夢を見た、昔の夢、嫌な夢。中学一年生の時の、サイアクな夢。
──わたしは中一の冬に、三年生のヤンキーみたいな先輩に犯されかけた。おしりや胸を触られて、無理矢理、手でアレを……ズボン越しに勃起した男根を触らされた。そのヒリヒリと火傷しそうな性欲の視線、冷たい笑いは当時の担任の先生に助けられるまで、ううん、その後もずっと、わたしの耳にこびりついていた。
「ん……カイくん、カイ、くん……」
名前を呼ぶ度に、吐息が熱くなる。ベッドで暗闇の中、わたしは静かにカイくんを求めていく。
夢にあったそれが原因で男のひとが怖くなった。最後の最後にカイくんと同じ共学の高校じゃなくて月ノ森にしたのも、それが一つの原因だったように思える。だからこそ、カイくんは絶対にわたしに性欲は見せてくれない。抱いていないのかもしれないけれど、キスのその先、えっちなことは絶対にしようとしない。それがこの間のお泊りでハッキリした。カイくんは、あの時からずっと守ってくれてる。ボールをぶつけられた痛みから、先輩に犯されかけた恐怖から。自分がそれをしないようにすることで。
「ハジメテって、痛いんだよね……ここに、カイくんの……っ!」
えっちしたいって気持ちは確かに、先輩たちに向けられたものと同じ熱だ。そして男のヒトのアレを……受け入れるっていうのは、きっとボールをぶつけられた時よりもずっと痛いんだろう。指を入れても、狭くてうまく入っていかない。怖いのもあるし。
「はぁ……なに、やってんだろ」
しばらくいじってからじっとり湿っている指を、枕元にあったティッシュで拭き、ちょっとだけ躊躇ってから脚を開いて間を拭いていく。
カイくんは、わたしが本当は名前を呼びながら一人でシちゃうえっちな女の子だって知ったら、引くかな? いっつもきもちいの後は自己嫌悪に陥る。でもやめらんなくて、お泊りがあってからは頻度が倍くらいになった。
「……ホントに、ホントのホントになんにもないのかな?」
疑いたくはない。疑いたくないけど、コンドームがあったこと。しかもああいうのってバラ売りとかされてないんでしょう? 一つノリでもらったって言われても、わたしはもやもやしてしまう。そしてなにより今井リサさん。隣でカレシと同棲してるとは訊いたけど、そのカレシさん、一度も会ったことないんだもん! 確かカイくんは久國さんって呼んでたっけ。
「どんなヒトなんだろう」
浮気とかそういうんじゃない。ただ、バンドマンってことだけは教えてもらっていたからどこかでライブとかしているんだろうか。モニカをやっていれば、別の場所で会うこともあるんだろうか。どうして、リサさんを置いていったまま、家に帰らないんだろうか。色々な疑問は、やがてわたしに眠りをもたらしていった。
「あ、リプついた。はぁーマジ神だわー
「……なにしてるの?」
「このヒトさ、今あたしん中でキテるバンドマンなんだけど!」
──その翌日、わたしは透子ちゃんと待ち合わせでショッピングモールに出かけていた。偶には違う服でカイくんとデートしたいと言ったら手を挙げてくれた。
その道中の雑談で出てきたバンドマン、という単語に昨日の思考が重なり身構えてしまう。どうやら全国ツアーとかを度々やる、華やかでありながらセンシティブな世界観のV系バンドのベース兼ボーカリスト、らしい。写真を見せてもらったけど、カイくんくらい身長ありそうだし、爽やかで優しそうなスマイルがもう伝わってくる。
「いやカケルさん、オフん時はイケメンだし優しいのにやっぱめっちゃ大人の色気~って感じでさ、これでまだ二十代なんだって」
「……確かにカッコいい、ってオフ?」
そう問いかけると住みこの辺らしくて、ツアーとかイベントでほとんど帰れないらしいんだと捲し立てられるけど、そうじゃなくて。プライベートでそのカケルってヒトに会ってるの?
「昨日の一回だけだって! ま、あたしもSNSではちょっとは名が知れてるし?」
「そ、そっか」
「──まぁ、帰りにご飯誘われたけど。あ、シロこれはナイショで♪」
「え、ええ! そ、それでどうしたの?」
「家がうるさいんでパスって」
そ、そっか。透子ちゃんのおうち、呉服屋さんで厳しんだっけ。厳しいのになんで透子ちゃんはこうなんだろうとちょっと思わなくないけど、前に厳しいのは男付き合いとか社会的に問題があるかどうかってだけで他は基本的に自由って言ってたっけ。
「特にオシャレとかのセンスは呉服屋には必要っしょ?」
「確かに……?」
「だからまぁ、いちおーなんもなかったよ」
けどさ、と透子ちゃんはいきなり真剣な顔になった。カラっとしたいつもの明るい雰囲気じゃなくて、ちょっとだけ静かな感じで気を付けたほうがいいよと言われてわたしは首を傾げた。何に気を付けるの?
「噂っつーか、ほぼ確定情報なんだけど」
「うん」
「カケルさん、どうやらガールズバンドキラーらしいよ」
「……んっと?」
「だーかーらぁ、めっちゃ優しい顔して近づいてくるけどGBやってるような女の子を引っかけて遊んでるチャラいヤツかもしんないってこと! 特にシロなんて強引なの、苦手じゃん? なんかあったら海斗サンに申し訳が立たないしさ」
あ、そっか。わたしもそのガールズバンドをやってる女の子に入ってるのか。まだまだ人気はそんなにあるってほどじゃないけど、あの月ノ森から出発したバンドってことでコア層には注目をされてるらしい。しかもガールズバンドって流行してるからそのカケルさんってヒトの耳に入ってるかもしれないし。
──あと、確かに強引なのが苦手なのはそうだけど、透子ちゃん……何かカイくんから聴いてる口ぶりだった。
「妬くな妬くな、あたしはたまたま会った海斗サンに気になったことを質問しただけ。別に盗ろうってわけじゃないから!」
「そう?」
「それに、あたし的にはもうちょっと愛想が欲しいかな。それこそカケルさんみたいな」
「ふふん、透子ちゃんにはカイくんの良さはわかんないよね」
「うわ、うっざ……」
なんで! いいじゃん偶にはさ。わ、わたしだって憧れてたんだよ。友達にカレシ自慢とか。いっつもそういうの聴く係だったから、惚気とかちょっとしてみたいなーとか思ってたのに。透子ちゃんならカイくんのことも知ってるし。
「はいはい、わかったわかった」
「いいの?」
「ヤダ、海斗サンからも無自覚に惚気られてるからマジ勘弁だわ!」
「そんなぁ」
カイくんからじゃなくてわたしからもと縋ってみるけど透子ちゃんは取り合ってくれなかった。透子ちゃんしかいないんだよ? 七深ちゃんはリアクション薄いし、瑠唯さんはそもそもそんなことに時間を取らないでとか言われちゃうし、つくしちゃんはやたら食いつきがすごいのとちゅーしたって言っただけでめちゃくちゃ怒るんだも~ん。
「よし、こんなもんで! メンドイから一括であたしが払ってくる」
「う、うん……」
──それからは普通に服を選んでもらい、流石に下着は遠慮しておいたけど。きっと、わたしはまだカイくんとえっちをする覚悟がない。この間は勢いで脱いじゃったけど後ですごく恥ずかしくなっちゃったし。きっとカイくんが許してくれない。でも、えっちって好きだからするんじゃないのかな? もしカイくんがえっちをしたくないって思ってたら、それはわたしのことをちゃんと好きでいてくれてるのかな? このまま結婚して、子どもを作るには、えっちしなきゃなんだよ? わたしはもっともっと、カイくんに触ってほしい。えっちな目で見てほしい。
「こんなところでどうしたの? 一人?」
「……え」
カイくんのことを考えてぼーっとショッピングモールの吹き抜けを上から見下ろしていると、声をかけられた。優しい声、振り返ると身長の高い
「えっと?」
「ああごめん、一人で寂しそうにしてたから声掛けちゃった。オレは……んーっと、まぁ本名でいっか、
「──っ、ひさくに……?」
それは間違いなく、カイくんのお隣さんと同じ苗字だった。でももっと衝撃なのは、その顔をつい最近わたしは見たからだった。透子ちゃんと一緒に写真に写っていたヒト。そう、カケルさんなんだから。
家に帰らないバンドマン、久國翔……翔けるだからカケル。そんなくだらない答え合わせを見せられてわたしは思わず眉間に皺が寄った。
「ちょ、カケルさん? あたしのバンド仲間に手ェ出すの禁止って……言いませんでした?」
「トーコちゃん、いたんだ。いやさ、寂しそうだったから一人かなぁって思ったんだよ」
ガールズバンドキラー、ガールズバンドの女の子ばかりに手を出す悪癖を持ち、一緒に住んでるリサさんの存在がまるでいないかのような扱い。わたしはこのヒトが理解できなかった。
「どうして?」
「え?」
「シロ?」
「どうしてリサさんと一緒に暮らしてるのに、浮気をするんですか?」
「……知りたいなら、ついておいでよ。
カイくん、わたしは──カイくんがどうしてほとんど帰ってこないはずの久國翔さんに苦手意識を持っていたのかやっと理解したよ。彼はわたしを犯そうとした先輩たちとおんなじだ。えっちなこと、セックスをすることに愛情とかそういうのがないんだ。ただきもちいから、お気に入りの女の子にセックスをするだけ。浮気性で、それを悪いとも考えていない、わたしから見て不気味で真っ黒なヒトだった。
ついに久國翔(ひさくに しょう)さん登場。家に帰らない理由、リサが冷たさを持っていた理由、その全てが明かされようとしていました。
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