には初風が居た。
もちろん、流石に扉のすぐ横には居なかった。
彼女もなんと声をかけていいかわからないのだろう、できるだけ当たり障りが無いような会話をしようと務める。
「え、ええ……ごめんなさい、その、お見苦しい姿を、見せて、しまって……」
俯きながら返答する。
初風はこんな妙高を見るのは初めてで戸惑っていた。
今の妙高はいつもよりも小さくなったような気さえした。
「えっと、その、私!気にしてませんから!」
「はい……」
「あぁ、あと、提督から伝言なんですが、『休憩時間を30分まで延長するが、妙高の体調がすぐれないようなら今日は部屋に戻っても良い』……とのことです」
「…………はい」
「妙高姉さん!大丈夫です!私気にしてませんし!誰にでもあることですし!その、絶対他の人に言ったりもしませんから!ね!!」
恥ずかしさと情けなさから妙高はその後もしばらく意気消沈し、提督を避けるようになった。
そこから『妙高が提督に泣かされた』という飛躍した噂が広まっていき、その噂が妙高の妹たちの耳に入り、その3人の妹が提督に凄まじい剣幕で迫り、結局は妙高の口から此度の失敗談が語られることとなってしまったのだが、それはまた別の話……。
なお、提督は休憩時間を延長したにもかかわらず、"急に腹を壊してトイレに籠っていたために"時間通り戻ってこれなかったそうな。