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ましろは、かわいいと思う。幼馴染としての贔屓目かもしれないと最初は感じていたけれど、夏休みが終わったくらいから一年にかわいい子がいるという噂を耳にし始めてからそうでもないことを知った。
「カ……
「
「え、っと……図書の片付けが、なかなか終わらなくて」
「わかった、手伝うよ」
図書委員をやりたいということで、僕も図書委員になった。我ながらなんて子どもっぽい動機なんだろうと苦笑したくなるほど、当時からましろのことが好きだった。ましろといると安心する。小学校の時から変わらない、安寧が彼女にはあったから。
「ふへ~、なんとか終わったね」
「お疲れ様、コンビニ寄って帰ろうか」
「うん!」
最終下校時刻ギリギリに僕とましろは同じ道を歩く。二人だけの道、けれど僕としては少しだけ物足りなくなってしまうカバン二つ分の距離。夕暮れの中、もどかしい距離を保ったまま、僕たちは歩いて帰っていた。
「なんかさ」
「うん?」
「慣れてきたけど、カイくんのことを先輩って、言わなきゃいけないの変だなぁって」
「そうかな。きっと、周りから見れば委員会の先輩のことを渾名で呼ぶましろが変だよ」
「そーだけどさぁ」
仏頂面をする彼女になにが不満なの? と問いかけると、ましろはだってと甘えるような表情で僕を見つめてきた。その顔はずるい、思わず抱きしめたいと思ってしまうほどにあどけなく、愛おしいものだった。
「なんか、距離が空いちゃったみたい」
「学校だけだよ。今はましろのことは、ましろって呼ぶよ」
「……カイくん」
その表情は、両想いだろうということを僕に余すことなく伝えてくれた。付き合ってるわけじゃない。恋人かと問われれば否定する。カノジョかと言われたら幼馴染だよと答える。だけど、僕とましろは、お互いに好意を抱いていた。だけど、僕が踏み込めないのには、理由があった。
「そういえばね、また男子がさ……」
「ん」
「ああいうの、嫌い。みんなもカイくんみたいに優しかったらなぁ」
僕もそれは耳にする。一年にかわいい子がいる、それが倉田ましろ。だけど彼女は高嶺の花のような扱いはされていなかった。
──曰く、頼み込めばヤらせてくれそう。体育で揺れるのが癒し。スカート捲れた時の尻がイイ。そういう下品な評価ばかり。そんな奇異の目から守ってくれる盾が僕だと、ましろは思っているようだった。
「カイくんは、そういう目でみないから平気だけど……怖いよ」
「……そうだね」
違うよ、ましろ。僕だって男だから、そうやってましろで下品な妄想をする一人だ。いいや頼み込めばヤらせてくれそうと笑うだけまだマシなのかもしれない。僕は、僕だけはましろを独占できている、頼み込まなくても、自然とセックスをするような関係になれる。そういう浅ましくて、真っ黒で、気持ち悪い妄想を腹の内に溜め込んでいたのだから。むしろ、僕が一番、ましろのことを性的な目で見ていたんだから。
「大崎くんってさ」
「はい」
「倉田のカレシ?」
「……違いますけど」
「じゃあさ、あたしと付き合ってよ」
「嫌です」
「どうして?」
「先輩に興味ないからですよ」
そんな若い性欲を持て余してはいるけれど、僕はましろ以外に興味はなかった。むしろその屈折した欲を持っていたが故に、僕はましろ以外に目を向けることがなかったのかもしれない。いつしか僕は、男子の敵として認識され始めていた。
「先輩! 私と付き合ってください」
「……ごめん、僕はキミのことを知らない。知らないヒトとは付き合えないし、僕には好きな人がいるから」
「で、ですよね……やっぱり」
今考えるともう少し断り方があったかもしれない。だけどあまりに僕は盲目で、愚かで、ましろのことばかりを見ていたから。結果としてましろの敵を作っていることに気が付いたのは、相当手遅れになった頃だった。
ケガをして保健室に連れていかれたということを訊いて、僕は急いで彼女の元へと向かった。先生に目の上を冷やしてもらっているましろを見て、僕は頭に血が上りそうになった。
「わたし、カイくんを束縛してるのかな?」
「……どうして、そんなこと言うの?」
「だって、釣り合ってないクセに、付き合ってないクセに、カノジョ面してるって」
──だけど、嫌がらせ程度で終わればよかった。正直、思い出したくもない。
「なぁ海斗」
「なに」
「……ヤバいことになってる」
ましろの隠し撮り、しかもただの隠し撮りじゃなくてパンチラや着替え、逆さ撮りなんてものもあるらしく。それに尾ひれがついて、それを売ってるだとか援助交際をしてるだとか、そういうくだらない嘘まで。男子の間で押せばヤれそうという印象が付きすぎた結果、ましろを貶めようと、辱めようとする流れができてしまった。トドメが、友人の言ったヤバいことだった。
「なんでましろが呼び出し?」
「おかしいだろ? しかも噂がどこまでかはわからんが……盗撮の一部はソイツの仕業ってのもあるんだよ」
「……どうして」
大人は、子どもよりも汚らしいと、本気で感じた。その呼び出しすらも、教師とヤってるんじゃないかという輩まで現れる始末だった。この大きな流れは、止められない。ならばせめて、僕が……僕がその流れを全部受け止める、守ってやる。そう誓った。
「そっか、噂はガセだったんだ」
「……うん。一対一じゃなくて、カウンセラーのひとと女の先生も一緒でね、説明する時は聞かないようにって退出してくれた」
「よかった」
「でも……もう言ったんだけど、三年生の先輩には……胸とか、足とか」
「もう、いいよ」
「……ヤらせてくれたら、ってアレを」
「もういいって」
「カイくん……わたし、怖いよ」
それから、一週間、僕は学校を休んだましろに会いに行った。僕には流れを変えることはできない。ならばせめて、その流れにましろが呑まれないようにしよう。だから、僕はましろと恋人になった。
「僕のカノジョはましろですから、興味ありませんよ」
「釣り合ってないでしょ~」
「先輩も」
「はぁ?」
「僕なんかが隣にいたら、蔑まれますよ。不釣り合いだって」
恋人になって、好きと口で言ってもらえることが格段に増えたし、好きと口にできることが増えた。不変と安寧を求めていた僕は、取り返しのつかないミスをしていたことにここでようやく気が付いた。変わらないということに拘るのはダメだ。僕とましろは、これから変わっていかなきゃ。安寧のためには不変という考え方は、邪魔でしかない。
「恋人って」
「うん」
「ぎゅーとか、ち、ちゅー……とかも、する、よね?」
「そうだね。でも」
「なに?」
「
「……そ、そっか」
だけど、恋人らしい触れ合い、ハグやキスをしたのは僕が卒業する寸前だった。一年以上、手すら繋がなかった。僕の中にあった真っ黒な欲望は、もう表面化することはなくなっていった。何故なら。
「僕は、ましろを襲った男とは違う。触れ合わなくたってましろを愛してるし、セックスなんてしなくてもちゃんと言葉で愛を伝えあえる。僕はましろのカレシだから、ましろのトクベツだから」
それは、呪いだった。詭弁だ。触れ合うことで育む愛は証明されている。好きな人と触れ合うことは安心と信頼の証でもあるから。その最上位であるセックスは、生殖本能だけではない愛し合う、信頼しているという恋人としての言葉にならない想いを伝えあえるものだからだ。
ましろ、僕はね──本当は、ましろとずっとセックスがしたかった。言い方は悪いけれど、一年以上触れ合うことも許されず、あれほど渦巻いていた欲をなかったことにして過ごすのは、やっぱりキツかったよ。でも、今更退くなんてできっこない。もちろん、だからってリサとの関係が正しいだなんて言い訳をする気はないよ。僕は正義になりたいわけでも、正しい生き方がしたいわけでもない。
これが彼の壊れた原因であり、ましろの傷でもありました。
☆10ひとついただきまして、ありがとうございます! とても嬉しいです!