静かな空間、安らぎの眠り、午後の微睡みを味わっているとそこに優しい手が背中に置かれる感覚があった。だけど覚めたくなくて、反対を向くと今度は優しい声までする。僕の大好きな、あの子の声が。
「カイくん、カイくーん、もしもーし」
「……んぁ、ましろ……?」
「うん、わたしだよ? どしたのカイくん?」
ここは、と周囲を見渡す。目の前には恋人のましろがいて、外ではセミの声と野球部の練習の声が遠くで聴こえていた。幾ら夏休みでも図書室で寝ちゃダメでしょー、とましろは笑うからああそっか、と僕は鈍い頭で状況を整理した。
「……ん?」
「なに?」
「いや……なんか、いや……なんでもない」
「え、熱中症とか?」
「ううん」
違和感が、夏の日差しに氷が溶けるように消えていった。別にましろが
「というか、バンドの練習に合わせてわざわざ学校来なくてもいいんだよ? カイくんバイトもあるし、送り迎えなんて……」
「いいの、僕が好きでやってるんだから」
「もう……でも、ありがとう……大好き」
自然な流れで、僕とましろは二人きりの図書室で唇を交わす。一度目は立ってるましろから、二度目は座ってる僕から。いつもと上下が逆で、二人きりということもあり思わず舌まで入れそうになってしまったけれど……なんとか留まれてよかったと思っているとましろが後ろから抱き着いてくる。
「ましろ?」
「今のちゅー、えっちだった」
「そう?」
「舌入れそうな勢いのちゅーだった」
「……ごめん?」
「ん」
その相槌は許してくれたのか、どうなのかと戸惑っているとましろは僕の隣に座って、僕の手を抱きこみ、指を太股で挟んできた。
──柔らかい、じゃなくて……なんでそんなことするの? と驚いているとましろはもう、といたずらを成功させたような笑みを浮かべていた。
「
「……え」
「だっていっつも触ってくるんだもん。映画行った時とか、一緒にいるとすぐだよすぐ、秒だよ?」
そっか、と頷いた。確かに僕は今挟まれているところと椅子と接していて触れない後ろ側を触るのが好きだ。好きなんだけど、ましろに言ったっけ……むしろ触ったことあったっけという違和感に苛まれてた。でも、ましろがそう言ってるし、僕としても否定できない部分だからなと納得した。
「今日もさ、泊まってっていい?」
「おじさんとおばさん、なんて?」
「カイくんちならそのまま帰ってこなくてもいいよーだってさ。ふんだ、ホントに帰ってこない不良娘になってやるんだもん」
そう言っていつも来るのが僕のうちじゃ不良にはなれてないね。それはいいんだけど、ところでいつまで挟んでるつもりなんだろう。僕はなんだか無性にいじわるがしたくなり、身動きが取れない指たちで抗議をするように動かしてやる。
「ん……っあ」
「……よわ」
「だ、だって、しょーがないじゃん! だいたいカイくんが悪いんだよ? カイくんが触るようになってから……敏感になったんだもん」
「……今のは、誘ってる?」
「ない……ないから、まって」
「待てると、思う?」
「……だめ?」
「ダメ」
二人きりだし、誰も来ないし。そういう言い訳をしながら僕はましろから奏でられる声に本性を露わにしていく。ましろだけが知っている、僕の本性、僕の本当の姿。ましろへの独占欲と性欲で煮詰められた。真っ黒で汚れた姿だ。
「汚れてなんてないよ」
「……どうして?」
「だって……カイくんの気持ちがストレートに伝わってくるんだもん。それにさ」
「うん」
「カイくんに触られると……濡れちゃう、からさ。汚れてるって言うなら、わたしもだよ」
「……ましろ」
「あ、ちょ、またスイッチ入っちゃうの……?」
図書館で、というのは案外刺激的で、でもやっぱり声を出すのは我慢しないといけないから、それが逆に興奮してしまうことを知った。ましろは後から顔を真っ赤にして二度と学校でえっちはしないこと! とキツく言い含められてしまったけれど。
「でもましろの下着、新品だったね」
「よ、よく見てるなぁ……アレは、今日泊まるつもりだったから」
「……そっか」
「あ、今ムラっとしたでしょ、すぐえっちしたがる。へんたい、しきじょーま」
「でもましろもすぐスイッチ入るよね」
「カイくんのせいでしょ……?」
一緒の家に帰る。それだけで僕の幸せはましろと一緒にいることにあると考えてしまうくらいだ。なにより、僕のこの真っ黒な欲を、ましろは嬉しいと言ってくれる。幸せだと言ってくれることが、むしろましろから欲しいと同じ欲を見せてくれることが、幸福だった。
「最初からそうだったよ?」
「え?」
「だって、カイくんとお付き合いしたい、恋人になりたいって言うのは……カイくんにならえっちなことされてもいい、カイくんとえっちなことがしたいっていうのも、含めて恋人になりたいってことなんだから」
──はっとした頃には、もうましろの笑顔は隣になくなっていた。ベッドはうちよりも広い、旅行先のホテルのベッド、僕の腕にかかる髪の色は朝日のような眩しいましろの白色ではなく、優しい夕焼けのような、リサの赤茶色。なんて笑えて、くだらない夢なんだろうと思い返した。ましろが僕と同じ高校に入って、当たりまえに、それこそリサとするような気軽さで、ましろとセックスをする夢。現実のましろには舌を絡めたことも濡れるソコに触れたこともないのに。あまりにリアル過ぎて、罪悪感が滲み出てくる。ましろに気軽に触れたことと、隣で寝てるのはリサなのにという罪悪感。
「……どしたの海斗?」
「リサ……ごめん、起こした?」
「んーん、実は海斗が起きるちょっと前から目覚めちゃったから」
「そっか」
「匂い嗅いでたらちょっと興奮して寝てる間にキスしたし、ちょっとオナっただけ」
「そっか……は?」
「あと触ってたらおっきくなっただけ」
「それはだけじゃないね」
あんな夢見たのはなんでかと思ったら犯人は予想外のところにいた。つまり僕の手で慰めていたの? と問うとそだよ、と罪悪感なく返事をされて怒ればいいのか呆れればいいのかわからなくなってしまった。
「……夢見ちゃってさ、海斗とセックスする夢」
「現実だよ」
「明日の水着でセックスすんのヤバいくらいコーフンした……ってそうじゃなくて、恋人としてだよ」
「……恋人」
「そ、練習のスタジオまで迎えに来てくれて、そのままソコでシて、家に帰って脱ぐ前に襲われて……みたいなヤツ。翔にはごめんって感じだケド、幸せだった」
「幸せ……リサは、そんな風にされても、幸せ?」
まるで僕の夢に似てるから、感情が似通ってる気がするからそう問いかけるとリサは当たり前じゃん、と笑った。そして、まるで夢に出てきたましろのように、僕の手を太股の間に誘導してきた。
「この手が知らないヒトだったら、コーフンしない」
「……うん」
「撫でていーよともならない……撫でて」
「手加減できないよ」
「海斗の触りたいように……っん」
「……よわ」
即座に感じられてしまい、思わず夢を同じリアクションが出た。でも、弱いのは僕に触られてるからであって、誰に触られても同じように喘ぐことは絶対にないとリサは少しだけ潤んだ目を僕に向けてきた。
「海斗はさ、自分の欲、触りたいセックスしたい、ってのを汚いって思ってるんでしょ?」
「……うん」
「ましろを汚い手で触りたくないから、でも触りたいからアタシで代用したんでしょ?」
「……そうだね」
よくよく考えると、いや考えなくても薄々感じていたことだ。最初は僕のことを誘ってくるようなビッチなんだから、いいやという思いもあったけれど。一年こうして関係ができた今では、全く違うことを考えている。いつの間にか、汚いから代わりに、という思いが消えたのにそれでも僕はリサに触れ続けた。
──触れてる時、堪らなく幸せだった。女に欲望を突き立てられるから幸せなワケじゃなくて、このヒトと一緒になることが幸せだったから。
「それにホラ……アタシのココは、濡れてるケド……汚い?」
「ううん……嬉しい」
「ん、わかればいいんだよ」
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。何も性欲は、女に自分の子孫を遺させたいって欲だけじゃないのに。それをしなくても愛は伝わる、だなんて子どもみたいな駄々をこねて、ずーっと遠回りしてきた。手遅れかもしれないけれど、リサに触れてる時の気持ちが、ようやく全部わかった。
ましろ、僕はね──ずっと言葉だけじゃ伝わらない気持ちを伝えたかったし、伝えてほしかった。それは、僕じゃないとできない特別だってことにもちゃんと心のどこかで気づいていたんだ。夢にあったましろの言葉は、きっと本当のましろも思ってたんだよね。
「付き合いたい、恋人になりたい……って気持ちは、そういうコトをしたいって気持ちでもある、か」
「わかったらさ……海斗」
「いいよ、リサ」
ちゃんと理解できたからこそ、リサとの関係はもう長くは続かないことを悟ってしまった。僕は、やり直していいのかな。
──ましろを好きな僕で、ましろとセックスがしたい僕のままで、キミの前に立つ資格はあるのかな?