──わたしは、カイくんに捨てられた。一ヶ月くらい前、突然もう会いたくないと連絡が来て、それっきり。会いに行こうと思えば会える。カイくんのお隣さんであるリサさんや翔さんに頼ろうと思えば頼れる。だけど、わたしはそのどれもできなかった。だって、捨てられたんだもん。だって、カイくんは会いたくないって言ったんだもん。
「カイくん……なんで、どうして……」
正直、原因がわたしにない、とは言いきれない。あれだけカイくんの欲が平気だ、カイくんに触れられるなら幸せだと言ってきたくせに……怖かった。
カイくんの本性は思っていた以上に肉食動物みたいで、リサさんはそれがいいと言ってたから、わたしには気を付けてね、なんて一言だって伝えてくれなかった。ギラギラしていて、えっちで、なにより慣れている感覚が……わたしを嫌な子にさせた。
「身体の相性で別れちゃうことって、結構あるんだ……」
わたしにとっては人生を左右するほどのおおごとなのに、ネットではそれをよくあるパターンとして記号化されていてわたしは思わず怒りとか悲しみとかでスマホを床に叩きつけたい気持ちに襲われた。特に夜は情緒不安定になりやすくなって、胸がズキズキと痛む。
「カイくん……カイくん、カイくん……」
会いたい、会って、わたしを抱きしめてほしい。抱きしめて、キスをしてそれから……それから全てを奪ってほしい。あの叩きつけられるような行為こそが、カイくんがくれるまっすぐな愛だったのに。それを、わたしは拒絶した。拒絶しちゃった。怖くなって、わたしは逃げちゃった。
「ましろちゃん、帰らないの?」
「あ……うん、帰る」
「じゃあ途中まで……ってなんか外が騒がしいね?」
「そうだね」
つくしちゃんと一緒に帰る準備をして下駄箱前にやってくると、外が騒がしいことに気づいて首を傾げた。何かあったんだろうか、そんな風に顔を見合わせていると通り過ぎていく噂話が耳に飛び込んできた。
「すごいイケメンが校門前にいるんだけど!」
「誰待ち? ってかアレ有名人じゃない?」
イケメンで有名人が校門前で誰かを待っている。そんな話につくしちゃんは月ノ森生の自覚が、と言い始め注意を促そうとするけど……あ、やっぱり人並みにもみくちゃにされて帰ってきた。
「あ、あわわ……」
「おかえり、つくしちゃん」
「おーっす、なんこれ?」
「あ、透子ちゃん」
透子ちゃんもやってきてマジ? とその情報を素早く投稿する。それから誰なんだろうとSNSで画像やらが出回ってないか見て、それからアタリを見つけたような表情をした。
──そして、苦笑いで私を横目でみてきた。え、なに?
「いや、たぶん……じゃなくてひゃくぱー相手の目的はシロだからさ、明日からの質問攻めが大変そうだと思って」
「……わ、わたし? え、イケメンで、有名人で、わたしのことを待つようなヒトなんて」
いるね。いる、一人だけ思い当たるような人物がいるよ。そもそもわたしの知り合いにイケメンが二人しかいないもん。一人はわたしが今、世界で一番会いたくて焦がれてるカイくん。そしてもう一人が、話題のバンドのベース&ボーカルのKAKERさんこと、久國翔さんだ。
「……あ、連絡来てた。充電なくてほとんど触ってないんだった」
「そ、それよりもコレ……どうするのましろちゃん?」
「ど、どうしようね……」
んじゃぱっぱとなんとかさせるか、と透子ちゃんは素早く瑠唯さんに連絡、事情を受け止めた彼女が校門まで行き、応接室にまで通してもらった。何の話をしにきたか……なんて訊かなくてもわかってる。
「ごめん、連絡取れなくて直接出向いた方が早いとは思ったんだけど。まさか騒ぎになっちゃうなんてな」
「翔さんは目立つんだから、あとイケメンだし?」
「はは、ありがと」
「褒めてないよ?」
「……だよな」
敬語は、年上に使わないのはどうなんだーとは思うけど、このヒトと仲良くなると自然に敬語は野暮な気がしてしまう。そういうところもまた、彼が女の子を引っかける天才たるゆえんなのかもしれない。わたしにはその魅力も通じないけどね。
「……率直に訊くけど、海斗くんと別れたの?」
「別れた……のかな。連絡しても、返ってこなくなっちゃった」
別れた。ずっと否定してきた翔さんの客観的な一言に、わたしは胸を抉られたような気分になった。別れた、そうだ別れちゃったんだ。そんな気持ちが後から湧きたってきて、わたしは涙を抑えられなくなってしまった。
「ご、ごめんましろちゃん……泣かせるつもりじゃ」
「いい、いいの……誰かにそうやって口にしてもらえないと、信じられなかったから」
カイくんとわたしの関係は、自分で言うのもアレだけど簡単に崩れるものじゃないって自信があった。浮気とか、色々ぐちゃぐちゃになったとしても、一緒にいられる、愛してるよって言い合えるんだと無条件に信じてた。だけど、ちょっと調べてみたら学生時代の恋人と結婚するのはだいたい三割、中学生、しかも幼馴染だったり初恋だったりと条件を付けると一分にも満たないことを知った。ありふれてるんだ。わたしたちのような恋人が湧かれることなんて、普通にこの世界には当たり前にある光景なんだということを知った。
「こういうのも、人生なんだよね。カイくんと……別れるのも、別の素敵なヒトと、お付き合いできるための……人生の……っ」
「そうだ……なんて励ましも、そんなことないって慰めも、ましろちゃんには通じないんだろうな」
「……だって、カイくん、ずっと一緒にいてもいいよって言ったら、嬉しそうにしてくれてたのに、ずっと……愛してるよって言ってくれたのに」
言葉は、なんて薄っぺらくて、脆いものなんだろう。カイくんが信じなくなって、誰かにそれを分け与えなきゃダメになっちゃいそうになったという意味をわたしはカイくんに会えなくなってから知った。ずっと一緒なんて、そんな曖昧で、不確かで、アトの残らないものなのに。セックスのほうが、よっぽど、愛を伝えるのに合理的なのに。わたしはカイくんの欲を……拒否した。
「後悔してるんなら、話し合うべきだろう」
「だって」
「言い訳してる暇ないだろ。悪いけど、俺はましろちゃんと海斗くんに恩があると同時に、あの二人の……海斗くんとリサの関係を阻止しなくちゃいけない」
「……え、なんで……その二人が?」
確かに、あの二人はお互いがお互い、欠けてた部分がぴったり一致したみたいに強く結びついている印象があった。だけど、それはもう終わったんじゃ……まさか、それでカイくんは?
「いや違う。でも、二人がぴったり一致するのは、欠けた部分だけじゃないってことだ」
「相性、セックスとか、そういう?」
「それもある。でももっと漠然とした歩幅とも言えるものだ。俺やましろちゃんが
でもそれならそれで……いい気もする。翔さんにはそう言えないけど、カイくんを幸せにできないわたしなんかより、カイくんを一年間支えてくれたリサさんの方が、カイくんにはふさわしい気がする。
──あの二人には勝てないと思わせる、二人だけの世界が、確かにあるから。カイくんやリサさんが夢見て、そして諦めていたはずの
「でも、二人は決して幸せになんてなってくれないよ、ましろちゃん」
「……どうして?」
「海斗くん、どうやら相当ひどい状態らしい。前の方が良かったくらいだと」
「それは……きっとリサさんがいないからであって」
「そうかもしれない。けれど、それを癒せるのはリサじゃない。ましろちゃんだ」
「──わたしには無理だよ!」
わたしはもう……カイくんを否定した。してしまった。それはカイくん対する明確な裏切りで、浮気なんてちっぽけに見えるほどの罪だもん。もうどういう顔でカイくんの前に立てばいいのかもわかんない。キスされるのも触られるのも、受け入れられるかわかんないのに。どうやってカイくんを癒せるの? どうやって、カイくんを傷付けずにいられるの?
「だって……わたしは、カイくんを傷付けちゃうから……無理、無理だよ……わたしは」
「……トーコちゃん」
「はいはい」
「ごめん。ましろちゃんを頼む」
「カケルさん」
「こんなの見て……いっそ、俺がましろちゃんと……なんてちょっとでも考えた時点で、俺もかなりメンタルやられてるみたいだ。もう、叱咤する元気もねぇや」
カラ元気を振り絞ったように翔さんは笑って去っていく。わたしは、なんて子どもなんだろう。わがままで、ただ泣きじゃくって他人に迷惑をかけるだけ。自分じゃなんにもできなくて、自然消滅が嫌なのにそれをなんとかしようとすら思えずにうずくまって、泣くだけの、子ども。
カイくん、わたしね──大人になりたいよ。せめてカイくんが守るだとかそういう我慢や嘘を吐かなくていいくらいに、大人になりたい。それができないからきっと、カイくんはわたしに愛想を尽かしちゃったんだよね。ごめんねカイくん、ごめんね……会いたいよ。カイくんはもう、わたしといない方が幸せなのかな? わたしなんかのセックスじゃ気持ちよくなれないのかな? 教えて、教えてよ……カイくん。リサさんは、リサさんなら……どうしたのかな。
キミはリサにはなれないよ。
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感想も気づけば60件を突破しておりました。ありがとうございます!
それでは、次回はリサ姉、動きます。