艦娘の満載排水量   作:是反

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予告編の投稿から間が空きすぎてしまいましたが、本編です。


[番外編]尿意可視化眼鏡:神通の限界突破篇

「できましたよ提督!艦娘の体調がモニタリングされる眼鏡です!」

 

明朗快活な声が工廠に響いた。

この突拍子もない発言の主は工作艦・明石。

ご機嫌なのか、明るい桃色の髪を揺らしながら笑顔で"提督"と呼びかけた男性に近づいていく。

 

「……なんだって?」

 

「だーかーらー!艦娘の体調が一発で分かっちゃうステキな眼鏡ができたんです!」

 

「そ、そうか……」

 

聞き返したのは彼がラブコメの主人公だったからではなく、内容を咀嚼しきれなかったからだ。

作った目的や仕組みを聞こうかと思案したが、どうせ理解できないだろうと諦めた。

間の抜けた返答しかできなかったのがその証左である。

 

「あー!信じてないですね!」

 

「信じるも何も、どういう装置なのか説明を受けてないんだが?」

 

「だから艦娘の……」

 

「具体的に、何ができるんだ?」

 

出来上がった謎の装置がどんなものなのかを把握したいという一心で質問する。

 

「よくぞ聞いてくれました!なんとこの眼鏡をかけて艦娘を見るとですね……」

 

「艦娘を見ると?」

 

「その子の疲労度!空腹度!睡眠時間!怪我の有無!精神的疲労!生理的欲求!全てその眼鏡に表示される!!予定です!!!」

 

「……予定?」

 

「……今できたのは、とりあえず疲労度と、一部の仮実装機能までなんです」

 

「ふむ……」

 

もっとけったいな物が飛び出してくると身構えていたが、出されたのは思ったよりも普通の代物。

見るだけで体調をモニタリング出来る装置を"普通"と呼べるかどうかは分からないが、明石や妖精さんが絡んでいる以上、ツッコむだけ野暮である。

 

「どうやって使う?」

 

「普通にかけるだけでOKですよ!ただし、充電は必要です!」

 

「いやそういうことではなく……どういう場面で使うのを想定しているのかを聞きたかったんだが」

 

「んーーー、例えばですね、出撃や遠征から帰って"疲れてる"、"疲れてない"と嘘をつく子、体調不良を隠して任務に臨もうとする子が時々いるのは分かりますよね?」

 

 

ある巡洋艦娘が連続で出撃しようとしたりしたことがあった。

また別の日にはある駆逐艦が"五月病"を理由に演習をサボろうとしていた。

根本から不真面目な子というのはいない。

それでも負担は出来るだけ公平にしたいと考えているので、この眼鏡は存外有用な物となりそうだった。

 

「なるほど……それは意外と使えるかもしれないな」

 

「でしょう!?早速試してみます!?みますよね!?どうぞ!!」

 

押し付けるように提督に渡す。

彼はこの場で試すつもりはなかったが、非常に良い笑顔の明石に見つめられては拒否できなかった。

爆発しやしないかと要らぬ心配をしながら受け取った眼鏡をかける。

 

「よくお似合いですよ!」

 

「どうも」

 

「じゃあ、フレームの左側にスイッチがあるのでグイっと押し込んでみてください!」

 

言われた通り、手探りで左側にあるらしい電源スイッチをさがす。

すると押し込めそうな部分が手に当たったので、そのまま力を込めてみる。

 

「どうです?私の方を見たら何か表示されていませんか?」

 

明石の方に目をやると、彼女の頭上にうっすらとアイコンが見えた。

 

「黄色い顔アイコンが見えるな……これが?」

 

「はい!疲れていない子には何も出ませんが、疲労が溜まっている子には顔アイコンが表示されます!強い順に 赤>橙>黄 のアイコンで表現しています!」

 

「ということは、いま明石は……」

 

「実はちょーっと寝不足で……」

 

「みんなのために頑張るのは素晴らしいが、自分自身のことも労わるんだぞ?」

 

「うぅ、耳が痛い……」

 

(この情報がアテになるなら、再出撃のタイミングや頻度を考えるのに役立ちそうだな……)

 

思った以上の出来栄えだった奇妙な眼鏡の効果を体感する。

明石の発明品は、出来が良くても実用に難があるものが多かったがこれは久々の当たりかもしれないと考えていた。

もちろん、そんなことを言えば面倒になるので口には出さない。

 

「今できている機能はこれだけだったか?それでも十分に思えるが」

 

「えーっと、あと一応できている機能はあるんですが……」

 

「何か問題が?」

 

「いえ、問題があるというか、ないけど問題というか……つい深夜テンションで実装してしまっただけなので実用的かどうかも……」

 

先ほどまでの明朗さは失せ、口ごもる明石。

 

(い、言えない……体調管理の一環でとりあえず"尿意"を数値化して見られるようにした、なんて……)

 

通常絶対に知り得ない、知られたくない乙女の秘密の領域を暴く機能を実装してしまっていたのだ。

作った後になって可視化する必要はなかったかもと考えたが、後悔先に立たず。

 

「一応確認しておきたい、使い方は?」

 

「うーん……それは……」

 

PURURURURURURURURURURURU!!!

 

二人の会話に割り込んだ機械的な音。

発生源は提督が持つ公用携帯電話だった。

 

「っと、失礼……ハイこちら『提督!!今どこですか!?』

 

「っ!……驚いた大淀か……」

 

『大淀か、じゃありません!遠征から帰還した子たちが執務室で待ってますよ!!』

 

「あー今工廠に居る!!申し訳ないすぐ行く!!」

 

Pi!

 

「すまん明石、続きはまた後で頼む!」

 

「あ、ちょっと!提督!」

 

提督は足早に執務室に向かった。

未知の機能を搭載した眼鏡をかけたまま……。

 

「ま、大丈夫か……あのままだったら"あの機能"は作動しないし」

 

今日、明石は自分自身の見立てが甘かったことを思い知らされることになる。

 

―――

――

 

某時刻 執務室

 

「すまん大淀!遅くなった!」

 

「もう!みんなずっと待ってたんですよ!謝るなら皆さんに言ってください!」

 

秘書艦に言われ、執務室で待ってくれていた艦娘たちに目を向ける。

 

「すまないみんな!待たせてしまった!」

 

手を合わせながら拝むように頭を下げる。

 

「い、いえ……大丈夫ですから……」

 

返事をしたのは遠征艦隊の旗艦を務めていた軽巡・神通。

戦闘の時はすさまじい気迫で敵に迫る彼女だが、普段は非常に温和でお淑やかな少女である。

 

「司令!やっと来た!私は大いに待ったわ!こんなになるまで戦った私はおカンムリよ!早く終わらせましょ!」

 

「陽炎……少し落ち着いてください」

 

「何言ってんのよ不知火!私は小破になるまで戦ったのよ!?文句の一つくらい言う権利があるわ!」

 

「まーまー、後で司令はんにあまーいモンでもご馳走してもらうとして、先に報告終わらせてまお?」

 

「むー、分かったわ……」

 

"司令"が口をはさむ間も無く甘味をご馳走することになってしまったが、勝手に遅刻したので反論せずその条件を呑むことにした。

 

「……ええと、では、今回の遠征と戦闘の報告を頼む」

 

タイミングを見計らいながら提督が報告を促す。

 

「はい……では……提督?その眼鏡は?」

 

神通が普段と違う提督の様子に気付く。

 

「ああ、これは明石から貰ったんだ」

 

「明石から……?妙な機能が付いた眼鏡なんじゃないですか……?」

 

「いやいや、それが今回は中々……」

 

「ちょっと司令!眼鏡のことは後で良いから早く報告済ませましょうよ!」

 

「お、おう分かったよ陽炎、そう急かさないでくれ……というか先に入渠しなくて大丈夫か?我慢してないか?」

 

「ほとんど装備にしかダメージ無かったから大丈夫よこれくらい!さっさとやっちゃいましょっ!」

 

「じゃあ神通、頼む」

 

「はい……」

 

報告を聞きながら、提督は眼鏡の効力を確認するために神通たちを見渡す。

彼女らの報告によれば、近海の哨戒中にはぐれ深海棲艦と2回交戦したが、これは難なく撃破。

その際に先陣を切っていた神通が被弾。

そして帰路で潜水艦の急襲を受け、陽炎が小破

黒潮も陽炎の近くに居たためダメージを負ったがこちらは小破以下で済んだ。

 

(ふむ……確かに表示されている"疲労度"はダメージと一致しているな)

 

眼鏡の表示では、神通:黄、陽炎:橙、黒潮:黄、不知火:無、となっていた。

 

(これは中々使えるかもしれん……)

 

「~~~なので、この付近の海域で、もう少し高頻度の対潜哨戒が必要ではないか、と愚考します。提督は、如何お考えでしょうか?」

 

「ん?ああ……そうだな……」

 

「ちょっと、神通さんの話ちゃんと聞いてたの?」

 

「も、もちろんだ!」

 

半分くらいは別のことを考えていたが、一応話は頭に入っている。

 

「大淀、その海図を取ってくれないか?」

 

「はい」

 

「ありがとう……っとこの海域では……」

 

海図を見ようと視線を落としたとき、眼鏡が少しずり下がったので右手でつまんでかけ直す。

 

カチッ!

 

(ん?)

 

その時、不意にボタンのようなものを押し込んだ感覚が手に伝わった。

 

(しまった、電源を切ってしまったか?)

 

神通の方を見ると、相変わらず黄色い顔アイコンが表示されていた。

しかし先ほどとは違い、アイコンの隣に「82」という数字も追加されていた。

 

(82?何の数字だ?)

 

神通[82]「……?どうしました?提督」

 

提督「いや、何でもない……」

 

偶然にも、明石が伝えなかったもう一つの機能……尿意の可視化機能が起動してしまった。

しかし説明を受けていない提督はその数値の意味を理解することができず困惑する。

 

(一体この数値は……)

 

神通[82]「あ、あの、提督、私の顔に、その、何か?」

 

提督「あ、い、いや何でもない」

 

神通[82]「……?」

 

黒潮[57]「司令は~ん、神通はんに見惚れとったんやろ~♪」

 

神通[82]「見っ!?」

 

不知火[5]「司令……まさか……」

 

陽炎[69]「ちょっと!神通さん口説いたりしないでよ!?」

 

(うーむ……みんな数字はバラバラ……不知火の戦闘力……たったの5か、なわけないし……)

 

大淀[75]「……コホン」

 

提督「っと、みんな、本題に戻ろう」

 

(とりあえず、数字のことは後回しだ)

 

提督「やはり気になるのはこの潜水艦のことだが~~~」

 

その後、潜水艦と遭遇した状況、場所について詳しく当時の状況を聞き取りを行った。

これまでの哨戒の報告……特に深海棲艦出没のポイント、傾向から見て、今回の潜水艦出現は気になる点が多かったからだ。

 

提督「やはり対潜哨戒の頻度を増やすしかないか……」

 

黒潮[58]「司令は~ん、簡単に言うてくれますけど今でも結構駆逐隊のローテーション大変なんやで?」

 

不知火[5]「不知火は提督に賛成です。気が付けば敵潜水艦が懐に潜り込んでいた、などとは考えたくありませんから」

 

神通[84]「……」ソワソワ

 

黒潮[58]「せやけどな~……敵さんも潜水艦だけとちゃうんやで?」

 

陽炎[69]「んー、この場で哨戒のローテのことまで話すのは無理じゃない?」

 

黒潮[58]「陽炎~、今この場で現場の意見を司令はんに伝えとかんかったら無茶な計画立てられるかもしれへんのやで?」

 

不知火[5]「黒潮に賛成です。せめて我々の考えと感覚だけでも伝えておくべきかと」

 

陽炎[69]「ん、ん~そうなんだけど……後からにしない?今疲れててちょっと考えまとまりそうになくて」

 

神通[87]「…………」

 

黒潮[58]「なんや陽炎、さっきまでキャンキャン吠えとったやんか」

 

大淀[79]「提督、どうされます?後から改めますか?」

 

提督「……何度も召集しては効率が悪い、疲れているところ申し訳ないが、今話せることだけまとめてしまいたい。少し我慢してもらえるか陽炎?」

 

陽炎[69]「ッ……わ、わかった……」

 

提督(……?さっきから落ち着きが無いな陽炎は……この数字とも関係があるのか?)

 

気にしないようにしていたが、やはり眼鏡に表示される数字が気になる提督。

 

提督(神通が妙に喋らないのも気になるな……そして二人の数値が妙に高い……これは何か関係があるのか?しかし大淀は普段通りに見えるし……)

 

提督「……神通、君からは何かないか?」

 

これまで話に加わっていなかった神通に話題を振る。

 

神通[87]「……な、なんでしょうか?」

 

提督「いや、さっきから話している哨戒についてのことで何か意見はないのかと思ったんだが」

 

神通[87]「す、すみません、その、少し考えこんで、しまって」

 

提督(……やはり神通の様子がおかしい、普段はおとなしいというか引っ込み思案なところはあるが、それとも違う)

 

神通[87]「私は、対潜哨戒の頻度よりも、艦隊の編成と哨戒ルートの見直しを優先すべきかと考えます」

 

提督「なるほど……では、実際の現場からの意見を聞いておきたいから、一人一人の考えを聞かせてほしい」

 

神通[87]「えっと……その、全員、ですか?」

 

提督「?……もちろんそうだが」

 

神通[87]「分かりました……」

 

提督「……?」

 

どこか煮え切らない神通の態度、提督の疑念はより大きくなる。

だが一旦その疑念は横に置き、各艦娘から意見の聞き取りを始めた。

徐々に大きくなる水風船があることなど知りもしないで……。

 

/

 

今後の哨戒任務計画のため、現状の哨戒と現場の考え、感覚のヒアリングを行っていく提督。

全員からの聞き取りが終わるころ、彼は眼鏡に表示される数値に一つの当たりを付け始めていた。

 

提督(なんとなく予想がついてきたぞこの数字……何かを堪えるような神通の様子、落ち着きのない陽炎の態度と『疲れ』という言葉、二人に迫る数値なのに様子が変わらない大淀……)

 

普段の様子と今の様子、表示される数値、眼鏡が持っている疲労度を表示する機能……様々な要因から推理を進めていく。

 

提督(わかったぞ!……この数値は、この機能はきっと……)

 

 

―― 潜在的に抱えている疲労度を数値化しているんだ!

 

 

全く見当違いの結論に達した提督。

とはいえ説明を受けていない機能なので察しろと言うのが無理な話である。

しかしこの勘違いが、ある艦娘に不運をもたらすことになる。

 

提督(黒潮の言う通り、少しきつめのローテーションになってしまっていたかもしれないな……これはよう見直しだ)

 

提督「よし……皆任務後疲れているところ付き合ってくれてありがとう、哨戒についてはこれからよく検討するよ」

 

陽炎[70]「あの、終わったなら、私そろそろ入渠してきていい?」

 

提督「長時間すまなかったな、これにて解散だ」

 

陽炎[70]「じゃ、じゃあ私は失礼するわねッ!」

 

黒潮[59]「アハハ、陽炎急ぎいな~」

 

切羽詰まった様子で足早に陽炎が部屋を飛び出していった。

 

提督「……陽炎、小破とはいえ早く入渠したかったよなあ、悪いことしたな」

 

不知火[7]「いえ、あれは違うと思いますが……」

 

黒潮[59]「せやろなぁ……っと、ウチもそろそろ失礼するわぁ」

 

不知火[7]「不知火も失礼致します」

 

提督「ああ、二人ともありがとう……」

 

部屋を後にしようとする二人に礼を述べる。

そしてあと一人、旗艦の神通には確認しておかなければならないことがあった。

 

提督「あ、すまないが神通は少し残ってくれないか」

 

神通[87]「え……」

 

退室を押し留められた神通。

その顔には一瞬絶望の色が浮かんだが、提督の視線は彼女の顔を向いていなかった。

 

大淀[79]「あ、あの、もしかして私も残った方がよろしいでしょうか?その、少し……」

 

何かを言おうとして大淀が質問する。

 

提督「いや、神通だけ残ってくれれば大丈夫だ。彼女にどうしても聞いておかなければならないことがあるからな」

 

『後にしてくれ』とは言えない雰囲気だと感じ取った神通が口を開く。

 

大淀[80]「ホッ……では、すみません私も失礼致しますね」

 

提督「ああ」

 

言うが早いか、普段より慌ただしく大淀は退出していったのが気になったが、すぐに神通に向き直った。

 

神通[87]「な、なんでしょう……できれば、手短にお願いしたいのですが……」

 

彼女に表示される数値は「87」。

提督はこれを蓄積された疲労度を数値化した物だと捉えているが、実態は全く違う。

神通の貯水タンクがレッドゾーンに突入していることを示す数字。

だがその事実を知る者は幸か不幸かこの部屋には一人もいない。

 

提督「わかった、単刀直入に言おう、神通……いま君は、かなり"我慢"しているんじゃないのか?」

 

神通[87]「えっ!?な、な、な何をっ、何のこと、でしょうかッ?」

 

提督「隠さなくてもいい、分かっている」

 

神通[87]「ッ!!」

 

神通[88](もしかして……私がお手洗いを我慢しているの、ずっと気付いて……!?)

 

驚きと羞恥心で心臓が飛び出しそうになる。

彼女の乙女心など知りもしない提督が全く別のことを考える。

 

(やはり、神通は"我慢"しているんだ……『脚の痛み』を!)

 

尿意を堪えようと、神通は無意識に何度も居ずまいを正したり、腿のあたりをそれとなくさすっていた。

それを提督は『脚の痛みを抑え込もうとしている』と勘違いしたのだ。

 

提督「神通……前にも言っただろう、我慢するのは良くないと」

 

神通[88]「そ、そうだとしても責められるようなことは……あぅ……」

 

焦りからか尿意が一瞬強まる。

揺れ動く感情が尿意にも表れ、数値が小刻みに変動する。

 

提督「前に約束したのに、あれ程言ったのに……『言われていない』……?」

 

神通[87]「……?お、おっしゃる意味が……」

 

提督「『身体が痛めばすぐに言う、決して無理して出撃しない、どうしても無理が必要なら必ず申し出る』そう約束しただろう……!」

 

以前に神通は体の不調を隠して出撃したことがあった。

その時はあと一歩で"最悪の結果"になるところだったのだ。

彼女は大いに反省し、以来この約束は堅く守っている。

 

神通[88]「あ、あの話と、その……"今回"のこととは別です!」

 

提督「隠しているみたいだが、かなり辛いんだろう?」

 

神通[88]「そ……そんなこと……あ、ありま、せん……」

 

会話が噛み合わない。

論点が合っていないので当然である。

そして神通からすれば『トイレに行きたくてしょうがないのだろう?』と言われたのと同じ。

人一倍お淑やかな神通がハイそうですと答える訳がなかった。

 

提督「あれほど無理しないと約束したのに……」

 

逆に提督からは、神通が不調を隠し通そうと嘘を吐いているように見えている。

 

神通[88]「で、ですからそれとこれとは……」

 

提督「……今すぐに医務室に行って身体を休めなさい、これは命令だ」

 

神通[89]「っ!?ど、どうして……」

 

提督「どうしてもこうしてもない、君がその脚の不調を隠し通そうとしているからだ」

 

神通[88]「え?あ、脚……?」

 

提督「そうだ、さっきから庇うようにさすっているだろう」

 

神通[87]「…………あっ……」

 

ここで神通が会話の食い違いに気づく。

 

神通[86]「あ、あの、実はその……脚が痛かったのではなくて…………お、お手洗いに、行きたくて……///」

 

誤解を解くには素直に打ち明けるしかない、そう思っての告白。

 

提督「……神通、そんな嘘まで吐くなんて……」

 

神通[86]「!!!ち、違います!嘘なんかじゃありませんっ!!私、本当に……っ……あぅ……」

 

提督「ほら、今だってそんなに辛そうにして……」

 

神通[87]「……っ……そ、そうじゃっ!なくてっ……!」

 

トイレに行きたいという意思は打ち明けた。

それでも提督の前ではしたなく"出口"を押さえることはできず、ただ身じろぎする。

 

提督「神通、これ以上言うことが聞けないなら、君を当分の間水雷戦隊の旗艦から外すことも考えなければならない……」

 

神通[88]「そ、そんなっ!?私っ……私っ……!!」

 

提督「だから、今すぐ医務室に行ってくれるな?」

 

神通[89]「は、い……」

 

どうやら提督は何か確信を持ってそう判断しており、反論を聞き入れてくれそうにない……神通はそう判断し、ひとまず彼に従うことにした。

彼女にはその根拠が全く分からないのは当然である。

最も、その"根拠"は勘違いなのだが。

 

神通[88](だ、大丈夫……医務室に着いたらすぐにお手洗いに行けば、まだ……まだ……!)

 

限界は刻一刻と迫っている。

それでもまだ、まだ何とか耐えられる。

そうやって自分自身を鼓舞していた。

 

提督「じゃあ、医務室まで行こうか。歩けるかい?」

 

神通[88]「だ、大丈夫です」

 

一旦は提督の指示におとなしく従い、医務室で彼と別れてからすぐにトイレに駆け込む……そうすれば何とか間に合うだろう。

ここで言い争い、時間を浪費するよりもその方が確実に間に合わせられると考えた。

そしてここからが神通にとっての苦難の道のりの始まりだった。

 

/

 

神通[90]「ふぅ……ふぅ……」

 

提督の半歩後ろを静かに付き従うように歩いていく。

それは"大和撫子"のようでもあったが、極力動きを抑えて我慢しながらもそれを気取られないようにするための必死の所作だった。

抜き足差し足、少しでも、少しでも腹部に負担と振動を与えないように……万が一にも水門を開け放ってしまわないように……。

 

提督(やはり神通、無理をしているな……歩き方もぎこちないし、堪えるような表情だ)

 

彼の見立ては当たってる。

外れているのは、堪えているのが「痛み」ではなく「尿意」であること。

 

神通[90](もう少し……もう少し……)

 

本当は今すぐにでも股座を鷲づかみにしてしまいたいほどの尿意、それでも神通にはそんなことはできない。

羞恥心の強い彼女が、人目がある廊下で、男性である提督の目の前で"おしっこ漏れそうです"と告白するような動作をできるわけがなかった。

 

神通[90](あと少し、あと少しで医務室…………アッ!?)

 

すり足で歩く神通の目に留まったのは、彼女が今行きたくて行きたくて行きたくて仕方のない場所。

トイレである。

 

神通[91](あ、あっ……!)

 

トイレを目の前にして膀胱が暴れる。

 

神通[92](トイレ……!トイレッ……行きたい……!)

 

本当は提督に申告してトイレに立ち寄らせてもらうべきだろう。

しかし、直前に一度却下されている。

トイレを言い訳に彼女が逃げ出すのではないかと提督に疑われたからである。

 

神通[93](で、でもっ……!)

 

そんな容疑は実際に彼の目の前で問答無用でトイレに駆け込めば全くかからない。

だがそれは『もうおトイレ我慢できません』と告白するのに等しい。

少なくとも神通にとってはそうであり、彼女の乙女のプライドが頑固にも折れようとしてくれなかった。

 

神通[93](でもっ……!でも…………!!!)

 

心の中で何度も『でも』とつぶやく。

それの先に続く句が『行きたい』なのか『行けない」なのか、本人にもわからない。

 

神通[92](でも…………もう少し……もう少しくらいなら……)

 

出した結論は、このまま大人しく医務室まで行くことだった。

高まった尿意を、動きに出さないようにしつつ必死で抑え込みながら歩みを進める決断をした。

音をたてないように、振動を起こさない、門が開かないように、そうしていることを気取られないように……。

 

神通[91]「ふ……ふ……んっ……」

 

秘所にある肉をすべて"出口に"掻き集めるようにして堤防を築き、それを脚の力で固める。

やや歩みが不自然になるが、そうでもしなければダムは決壊してしまう。

 

提督(歩き方がぎこちない……一度明石に診てもらった方が良さそうだな……)

 

神通はいじらしくも、自分の動作を不審がられていないという根拠のない確信を持っていた。

そう思い込まなければ恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

 

神通[90](は、はやく、一刻も早く……医務室に……お手洗いに…………!)

 

飛び出しそうになった水分を何とか押し留め、後ろ髪を引かれながらトイレの前を通過し……医務室へと歩みを進める。

トイレに駆け込んでしまいたい葛藤と何度も何度も格闘しながら、無理矢理足を動かした。

 

神通[90](はやく………っ!!)

 

―――

――

 

医務室

 

提督「さ、辛いだろうから椅子かベッドに……大丈夫か?」

 

神通[95]「大丈夫、です……んぅ」

 

神通[95](油断しちゃダメ……油断しちゃダメ……ダメ……)

 

動きは緩慢で覇気もなく、顔色も優れない……その上頭上の数字は100近い。

 

提督(かなり辛そうだな……早く明石に診せてあげないと……)

 

決して解けることのない誤解がさらに積み重なってゆく。

 

提督「まずは楽な姿勢にしてなさい」

 

神通[95]「は、はい……」

 

楽な姿勢など今の神通にありはしない。

あるとすれば、両の手を股座に突っ込むことくらいだ。

それでも少しでも猶予を与えるために腹部に負担が掛からない姿勢を吟味し、ベッドの上に腰かけることにした。

 

神通[95](提督が退室したら、すぐに、すぐにお手洗いに……!)

 

心も体もいっぱいいっぱいで張りつめていた。

突けば割れる水風船のように。

だからこそ、反応が遅れてしまった。

 

提督「すぐに明石を呼んでくるから、この部屋で大人しく待っていること。もしそれまでに抜け出したりしたら、そうだな……水雷戦隊の旗艦の任を解くから、そのつもりで」

 

提督(ちょっと言い過ぎか?しかし前のことがあるし、これくらい言っておいてもいいだろう)

 

神通[95]「…………え?……て、提督、いまなんと‥‥…」

 

提督「じゃあ、ちゃんと診てもらうんだぞ」

 

二度は言わない、と言わんばかりにピシャリと扉が閉められ、密室に神通一人が取り残された。

 

神通[96]「そ、そんな!提督っっ!!私!お、お手洗いにどうしても……!」

 

ようやく口を衝いて出た必死の訴えは、空しくも扉に阻まれて届かなかった。

 

神通[97]「う、うそ……うそ!そんな!んぅ!!!」

 

希望が絶たれようとしている。

便所で用を足すという、普段当たり前に享受している希望が遠ざかっていく。

彼女に残されたたった一つの希望は、明石の到着を待ち、彼女に事情を話し、この部屋を飛び出し、トイレに駆け込む……それだけである。

明石の到着を待たずに飛び出すのも考えるが、本当に水雷戦隊の旗艦を解任させられてしまったら……弁解の為にすべての事情を赤裸々に話したら……。

 

???『えー、神通さんったら、おしっこ我慢できなくて提督命令に逆らったらしいわよ』

 

???『はぁ~~、あの神通さんともあろうお人がなぁ~~華の二水戦やなくてお花摘みの二水戦になってまうわ』

 

???『……神通さんの落ち度です』

 

神通[97](だ、だめ!!そんなの!!)

 

実際にこのようなことを麾下の艦娘から言われることはないだろうが、責任感も羞恥心もプライドも人一倍な彼女にとっては"トイレを我慢できなくて勝手な行動をした"などとどうしても思われたくなかった。

それでも、彼女の膀胱と括約筋ももう耐えられない領域に達しつつある。

 

神通[97](まだ、もう一撃くらいは……)

 

神通[98]「あんっ…………んっ!!!だめ……だめだめ……いや……いやぁ……!!!」

 

ついに"前押さえ"を解禁し、無理矢理水流を抑え込む。

全神経と筋力を股座に集中させるように力を込める。

傍から見ればやや腰が引けて非常に情けない恰好だが、すでに人の目は無い。

 

神通[98](お、治まって……!治まって!!お願い……お願いだから……!!)

 

自分の身体に懇願するようにつぶやく。

しかし明石の到着を待てる、という楽観的な判断はできそうもない。

 

神通[97]「どうしましょう……どうしたら……私……もう……」

 

海上で敵と相対した時とは全く違う弱弱しい姿。

この場にいるのは、ただただ排泄欲求に追い詰められた一人の少女だった。

 

神通[97]「なにか……なにか方法が……なにか……」

 

あてもなく、藁にも縋る思いで医務室内をよろよろと歩き回る。

医務室内にはトイレはなく、洗面台と簡易シャワーが備わるのみ。

せめてこれらの水場ならと頭をよぎるが、神通には決断できない。

誰にも見つからずに抜け出せるような出入口も……見当たらない。

 

神通[97」「んんっ……何か……何か方法は……」

 

刻限が迫る中、偶然あるものを見つける。

 

神通[97]「こ、これって……もしかして!」

 

それは悪魔の誘惑か、天から垂らされた蜘蛛の糸か。

彼女が見つけたのは"尿瓶"。

まず滅多に使われないだろう医務室の備品。

合成素材で作られた半透明の容器に"漏斗"が装着された、小用を足すために作られたアイテム。

 

神通[98](……っ!!……っっ!!!)

 

備品と用途を理解した、してしまった彼女の身体が再び暴れ始める。

 

神通[99]「あっ……ああぁ……!!」

 

逡巡する。

もうこれにするしかないじゃないか。

健康な自分がこんなところでする訳には。

漏らすよりは良い。

もう少ししたら治まるかもしれない。

我慢すべき。

 

神通[99]「や……やぁ……いや……トイレ……おトイレぇ!!!」

 

衣服を濡らした方が目立つ。

提督が行かせてくれないから仕方ないじゃないか。

諦めろ。

トイレまで待てないのか。

トイレに行きたい。

トイレでしたい。

いや違う。

 

神通[100]「んっ!」

 

これは、トイレだ。

 

神通[101]「ああっ!!」

 

心が認識してしまってからはあっという間だった。

これまで築いた堤防には亀裂が走り、下着が僅かに湿る。

それは明確に汗とは違い、絶対に感じたくない、感じてはならない水気。

 

神通[102]「だめ、だめぇ……もう、だめぇ!!!」

 

限界を超えた神通が、乱暴に短いスカートを捲って下着を力ずくで下し、無理矢理片足を引き抜く。

 

神通[102]「や、やぁ!はやく!!もう!!はやく!!!漏れちゃう!!!」

 

即座に床に膝立ちになり、尿瓶の口を押し付けるようにあてがう。

それを両の腿で支えるように挟んで固定し……。

 

神通「あ」

 

シュイィィィィ

 

神通「あぁ……あああぁぁぁ…………」

 

抱え込むように持った尿瓶に、熱水を開放していく。

抑圧からの解放の為か、喘ぎ声にも似た情けない声が口から漏れ出る。

 

神通「あぁっ……んっ!んんぅ……」

 

何も考えられない、考えたくない。

自分がどんな格好で何をしているかなんて。

今はただ、溜まりに溜まった水を放流する感覚に溺れていたい。

 

神通「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

容器に放水する聞きなれない水音が、神通しか居ない医務室に響く。

まるで部屋中がアンモニア臭と水音に満たされているかのようにさえ彼女には思えた。

 

神通「うぅ……わたし……間に合わず、こんなことを……」

 

自らの水気を吸った下着と、自らが半透明の容器になみなみと小水を注ぐ様を目の当たりにして少しずつ正気を取り戻す。

余りの情けなさに涙さえ浮かんだが、容器がほぼいっぱいになるまで彼女の放流は止まらなかった。

腹にため込んだ水量を目の当たりにして、さらに恥ずかしさにのたうち回ることになるのだった。

 

―――

――

 

提督「神通にも困ったものだ、あれだけ不調なら申し出るようにと約束したのに……」

 

一人の艦娘が、乙女の意地という華を散らしていることなど知りもしないこの男。

 

提督「だがこの眼鏡があれば、彼女のように不調や疲れを隠す艦娘を見つけてきちんと対処できそうだ!ありがとう明石!俺、みんなのために頑張るよ!」

 

彼が眼鏡の真相を知るのはいつになるのか。

 

???[90]「はぁ……はぁ……」

 

提督「ん?」

 

まだ、騒動は収まりそうにない。

 

 

To Be Continued...? =>

 

 

 

 

 

 

 

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