艦娘の満載排水量   作:是反

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アトランタが一人でおトイレに行けないお話


Atlantaの場合:深夜のおトイレ篇

~0100 軽巡寮~

 

夜も更け切った艦娘用の寮……その一室。

 

「くっ……ううぅ!」

 

1隻の軽巡洋艦娘が寝苦しそうに呻き声を上げている。

声の主はアメリカ生まれの軽巡洋艦・Atlanta。

彼女が唸っているのは眠れないからというだけではない。

防空巡洋艦とも呼ばれる程高い対空能力を持った彼女が、その優れた能力でも解決できない問題に直面していたからだ。

 

(くっそぉ……こんな時間にToiletに行きたくなるなんて……!)

 

敵航空機ではなく、自分の体内に蓄積された水分と戦っていた。

傍から見れば『早く起き上がってトイレに行けばいいのに』と思うだろう。

しかし彼女にはそれができない事情があった。

 

(こんな、こんな真っ暗な中行くなんて……無理っ!)

 

彼女の容姿に不釣り合いなほど子供じみた理由。

駆逐艦の中には一部、怖くて夜一人でトイレに行けないらしいが、彼女の場合は単なる恐怖心では片付かない問題だった。

"前世"からの因果か、夜に対して重大なトラウマを抱えているためだ。

それは恐怖症と言っても差し支えないレベルであり、日が暮れ始めると取り乱すほどである。

自分でもそれを理解しているからこそ、夜は出来るだけ水分の摂取は控え、寝る前にも必ずトイレに行くようにしている。

しかし今日はいつものように出来ていなかった事情がある。

 

(……ちょっと飲み過ぎたかな?もっとSaveしとけばよかった……)

 

実は、同郷の米国艦娘たちとホームパーティという名の宴会をしていたため、つい夜遅くまで飲んでしまったのだ。

疲労とアルコールのダブルパンチで彼女はみるみると眠気を増幅させられてしまい、自室のベッドに倒れ込むようにしてこれまで眠っていたのだ。

 

(ちっくしょう……なんで終わった後トイレに行っておかなかったんだよあたし……)

 

後悔先に立たず。

今の彼女に残された選択肢は三つ

「朝まで我慢する」か「恐怖に打ち勝ち、トイレに行く」か……どちらも決断できず「最悪の結末」を迎えるか。

 

(あるわけないじゃん!そんなこと!!んっ……!)

 

三つ目の選択肢は論じるに値しない。

とすれば取れる手段は二つ。

 

(……大丈夫だよ、ここは海の上じゃないし、敵だっていない……なんてことない……なんてことない……)

 

自分に言い聞かせるように心の中で呟きながらベッドから立ち上がる。

そのまままるで誰かから隠れるようにすり足で自室から廊下へと出るドアへ向かう。

 

(大丈夫、ここにはうるさいNightmareもいないし、大丈夫……)

 

そろそろとした手つきでドアノブを握り、扉をそっと開け、廊下に顔を出す。

 

「っ!!!っっっ!!!!」

 

眼前に広がるのは真っ暗な世界。

非常口を示す電灯が僅かに照らすのみである。

 

(無理!!無理っ!!)

 

トラウマが想起されたのか恐怖に全身を覆われる。

そのままドアを乱暴に閉め、ベッドへと逆戻りした。

 

(くっそぉ!!我慢すりゃいんでしょ!日が昇るまで!!)

 

残された選択肢は一つとなった。

ここから彼女の長時間に渡る孤独な戦いが幕を開ける。

 

(このまま寝ちゃえばいいんだ、そうだ、寝ちゃえば)

 

「one sheep, two sheep, three sheep‥‥」

 

尿意を少しでも紛らわし、早く、深く眠りにつくために呪文を唱えるように羊を数える。

そうして時間が過ぎるのを待ち、あわよくば朝まで意識を失ってしまおうと考えての行動だ。

アトランタの長い夜は続く。

 

/

 

~0203 軽巡寮~

 

「くっ……んんっ!……うぅ」

 

あれから約1時間。

尿意は寄せては返す波のように、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。

まるでアトランタの膀胱が意思を持って彼女を寝かせないようにしているかのようだ。

 

(収まれ!!収まれって!!!)

 

ベッドの中で丸くなりながら、両手で股間をギュウギュウと揉みしだく。

誰も見ていないからこそできる仕草。

体力を使っているからか、着ているパジャマも少し汗ばんでいる。

しかしどんなに汗をかこうと、下腹部の水分が減ることはない。

むしろ時間が経つごとに増えているように感じる。

 

(これ……マジ、朝まで持たないかも……!)

 

ついに決して自ら選ぶことのない第三の選択肢が頭をよぎり始めた。

 

(でも、こんな暗い中、行けないし……)

 

かといって第二の選択肢を取ることは出来そうにない。

あの真っ暗な廊下を思い出すだけで身がすくむ思いだ。

 

(どうしよう、このままだと……ヤバいかもっ)

 

堂々巡りの思考を長時間繰り返している。

彼女が心配する通り、このままでは結末を迎えてしまう可能性は十分にある。

何とかして状況を打破しなければならない。

心身ともに追い詰められたアトランタはここで新たな策を思いついた。

 

(……誰か、誰かに一緒に行ってもらえば!)

 

誰かに一緒にトイレに行ってもらうことができれば、全ての問題は解決する。

 

(誰なら来てくれる……どうやって呼ぶ……?)

 

時間は真夜中。

消灯、就寝時刻はとうに過ぎており、起きている艦娘など夜間待機している者を除けば誰もいない。

深海棲艦の出現に備えて待機している艦娘をごく私的な理由で呼び出すのも難しい、というか無理だ。

 

(誰か、誰か……)

 

脳裏に浮かぶのは同じ米国出身の艦娘たち。

 

(Iowa,Houston,Helena,Mother Fletcher……?)

 

仲間の名前と顔をを浮かべながら、もぞもぞとベッドから這い出る。

彼女らなら、助けに応えてくれるかもしれない。

そう考えながら、備え付けの内線電話の受話器を手に取る。

 

(でも、こんな夜中に、電話してまで、一緒にToiletに行ってくれなんて……)

 

羞恥心と後ろめたさから仲間の部屋にコールすることができない。

こんな夜中でも艦娘である彼女らなら飛び起きて電話に出てくれるだろう。

だが、そう訓練されているのはアトランタのトイレに付き添うためではなく深海棲艦と戦うためだ。

応じてくれないかもしれないし、最悪の場合信頼を失うかもしれない。

 

(やっぱりできない!電話して叩き起こしてまで頼むなんて!)

 

嘘をついて誰かを呼び出すことも考えはしたが、そんな手段はとても取れない。

結局コール先を思いつくには至らないまま、受話器を戻してしまった。

 

(どうしよ、ほんっとにヤバいだけど……)

 

「んっ……ふぅ……ふぅ……」

 

モジモジと足をすり合わせ、体勢をひっきりなしに変え、なんとか水門を開かないよう堪える。

100人が見たら100人が"おしっこを我慢している"と分かるような動きだ。

 

(やっぱり、なんとかして朝まで……)

 

思考は振出しに戻る。

やはり第一の選択肢しかないのか。

 

(……早く日が昇ってほしい……)

 

そう思いながら自室の窓の外に目をやる。

そこで彼女はふと思いついてしまった。

 

(…………そこの、窓から………とか……)

 

普段であれば候補にも上がらない選択肢。

それでもベッドの中以外で比較的真っ当に放水できる唯一の手段に思えてしまった。

 

(ダメダメダメ!そんな動物みたいなこと!!そんなことしたら、あたしとんでもない変態じゃん!)

 

常識的にあり得ない手段。

だが一度思いついてしまってからは窓から目が離せなくなってしまった。

『最悪の場合は~~』『漏らすくらいなら~~』『この時間誰もいないし~~』という何とかその行為を肯定しようとする思考が浮かんできてしまう。

 

「っ!!!ちょっ!!!ダメだって!!!!」

 

まるで膀胱がその考えに賛同するかのように尿意が強烈に高まる。

たまらず両手で秘所を強く押さえる。

寝る前に摂取したアルコールの作用も手伝い、彼女のタンクには次々にに水分が供給されている。

時間経過で尿意が弱まっていくことなどあり得ない。

 

「ふーーーーーーふーーーーーーーー……ううぅ」

 

(ひっこめ!ひっこめよ!このっ!!)

 

ベッドの中で胎児のように丸まり、全身の力を股間に集中させる。

もうあまり時間は残されていないことを悟るが、それでも決心はできない。

「窓からする」か「朝まで耐える」か、それとも……。

 

(No!!絶対それはダメだって!!!)

 

再び窓に目を向ける。

またもや『漏らすくらいなら~~』という思考が浮かんでくる。

それも先ほどよりも明確に。

 

(気分転換、気分転換のために外の空気を吸うだけ……)

 

チクチクと痛む下腹部が、窓に向かって無意識的に彼女を歩ませた。

蛾のようにフラフラと吸い寄せられるように窓に手をかけた。

 

(んっ……外、涼しい……)

 

窓を開けると部屋の中よりも冷たい風が吹き込んできた。

外の空気を吸ったことで少し気分が和らいだが、同時に良くないことも起きた。

 

「あっ……んっ!!!」

 

冷たい風にひと撫でされたアトランタの体がブルリと震える。

再び小康状態から一気に尿意の高波を呼び起こしてしまった。

内股で足踏みをし、前傾姿勢でモジモジと小躍りする。

その片手は股座に差し込まれ、指先が白くなるほど力が込められている。

自分が情けない恰好をしている自覚はあったが、動きを止めるなどとてもできなかった。

 

(もう、本当に、"そこ"から……)

 

彼女の心はほとんど折れかかっていた。

絶対に取らないと思っていた「窓から」という選択肢すら候補になっている程。

しかしここで彼女に希望の光が一筋差し込まれた。

 

(……!!あの明かり!!まだ提督さんはOfficeで仕事を……?)

 

窓から見える別の建屋、艦隊を指揮する「提督」の執務室がある位置から光が漏れていた。

これは提督が起きて仕事をしているという証左。

秘書艦の大淀もまだ起きているかもしれない。

深夜寝ている仲間をたたき起こしてトイレに付き添ってもらうのは憚られるが、起きている人にならという希望が湧いた。

 

「っと、提督さんの、シツムシツの、Numberは……んっ!」

 

限界が間近に近づいているアトランタに躊躇いはほとんどなく、速やかに受話器を手に取り、提督がいるであろう執務室をコールした。

 

/

 

~2028 執務室~

 

RURURURURURU!!

 

仕事中の電話というのは往々にして嬉しくないことが多いが、夜中というのは殊更に嫌なものである。

何といっても緊急性が高いことばかりだからだ。

しかし今回の発信元は「軽巡寮」……それも内線電話。

緊張感と少しの疑問を持ちながら、軍服に身を包んだ「提督」と呼ばれる男性は受話器を手に取った。

 

「はいこちら「This is CL Atlanta!えっと、その声は提督さん?」

 

まくし立てるように一方的に名乗られ、若干面食らう提督。

声の主は"Atlanta"を名乗っていたが、普段のような落ち着きは感じられず、焦っているように聞こえる。

 

「何があった?深海棲艦か?事件か?事故か?」

 

努めて冷静に対応するよう心がけていたが、内心は焦っていた。

真夜中に艦娘から切羽詰まった様子で電話があったのだから、何事かと思うのも無理はない。

非常時の対応について考えながら返答を待つ。

 

「えっと、その、オーヨドは……?」

「大淀?彼女なら今仮眠を取っているところだが」

「え……」

「彼女に緊急の用か?」

「いや、えっと、んっ、その……」

 

大淀の不在を告げた途端、明らかにアトランタの言葉の歯切れが悪くなった。

疑問を抱きながらも彼女の返答を待つ。

 

「…………あの、今すぐ、その、あたしの部屋に、えっと、来て、欲しいんだけど」

「大淀にか?」

「えっと、寝てるんでしょ?だったら、提督さんに、来てほしい……んっ……オーヨドに悪いし……」

「何があったんだ?緊急性はないのか?」

「事件とかじゃないんだけど、その、Privateなことで……悪いんだけど、出来たらすぐ来て欲しい……一人で……あとLightも持ってきて」

 

どうにも要領を得ない上に、理由も分からない。

 

「だから要件を言ってくれないと……」

「良いから!!お願いっ……んんっ……Please……」

「わ、分かった、とにかく部屋まで行けばいいんだな!」

「うん、お願い……Lightは忘れないで……」

 

こちらの返事を待たず、電話は一方的に切られた。

結局、具体的な用件や理由は教えてくれなかった。

 

『緊急性はない』

『でもすぐに来てほしい』

『一人で来い』

『明かりを持ってこい』

 

「……分からん、何か言いづらいことか?」

 

事件性は無さそうなので一旦は落ち着いた提督だったが、アトランタの電話口での様子が気になった。

念のため明石に「体調を崩した艦娘がいるかもしれないから医務室で待機してくれ」と一報を入れ、懐中電灯を手に取って軽巡寮に向かった。

 

~2037 軽巡寮~

 

女の園である艦娘寮には用事がない限りは立ち寄らない。

ましてやこんな夜中に来る事情など非常に限られている。

それに、行くときは殆どの場合誰かしら一緒にいく艦娘がいるものだ。

今回のは様々なレアケースと初めてのパターンが組み合わさっており、いったい何が待ち受けているのかと提督は疑問と不安を抱いていた。

 

(体調悪いんだったらそう伝えるだろうし、一人で来いなんて言うはずもない。)

(プライベートな事情だと言っていたし、事件性も無さそうだが、すぐに来てほしいというのは……)

(……まさか"夜のお誘い"……ってそんなわけないな)

(……自分の部屋にあの黒光りする"名前を言いたくないヤツ"でも出たか?)

(アトランタも女の子だしなぁ、それなら明かりを持ってこいというのも、男に来てほしいというのもわかる気がする。電話口でも焦ってるような感じだったし)

(しかしそれならそれで『一人で』というのは何故だろうか……あの子の言うように個人的なことだからかな?)

 

与えられた少ない情報から、結論から言うと全く外れな推理をしている提督。

こんなことなら新聞紙や殺虫剤も持ってくれば良かったなどと余計な心配をしながらアトランタの部屋に向かう。

 

~同時刻 アトランタ私室~

 

「くぅ!ん……!もう少し、もう少で提督さんが来てくれる!Toiletに行ける!!!だからそれまで絶対にLeakすんなよ!!あたしの体!!!」

 

収まる気配のない激しい尿意、自分の体に文句を言いながら激しく体を揺らす。

『もう少しで出来る』という希望を得たが故に尿意はグングンと高まっている。

ここまで限界近くまで我慢したのは初めてだった。

 

「Hurry 提督さん……Hurry Hurry!」

 

早く早くと心も体も焦る。

電話をしてからそれほど時間は立っていないのだが、彼女には既に何十分も経過したかのように感じられる。

自室のドアを凝視しながら耐え続けいたが、ついに彼女にとってのヒーローが現れた。

 

コンコン

 

「て、提督さん!!?」

 

『ああ』

 

「すぐ開ける!待ってて!」

 

足がもつれそうなヨロヨロとした歩き方でドアに向かい、鍵を開けるとほぼ同時にドアを開けた。

 

「アトランタ、こんな夜中にどうしたんだ?言われた通り懐中電灯は持ってきたが」

「て、提督さん……」

「ア、アトランタ……?一体……」

「その、あたし……あたし……!」

 

潤んだ瞳での上目遣い、上気した顔、切なそうな声。

短パンから覗くスラっと伸びた足はモゾモゾとせわしなく動く

加えて体に沿って下半身に伸びた片腕によって、ただでさえ豊満な胸部装甲が強調されている。

さらにパジャマの第1ボタンが開けられているため、その双丘がより強い存在感を放っている。

 

(まさか本当に"夜の"……?いいやそんなはずはない!)

 

今のアトランタの姿はこの上なく艶めかしく見えた。

思わず生唾を飲んでしまいそうになるほどだ。

邪な勘違いをしてしまったのも無理からぬことかもしれない。

 

「あたし……あたし……!!」

「ま、待てアトランタ!」

「無理!!もう待てない!!!!」

「な、何!?自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」

「提督さんこそ何言ってるの!?あたしはね!その……あたし……」

「な、なんだ……?」

 

告げられる言葉に対して提督は身構える。

 

「えっと……Toilet、行きたく、て……」

「…………は?」

 

全くの予想外な答え。

もしかしたら聞き違いかもしれないとも思い、理解が一瞬遅れ素っ頓狂な返事しかできなかった。

 

「だ、だから!ト・イ・レ!行きたいの!!」

 

日本語的発音を意識してゆっくりと言い直す。

 

「ど、どうぞ」

「~~~!!!そうじゃなくって!!………付いてきて」

「……………………え?」

「何度も言わせないでよ……トイレまで、付いてきてほしいの」

 

いつもと違い伏目がちに小声で告げる。

問答の間もソワソワと落ち着かなかったのにも合点がいった。

 

「…………え、ああ、うん、いいぞ」

 

提督は普段のアトランタのイメージ、今の姿、先ほど言われた内容全てにギャップがあり過ぎたために若干フリーズ気味である。

『暁や神風じゃないんだから』という言葉が浮かんだのもしばらく経ってからだった。

 

「Thanks……んっ……は、早くいこっ」

「お、おい!」

 

提督の斜め後方に寄り添い、後ろから背中を押す。

 

(は、早く早く早く……!ほんっとにヤバい!!!)

 

トイレに行けるという安心感を得たためか、アトランタの意志とは裏腹に水門が今にも開きそうになっている。

油断すれば即アウト。

はちきれんばかりの水袋と開きかけの水門を抱えた彼女の足取りは覚束ない。

 

(ヤッバ……これ……無理!!)

 

今まで提督の前では"前押さえ"は極力しないようにしていたが、それももう限界。

彼の視線も憚らず、手が股座に添えられた。

 

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

「お、おいアトランタ!大丈夫か!?」

「ちょ、こっち見ないで!」

「ああ、すまん……急ごうか」

 

提督も今のアトランタの様子を見てかなりまずい状態だと理解した。

 

「走るか?」

「っんなの無理に決まってるじゃん!……んっ」

「す、すまん」

 

強烈な尿意と恥ずかしさから暗闇への恐怖はかなり薄らいでる。

正確に言うとそんなことを考える余裕も無い。

『漏らしてしまうかも』という恐怖の方が圧倒的に大きかったからだ。

油断して放出してしまわないよう、細心の注意を払いながら廊下の端にあるトイレを目指す。

 

「落ち着け、大丈夫、大丈夫だ、あと少しだ」

「いいって!んぅ、大丈夫、だから!」

 

提督はアトランタが夜を苦手とするのを知っていたが、これほどとは思っていなかった。

余りにも目の前の彼女が苦しそうなので、励ますように声をかける。

それが彼女にはたまらなく恥ずかしかったが、気が紛れたのも事実である。

 

「ほら、着いたぞ!」

 

そうこうしているうちにこれまで行きたくて行きたくて行きたくて堪らなかった場所、その入り口が視界に入った。

 

(これで、やっと出来る……!)

「----っ!!!」

「お、おいアトランタ!?」

 

上限が無いのかと思うほど高まる尿意。

もしも尿意を表すメーターがあったなら、針が跳ねるように動いていたことだろう。

 

「くっ!!くぅぅっ!!」

 

両脚はピタっと閉じられ、足の付け根には両の手が差し込まれ、自分の体を抱え込ようにうずくまる。

今は一歩も動けない。

 

(ちっくしょう……ひっこめ!ひっこめって!!あと少しだから!!!)

 

すぐにでも放出しようとする自分の体との戦い。

何としてでも抑え込まなければ、提督の目の前で放出してしまう。

そんな最悪中の最悪な結末は絶対に避けねばならない。

 

「て、提督さん……トイレの電気……つけ……て」

「あ、ああ!」

 

アトランタに代わって、大きく『節電』と書かれた張り紙の下にあるスイッチに手をかける。

すりガラスから蛍光灯の光があふれ出した。

 

(よ、よし!今のうちにっ!!)

 

なんとか抑え込むことができた。

次の波が来る前に済ませなければ、恐らく次は無い。

先ほどの大波は恐らく膀胱からの最後通牒であるとアトランタは本能的に理解していた。

 

「提督さん、その……待ってて、ね?」

「あ、ああ」

 

妙にしおらしく告げるアトランタにドキリとしてしまった提督。

そんな彼をよそに乱暴に女子トイレ入口の扉を突き飛ばしながら飛び込んだ。

 

「っ!!」

 

バタバタと一番奥の個室に入ろうと扉に手をかけ、力を籠める。

 

「……!?な、なんで!?そんな!!!」

 

そこにはデカデカと『故障中』と書かれた紙が貼りつけられてあった。

アトランタにはその文字が読めなかったが、瞬時に『このトイレは使用できる状態ではない』と理解するには十分だった。

 

(でも、他のtoiletは……)

 

他にも数ヶ所個室はある。

あるのだが、残りは全て"和式"だった。

彼女は和式トイレの使い方を知らない。

 

「~~~~~っ!!!!!」

 

(もうヤバい出る!!出るっ!!!)

 

声にならない悲鳴を上げる。

このタイミングでの"おあずけ"……もう猶予は一切無い。

 

「て、提督さんっ!!提督さんっ!!!!」

 

『な!なんだ!?』

 

女子トイレの中から呼ばれるなど想像もしていなかった提督が驚きつつも応答する。

 

「ちょ、来て!!すぐ!!助けて!!!」

『いや、でもそこ女子トイレ……』

「んなこと良いから!!!早く!!!!!」

 

恐る恐る禁断の園である女子トイレに足を踏み入れる提督。

そこには涙目でうろたえるアトランタがいた。

 

「こ、これ!!使い方教えて!!」

 

両手は塞がっているため、顎で和式トイレを指し示しながら叫ぶ。

 

「ああ、和式の使い方知らなかったのか……」

「どうでもいいから早く教えて!!!」

「わかったわかった!」

 

余計なことをしゃべっている余裕は無さそうだと判断した提督は、手早くレクチャーを開始する。

 

「まず、そっち向きに立って便器を跨ぐんだ」

「こ、こっち?こっち向きなの?」

「そうだ」

(き、聞いといて良かった……)

 

彼女は陶器の盛り上がっている部分に腰掛けるのかと思っていたが、当然正しい使用方法は間反対である。

 

「で、ちょうど今立ってるあたりでしゃがんでするんだ」

「しゃ、しゃがんで……?」

「ああ、慣れないかもしれないが」

 

腰掛けるのではなくしゃがんでするという発想自体が無かったが、これでようやく謎の形の陶器がトイレだと思えるようになった。

それ故に想像してしまった。

しゃがみこみ、このスリッパのような便器に向かって放出する姿を……。

 

(っ!!!っ!?!?!?)

 

体が"ここはトイレだ"と認識した瞬間、下腹部から大音量の警報が発せられた。

『もう待てない』と。

 

「あ、ああっ……」

 

力ない声がアトランタの口から漏れ出る。

何かを察した提督は「じゃあ」と一言告げて足早に女子トイレを後にした。

 

(もう無理!!!マジ漏れる!!漏れるっ!!!!!)

 

ジュウ……

 

「ダメ……!ダメダメダメ!!!」

 

ついに水門が開き始めてしまった。

それでもまだ間に合うと自分に言い聞かせ、全力で出口を締め上げる。

 

「くぅぅぅぅ……!!く、くっそお……こんな、こんなこと……!」

 

(早く、早くしないと!今ならまだ大丈夫!まだ!!)

 

体を激しくくねらせ、片手て秘所を押さえながら震える手で個室の扉と鍵を閉める。

そのままバタバタと足早に便器に向き直った。

その間にも完全に閉まらなくなった水門がじわじわと放水を続ける。

 

ジュワ……ジュワワ……

 

(くっそ!!まだ出んな!!出んなよ!!!!)

 

それでも漏らすまいと抵抗していた。

既に下着もパジャマにも水分が染み込んでおり、手には不快な湿り気が伝わる。

 

(早く!!!おしっこ!!!!おしっこ!!!!!!)

 

秘所を押さえつけていた手を離した瞬間ズボンに両手をかけて勢いよくずり下げ、下半身が露になると同時に勢いよくしゃがみ込む。

しゃがみきる際、フライング気味に勢いよく小水が噴き出した。

 

ブシュウウウウウウウ!!!!!

シュヴィイイイイイイイィィィイイィィイイ!!!

ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!

 

「あっ、ああぁぁ……!」

 

待ち望んだ瞬間が訪れた。

限界を超えてなお押し留められていた小水が、凄まじい水圧で放出される。

 

「んっ……んんっ……あっ」

 

ジュビイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!

ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!

 

喘ぎ声にも似た甘い声が口から漏れ出る。

我慢から解放された体が鳥肌を立てながらブルリと震える。

全身が快感に打ち震えているようにさえ感じる。

 

(やっと、やっと出せた……)

 

幾度も訪れた決壊の危機、最後のおあずけも乗り越え、大半をトイレに放出することができた。

そう、大半は。

 

(……っ!こ、これ……思ったより……)

 

ズボンの股座の部分を見ると、思っていた以上に広い範囲が濃く変色している。

それは自分自身がこらえきれずに放出してしまった明確な証。

 

(こんのぉ!!!出てけ出てけ!!!全部出てけえぇ!!!!)

 

ここまで苦しめられた液体に恨みをぶつけるかのように、下腹部に力を込める。

放水の勢いが更に増す。

 

ヴジュイイイイイイイイイイイ!!!!シュイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!

ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!!!!

 

(こんなに失敗しちゃうなんて……!!)

 

殆どをトイレに放出出来たとはいえ、ここまでチビってしまったら彼女にとっては『間に合わなかった』に等しかった。

 

ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ

 

水流は弱まりつつあるが、まだすべてを出し切る気配は無い。

 

(もう……やだな……どんだけ貯まってたんだろ……早く全部出てけよ……)

 

大量に摂取した水分とアルコールで長時間かけて醸造された小水は、タンクにまだ残っている。

 

「んっ……」

 

(今は……もういいや、さっさと全部出しちゃお……)

 

ジョロロロロロロロロロロロロロロ

 

一旦後始末や失敗のことについて考えるのをやめた。

この不愉快な下腹部の重みから解放される快感に身を委ねることにした。

 

「Ah……マジ気持ちいい……」

 

じょろろろろろろろろろろろろろろ

 

(そういえば、日本のFleetにはpissの音を聞かれるのを嫌がる子がいるけど、ちょっと不思議……)

 

用を足す音を消すという文化はアトランタには馴染みのないものだった。

けたたましい音を立てての排水に抵抗がないのも当然である。

 

じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……

ちょろろろろろろろろ……

 

(あとちょっと……)

 

「んっ……」

 

シュイッ!!

ジュイイイ!!

 

ピチャン……

 

「はぁ…………すっきりした……」

 

いつまでも続くかと思われた排水がようやく終わった。

強い疲労感に襲われ、大きなため息をつく。

全身の力を使って尿意と戦ってきたのだから無理もない。

 

「やだ、これ……臭い付いちゃう……」

 

(とりあえず、出来るだけ拭かなきゃ……うぅ、最悪……)

 

改めて自分の"失敗の証"と対面させられ、一気に気落ちする。

 

(もう、ほんっっっと最悪……こんなにLeakしちゃうなんて……)

 

ペーパーを使い、出来るだけ自分の下着とパジャマの水分を拭っていく。

何も穿かずに戻るわけにはいかないので、この濡れた衣服を着ざるを得ない。

下半身丸出しで後始末をする情けない自分の姿が一瞬脳裏をよぎったが、あまりにも惨めな気持ちになるのですぐに考えないようにした。

 

(……こんなもんかな)

 

今できる限界まで衣服から水分を抜き取った。

嫌々ながらも湿り気が残る下着とズボンをゆっくりと穿いていく。

 

(うぅ……冷たい……気持ち悪い……)

 

水気を持った衣服に強い不快感を覚える。

一刻も早くシャワーを浴びて着替えたい気分になった。

 

ザーーーーーー

 

レバーを押し、水を流す。

体から放出された黄色い水と、後始末の形跡が跡形もなく消え去った。

それでも彼女の衣服に刻まれた"証"は消えない。

 

(………帰ろ)

 

個室から出て手を洗い、女子トイレの扉を開けて外に出る。

 

「ごめん提督さん、その、お待たせ……」

 

外で待っていた提督に恥ずかしそうに声をかける。

彼女の様子とかかった時間から、提督にはある程度察しがついていた。

もちろん、アトランタも提督にはバレていると分かっていた。

 

「……えっと、多分"体調が悪かった"んだよな?」

「…………」

 

何も答えられない。

体調不良などではなく、ただの失敗だったから。

 

「やっぱりそうか、たくさん"汗もかいた"みたいだし、一度シャワーでも浴びてくると良い、明石に頼んでシャワールームを開けてもらおう」

「………?」

 

構わず提督が続ける。

 

「汗で服も汚れてしまっただろう、シャワーを浴びたら着替えるといい」

「……!」

「"体調を崩したアトランタを医務室まで連れて行った"と大淀には報告しとかないとなぁ」

「提督さん……thanks……」

 

アトランタが提督の意図を察する。

彼女は日本の"迂遠な言い回し"や"察しと思いやり"の文化が少し苦手だったが、今回その思いやりのありがたさを感じた。

 

「じゃあ、シャワー室まで一緒に行こうか?」

「うん……ありがとう……」

 

シャワー室までの道中、アトランタはふと『外にいた提督さんにも音聞かれたのかな』と考えてしまった。

一度意識し始めると、自分のけたたましい排水音を彼に聞かれたのは堪らなく恥ずかしいことのように思えてきた。

更に彼の前でモジモジと我慢する姿を晒し、失敗までしてしまったことの恥ずかしさが今になってみるみるこみ上げてきた。

到着するまで彼女は顔をゆでだこのように真っ赤にしたまま黙って俯いていた。

 

 

ある日を境に、アトランタは用を足す際には必ず音を消すようになったが、なぜ突然日本文化に感化されたのかを知る者は彼女以外には居ない。

 

 

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