ましろ、僕はね──   作:黒マメファナ

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可能な限り毎日22:22に更新したいと思います!


③赤/青

 目を覚ますと、時計の秒針が静かに静かに時を刻んでいて、左に目を向けると紺色のブラジャーを見つけて、少しだけ居心地悪くなり身体を起こし同じ色のショーツを見つけて起き上がったことを後悔した。先に起きたのなら片付ければいいのに。わざとやってるのかと思っていると寝室の扉が開かれてにこやかで冷ややかな笑顔をした今井さんがコーヒーを持ってきてくれた。

 

「おはよー青少年、健全な朝を迎えてる?」

「まさか」

「あっはははは、ごめんごめん下着片付け忘れちゃった」

「わざとでしょう?」

「いやー海斗ってば表情筋死んでるから崩れないかなーって思ってるんだケド、なかなか上手くいかないね~」

 

 このヒトは、と思いながらもコーヒーを淹れてくれたことに感謝を述べながら一口、ホットの湯気を顔に浴びながら喉に通していく。独特の苦み、深い味わいと言えばいいのだろうか……と、僕が飲んでいる様子を観察していたらしい今井さんは腰掛けていたベッドで膝を抱え込むようにしながらいいでしょ? と笑った。

 

「まぁアタシの好みの味だけど」

「……苦いですね」

「そう? ってか苦いならにがーって顔してよ」

「どんな顔ですか」

 

 一年の途中までは、こういった雑談にセックスが追加されたくらいだった。だけど僕の事情を知った今井さんはバイトを紹介してくれて、最近ではバイトの先輩後輩にもなってしまった。仕事は丁寧だし、そこを非難するつもりはないんだけど。そこで僕はどうしようもなく今井リサという人間性に惹かれてしまった。

 ──このヒトには、二面性がある。そしてなにより僕の前ではその二面が曖昧になる瞬間が、僕を捕らえて離さなかった。

 

「今井さん」

「リサって呼んでってば」

「嫌です」

「なんで」

 

 不満そうにむっとされるけれど、僕には今井さんに今井さんと呼ぶ理由がないと告げた。実際、理由はない。言われた通り呼ぶ理由も、逆に忌避する理由も。だけど僕は今井さんと呼ぶことを選んだ。特に話すような理由もないけど、そうであるべきだと感じたからだ。

 

「ふーん、それでさ」

「なんですか?」

「今日は学校、休みでしょ? バンドも休みだからさ、どっか出掛けない?」

「……別に、構いませんよ」

「んじゃ荷物持ちヨロシク!」

 

 ──初めて浮気をしたあの日も、今井さんはこうして僕を外に連れ出した。荷物持ちと称して本当に荷物持ちをやらされて、フランチャイズチェーンの喫茶店でんで? と明け透けに問いかけられた。

 

「脱童貞の感想は?」

「……最悪ですね」

「そ、アタシはね……」

 

 そこで、彼女はニヤリと笑った。まるであの見下ろした紅潮する肌を思い出させるように、あの最悪な瞬間をなぞるように敢えてたっぷりと溜めを作ってから、わざわざ囁くような声で呟いてきた。

 

「よかったよ」

「……はぁ」

「あはは、腰遣いは荒かったケドね~」

 

 からかうような声音、だけど瞳だけがしっとりと熱を帯びて、僕を捕まえてくる。直感的に思った。ああ僕は、これからもこのヒトとセックスをするんだろうなと。荒かった腰遣いが彼女に合うようになるまで、いやなっても終わることはないだろうと。そしてそれは現実として、季節が春になってもこうして僕と今井さんはセックスをしていた。

 

「ね」

「なんですか」

「下着、どれがいい?」

「ネットならまだ受け付けていますけど、店頭で選ぶのは恥ずかしすぎてここのフロアをのたうち回る自信がありますね」

「なにそれ、見たいから選んで」

「じゃあ、赤色で」

「いやいや、赤色~とかじゃなくて、レースとか柄とかそゆのも選んでよ」

 

 冗談じゃないと僕は首を横に振った。あくまで僕は荷物持ちであり、デートまがいではあっても決してカップルのように下着を選ぶなんてことはしないし、したくない。

 ──もし、あの時ましろの下着が見えていたら、いや彼女はどんな下着なのだろうか。まさか隣にいるこのヒトのような誰かに見せてしまえる装飾では、ないだろう。きっと、そうあってほしい。

 

「どした?」

「今井さんは、ああいう際どい方が似合いますね」

「褒めてるそれ? それとも海斗の好み?」

「まさか、どっちでもないですよ」

「あー今あったま来たからコレ買おうっと」

 

 そう言って選んだのはブラジャーにマネキンの太股辺りまで少し透けるような同じ色の裾がついたベビードールというものを指さして僕を見てきた。裾からチラリと覗く臍や、ショーツ、そして透ける肌という視覚的インパクト。僕は周囲から向けられる奇異の視線に居心地の悪さを感じながら、少し間を開けて肯定した。

 

「いいんじゃないですか、僕はそういうフェチズムとか、好きですよ」

「能面みたいな無表情で言われてもなぁ」

「じゃあその能面みたいな顔で……興奮する、って言ったら?」

「おねーさんがガラにもなく求めちゃうかも?」

「……いいんじゃないですか。偶にはそういうの」

「じゃ買おーっと」

 

 そこでまた荷物が増えることに気づいて、僕は少しだけため息を吐いた。周囲からはまだ奇異の目で見られている。嫌だなと思いながらも揺れる今井さんのポニーテールに目線を送っていると、袋を渡してきながら目を細めて笑う彼女に腕を組まれた。

 

「……なんですか?」

「いや? やっぱ海斗ってばさ、パッと見長身クール系のイケメンじゃん? 結構身体も鍛えてるっぽいし、細マッチョみがあるってかさ」

「褒めても何もでませんよ」

「あはは、海斗に何かもらうほど、おねーさんは落ちぶれてないんだな~☆」

 

 これは事実だった。きっとあの久國さんというカレシからお金をもらっているのだろう、彼女の羽振りは異常ともいうべきだった。今日だって、お店一つで僕の今月のバイト代くらい使ってるのに、それを三軒、あとバッグに下着だ。部屋には機材やら楽器やらが置いてあるし。一年前は少し気になって思わず訊ねてしまったことがある。だけど彼女はあっけらかんと笑って。

 

「いーのいーの、翔はそんなので怒ったりしないから」

 

 そう、言い放った。事実として一年で二度ほど、あの日を除いて二度久國さんが帰ってきているのを見かけたが、どこかへ行く時は常に彼女に向かって微笑みを浮かべて去っていく。彼にマイナスの感情はあるのだろうかというほどの完璧な笑顔で。その後ろ姿に今井さんは決まって寂しそうな顔をするのだが、その理由を問いかけるほど、僕は彼女を知らないし、知りたいわけではない。

 

「それで、なんで急に褒めたんですか?」

「褒めてないって、周囲の女の子がアタシたちのこと美男美女カップル、だってさ」

「……そうですか」

「ちょっとは喜んだらどーなの? イケメンって女の子にもてはやされてるのにさ」

 

 僕にはましろがいますから。ましろが好きでいてくれれば、別にイケメンともてはやされなくたっていい、されてもどうだっていい。ましろがカッコいいと言ってくれないのなら、後は誰にカッコいいと言われても意味がない。僕にとってましろは僕が大崎海斗(ぼく)である全ての理由だ。

 

「それなのに、アタシとシちゃうんだ?」

「……そうですね」

「なんで?」

「なんででしょうね」

 

 今井さんとしていること、セックスは少なくとも、ましろには絶対にしたいと思うことではない。けれど愛し合う男女がするのが普通のセックスだとするなら、愛し合うってなんだろうか、僕と今井さんはどうして愛し合っていないのだろうか? 僕にはその答えが、まるで見つかる気がしない。ましろ、僕はね──だからこそ、また今井さんと身体を重ねるよ。もしキミに触れあった先にセックスというものがあるのだとしたら、それを発散するために、今井さんに触れる。ああだけど、乱れる今井さんは、何故だかとても……キレイに見えてしまう時がある。

 ──僕は、その理由を見つけられてはいない。

 

「海斗は」

「はい」

「今日の献立リクエストある?」

「……赤いもの」

「いや色じゃなくて」

「じゃあ、リゾットで」

「ん、じゃあトマトかな?」

 

 なにより彼女の赤を見た時に、僕はふと、あの日のスカートの先にある色が、青色だったらよかったなと思ってしまった理由がわからなかった。キミの下着が何色であろうが、僕はましろを好きなことに、変わりないはずなのに。

 

 

 

 




目指せ毎日投稿で完結!
次回はちゃんとましろ回書きます。ヒロインちゃんと書きますから! どうか感想・評価・お気に入りしてくれよな!
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