わたしは、透子ちゃんにカイくんへの連絡をお願いして久國さんについていくことにした。触られるのは嫌だから、距離を空けて、二人きりになれるところは嫌ですとハッキリ口にした。こんなハッキリ言えるだなんて、自分でもびっくりだった。でも、拒否されたというのに、久國さんは爽やかな笑みを絶対に崩さずに苦笑してくる。
「ごちそうって、そういう意味じゃなかったんだけど」
「話相手なら」
「わかった。それならそれでいいよ」
久國さんが選んだのは賑やかなファミレスだった。どうして? と問いかけると賑やかな方がいいんでしょう? と笑顔。どうしてそんな笑顔でいられるのかと気になったけれど、それが一番ヒトにいい印象を与えられるからなんだろうか。確かに、久國さんはカッコいい。カイくんくらい身長高いし、ルックスは甘く、でもバンドマンのイメージにあるように髪が別段長いわけじゃなくて、それが余計に爽やかさを演出している。太いわけじゃないけれどよく見ると筋肉質で、髭や腕なんかも剃り跡さえ見えないほど清潔感がある。でも、わたしはこのヒトが怖い。ルックスが、必ずしも内面を保証するわけじゃないことをわたしは知っているから。
「ごめんなさい、ましろちゃん」
「……え」
注文して、そうして少しの沈黙の後、開口一番に久國さんから出されたのは、
戸惑う。考えれば謝罪されて当たり前の場面なのにどうして謝られているのかわからなくなってしまうほど、滑らかで虚を突かれてしまった。
「トーコちゃんから聴いて知ってるかもしんないけど俺さ、なんていうか」
「──バンドやってる女の子に手を出してる、んですよね」
「うん、なんか寂しそうでさ、ああいう声の掛け方をしちゃった。不快にさせてごめんなさい」
毒気を抜かれてしまい……少し、警戒しすぎたのかもと悪いなという気分になった。拒否して、強く当たりすぎてしまったと罪悪感を覚えた。そうして、一息とばかりにドリンクを取ってきてくれた翔さん、久國さんって呼び方は慣れないから翔か、カケルって呼んでよと言われて、少し考えてから翔さんと呼ぶことにした。彼は何が知りたい? とわたしに問いかけてきた。
「……翔さんは、リサさんと結婚? 付き合ってる? んですよね?」
「結婚はまだかな、同棲はしてるけど」
「な、なのに……浮気を?」
「んー、じゃあリサとの馴れ初め、とかどうかな?」
まるでそこに自分がああいう声を掛けたルーツがありそうなしゃべり方にわたしは頷くしかなかった。ああ、カイくんだったら、それとなんの関係があるんですか? くらい言っちゃうかも。カイくんは常に無表情なうえに案外空気が読めない。わたしも時々読み間違えるんだけど、カイくんは読もうとすらしないからなぁ。今は、そんなカイくんの強引さが、少しだけ羨ましいと思った。
「リサとは、俺が高校生の頃からの付き合いなんだ。あ、付き合いって言っても、恋人になったのは、アイツが中学になってからだけど」
同棲はリサさんが高校生になって、翔さんが大学を卒業してから。なんとプロを何人も輩出しているような有名音大の出身らしく、わたしは驚くしかなかった。本人としては音楽が大手を振ってできる大学ならそれでよかったし、なんなら高卒でもよかったと話していたけれど。
「俺の憧れのヒトは、湊さんでさ。俺が路上ライブしてる時に偶々友希那とリサと一緒に歩いてるところに出くわして、そこから仲良くなったんだ」
「そう、だったんだ」
「だから最初は弟子兼近所の子ども、みたいな感覚だった」
でも、友希那さんのお父さんはバンドをやめてしまって。そこから、三人だったのが二人になって、リサさんはずっとどこか寂しそうだったのを翔さんは傍にいて和らげようとしていた。だけど彼女が中学になった頃、それは突然変化してしまった。
「アイツが中二になったばっかの頃さ、突然やってきてご飯作るとか言い出して……ちょっと酔ってたのもあって、まぁ色々あって……押し倒されて」
「それで」
「そこから付き合い始めたんだよ。責任を取るって感じでな。でも、幾らなんでも中学生に手を出すハタチってヤバイだろ?」
確かに、なんとなくそう思う。なら今わたしや透子ちゃんにナンパするのはいいのか、と一瞬思ったけれど。でもそれが、どうして浮気することに繋がっているの? わたしは当初の疑問に戻ってきた。
「二年間手は出さない代わりにリサは、セフレを作ってもいいと条件を出してきたんだよ」
「……それを、今も」
「俺さ、ツアーとか地方興行とかで結構飛び回るから、そのたびに現地の子に呼ばれるんだよ。あとはそうだな、かわいい子が俺に惚れるところは見たくても、泣くところは見たくないだろ?」
ああ、わかった。理解できた。このヒトは、優しいヒトなんだ。たくさんの女の子の涙を拭えるカッコよくて優しい、わたしが好きなヒーローみたいなヒトなんだ。あとは、そう、ライトノベルでよく見る男のヒトの最後のその先のような。
──ハーレム主人公のアフターストーリーのような、そんなヒトだ。
「他に質問は?」
「浮気した中でリサさんに一番近いヒトは誰ですか?」
「友希那かな。一番近いって言うと、うん」
「……なんで?」
「高二の冬だったかな、ずっと好きだったって言われてあいつの部屋で……リサと同棲した後だから、見られる心配もなかったしな」
「この近辺で、相手はどのくらいいるんですか?」
「どんくらいだろ? ゆりは海外行っちまったから、ノーカンか? 最後まで離れたくないって言われて困ったもんだったよ」
「リサさんは、知ってるんですか?」
「知ってるよ、というか
なんだろう、これは。この、気持ち悪さはなんだろう。澄んでいると思った水が水ではなく無色透明の有害物質だったような、甘い香りを漂わせる毒の花のような、遠くから見るとキレイなコスモスの花畑が、近くで見るとそうでもなかったときのような、なんとも言えない気持ち悪さ。わかることはただ一つ。このヒトは、わたしにとって害だ。理解からもっとも遠い存在だ。
「ましろちゃんも」
「……はい?」
「何かあったら俺を頼ってよ。カレシとケンカした女の子を
悪いと、悪いとすら思ってないのか。仕方がないって? 本気でそう思ってる。悪意ではなく善意で、透き通るくらいの善意が彼の瞳の中にある。笑顔を崩さないのは、悪いことをしている自覚すらもないからか。
「俺のことを知って、もっとましろちゃんと仲良くなれたらいいって思ってんだよ」
「わたしは……」
ドリンクバーで、自分でやりますと席を立っていくと何故かついてこられて、少しだけ居心地悪く感じながら、そう言われて仲良くなんてなりたくないと言いたい気持ちをぐっとこらえた。通じないのなら、黙っていた方がマシだ。でも、翔さんは何かを思い出したかのように一歩近づいてきてわたしにだけ聴こえる小さな声で囁いてきた。
「あと」
「……なんですか?」
「ましろちゃんのカレって、お隣さんの大崎くんだろ? 気を付けた方がいい」
「なにを、言ってるんですか?」
「俺は
それってと反応しようとして、肩に手を置かれた。翔さんから遠い方の肩をそのまま、抱き寄せられるようにして、わたしと彼の距離が狭まっていく。怖い、その内容を聴くのも、彼に触れられているのも全てが、わたしの安寧を壊していくような気がして鳥肌が立った。
「──ましろに、なにをしているんですか……久國さん」
「カイ、くん……っ!」
「……大崎くん、久しぶり」
「ええお久しぶりです。ツアーは忙しかったですか?」
「そりゃもう。だけど充実してたよ……相変わらず無表情だけど、怒ってんのそれ?」
「はい、とても。
「……そうなのかな?」
カイくんが、カイくんが来てくれた。誰も入り込めないくらいに近づいていたわたしと翔さんの距離を無理やりこじ開けて、カイくんは怒りを全身から放っていた。対する翔さんは、笑みを崩すことはなかった。まだ、自分は悪くないと思っているのは、ある意味すごいと思う。
「はい、ここで騒ぎは起こさない! 」
「リサ、バイトは……もう終わってるか」
「まぁね。ほら海斗も、続きは部屋帰ってから」
「……わかりました」
「ん、それじゃあ俺は会計してくる。ごめんねましろちゃん。奢ってあげるから」
「……はい」
あくまでにこやかに、会計を済ませている間にカイくんは大丈夫だった? とわたしの頬に触れてくれる。あったかくて、珍しく焦った表情をしていて、思わず笑ってしまった。
カイくん、わたしね──やっぱりカイくんが好きだよ。カイくんになら、触れられても嬉しくなる。優しさもあったかさも、きっと欲望ですら、カイくんからもらうなら嬉しいんだよ? だから……わたしは、決めたよ。
「やっぱりわたしも翔さんに謝ってくる」
「え、ましろ……?」
カイくんから離れて、わたしは会計をする翔さんの隣へと向かった。そこでわたしは彼に確認をする。本当に、頼ってもいいですか? と。答えはもちろんという言葉と頭に置かれた優しい手だった。わたしは幸せを予感して、満面の笑みを彼に見せていった。
浮気要素はあるけど、NTRはないです。もう一度いいます、ネトラレもネトラセも、ネトリもありません。浮気は最初からしてますけど。
ましろの言葉通り、翔くんのモチーフは所謂ハーレムラブコメの主人公のその後です。紆余曲折を経て、メインヒロインが一人いて、結局サブヒロインともなぁなぁの関係を続けているどころかサブヒロイン増やそうとしてますハーレム主人公。