僕は、ましろを大切に想っている。彼女には僕がいないと、なんておこがましいことは考えてなんていないけれど、僕には彼女がいなければならないと思っている。ましろは名前の通り、真白であり淡い光だから。僕が穢したり、曇らせたりすることなんてあってはならない。ましてや、僕の行いで彼女に悲しみを与えるなんて。そう思ってきた。
「カイくん……なんで、コンドームなんて、持ってるの?」
「……ましろ」
「なんで?」
だからこそ、出てくるときには身に着けていたはずの寝間着、パーカーや短パンを脱いで静かに問い詰めようとしている彼女の目に、僕はひどく狼狽していた。そもそも何故脱いでいるのかということなんだけど。その表情は切羽詰まったものだった。
「わたし、
そう言って更にブラが床に落ちていく。それらを認識する間もなく、ましろは僕に抱き着いて、まるで糾弾するというよりは縋るように、顔を埋めた。僕も、ましろのここまでの肌色を目にするのは初めてだったからより動揺がひどかった。でも、なんとか、なんとか言い聞かせようと彼女を抱きしめた。
「ましろ」
「──だから、他のヒトと浮気なんて、しないで……!」
「ましろってば」
「そういうことがしたいなら……なに?」
「あれ、もらったんだ」
「もら……っえ?」
「カノジョが来るって知ったバイト先の先輩にもらっただけだから」
もちろん、嘘だ。最初は今井さんが持っていたものを使っていたが流石にそれは申し訳ないし男としてどうなんだろうと思った結果、自分で買うようにしていた。その余りの一個が見つかったのだから、僕の吐いた言葉に何一つ真実がない。
「そっか、わたしの、早とちり……」
「……大丈夫だよ。大丈夫だから服を着てくれると嬉しいな」
「あ……っう、うん……」
「着替えが終わったら呼んで」
そう言って寝室の扉を閉めて、僕は長い長い息を吐いた。
小さな背中、直に伝わるぬくもり、下から潤んだ瞳で見上げられるその視線。そして、平気だよという言葉、それが意味するものを想像して僕は頭が痛くなりそうだった。僕のせいだ、僕がましろを不安にさせたからあんなことを言い出した。
「……これは、まずい」
これが、ムラっとするという気持ちなのだろうか。今すぐにでも着替えてる最中だろう彼女を抱きしめ、押し倒して、ましろのナカに欲望を突き立ててしまいたい。そう考える自分がいた。もし、いざ自分が性欲に触れた時彼女はどういう反応をするのか、知りたいと思ってしまった。
「……おやすみ、ましろ」
「ん、おやすみ……カイくん」
ましろに布団を被せていく。寝息を立てる無防備な姿。ここまでよく我慢ができたと思ったくらいだった。いや、我慢はできていなかったかもしれない。僕から彼女を抱き寄せてしまったし、キスもした。一度や二度じゃない、今までにないくらいの回数、僕はましろの唇に触れた。そこで、限界だった。
「……タバコでも吸ってそうな表情だね、海斗」
「吸いませんよ。僕、気管支弱いんで」
「そっか……で? カノジョとのお泊り、しかも二人きりなのにどーしてそんな浮かない顔してるのカナ?」
「……二人きりで浮かれると思いますか、僕が」
「あはは、怒んないでよ」
ベランダに出ると今井さんが話し掛けてくる。軽い、からかうような、あしらわれるような話し方。だけど、僕が怒っていないことなんてわかりきっているように、今井さんはにこやかに手招きをしてきた。いや、してくれた。
「今回ではっきりしました。僕は、ましろに欲情してしまう。きっとあのまま一緒にいたら、恋人としてあるべき一線を越えたんでしょう」
「そっか」
「……でも、ダメなんです。ましろに痛みを与えることが、性欲を持って触れることが、僕にとって許されざる罪なんです」
「だから……アタシを代わりにするんだ?」
唇が触れ合う。胸板にひんやりと触れてくる細く長い、キレイな指。それを捕まえて、ベッドに押し付けるとひんやりしていたはずの手が熱を帯びる。代わりに、そうなのかもしれない。ましろに欲情してはいけないから、その欲を今井さんで発散する。そういう最低なことを、僕はしているのかもしれない。
「別に、アタシだってそうだからいいんじゃない? 少なくとも、海斗はアタシのこと……恋愛的に好きなわけじゃないでしょ?」
「……はい」
「アタシもそう。でもさ、ホラ、人間にとって食欲や睡眠欲が必要なのとおんなじだよ……だからさ」
「そういう、もんですかね?」
「じゃあどうして……海斗は
眼前に見るのは月明かりに照らされた紅いベビードール。半透明なレースに透ける臍が、腰が、溜まらなく煽情的だった。真ん中で別れているそれに手を差しこみ、奥に隠された彼女の白を指で撫でていく。
「……僕は、壊れてしまっているのかな?」
「壊れて、なんか……っないって。セックスしたい、フツーの感情だよ」
「でも、カノジョじゃ……ましろじゃない」
「それじゃあ海斗は、アタシとましろ、どっちとセックスする?」
したい、ではなくする? という問いかけ。それを腕を広げられ、導かれるようにされて僕は彼女の口から漏れ出てくる嬌声に熱を上げながらゆっくりと返事をした。壊れてないのなら、僕は、僕は僕は……何故そこでましろと言えないのだろうか。
「今井さん」
「リサって、呼んでよ……ね? 海斗」
「……リサ、さん」
「リサ」
「……どうして?」
「アタシがそれを望んでるから」
それは、今までに見たことがない表情だった。いや、見たことないわけじゃない。僕はこの顔を知っている。潤んだ瞳の中にある、火傷をしそうな欲求。ああしてほしい、こうしてほしい。そういった一種の
「……リサ」
「ん、もう一回」
「リサ」
「……っあ、あはは……ヤバ、今日のアタシ……めっちゃ興奮してる」
「それは」
「ほら、今日は朝には帰らないといけないんだから……きて、海斗」
さっきましろに見つかったコンドームの袋を破く。また、今井さんの寝室のゴミ箱に僕の欲望が吐き出されていく。一つだけじゃない、二つも、三つも。丸められたティッシュの数も増えていく。
今井さんの行為はいつもよりも熱が籠っていて、僕はましろが隣の部屋にいるのに、今井さんとセックスをした。
「……あ、アタシがアト残しちゃまずいか」
「そうですね」
「じゃ、海斗がアタシにアトをちょうだい」
「……久國さんにバレますよ」
「帰ってこないってさ」
それ以上は、お互いの話はしなかった。ただ欲のまま貪って、お互いの記号を極限まで短く呼んで、果ててを繰り替えしていった。
ましろ、僕はね──きっと最低な男なんだと思う。隣にましろを泊めて、今井さんとセックスをして、ましろよりも長く、多くキスをして、ましろよりも多く名前を呼んで。嘘も隠し事もしないで求め合った。
「あ……おはよ、カイくん」
「うん、おはよ」
「えへへ……幸せだなぁ」
「どうして?」
「朝起きたら、一番にカイくんに声を掛けてもらえる。カイくんにぎゅーってしてもいいなんて、幸せだよ」
「……そっか」
だから一瞬、躊躇ってしまった。数時間前まで裸の今井さんを抱き寄せていた腕の中に彼女を招いていいのだろうか。躊躇ったけれど、僕は一つの覚悟を決めていた。今までは迷っていた一つの覚悟、僕の浅ましいまでの打算的な愛情。
「昨日は、いっぱい不安にさせてごめん」
「そんな、わたしも……変に疑って、ごめんね」
「いいんだ。でも」
「でも?」
「セックスなんてしなくても、ましろのことをちゃんと……愛してるから」
「……うん」
とっくに僕の手が不貞と打算で穢れているのなら、その穢れを隠しぬいてみせよう。ましろのことを抱かない。僕はましろとセックスはしない。例えその代わりに今井さんを、リサを抱くことになっても。リサに、欲情したとしても。ましろを守るためなら僕は……黒でも白でもない、どっちつかずの灰色でいい。
「それじゃあ、どこに行く?」
「んー、じゃあ水族館がいいな。ペンギンが見たい」
「わかった」
もう、これからもましろを泊めることになるだろうあの部屋に、コンドームは置かないことにした。どうせこの部屋にましろと両親以外を上げることはないだろうから。
──アレは、リサの部屋にあればいい。僕がリサを抱くときに手元にあればいいものなのだから。
結局、ましろの焦りが海斗とリサを繋げてしまいました。いや抱けよ。
☆9が二つ増えてこれで15件となりました! そして、早くもお気に入りが200件を突破しまして驚くばかりです。話数が二桁になり、ますます深く沈んでいく砂糖水に顔を突っ込んだような泥沼あまあまを、よろしくお願いします。
感想もいっぱい待ってるよー!