HEのその先へと!
僕とましろの関係は、九月に入ってすぐに始まった。翔さんと二人で話したこともあり、ましろが僕に嘘を吐いていたのを泣きながら謝ってきた。僕も一年近く嘘つきだったんだし、お互い様だよ、と言うけどましろは僕の腕の中で何度も首を横に振った。
「だって、だって……」
「……僕は、ましろと一緒にいて……いいの?」
「うんっ、わたしは変わらず、カイくんだけがわたしの唯一、特別だから!」
こうして、僕とましろはキスをしてハッピーエンドを迎えた。ましろは僕の家に泊まって、それから……ましろを僕の手でキズモノにした。痛がって、それでも受け入れてくれて、気持ちよくて。リサに感じていた幸福感とは全くの別物だった。
「えへへ……カイくん、どうだった?」
「……気持ちよかった」
「わたしも、ちょっと……なんか、激しかった? けど……」
「ごめん、次からは気を付ける」
「ううん、イヤじゃないから……大丈夫」
大丈夫、この時の言葉が大丈夫じゃなくて、いいよって言葉だったら僕は、自分を傷付けることはなかったんだろうか。最初のように、自分の欲でましろとセックスできたのだろうか。今となってはわからない。わからないことばかりだ。
「……っく、はぁ……なんで」
九月になって、僕はましろは三度部屋に泊まりに来て、その度にセックスをした。流石にホテルに入る度胸がましろになかったため、デートの回数はもう少し多かった。でも、僕はその欲を全て見せることはできなくて、寝室でましろが眠っていると決まってバレないように、夜中にこっそりとオナニーをした。ティッシュに欲を吐き出す瞬間、僕の頭に過るのはこの部屋に刻まれた、たくさんのセックスの記憶たち。
──過去はなくならない。それを、僕は痛いほどに味わっていた。いくらこうしてましろと幸せなセックスを繰り返したって、僕がリサとしたことは消えたりなんてしない。むしろ、僕を追い詰めていく。
「……やっぱり、汚い、こんな……こんなの」
ましろを守りたいって歪んだ想いは、決してセックスなんかで破ることはできなかった。ましろが挿入するさいにちょっとでも苦悶に近い表情をするとそれだけで性欲が萎んでしまう。口でするんだよね! と誰かから訊いた知識を利用するものの舐めただけで顔を顰めるましろにもう大丈夫だよって切り上げさせてしまう。
「はふ~、もうだめ~」
「終わり?」
「だって、疲れたもん……おや、すみ」
「……うん、おやすみ、大好きだよましろ」
なにより、寝ているましろに未だ萎えない性欲を押し付けそうになってしまった自分が嫌で嫌で仕方がなかった。ベッドだけじゃない場所で触れると怒られることも、僕にはいっそ理不尽にすら感じた。
「ほら、リサさんは……そういうのよかったかもだけど……わたしは、恥ずかしい」
「ごめん」
「……大丈夫。その分、ベッドでシよ?」
理想と違うなんてよくあることだし、そういう理想を現実に寄せること、妥協することが寛容というものだということも理解している。
──でも僕は、理想が現実になってしまった瞬間を知っている。ましろが世界の全てではないことを、知ってしまった。
「過去は消えない、ならさ。笑い話になるようにしないとね」
「……うん」
「ましろだって慣れてないだけじゃん。大丈夫、海斗もましろも、これから変わっていくって」
すっかりお隣さんに戻ってしまったリサに愚痴をこぼしてしまうけれど、もう彼女の方はあの時間が嘘だったんじゃないかというくらいあっさりとした感情を向けられて、それが余計に心に刺さった。リサも、翔さんも、ましろも前に進んでる。未来に向かって一歩一歩、また歩き始めているのに。僕の時間は、止まってしまった。止まったままだ。
「ま、待って……それ、だめ」
「なんで」
「だってアトついちゃう……恥ずかしいよ」
「……そっか」
「あ、カイくん……?」
やっぱり僕は、幸せになんてなれないほどの罪を犯しているんだ。結局、僕はましろに嘘を吐かなくちゃいけないという罪とましろといて幸せだということが、ましろとセックスができて幸せだってことが嘘だという罪を背負って。背負い切れるほど、僕は強くなんてない。
「だから僕は逃げ出した。もう会いたくないというメッセージ一つで、崩壊した」
「きょーみないな~」
「キミが訊いたんでしょう」
「いや、そこまでセンチにベラベラとしゃべられるとは思ってなくて~」
コンビニに程近い商店街にある珈琲の匂いが香ばしいカフェで、僕は青葉モカにあらかたの事情を説明した。結果としては冷たい反応だけが返ってきたけど。
とりあえず青葉さんは、復讐がしたいってことだけは伝わった。幼馴染を振り回して挙句手を出して勝手に泣かせて自分だけが幸せになろうとしてる翔さんが許せないと。
「というわけでちゃちゃっとリサさん寝取ってほしいな~事情訊いた限りじゃ脈ナシぱーふぇくとにセフレってわけじゃないんでしょ~? まぁ、おーさきさんの勘違い~って場合も多いにアリなんだけどさ~」
「そのために自分の身体を売ることも厭わない、って?」
「だから~、別に処女じゃないし~、そんなけーけんにんずーとか気にしないし~」
僕は翔さんに恨みはない。むしろ知ることが多くて感謝をしてるくらいだから。青葉さんの脅しがなければ話をすることも訊くこともなかった。大体、翔さんの性格からして幼馴染さんをナンパしたわけじゃないんでしょう? 逆恨みってやつだよそれ。
「……は?」
「事実を述べただけだから」
「逆恨みだろうがなんだろうが恨みじゃん? あたしは殺したいほどにあの男が憎い。それに善いとか悪いとかな~んも、かんけーないよ」
「僕はリサさんを不幸にできない」
「いーじゃん。寝取っちゃえば~、リサさんだってしあわせーでしょ? だっておーさきさんのカノジョになるんだから~」
そもそも僕とリサの間にセフレ以上の感情があったからと言って寝取れるかと問われれば間違いなく首を横に振る。僕が後ろめたいとかなくて、本当に翔さんに恨みがあったとしても、それは失敗すると思う。それだけ、リサさんにとっての翔さんは、世界の全てだから。
「はー、つっかえないな~」
「ごめんね、役立たずで」
「そもそも本当に世界の全て~が通じるんだったら、おーさきさんはカノジョと別れてないでしょ~?」
「そうだね」
「寝取れよ~、そのくらいしろよ~」
「──ごめん」
ごめんね青葉さん。僕は、青葉さんの復讐には乗れない。これはすごく悩んだことなんだけど、僕は僕の感情とか全部を犠牲にしたとしてもリサさんにはリサさんが思う理想の幸せを追求してほしい。その証拠に、僕は今の自分語りを全て聴かせたよ。
「モ~カ~、わるーい相談してるっぽいケドさ、おねーさんにも聴かせてみ?」
「……リサさん?」
「青葉さんにわざわざ長話をしたのは、時間稼ぎなんだ」
リサさんにすぐさま連絡してスマホを通話状態にしっぱなしにしといた。時間を稼いでという無茶に対応するためとはいえ、全部知られちゃったな。まぁ、一ヶ月も秘密が守られたんだから、よしってことで。本来だったらすぐさまましろが翔さんかリサに連絡をしてもおかしくはないからね。
「なーんだ、てっきりきまずーで連絡なんてできない~と思ったのに、思い切りいーじゃん」
「はい、いい加減にしないとひまりとか蘭にも言いつけるからね」
「……ちぇ~、帰ります~、でもリサさんも覚えといてくださいよ~、誰かが幸せになるってことは、こういうことでもあるんだ~って」
「はいはい」
そう言って、青葉さんは去っていった。誰かが幸せになるってことは、誰かがその幸せを諦めてる。その言葉は、今の僕にはとても刺さる一言だった。僕だって、ましろのためにとたくさんのヒトを泣かせた。当時はましろしか見えてなかったせいでなんにも感じなかったけれど、考えればきちんと僕のことを見て、傍にいたいって思ってくれた子も、いたんだろうな。
「……ましろと別れてたの?」
「はい」
「敬語、やめて」
「……別れたってよりは、僕が一方的に逃げた」
「アタシのせい?」
「そんなこと、言うと思う?」
そんな顔をしないでほしい。それは翔さんだけに見せてあげるべき表情だ。愛おしいヒトを案じるような、慈しみを感じるその手を僕はゆっくりとした動作で拒否した。
──知られても、僕が何かを求めることはもう二度としない。リサは、リサさんはもう、翔さん以外のことを考えないでほしい。
「ばか」
「そうだね」
「わかってない。海斗はなんっにもわかってない。アタシが、翔が海斗とましろだけ置いて幸せになれるわけないじゃん。こんなの知っちゃったら、アタシは」
「だったら……見てみぬフリくらいしてよ」
だって、僕の幸せはあの歪で痛いだけの日々にこそあったんだから。ずっとましろに悪いと己を痛め続けていたあの日常の中に僕の幸せはある。
ましろ、僕はね──もうキミと一緒にいても幸せにはなれないみたい。セックスをすれば何かが変わると思ってた。ちゃんと欲を見せれば前に進めると思ってた。でも、それは勘違いだったよ。ましろ。
というわけでハッピーエンドでした。二ヶ月くらい。作中が12月の半ば、11月の後半までなので正確に言うと二ヶ月と半分くらい。
キミともう一度つながる、というキミが誰かは、まぁ想像にお任せします。