セックスの時に呼び方を変えるとそれはそれで興奮することを知った。最初はリサさんって呼ばれてて、セックスが日常になると今井さんになった。そして、最近はセックスの時だけ、リサと短く呼び捨てにされる。
「……アタシって、思ってたよりМなのかな」
「なに言ってるんですか」
だってぇと大きな背中にしなだれかかる。一年くらいでアタシと海斗は色んなセックスを経験した。回数ならたぶん、翔より多いと思う……ってアイツの話はいいや。
あ、でも、たまに帰ってくる翔とのセックスはたまらなくきもちい。比べちゃうのはよくないってわかってるケド、海斗とするよりも断然。
「今井さんは」
「うん」
「ヒトを構いたい、構っていたいタイプですよね。だから自分にちゃんと目線が向いてると安心できる。名前のことだって、そうじゃないんですか?」
なるほどねとアタシは海斗の言葉に頷いた。なら、このついつい世話を焼いちゃうお節介な性格も、そこからきてるのかな。誰かが困ってたり、悩んでたりするとアタシはついつい口を出しちゃうんだよね。
──でも、そうじゃなくて、困ってたり悩んでたりしたヒトをたった一人だけ、アタシは突き落としたことがある。手を引いて、救えたはずのヒトを一人……谷底に落とした。
「それで? そんなことよりさ、ましろとの水族館はどうだったの?」
「楽しかったですよ。はしゃぎ回って、途中の電車ですっかり寝ちゃってました」
「あはは、その眠ったましろに?」
「……なにもしませんよ」
「そだよね。だって、その前の日もあんなに激しかったのに……帰ってくるなり朝までコースなんだもんね?」
しかも情熱的な割には足らなくなるかもとコンビニでコンドームを追加で買ってくる用意周到さは、間違いなくアタシが創り出した。歪んだ鏡のような白でもない、でも黒にもなりきれない灰色の彼。
「お昼、何がいい?」
「リサ」
「──えっ」
だけど、変わったことが一つある。彼は自分が歪んでいることを、どっちつかずの色を持っていることから目を逸らさなくなった。ましろが寝ている隣でセックスした時から、彼は灰色な自分を武器に使ってくるようになった。相変わらず無表情で、そんなことを言って立ち上がったアタシの手を握ってくるから、ドキっとしてしまった。
「冗談ですよ。チャーハンがいいですね」
「……この間までドーテーだったクセに、生意気だな~」
「この間って、一年前のことですけどね」
けれど、すぐに手は離れていってしまって、アタシは初めて、この日初めて海斗を海斗として意識させられた。
──正直なところ、アタシにとって海斗は翔の代わり以外のなにものでもない。絶対に代替できないものの代替品、劣化の劣化もいいとこの、アタシの性欲と不満を処理するための道具。そうやって一年、遊んで使い潰して、壊れそうになっていた玩具。部屋の隅に仕舞ってあるディルドと同等の存在。それがアタシにとっての大崎海斗だった。
「今井さん」
「んー?」
「ホントにGWに久國さん帰ってこないんですか?」
「そうやって連絡来た」
「サプライズ、とか」
「そんな楽しいことしてくれるヤツじゃないよ」
「なら、荷物持ちはしますよ」
だったはずなのに、じわりじわりとアタシは海斗のことを浮気相手として意識させられ始めていた。無意識なのか、意識的なのか。自分の罪の意識をアタシにも押し付けているのか。アタシは、海斗に対して自分の感情の熱を冷ませなくなってきていた。
「イヤ」
「嫌なんですか?」
「買い物だけじゃ、イヤ」
「……なにするんですか?」
海斗のカノジョであるましろは家族旅行らしく、こうして恋人がいるというのにデートにも行けずに部屋でのんびりするしかない。すると必然、暇人で身体の関係があるアタシたちは気ままにセックスをする日々を過ごしていた。でも、やっぱセックスだけじゃ物足らなくなる。前ののっぺらぼうみたいな海斗だったら、まぁ海斗だしってなったかもしれないけれど。
「映画」
「はい?」
「五月から始まる映画が気になってて」
「はぁ……」
「だから、観に行こうね」
後は、アタシも偶には水族館とか、ゆっくりものを眺める時間がほしい。テレビじゃなくてキレイなものをこの目で見て、ほっとしたい。Roseliaの練習とかで大変だけど、幸い夜は空いてることが多いから。
「夜景の見えるレストランとか、温泉もいいなぁ」
「……ですか」
恋人と付き合ったら、そういうの行けるって思ってた。暇な時は色んなところに連れてってもらって、そこでロマンチックなキスとか、それこそキレイなホテルの夜景を背景にしてセックスとか。甘くて、愛おしくて、思い出になるような時間が積み重なるって、アタシは無邪気に考えてたんだ。
「行きますか?」
「……アタシのこと、好きじゃないのに?」
「お互い様ですよ」
そうだね、お互い様だ。
アタシと海斗は、ちょっとだけ似ている。似ているけど真反対、それがアタシたち。大好きなヒトがいて、大好きなヒトに嫌われることを誰よりも恐れているのに、その欲は相手にとってあまりに都合が悪い。翔のことを認めてあげられないアタシと、ましろに触れることができない海斗にとって、好きでもないけれどお互い様のお隣さんは、都合がよすぎた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま~、それで? これからどうする? 暇だし持て余してるなら相手してあげよっか?」
「チャーハン食べたから、しばらくセックスはしたくないですね」
「にんにくだもんねー」
「ミスりましたかね?」
「……ブレスケアしたらちょっと出掛けよ。海斗は荷物持ちね」
「わかりました」
こういうところはホント、一年で賢くなってしまった。セックスしたかったら既にチャーハンを指定された時点で拒否してる。それを、海斗は知ってて断ったんだから。かわいくないなぁ、怖がりでカノジョを神聖視しちゃう童貞だったクセに。
「海斗ってさ」
「はい」
「表情筋は死んでるけど、アタシは好みだよ」
「褒めてもなにもでませんよ」
「あはは、褒めて何かをおねだりしてるわけじゃないよ。なんだかんだ、イケメンだから浮気したとこもあるし」
「どうしたんですか急に」
あ、今、困ったような顔した? 僅かに前髪を揺らして、たじろいだのか困ったのか、どっちかわかんないケド。
──それは、毒のようだった。アタシの心の隙間に垂らされる毒。今までずっと能面みたいだとか、表情が死んでるだとか、その表情がピクリとも動かなかったことが気に入らなかった。翔は、何があっても笑顔を崩さないから。それに似ている気がして、ムカついてたから。
「……そっか」
「何を一人で納得してるんですか」
「いーや、なんだかんだ一年くらいかぁと思ってさ」
「そうですね」
アタシが生きているのは、死んでしまうはずだったアタシを生き返らせてくれたのは、ずっと冷たい、生身の感触すらない玩具だと思ってたヒトだったんだなぁ。それで好きになったりしない。そんなヒーローみたいなことをしてもらったって、アタシはアタシを殺し続けているはずの翔のことしか、愛せない。二股もない、アタシは翔が好き、翔じゃないと嫌だ。アタシの全ては、翔のためにあるから。翔にとってアタシが全てじゃなかったとしても、
「ましろと映画観に行ったりする?」
「しますね、この間も戦隊ヒーローのやつにアニメの総集編なんかを」
「そういうのばっか? 恋愛系は?」
「……ましろがそういうの得意に見えますか?」
「いや全然、でもそっか。じゃあ二度見じゃなくて済みそうだね~」
「ですね」
でも、アタシさ──ずっと、恋人になりたかった。ごっこでもいい、遊びみたいな、おままごとみたいな、セックスとかそういうののない、ただデートして同じ景色を見て同じもの食べて、大好きだよって抱きしめて眠らせてくれる恋愛がしてみたかった。翔、アンタが鼻で笑うような、子どもの恋愛がアタシにはどうにも宝石みたいに見えちゃうんだ。
「今日の今井さんは」
「んー?」
「……いえ、楽しそうですね」
海斗は、そんな子どもみたいなデートをしてくれる。セックスは、もちろんするし、結局作り笑いすらしてくれない能面だけどね。
だからごめん、ましろ。もうしばらくカレシを借りるね。盗ったりなんてしないケド、アタシは
カノジョが大切でおままごとのようなデートしかできない海斗
カレシに嫌われたくなくておままごとのようなデートをしたことがないリサ
セフレのようなものだけど、身体の相性よりも。
総合評価がもうすぐ500ということなので、思ったよりも早い到達に驚いています。感想もたくさんいただきありがとうございます!
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