朝、目覚める場所は部屋よりもホテルの方が多い。幸い枕が変わっても寝られるタチだし、なんなら移動中もどこでも寝れるって特技があるから困ったことはない。なにより、朝は一日の始まりであると同時に、愛と幸福をもらえる一瞬であるから好きだ。
「ん……翔」
「おはよう、まだ寝てていいけどな」
「うん」
背中越しに抱きしめていくと、また寝息が聞こえ始めて、俺も少し微睡みに誘われてしまう。女性の肌は、何度触れても不思議を感じる。自分とは違う質感だとすら思う。柔らかくて、暖かい。女性の方が全体的に暖かいとされるけれど、それは確かにと納得できる。
「翔、次はいつ会える?」
「来月になったらまたすぐイベントがあるから、そん時に、な?」
「うん……大好き」
キスをして、玄関まで送ってくれる彼女に手を振って俺は久國翔から
「カケルー! バッチリだよ!」
「わっと、おいアキ、飛びついてくんなって」
「でもアキの言う通りだな。これなら新曲もセトリ入れれそうだ」
俺の生活は、満たされている。愛に幸せに、充実している。でもそんな俺の明るかった生活に影を落とした子がいた。
──その子は、俺を頼ってくると言いながら俺を、まるで嘲るように毒を垂らしてきたのだから。
「取られますよ、いつか」
「それはない」
「あはは、無邪気ですね。羨ましい」
その子の名前は──倉田ましろちゃん。最近バンドを始めたニューフェイスであり、色々複雑な縁を持ってしまった子だった。取られる、それが恋人で同棲をしているリサをお隣さんである大崎くんに、という意味だと受け止めた俺は冗談だと笑い飛ばそうとするが、そうはさせないとばかりにましろちゃんは言葉を紡いでくる。
「えっちなことをするってことに、ただ欲だけを籠める……本当にそんなことできると思いますか?」
「……わからない。少なくとも、俺には無理だ」
俺の場合、身体の関係というのは複数人に向けるものではあるが、そこにただ気持ちいいからだとか良い身体つきだったから、なんてことは一度だってない。そもそも俺は、一度だってリサ以外の相手にセックスを求めたことはない。誘う方ではなく、誘われる方だから。
「わたしも同じ考えです。だからこそ、わたしなんかよりもずっとずっとヒトに優しく、ヒトの気持ちに寄り添えるカイくんやリサさんが……本当にただ満たされない欲だけでえっちなことをすると思いますか?」
「……それは」
瞬間、迷ったことを後悔した。それはリサを疑うということだ。どうしても愛してほしくて、そして誰よりも俺を求めて、俺がいることで笑顔を保てると言ってくれたリサの愛を、リサの決意や約束を、疑うということに他ならなかった。だが、後悔を口にする間もなくましろちゃんは言葉を積み上げていく。
「わたしはカイくんのことを疑っています。その上、きっと間違った道に進もうとしてる。だから協力してほしいんです」
「頼る、んじゃあなくて、協力か」
「利用とも言います」
じっと俺を見据えてくるましろちゃんには、なんとも言えない覚悟の光を感じた。成程、男嫌いの表情をしているましろちゃんがどうしてここまで俺に近づこうとしているのか理解できた気がした。これは俺にはない色だ。俺の理解から最も遠い色、だからこそ理解できてしまった。
「俺を利用して、俺にメリットは?」
「リサさんを取られなくて済みます」
「そもそも取られるということが確定していないから、不成立だな」
「──まぁ、いいや。すぐにわかりますよ」
そう言って、今日はありがとうございましたと
「つぐみ」
「さっきの、倉田ましろちゃんだよね」
「ああ」
「……シたの?」
「カレシ持ちで頼られてるだけ、言い方悪いな」
「キミだから」
それになんの返事もせずに俺は、コーヒーのお代わりを頼んだ。怖い子だな、と感じてしまう。以前にもああやって、気持ちを溜め込んでいる子や俺とリサと、その他の子との関係を認めようとしない子はいたけれど、ましろちゃんの言葉はそのどれとも違う確かな重量があった。
「あの、さ」
「ん?」
「今度はいつ、出発するの?」
「……ごめんつぐみ。今日の夜行なんだ」
「そ、そっか……でも」
でも夜行なら、と誘われ結局流されるまま晩御飯はつぐみと一緒だった。
東京は、一番落ち着く暇もない気がする。住んでるところだから、リサがいて、他にも俺を求めて、愛してくれるヒトたちがいる。充実しているけれど、ましろちゃんの毒は俺を不安にさせた。
「そんなわけない」
それまでは一度だってリサの愛を疑ったことがない。俺を愛してくれるし、ロクに家に帰ってもやれないとしても、その愛が曇ったことはただ一度もないから。それは大崎くんとセックスをしていると知った後も変わることがなかった。だけど、その不安から俺は最後にリサに会おうとマンションの前にやってきて、それをすぐに後悔することになった。
「ふふ」
「ご機嫌だね」
「夜に部屋着でコンビニってさ、なんか
「確かに、というかないの?」
「翔はホラ、他の子いるからコンドーム切らすことなんてないし、アタシも事前に買っちゃうタイプだからね」
思わず隠れてしまった。けれど、マンションに入っていく二人の姿はリサの、そしてましろちゃんの言う通りだった。コンビニの袋を手に持つ大崎くんに、腕を絡めるようにして薄着のリサが恋人のように寄り添っている。彼の方は変わらない無表情であるため何を考えているのかはわかりにくいが、リサの幸せそうな笑顔と仕草が、二人の世界を形成していた。
「……リサ」
少し前までは浮気をしていてもちっとも嬉しそうじゃなかったのに、罪悪感とか色々な感情で圧し潰されそうになっていたのに。俺がそれを抱きしめて、ごめんと愛してるを籠めることで彼女は嬉しそうに微笑んでいたのに。
──リサの顔から、罪悪感が消えた。悪意が消えた。ただただ、幸せそうに腕を組んで会話をしながら隣の部屋に消えていった。
「──カケル、カケルってばぁ」
「……なに、アキ?」
「あー、あたしの話きーてなかったでしょ!」
「ごめん、考え事してた」
それから、数日経つ。今も、大崎くんと食事をしているのだろうか。彼の家のキッチンで腕を振るい、感想や雑談を交えてやがてそれは、お互いを求める触れ合いへと変わっていくような、まるで恋人のような営みへと。
「どったの? 東京のライブから暗くない?」
「カケルも色々考えることがあるんだろ、そっとしといてやれ」
「ライノはオカンだなぁ、相変わらず」
「オカンじゃねぇよシン」
「んじゃあさー、久々にあたしとシよーよ! ヤなこと忘れて、パーっとさ!」
「ちょ、声でかいってアキちゃん」
「ぶー、シンうざーい。だからフラれるんだ」
バンドメンバーは俺に気を配ってくれる。でもこれは、誰かに言えることじゃない。誰かに言えば、それこそ
「ちょっとな、リサとケンカして」
「へぇ、カケルがケンカってめちゃ珍しいね」
「そういう時にこそ連絡するんだよ。お前は謝れる男だろ」
男性陣二人、
「ばーか」
「……急に罵倒してくるなよ」
「だってさ、そこでカケルが……翔がウジウジしてるから余計にあたしがあの女のこと悪く言えちゃうんだよ? 翔が後悔するから、あたしはだったら乗り換えてあたしにしなよって言う隙になるんだよ?」
それでいいの? とアキは、
「頼って」
「……晶子」
「翔はホント、完璧すぎるくらいに完璧だから普段はイヤミの一つも出てこないけどさ、今は言わせてもらう。あたしを頼れ、仲間を頼れっての」
「アキちゃん、なんか珍しくイイコト言ってない?」
「珍しく?」
ああ、この仲間たちは……最高だな。アキも、ライノも、シンも。くよくよしすぎてたのかも。俺はみんなに愛してもらって、いつしか、一人で生きていけると勘違いをしていたのかもしれない。俺の人生、一度だってたった独りで歩んだことなんてないのに。憧れのヒトに、仲間に、友達に、たくさんの女の子たちに、そして誰よりもリサと一緒に。
「……よし、仲直りする準備はできそう」
「そ、じゃあ今日くらいは一人で慰めてることね」
「そうする」
「うわー流石カケルっち。俺じゃそんなキメ顔でそうするって言えないわー」
「らしい、と言えばらしいけどな」
リサ、俺はさ──ずっとずっと、遠回りをしていたのかもしれない。でも、まだ近道はできないみたいだ。あまりに道を間違えすぎて、そっちに戻るのはもう少しだけかかりそうだから。とりあえず、ましろちゃんに連絡をしよう。きっと縺れた四人の糸が向かうべき未来というのは同じ方向を見ているはずだから。
一話でメンブレ/メンリセする男、久國翔。
余談中の余談ですが、バンド・ラストデウスについて。たぶん考えただけでもう登場しないのであとがきでだらだらと。
言葉通りの最後の神とセンシティブなV系気味という設定から色欲(LUST)をかけて色欲の神、そして色欲の悪魔であるアスモデウスのトリプルミーニングとなっております。
メンバーはリーダーでベース/ボーカルがKAKER(久國翔)、ギター/ボーカルがAKI(
☆9ひとつありがとうございます! ゆっくりとではありますが、順調に評価されているのが嬉しくあります。
もしまだの方がいらっしゃるならお気に入り、感想、評価をどうぞよろしくお願いいたします。感想いっぱいきてくれて嬉しいです! 返事遅くてごめんなさい!