夏祭り前、アタシがましろからお願いされたことはそんなに複雑じゃなくて海斗のことをよろしく、みたいなニュアンスだった。ましろと翔は別にそういう関係じゃないし、むしろ翔にアタシの幸せのことを考えるようにと言ってる立場だってことを、ましろは明かしてくれた。
「なら、どうしてわざわざ浮気を疑われるようなことしてんの?」
「……カイくんは、自分の欲を呪い続けてるから」
「でもそれってましろのためじゃないの?」
「わたしは、そんなこと望んでないんです。でもカイくんは、わたしのことを守ろうとしすぎるから」
ましろはアタシと海斗の関係を羨ましいと言った。海斗の欲を、セックスしたいって気持ちを表現してもらえるからと。でも、アタシと海斗じゃ本当に幸せにはなれない。アタシが翔のことを好きだから、海斗がましろのことを好きだから。
「翔は……じゃあどうしてアタシに何も言わないの?」
「それは、わたしのわがままです……本当は、翔さんとリサさんはもう大丈夫なんですけど……カイくんが」
そんな歪な関係だったケド、アタシと翔のわだかまりは解ける一歩手前ではあるけれど、それにストップをかけたのがましろだと言う。その理由は言われなくてもわかった。これで翔とアタシがちゃんと恋人として、幸せな形を築いてしまったら……ぶっちゃけると海斗はいらなくなる。代替品が必要なくなるのは、当たりまえのことだケド、今の海斗にとってはアタシに欲を向けてるからなんとか成り立ってるってところだもんね。
「カイくんは……たぶん幸せになろうとしてくれてないから」
「……ましろと別れて、アタシとの関係を断って悲劇の主人公を気取ろうとしてる」
「はい」
海斗はやりそうだ。自分の不幸に酔ってるというか、自分にはその価値がないと本気で考えるような危ないヤツだから。ましろがいるのに浮気した自分が許せなくて、それで満たされる自分が許せなくて、だからってましろに触れたいって気持ちを持つことすらも許せなくて。自分の許せないって感情で自分の首を絞めてる。
「わたしはカイくんといつか幸せな家庭を築いて、いつまでもあったかいカイくんの隣でうたた寝をするような、そういう未来がほしいから……カイくんにはそれが幸せでないと、イヤ……なんです」
そりゃ、ましろにはそんな海斗の自己嫌悪が許せるはずがない。アタシがどんだけ空いてるって言っても遠征に連れていってくれない翔の口癖に対して、思ってることと一緒だ。俺についてっても、リサを構ってやれないからって。アタシは構われたくて連れてってほしいんじゃなくて、一緒にいたいだけなんだもん。なんなら練習帰りの翔にご飯作ってあげたり、構いたい方だし。そうやってましろの気持ちがわかる、理解できる。
──だからこそ、アタシはましろに対して冷たい感情を向ける。敢えて、突き放す。
「わがままだね。海斗がましろのその言葉でどんだけ苦しむと思ってるの?」
「……それは」
「いっそ、別れた方が海斗のためになる、とか考えないの?」
「そ、そんなの……イヤです。わたしは、カイくんじゃないとイヤ、カイくん以外のヒトにあの眼をされると、触れられると、まるでわたしが別の色になっちゃうんじゃないかって怖くて……でも、カイくんは平気なんです。カイくんは、カイくんの色だけは……わたしの幸せの色とおんなじだから」
色、とかはよくわかんないケド、海斗の色、翔の色、ましろの色、アタシの色、そういうモノがあって、海斗はましろの色を守りたい、守りたかった。でもましろに触れたらましろは海斗の色になってしまうから……絵具で色を混ぜて汚くなるような、そういうニュアンスなんだろうと思う。
「じゃあ条件を付ける。アタシのわがままも入れたら、ましろの独り善がりじゃなくなるでしょ?」
「……は、はい」
「ましろの知ってる限りの翔のこと、あと海斗のことを教えて。アタシも、きっとましろが知らないだろう海斗のこと、教えるから」
「わたしの知らないカイくん……」
そのリアクションに、まず自分の知らない海斗という言葉に嫉妬を見せるましろに、アタシは思わずため息を吐いた。みんなみんな、世話が焼けちゃうね。そもそも恋なんて、ままならなくてうざったいものばっかりだ。完璧だったはずなのに欠点ができちゃったり、一見順調に見えてもドミノみたいに何か一つが倒れるだけで崩壊しかけたり、幸せになりたいはずなのに傷ついてみたり……好きなヒトへの当てつけが、いつのまにか放っておけなくなったり。めんどくさいことばっかりで、恋愛なんてしない方がマシなんじゃないかーって思っちゃうよ。
「──そこで、ちょっと目を離した隙に仲良さそうに女の子に話しかけられてて、訊いたら初対面だって言うんですよ」
「あー、翔は断るって言葉を知らないもんなぁ」
「あ、でも、ほとんどがリサさんの話ですよ」
「そっかそっかぁ……ふふ。海斗もヤった後なんてすーぐましろの話になるよ」
「カイくんは真顔で無意識に惚気ますからね」
そこでドヤ顔をするましろは、なんというか自分に自信があることだと後ろ向きな性格だったのを忘れるくらいに前向きになるんだから。でも、アタシにとっては外向きの翔を知っている子であり、海斗のことを唯一理解してくれる子だから。海斗にとって、海斗の願いに反しちゃうことになるケド、ごめんね海斗。
──アタシも、海斗のことを放ってなんておけない。海斗には幸せになってほしい。アタシが海斗をこの道に突き落としたんだから、その贖罪くらいはさせてほしい。アタシが幸せになるのは、その後でいいからさ。
「カイくんはあげませんよ」
「いらない」
「いらないんですか?」
「あげないって言ったのましろじゃん」
もし、翔と出逢ってなかったら欲しがったかもね。それくらい海斗はアタシの理想に近かったから。でも、アタシには翔がいる。いつだって誰かのために頑張る翔にとって、アタシは翔が翔のためにいられる場所にしてあげたいって、翔の理想になってあげたいから。
「ましろこそ、翔のことイイなとか思わない?」
「翔さんを? ないですよ」
「へぇ?」
「ひっ、あ、あの……そういうことじゃなくて、えと、リサさんと一緒! そう、一緒です!」
わたわたと手を振るましろ。でも、ここまで翔のことをきっぱり好みじゃないって言う子って中々いないんだよね。節度がーとか規律がーとか言ってる紗夜ですら翔のことは悪くないって言うくらいだし。
──でも、ましろには海斗がいるもんね。海斗がましろにとっての唯一だから。
「カイくんと海行くんですか?」
「そそ、ましろは行ったことないの?」
「……行かせてくれると思います?」
「あー」
海斗のことだもんね、ましろの肌を他のヒトに見せたくないーって独占欲……ってよりは完全に過保護なんだろうなぁ。
でもましろとしては羨ましいようで、海かぁと思いを馳せていた。
「きっと、ましろも一緒に行ける日が来るよ」
「そうですか……ふふ」
「そういえば、まだ水着選んでないから、海斗と選びにいかないと」
「カイくんって、どういうのが好みなんですか?」
あのエピソードを言おうかどうか悩みながらも、いつかましろも同じ目を向けられるからいいかと明け透けに話していく。海斗ってば前もまたソコから触るんだから、よく何年もましろ相手に我慢したと思うよ。
「そっか、おしりの方が好きなんだ……カイくん」
「でもましろもかわいいから大丈夫だって」
「リサさんは……なんか中学の時にカイくんが好きだったモデルさんみたいです」
「へぇ」
海斗、アタシさ──海斗が自分を傷付けるなら許さないからね。アタシにとってもう海斗は大事なヒトなんだから。なんなら、いつかおしまいになるのが寂しいくらいにさ。でも海斗にはましろがいるんだから。幸せにならないと、許さないからね。