カイくんに会えない日々が続いている。ううん、会わない日々を続けている。最初はそれが後々になってわたしやカイくんのためになるんだと思えば我慢できると思っていた。でも、やっぱりダメになっちゃうから夏休み前に会っちゃった。会って、お話して拒絶しちゃって。心の中でわたしは嘘つきで悪い子なんだって何度も自己嫌悪に陥った。
「ましろちゃんってさ」
「……なんですか」
「いや、やっぱワルモノ似合わない性格してるよ、ましろちゃんは」
「そんなの……わたしが一番わかってるもん」
その自己嫌悪の原因の一つとして、本来は会える時間を、翔さんと会っていることも挙げられる。浮気だよこんなの、もうカイくんに顔向けできないよと沈んでくわたしに翔さんはいやあっちその大崎くんはガッツリ浮気してるけどなと苦笑いしてくる。
「それとこれは別です」
「別なのか、どういうメンタル?」
「わたしが浮気したって思ったら浮気なんです」
「それ、普通は相手が浮気した時に言うと思うんだよ」
圧倒的になんの中身もない雑談を繰り返す相手が、カイくんじゃないというだけで、わたしの胸の内は荒れに荒れて、雨模様を通り越してもはや嵐が吹きすさんでいるようだった。後ろ向き、そうわたしは前に向けているのかすごく不安になる。ホントはこのままだとカイくんと一緒にいられないんじゃないかって、今すぐ縋り付いた方がいいんじゃないかって思う時もある。
「……それで、翔さんの方は何か成果はありましたか?」
「それが……ない」
「ない? もしかしてふざけてますか?」
「そんなわけないだろ。俺としてもリサを取り戻すために心の武装をしたさ」
「なのに?」
「……扉開けたらリサがいて、それで」
はぁ、と思わずため息がこぼれてしまった。それでそのままイチャイチャしてしまったらしい。ダメだこのヒト。頼りになると思ったけど想像以上にメンタル脆いね翔さんって。今まで悪意というものに触れてこなかったのが原因だと思うんだけど、それにしたって最初に会った時の無敵感をもうちょっと持続させてほしかったなぁ。
「俺もつい最近、ましろちゃんにいじめられるまでは自分のメンタル疑ってなかったんだ」
「わたしのせいですか?」
「違うの?」
「違います」
いじめたんじゃなくて現実を知ってほしかっただけなんですけど。というか回りのヒトが甘やかしすぎなんじゃないかなって思うんだ。
──それはさておき、今日はなんで来てくれたんですか? いつもだいたい他の女の子と用事があるからって言うのに。
「いや、リサのこと……話せるのましろちゃんしかいないし」
「なるほど」
この一ヶ月ほどで数回会って、何度かの電話のやり取りをしたわたしと翔さんは、言い方は悪くなってしまうけど、リサさんとカイくんの幸せをぶっ壊そう同盟のようなものを組んでいる。最初は利用するつもりだった。翔さんはこの東京で過ごせばそれだけでリサさんの耳に動向がわかる程度の知り合いがいるらしいから、そこでわたしがいることでカイくんを動揺させようとしていた。
「思ったんだけどさ」
「うん?」
「なんで大崎くんを動揺させなきゃならないんだ? フツーに浮気だと勘違いされて別れようってならない?」
「甘いですね、カイくんの心理をこれっぽっちも理解してませんよそれ」
「たぶん理解できるのましろちゃんくらいじゃね?」
それはさておくとして、今のカイくんは自己矛盾を引き起こしているんです。カイくん、あれでも性欲が強い方なんじゃないかーとは昔から、それこそ付き合う前から察知してました。それを嫌だとは一度も思ったり口に出したこともないけど。
「性欲が……ちょっとうらやましいな」
「え、翔さん絶対えっちじゃん」
「そんなことねぇよ。いっつも薄味だーって言われる」
リサはその点一度もそう言われたことないからな、と補足されるけど。複数と関係持ってて性欲ありません、というのは信じられないけど、翔さんは嘘つかないからなぁと判断して、話を元に戻していく。
「大崎くん、性欲強いんだな」
「それをわたしに向けられなくて、リサさんを
リサさんはリサさんで、何かしらの翔さんに向けたいけど向けられないものをカイくんに向けて
「つまり、以前の状態は歪だけどバランスが良かったのか」
「それで一年くらい安定してたんで、そうなんでしょうね。だけど、そんなの嫌じゃないですか」
少なくともわたしは、カイくんに浮気までして貞操を守りたいわけじゃないし、守ってほしいだなんて言った覚えはない。むしろわたしはカイくんだけ知ってればいいと思ってる。カイくんにえっちな目で見られたら、カイくんに押し倒されてえっちなことされちゃうなら……って思うと嬉しいというか、ぞくぞくする。
「あ、でもカイくんだけなので。わたし、これでも男性が怖いんです」
「えぇ……嘘だろ」
それは本当のこと。過去のトラウマはまだ拭えないけど、最初にハグをされた時、カイくんの中学卒業の時におめでとうと抱きしめられた時から、わたしはカイくんの熱にだけは夢中だから。
「でもカイくんは自分も男だからって譲らなくて。それで僕はましろを性的に見る他の男とは違う、特別だからって……全然わかってくれない、逆なのに」
「ましろちゃんとしては、大崎くんだけが特別で、触れられたい相手ってことか」
頷く。カイくんが特別だから、カイくんだけはわたしの全てを見てほしい。まっしろなんかじゃ我慢できなくて、カイくんの色に染まりたい。わたしを、カイくんと同じ色にしてほしい。そうずっと、思ってきたから。
「ましろちゃんも、なんだかやや肉食気味だね」
「いっつもカイくんの肉食に晒されてたから、かな?」
ハグの時も我慢しきれてない時はしれっと触り方やらしかったりするんですよ、と段々と惚気に変わっていくわたしの言葉を翔さんは自分のことを、豊富な女性経験を交えながら聞いて、相槌を打ってくれた。こういうデートも、作戦の一つだ。
──作戦の目的はリサさんに向けてる欲を全部わたしに向けてほしい。リサさんにしてることを全部わたしに、吐き出すモノも全部わたしにほしい。わたしだけがカイくんに全部求められたい。でもカイくんは頑固だから、わたしが迫っても拒否したから、無理やりにでも振り向かせてみせるんだ。
「翔さんとは利害の一致です。リサさんを引き剥がすのに丁度よかったから」
「……明け透けすぎじゃね?」
「嘘つく必要ありますか?」
今更でしょう。こうなったらカイくんを孤立させるしか方法はないんですから。ちなみにそんなにのんびりもしてられなかったりする。カイくんのメンタルは筒抜けだからわかるんだけど、カイくんは選んじゃダメな選択肢を実行しようとしてる。それより前に、作戦を遂行するんです。
「とりあえず! そのためにはリサさんとお話してくださいよ」
「リサの方だって頑固なんだよな。不満はないって言われる」
「んー、せめてなんの不満を持ってるかわかればいいんですけどね」
リサさんも強情だ。なら、わたしが出張るしかない。怖いけど……怖いけど。わたしがわたししかいない、特別だって教えてくれたヒトのために。似合わない悪役をやってみせる。リサさんにとってもう、カイくんは掛け替えのないヒトならば、本音を引き出させることくらいならできるはずだから。
「それは、俺がやるべきじゃ」
「いやもう、翔さんはカイくんにものすごい勢いで嫌われてるんで……逆効果ですね」
「そっか」
しょぼんとされると困る。このヒトは本当に根っからの善人だ。リサさんを取ったカイくんに対して憎悪とか、不幸になればいいとばかりにわたしに話しかけてもいいくらいなのに。だからこそ、いつの間にか利用したかったはずのヒトと同盟を組んじゃってるんだけど。
「それじゃあ、いつにしますか?」
「あ……夏中は、その……」
「……え、無理なんですか? 夏休み?」
「サマーフェスとか、海外遠征もあるし」
それは純粋にすごいとは思うけど、その忙しさは絶対にリサさんの不満点の一つだと予想してるからなぁ。でも、わたしはもう決めてるんだ。
カイくん、わたしね──カイくんとの幸せな未来を勝ち取ってみせるよ。そのためなら苦手でもなんでも、ワルモノになってみせる。だから夏休みの間はどうか……不用意なことはしないでくれると嬉しいな。というかそれまではリサさん、どうかカイくんに幸せを分けてあげください。それなら、浮気したことも許しちゃえるから。
というわけでましろの作戦が明らかになりました。だけど彼女が危惧している海斗の選択とは。作戦とはいえこうして翔くんとのデートをたびたびしているのでやっぱりかわいそうな主人公。やめないけど。
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