ましろ、僕はね──   作:黒マメファナ

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次は海斗くんの闇? というか壊れかける全てのきっかけを。


⑫本能/愛情

 喫茶店で席に座って、本を片手にコーヒーを飲む。その止まったような時を感じることが僕は好きだ。ましろにはそういうのを暇だと言われてしまうけれど、本をめくる時以外の全てが本の中にある時間が、好きだ。

 

「それでは、相席は迷惑でしょうか?」

「いいえ、流石に一人じゃない時にするほど、無神経ではないですから」

 

 あくまでそれは喫茶店を好きになったきっかけであり一人での楽しみ方だから。対面したのなら僕だってコミュニケーションくらいは努力してみせる。そういう意味を込めての言葉に対して、()()はその顔色を一切変えないまま気を遣っていただく必要はないですと素気なく返されてしまった。

 

「それで、八潮さんはどうして僕に話しかけてきたんですか?」

 

 そう、僕の向かいにいるのは八潮瑠唯さん。ましろのバンド仲間の一人で年下とは思えない静かで大人びた雰囲気を纏うヒトだった。他の月ノ森の知り合い、恋人であるましろや道で会う度に話しかけてくる桐ヶ谷さんと比べると、彼女の大人っぽさはより際立っている。そんな彼女に僕は話があると呼び止められ、こうして本屋にいたところを近くの喫茶店に入ることにしてしまった。

 

「……倉田さんのパフォーマンス、練習効率が少し落ちているのは、ご存知ですか?」

「いいえ、そもそもバンドの話はあんまりしませんね」

 

 初めて僕の部屋に泊まった日以来、ましろはよりバンドの話をしなくなった。今井さんはそれをアタシのせいかなぁと言っていたけれど、関係あるのかどうかはわからない。僕はましろがしたくない話を聞きだすなんて野暮なことはしたくないし。けれど、八潮さんの言い方は練習効率が落ちている原因に僕がいそうな雰囲気だった。

 

「そうですか……」

「ましろ、練習に身が入っていないって認識でいいんですか?」

「それ以外にありますか?」

 

 トゲトゲしい返しをされ、少しだけ言葉を探してからそれをコーヒーと一緒に飲み込んだ。八潮さんのことは、というかましろのバンドメンバーのことは概ね桐ヶ谷さんが教えてくれていた。ああいうおしゃべり好きな知り合いもいるはいるで役に立つものだ。

 彼女は極度のめんどくさがり、と桐ヶ谷さんは言っていた。すごくマジメで勤勉そうだと思うのにどうしてと問いかけたところ、彼女はエピソードを交えて教えてくれた。

 

「効率がいいことが好きなんスよ、ルイって」

「へぇ、確かに無駄なことは嫌い、みたいなこと言いそう」

「真顔で言いますよ、マジで!」

 

 桐ヶ谷さんは何がそう面白いのだろうというくらいに笑う。透子って呼んでくださいよーと言われるけど、僕はよっぽどのことがない限りましろ以外の女性を名前で呼ばないって決めてるからと説明すると一応の理解は示してくれた。これもましろのヤキモチに対する誓いのようなものだから。

 

「でもあたしが海斗サンって呼ぶのはセーフなんスか?」

「まぁ、呼び方くらいは好きにしていいと思うよ」

「あっは! やり~! んで、ですね。ルイはちょーめんどくさがりなんスよ」

「無駄なことを嫌うから、めんどくさがりか。なるほどね」

「そーなんですよ!」

 

 その言葉とは裏腹に、八潮さんは僕を見つけて話しかけたうえで今はじっと、まるで睨みつけるようにしている。僕も特に何も言うことがなく黙っていると、どうして? と問いかけられ、僕は首を傾げた。

 

「何がですか?」

「……十代の恋はほとんど、そのほとんどが大人になるまで長続きしないのに、どうして付き合おうと思うのですか?」

「それ別れろって遠回しに言ってる?」

 

 ああそれは、それならいくら僕でも怒りを隠すのは難しい。普段は隠しているわけじゃないけれど、いつもリサから表情筋が死んでるだとか能面だとか言われるこの顔も、怒りに染まってしまうほどに。

 

「いえ」

「じゃあなに?」

「非効率的であることを指摘しただけです」

「そうだね、非効率的だ」

「ならばどうして?」

「本能だから」

 

 言い方は悪いけれど、恋愛は子孫繁栄の本能を人間が理性で抑え込むようになってしまった結果生み出された感情を理性的に処理するためのものでしかない。それから外れた僕の感情は、どういうものかなんて結論はつけられないけれど。無駄なものかそうでないかというと、そもそも感情から発露された欲求に無駄なんてものは、そうないんじゃないかと考えてしまう。

 

「食事と睡眠と同じだよ」

「とても、そうは思えませんが」

「僕には、ましろのことを愛せていない自分が想像できない。ましろに愛されていない自分が想像できない。八潮さんの理解は必要としていないよ」

 

 バンドにとって必要ないものを排除したかったのかはわからないけれど、自惚れでもなんでもなく事実として僕が急にここでましろに別れを切り出そうものなら、それこそパフォーマンスがガタ落ちするよ。それくらいに、僕はましろの生活の中にあるし、ましろは僕の生活の中にある。

 

「それが非効率的だっていうならそうだろうけど、僕はそもそも八潮さんの効率ってものに興味がないよ。ただ、ましろが何かを気にしてるって言うなら、僕がなんとかするよ」

「安請け合いですね」

「ましろは()()恋人だ。これ以上の干渉を、僕は求めない。それこそ()()()()()()()ね」

 

 そう言って僕は八潮さんの分まで会計を済ませて立ち去る。

 ──ああ、ムカつく。心がザワつく。高校生になって、ましろと別々になったからこんなことを感じることがないと油断していた。中学生の頃だったら、日常的にあったことだったから苛立つこともなかったのに。最初の印象は一番悪かったはずの桐ヶ谷さんが結局、他者との適切な距離感を保つのが上手だ。広町さんや二葉さんとはほとんどしゃべったことはないけれど、たぶん、あの中では桐ヶ谷さんがダントツだ。

 

「シロって、なんであんなに自信ないんスか?」

「……やっぱり、桐ヶ谷さんから見ても釣り合わないように思う?」

「あーいや、ぶっちゃけそれも感じたけど……どっちかってゆーとシロが海斗サンと付き合っててあんなに自分なんかがーってなるのがおかしいからなんで、って気持ちです」

「うーん、ましろから何か聴いてる?」

「カイくんは、どんなに告白されてもずっと、わたしなんかを好きでいてくれたって」

 

 僕はその言葉にため息を吐いた。いつも言っているのに、僕はましろ以外と恋人になるということに興味も関心もない。恋人、カノジョと言ったらましろ。傍にいてほしいと感じたのはましろだけ。クラスメイトや委員会が同じ人ならまだしも、名前も性格もなにも知らない女の子に告白されて、ましろよりいいかもとなることなんてあるはずがない。

 

「顔で選んでみるとか」

「僕がそれを嫌ってるからね」

「あはは、それなーってヤツです。かわいいねってナンパされて好きになるわけねーって思いますよね」

「そうだね」

 

 ましろに言われるのは嬉しい。カッコいいよと言われると抱きしめたくなる。ましろもかわいいよ、大好きだよって気持ちに変わる。だけど、それを他者から、特に()()()()()()と言うようなヒトに言われても、不快なだけだ。

 

「でも、いや、えっとムカっとすること言っちゃうと思うんスけど、ぶっちゃけ海斗さん、ましろに対して過剰ですよね。愛が重いってか」

「過剰、か……今となっては、過剰なのかな」

「なにか、あったんですか?」

 

 僕がましろを好きになったキッカケはすごくくだらないものだ。小学生の頃からずっと懐いてくれていた彼女が愛おしくて、それが第二次性徴を機に恋心に変わっただけ。だけど付き合ったキッカケは、あまりにそういった愛おしさとはかけ離れたものだった。

 

「ましろは、昔からいじめられっ子で、その分優しさに弱かった」

「……それで男子にチヤホヤってのは、最初ん時に言ってましたね」

「うん」

 

 彼女の身体が女性らしさを帯びてきたのも、中学に入って少ししてから。幼い印象はまだあったけれど、肩や胸、腰回りがどんどんと大人の女性に近づいていくのが早かったしなにより劇的だった。

 

「夏休みが終わってからだったかな、その成長が収まってきたのは」

「それがきっかけって……?」

「別に僕が大人になったましろに性欲を持て余したわけじゃないよ」

 

 そんなのわかってますってと冗談交じりに笑われる。ここで僕も桐ヶ谷さんに笑い飛ばしてもらわないと、リセットしないといけない。そして、僕の本当の気持ちはましろも察してはいるだろうけれど、言葉にしたことはない。

 ましろ、僕はね──あの時に誓ったんだよ。ましろを守るんだって。あの穢れたものたちから、名前と同じ色を、守り続けるんだって。

 

 

 

 

 

 




今回はプロローグというか導入のようなものです。次回から時間が過去に飛びますのでよろしく。

☆8をいただきまして、お気に入りもいただいたので無事、総合評価が500となりました。まだまだ自慢できるようなものでもないですが、毎日更新を続けて、地道に一歩一歩頑張ってまいります。
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