ましろ、僕はね──   作:黒マメファナ

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前半海斗、後半ましろ


⑱まっしろ/まっくろ

 僕は、嘘つきだ。僕の言葉にはどんどん嘘が混じっていく。それは白と黒が混じり合っていくような、灰色の言葉。それが、以前の僕には苦痛だった。ましろに嘘を吐かなければいけないことが、唯一嘘のない言葉を吐けるのが、リサだけだったということが。

 

「……ん」

「おはよう、リサ」

「おはよ、海斗」

「コーヒー淹れてみたんだけど、どう?」

「じゃあ、もらっちゃおうかな」

 

 でも、僕はもうそんな灰色にも戻れなくなった。部屋で眠っていたリサを起こして、僕はまるで()()()()()()()()()()()のように頬にキスをしてコーヒーのマグカップを差し出した。いつもとは逆の構図、部屋の主も先に起きたのもコーヒーを淹れるのも、全部が逆だった。

 

「……バカだね、海斗は。バカで、最低だ」

「そうなんだろうね」

「でも、最低なのはアタシもだ」

「リサは、別に」

「だって、アタシ……今すっごく、満たされちゃってる。こういう、甘ったるいのが、アタシには必要だったのかな」

「甘かった?」

 

 コーヒーがじゃないよとリサは笑う。甘かった、そう僕は甘かったんだ。それを知ってしまった僕はもう、この胸から湧きたつ黒を抑えることはできない。できないのなら、僕は中途半端な白色を捨てる。捨ててしまえばいいんだ。ましろが選んでくれたこのマグカップを床に落とせば、ゴミになってしまうのと同じだ。

 

「海斗」

「……なに?」

「また明日になったらしばらく翔がいなくなるからさ」

「うん」

「そしたら、アタシ……しばらくコッチにいていいかな?」

 

 少しだけ悩んでから、僕は頷いた。この部屋はもう、僕とましろの将来を保証してくれるものなんかじゃない。ここは僕の幸せを守る箱庭だ。ちっぽけで、大事なヒトをまっすぐ愛せすらない哀れな僕の、大事な大事な箱庭だ。その幸せとは、リサを拒絶することではなく、受け入れることだから。

 

「リサ」

「んっ……もう、昨日から、キスばっかり……っん」

「僕が、そうしたいと思ってるから」

「海斗って、結構甘えんぼ?」

「そうかな。でも、僕に言わせるとリサもだよ」

 

 確かに、とリサが笑って、今度はリサから唇を重ねてくる。たったそれだけで凪いでいく。揺らいでいた僕という存在が輪郭を保っていられる。こういうのを、正しく依存と言うのだろうな。リサは久國さんに、僕はましろに、そして僕とリサはお互いに。

 

「それじゃ、アタシ練習行ってくるから」

「うん」

「気が向いたら外の空気吸いなよ? 大丈夫、()()()()()()()()()()()

「わかってる」

 

 そう言って、僕はリサを玄関まで送っていく。最後まで手を繋いで、けれどもう一度だけキスをしたらまるでそれまでの温もりが嘘だったかのように、彼女はあっさりと手を離してそれじゃあ、と明るく去っていってしまった。

 

「……行ってらっしゃい」

 

 嘘ばかりだ。この生活に本当は何一つ存在しない。でも、なら僕はどうしてこんなに満たされているのだろう。空っぽなのに、リサがいなくなれば僕には何も残らないのに。きっと気が向くことはないだろうと部屋に戻ると、机の上に置きっぱなしだったスマホでましろに連絡をする。

 

『も、もしもし』

「もしもし」

『……カイくんおはよ、どうしたの?』

「おはよ……ましろ」

 

 ましろは数コール置いてから電話に出た。何やら少し慌ただしい様子だった彼女に悪いなと思いながらも僕は、バンドの練習? と問いかけた。支度をしているということが伝わっていることを知ったのだろうましろは少し悩んでから違うよと言った。

 

「用事?」

『うん、まぁそんなとこ、かな?』

「暇だったら出掛けようかって誘おうと思ったんだけど」

『……ごめん』

 

 いいよ、と言うともう出掛けなきゃだからとましろは会話を切り上げて電話を切った。やっぱり、今日は気が向かない日だったよリサ。

 僕は、ベッドに転がり、目を閉じた。暗い瞼の先にいるのは、いつだって僕の傍にいてくれた、大切なヒトの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 それじゃあと電話を切ってわたしは息を吐いた。びっくりしたぁ。カイくんは普段自分から電話を掛けることもましてやデートに誘ってくれることもない。それは冷めてるからとかじゃなくて、考えすぎてるところがあるから。

 カイくんは優しい。でも、その優しさは付き合ってからは少しだけ煩わしいこともある。恋人なんだからもっと、気軽に電話を掛けたいし掛けてほしい。デートだって、いっぱい誘ってほしいのに。これが付き合う前、中学に入ったばっかりだったら違ったのにな。

 

「……カイくん」

 

 罪悪感で圧し潰されそうになる。だって用事は用事だけど、私が出掛ける相手を知ったらカイくんはきっと、また怒ってしまうだろうから。カイくんが前にかわいいねと褒めてくれた服を着て、わたしは少しだけ気持ちを引き締めるように目を閉じる。今から会う相手はカイくんみたいに優しくない。けれど、頼れる相手ではあるから。

 

「お、遅くなりました」

「大丈夫、俺も今来たところだから」

 

 その相手とは、久國翔さん。先日顔を合わせた、リサさんのカレシさんでありカイくんのお隣さん。優しいけれど、わたしからすると油断はできない相手。透子ちゃんが警戒していたほどチャラくないことはわかったんだけど、このヒトの悪いところは別にある。

 

「じゃあ行こうか」

「……はい」

 

 すごく自然な所作で背中に手が添えられた。鳥肌が立ったけど我慢我慢。翔さんは女性関係があまりにも多いせいかボディタッチが多い。本当ならそれほど不快になるものじゃないとは思うんだけど。わたしはちょっとトラウマがあるせいでカイくん以外の男のヒトに触れられるの苦手だから。

 

「ごめん、触られるの苦手なんだっけか」

「……知ってたんですか?」

「いや、表情がさ。癖って怖いなぁ、気を付ける」

 

 わかっちゃうんだ。これが、翔さんの魔力って言えばいいのかな。惹きつけられる要因にもなってるんだろう。合わせてくれる優しさ、察してくれる優しさ、優先してくれる優しさ。彼は女性に対する優しさの塊のようだ。透子ちゃんが推せるって言ってた意味がよくわかる。

 

「それよりも、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて思わなかった」

「頼っていいって言ってたので」

 

 きっぱりと食事以上のことはしないと断っておく。わたしは別に翔さんのハーレムとやらに加わるつもりはないから。すると翔さんはましろちゃんは本当に大崎くんが大好きなんだねと裏表のない爽やかな笑みを向けてくる。

 

「カイくんは、わたしのカレシですから」

「はは、普段は後ろ向きなましろちゃんが、彼のためには前を向けるって、すっげーカッコいいと思うよ」

 

 後ろ向きって……まぁそうなんだけどさ。そう思いながら今日は喫茶店で向かい合った。そこでわたしが問いかけるのはただ一つ、カイくんとリサさんの関係について知ってることを話してほしい、ということだった。

 

「どうして知りたいの? 知っても傷つくだけなのに」

「相手がカイくんだから」

 

 わたしはいずれカイくんに消えない傷をつけて()()()()んだから。嘘をつかれたまま、隠し事をされたまま一緒にいたくない。これからもカイくんとわたしはずっと一緒にいて、結婚して、子どもを授かって、おじいちゃんおばあちゃんになっても、カイくんの傍にいたいから。

 

「わかった。大崎くんはリサと結構頻繁にセックスをしてるくらいには、深い関係だ。半年、いや下手すると一年くらいはな」

「や、やっぱり」

 

 あの寝室にあったコンドームも、リサさんの含みのある笑みも、全部そういうことなんだ。でも、ならどうして翔さんはそれを知っててカイくんやリサさんに何も言わないんだろうか。わたしは、正直今すぐにでもカイくんのところに行きたいくらいなのに。それにしても、一年か。わたしが受験生で会えないころ、カイくんはずっとリサさんとえっち、してたのかな。

 

「それが、リサの幸せだからな」

「……どういう意味ですか?」

「そのまんまだよ。俺だけじゃもう、リサのことを幸せにできなくなってたんだよ」

「ならどうして翔さんは……放置するんですか」

「俺はそれでいいからな。結局、俺とリサは愛し合えている。幸せになるためにお互いしかないなんて、そんな必要はないだろ」

 

 自分やリサさんにバンドがあるように、色々な形の幸せがあってもいいと彼は語った。確かな愛があれば、翔さんがリサさんを、リサさんが翔さんを愛していれば誰とセックスをしていてもいいって。

 

「お互いがそれでいいって思うことが重要なんじゃないかって思うんだよ」

 

 カイくん、わたしは──わたしはどうやらとんでもないヒトを頼ってしまったようです。翔さんはまっしろなヒトだ。裏も表もない、まっしろで、それ故に色が見えない、真っ黒に見えてしまうくらいの、純粋さだった。

 

 

 




どんどんとすれ違い、乖離し始める二人の行方は、どっちだ!
次回はたぶんリサが中心になると思います。海斗に向ける気持ち、翔くんに向ける気持ち、それらを描写していけたらなぁと。
☆9ひとついただいて、無事メンタル回復しました。感想も増えてきてとっても嬉しいです!
それではまた、感想、評価、お気に入りをよろしくお願いいたします。
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