レミリアの部屋よりは小さい扉。
装飾が施されて、それでいて扉の真ん中に札が貼られている。
前はそこにレミリアが佇んでいたりしたが、ガラリとひと気のない地下。
「・・・フラン、入るよ」
声をかけて扉を押し入る。
真っ暗な闇。金髪が見えない。
電気をつけて見渡すと、相変わらずごちゃごちゃになっていた。ああもう、また汚いのか。
綿は飛び散りぬいぐるみは投げ捨てられ、血糊もついている。
そんな中、唯一綺麗なベッドの上で寝息を立てるフランがいた。
僕はそれに近づいて、肩を揺さぶる。
すると、次第にフランのまぶたが開いて行く。
「・・・おにい、さま?」
「おはよう。ごめんね?起こしちゃって」
「・・・もう、遅いよぉ」
「あはは、ごめんごめん」
目をこすってフランはベッドの上で座る。
僕も近くに腰掛けてフランの頭を撫でてあげた。
フランは目を閉じて「ん~♪」と気持ち良さげにすると、勢いよく僕に飛びついた。
僕はそれをしっかり受け止め、笑ってあげる。
それがお気に召したか、もっと笑顔になる。
こういう笑顔を見ると、ほっとする。
『僕のやること』が間違いじゃないってわかったから。
「ねえねえ、お兄様!御用はなぁに?会いにきてくれたのよね?」
「うん。君に、伝えたいことがあったから」
「伝えたいこと?なにかな?」
フランに、すべて教えてもいいのだろうか。
霊夢や魔理沙のように伝えて、どういう反応が帰ってくるだろう?
もしかしたら、「信じられない」と叫び散らすかもしれない。
それとも、「清々した」と喜ばれるのか?
僕はフランを見て、眉を下げる。
「・・・フランに怒られそうな内容だけど、いいかなぁ」
「もー!教えてくれないと怒るよ!」
「うわ、そりゃ大変だ」
冗談めかしてフランの承諾を得る。
じっと見つめたフランは、はずかしそうに目を背ける。
僕は意を決して言葉にした。
「もしかすると、だけど・・・僕は明日から、君の前に出てこなくなる」
「・・・え?」
その瞬間、フランの目は光を失う。
僕はそれを気に求めず、続けて言った。
「幻想郷を救うためなんだ。そのために、僕は命を捨てようと思う」
「嘘だよ、お兄様」
笑顔で、フランに指摘された。
僕はそれに目を丸くして、「どうして?」と返す。
すっと伸ばされたフランの手は、しっかりと僕の頬を撫ぜた。
「・・・だって、お兄様。お兄様の顔には、妖夢のためって書いてあるよ?」
「・・・あははっ!それは・・・違うな。妖夢を含めた幻想郷の——」
「お兄様、聞いてよ」
フランのいつも聞かない唸るような声に、僕は口を噤む。
フランは僕を睨むようにこちらを見上げた。
「お兄様は確かに、妖夢のために命を捨てるって思ってる」
「・・・どうして?僕は心から幻想郷のためにって」
「心から。まあ、そうなんだろうけどさ・・・。なんていうんだろ?本能?思考の片隅?強い意思?なんでもいいんだけどね、お兄様の何かが、そう思わせてるんだよ。妖夢のためにって。それで、それを認めたくないから・・・表に出したくないから、理性とか理由で隠してる」
僕は、そのフランの言葉に口を出せずにいた。
先ほど口を出すなと言われたのもそうだが、もっともの理由は『図星に近かったから』である。
フランに言われた言葉を否定するのを、本能的ななにかが止めようとして、僕はただ口を閉じたままなのである。
・・・やがて、フランは僕から離れて綿の山と化した部屋を歩く。
「・・・ねえ、これは否定しないんだね」
こちらを見て意地悪げに微笑んだフラン。
いつもの面影が見えないその笑みに、どうしようもなく背筋が凍る。
「あはは、もう何も言えないんだ!」
笑い飛ばしたフランから顔を背けてうつむいた。
フランの足音が近づく。
「ねえお兄様。世の中には、いーっぱい幻想郷があるんだって!」
「・・・」
まるで僕を嘲笑うようにフランは言い放った。
手を広げて、それを動かすことで多さを伝えてくる。
「その数の分だけ、冥界も・・・妖夢もいるんだって」
「・・・」
声が遠くなったり近くなったり。
妖夢の名前を出せば動揺すると思っているのだろう、まるで効果はないが。
「そう思うとさ、幻想郷と冥界って、1セットじゃない?」
「・・・なにがいいたいの?」
だから、どうしたんだ。
フランは「わかってない!」と言ったら僕の膝に向かい合うようにまたがった。
「お兄様はさ、多分幻想郷がなくなっても冥界は無くならないって思ってるよね?」
「・・・君の言いたいことがイマイチつかめないなぁ」
「真面目に考えてよ」
ほおが引っ張られる。
幼稚な嫌がらせに、僕は笑った。
「この幻想郷がなくなったら、ここの冥界もなくなるって」
「・・・・?!」
僕はついそれに反応を示してしまう。
目を見開いて、「かかった」とばかりに笑みを浮かべたフランと目が合う。
「お兄様はどっちにしろ、妖夢とお別れしなくちゃいけないみたいだけど・・・。これはもう、頑張るしかないでしょ?」
「・・・そんなの・・・」
「気づいてたって?それとも、嘘だって言いたい?」
フランの指が僕をいじる。
耳をふにふにしてたかと思えば、今度は唇をぷにぷにしだしたり。
僕がしゃべれないような状況を作りたいらしい。
・・・こんな子だったか?
フランは、こんな子だったっけか?
「お兄様はさ、もう決めちゃったんでしょ?死ぬって」
「・・・」
「滑稽だね。妖夢と一緒にいたかっただけなのに、自ら死にに行くような真似して。バカだよね。死にたがりって案外死なないものだなって思ってたけど、違うみたい!私バカだったなぁ・・・」
フランはだんだん僕を侮蔑するような言葉を吐くようになる。
意味がわからない。
どうして、フランは人が変わったように笑うんだろう?
じっとフランを見つめる。
「・・・そんな目で見ないでよ。気持ち悪いから」
確定した。
『これ』はフランじゃない。体はフランであっても、中はフランじゃない。
しまったなぁ。こんなタイミングで気づくか・・・明日、儀式なのに。
暗い闇をそのまま表したような瞳に睨まれる。
「フランから出ていけ」
「・・・・・・・はぇ?なにいってるの、お兄様」
正気に戻ったように目に光が戻る。刹那、フランの影が笑ったような気がした。
僕はそれを踏みつける。
なにか、肉を潰したような感触に僕は顔をしかめた。
「お兄様・・・?」
「・・・フラン、会話はどこまで覚えてる?」
「・・・お兄様と会えなくなるってところまでだけど?」
「そっか」
僕は、それくらいからフランをのっとっていたやつがいると察する。
しかし、この部屋には影が多いな・・・。
もしかしたらこの中にまだフランの影に潜んでいたやつがいるかもしれない。
そう思うと、フランが心配でならなかった。
「・・・フラン、寂しい?」
「うん。そりゃそうだよ。だって、お兄様は死んじゃうんでしょ?」
さみしそうに眉を寄せ、泣きそうに顔を歪める。
それもそうか・・・フランは、きっと僕を慕ってくれたのに。
「フラン」
「どしたの?」
「・・・僕は、フランやみんなの住む世界を守る」
「え?そうなの?」
「へっ」
フランは驚いたように目を丸くした。
こちらも驚く。
「お兄様、妖夢のためかとばかり思ってた・・・」
「・・・・っ、さすがに僕はそこまで」
「ってことはぁ、だよ?お兄様を奪えるチャンスかもってことだよねー!」
「はい?!」
フランは僕から飛び退いて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
そのテンションの上がりように、僕はつい笑を堪えきれない。
「・・・ははっ、でもね、僕は妖夢が好きだよ。みんなとは違う意味で・・・確かに」
「もー!それは妖夢に言ってよ!私じゃなくてさ!」
「それもそうだね・・・。それくらいの時間や勇気があればだけどさ」
「あるよ!今から行けばいいんだよ!」
「まだ他に挨拶回りしなきゃいけないからさ・・・」
輝夜にまだ言ってない。
それに・・・僕は未来と話さなければならない。
異変が終わって、宴会であったものの、そこまで会話をしていなかった。
だから、話さなければならないと考えたのだ。
「そっか・・・じゃあ明日!」
「明日に、いなくなるんだよ?」
「うう!いいじゃん!その前、前~~!」
「・・・間に合わないから」
僕は天井を見上げてつぶやいた。
フランのしょんぼりした声が聞こえる。
「じゃあ、僕はこれで。じゃあ・・・」
「帰ってきてね!」
立ち上がって去ろうとする。すると、ドンッと背中に抱きつかれる。
そちらを向くと、くいっと引っ張られて頬に暖かな感触。
「・・・・っ?!ふ、フランさん?!」
いつか、ここでバイトした時もこんなことがあったような。
それはどうでもいい。僕の顔は絶対赤い。
「私にはお兄様が必要なの!それは、みんなも同じって・・・言ったじゃん!だから、帰ってきてね!絶対だよー!」
「・・・フラン」
フランの目にはすでに涙が溜まっている。
こんな表情をさせてしまう、なんて・・・。
僕はフランを抱きしめて、泣き止んで眠るまでそのまま頭を撫で続けた。
☆ ☆ ☆
「・・・想鵐さん」
「・・・あ、美鈴s」
ベシィッ!
思いっきり殴られた。
「・・・泣かせましたね」
「い、いや、あの・・・」
「泣 か せ ま し た ね」
「・・・はい」
そのまま怒りの赴くままに投げられた。
空中で砂暗を呼び乗る
ふと後ろを振り返れば、笑って見送る美鈴がいた。
(・・・帰らなきゃっていう、プレッシャーがなぁ)
僕は永遠亭を目指して移動を始めた。