幻想樹の前。僕はふと幻想樹を仰ぎ見た。
大きいなぁ、やっぱり。人を喰らうほどの力を秘めてるんだから、小さくてもダメか。なんて考えながら、その幹に触れる。
鼓動を打っているかのように音が聞こえる。
・・・今まで喰らわれた人の鼓動だろうか・・・。
この人たちのように、もう僕は彼女らのために寝なければならない。
瀬良の巻いた種が『幻想樹』と呼ばれる大樹に成長し、人の命を吸って生きる樹なら・・・僕がその身を捧げよう。
瀬良にその世話を任せたい。僕らではきっと、勝手がわからないだろうから。
そろそろ、僕は大樹にすべてを委ねる時だ。
・・・そんな時、僕の目の前に妖夢が立っていた。
嘘だ、こんなの、嘘に決まってるよね。
何にも伝えてないはずなのに。
妖夢が口を開く。
「本当に、眠られるんですか?」
「それが、みんなのためだから。君も止める?」
「いいえ・・・。あなたがやりたいこと、ですから」
そっと、妖夢の手が僕の手に添えられた。
持ち上げられた僕の手のひらは、妖夢の頬に触れる。
笑みを浮かべた妖夢は、複雑そうな瞳を僕に向ける。
「・・・帰ってきて第一声が「バカ!」になってもしりませんよ?」
「うん・・・痛いのは嫌だよ~」
「どうでしょうね」と笑う妖夢の頬は水が乾いたような跡があって。
「・・・泣いた?」
「泣きますよ、それは」
「そっかぁ・・・じゃあ、妖夢。ちょっと最後にやらせてよ」
「さ、最後なんてっ!縁起でもないことを言わないでください!」
「ははっ、怒られちゃった・・・・目、つむって」
つぶやくように彼女に告げる。
妖夢は戸惑ったように眉を下げたあと、静かに目を閉じた。
僕は迷いなくその唇に口付けた。
ピクリ、と妖夢の肩が跳ね上がったのを見て、なんとなく嬉しく思いながら、彼女から離れた。
「じゃあね、妖夢。みんなによろしく」
「そう、む・・・さん?」
「・・・本当は、言いたかったけれど、さ。名残惜しくなっちゃうから」
「想鵐さんッ!!」
妖夢の手が伸びる。僕の服を掴むことなく、それはその場で止まった。
瀬良が止めたのだ。
「・・・アニキ、食われないで」
「うん。頑張る」
笑ってみせれば、瀬良は諦めたようにため息をついた。
霊夢たちにも見送られ、妖夢にも見送られ・・・僕は、幸せ者だなぁ。
ふと、悲しそうに笑った妖夢が見えた。
「・・・さよなら」
「・・・うん」
たった一言交わす。
次の瞬間、瀬良のつぶやきが聞こえた。
・・・彼の口が閉じた瞬間、僕の目の前は真っ暗になった。