「イヤだ」
「ちょ、シロ~?」
わたしは、首を横に振る。透子ちゃんは珍しく困ったような顔をしていいからさ、ほらと提案してくる。だけど頑として首を縦には振らなかった。振れなかった。
──翔さんから連絡が来て、カイくんに会ってほしいだなんて言われたけど、一ヶ月以上連絡来なくて急に会いたいだなんて、本格的な別れ話に決まってる。だから今更そんなもののためにカイくんに会いたくなんてない。
「いやいや、自然消滅してたのにわざわざ話すとかないっしょ」
「だって」
「いいから会っときなって」
「……やだ」
あーもうと苛立たれてしまって、ちょっと怖くなってしまうけど、わたしはそれでも拒否する。もういいんだ。恋ってもっと、楽しいものだと思っていた。それこそ香澄さんが言っていたみたいにキラキラしていて、ドキドキするような、そういうものだと思っていたのに。ずっと、苦しいままだ。息ができないくらいに苦しくて、暗くて、寒くて、寂しくて。
「だから言ったのよ。恋愛なんて感情は人生において無駄でしかないって」
「ちょ、るーいー」
「事実、今倉田さんはその無駄に時間を費やしているじゃない。
「瑠唯……」
「ちょ、るいるいもとーこちゃんも、落ち着こーよ~」
「そもそも私は桐ヶ谷さんでなく倉田さんに話しかけているのよ」
「……わたし?」
首を傾げる。そこで瑠唯さんはじっと透き通った宝石のような瞳にわたしの像を映しとっていた。そして、あなたの言葉や思考にはあなたの行動が何一つないと指摘される。意味がわからずに困惑していると、すごく深いため息を吐いた。
「あなたのその
「……わたしの」
わたしの
──カイくんを好きになった気持ちを、カイくんのせいにするの? カイくんを拒絶したのも、全部カイくんのせい? それで自然消滅して終わりで、本当にいいの?
「ましろちゃんは、大崎さんの特別でいたかったんじゃないの?」
「……つくしちゃん」
「海斗サンは待ってると思うよ、シロが自分でどーしたいかって選ぶのを」
「透子ちゃん」
うずくまったわたしに、手が差し伸べられる。透子ちゃんの強引で、でも優しいキラキラの手が、つくしちゃんの小さいけどあったかい手が、七深ちゃんのふわりとした柔らかな手が、瑠唯さんの冷たいけれどブレないまっすぐな手が、わたしを暗いところから引き出してくれる。
「ありがとう……わたし」
「友達はこういう時、放っておかない……でしょ?」
「……うん!」
「にしても瑠唯がねぇ?」
「恋愛を無駄だと思っているのは今もそうよ。だけど……それが倉田さんにとっての意思、なのでしょう?」
「ほら、行ってらっしゃい!」
わたしは背中を押されるようにして、空き教室から飛び出した。そして翔さんに連絡する。どうやら今日はお仕事がないのかあっさりと数コールでもしもし、と声がした。翔さんはわたしの事情を訊くとよかった! と喜びの声を上げてくれる。
「あ、ましろちゃんこっちだ」
「遅くなりました」
「よし、座って座って。つぐみちゃんオレンジジュース……でいいよね?」
「うん」
「はーい」
指定された場所が知らないとちょっと苦戦するんだけど羽沢珈琲店だったから、迷うことなくこれた。向かいに座るとなんだか視線が刺さってきたような気がして左右を見渡すけれど特に誰かいるわけでもなかった。
「ごめん、俺も今日くらいしかなくてさ」
「い、いえ……それで、カイくんは来るの……?」
「……まだわからない」
「え?」
「今日くらいしかないから、向こうはリサが説得……してくれてるといいけどなぁ」
どういうことなんだろうと困惑していると、順番に翔さんは説明をしてくれた。まず、カイくんがどうにもならなくなっていて、わたしもそれに引っ張られるようにうじうじしていたのに我慢できなかったのがリサさんだった。
「俺としてはこれ以上関わりすぎるのもよくないだろって言ったんだけど……アイツは、ホラ……海斗くんにさ」
「あ……そっか」
放っておけなくて、半ば翔さんに浮気を認めさせる形で一泊させてたのが昨日だと言っていた。認めさせたって、と問うと付き合って初めての大喧嘩だったよと翔さんはバツが悪そうに頬を掻いていた。
「悔しかったと同時に、でも嬉しかったんだよ。リサが自分から幸せになるためにって邪魔するなって怒ったんだ。何年も遠回りで、本当は最初の時にするケンカを、つい昨日してきたんだ」
それから、リサさんとカイくんを通しての問題が発覚した自分の周囲の関係の清算……をついさっき済ませたらしく、だからちょっと視線を感じたのかと納得した。出されたオレンジジュースを飲みながら、これできちんとリサさんとカイくんの関係が清算できたら、連絡が来ると言われた。
「来るかな……?」
「七割……いや六割、かな? 半々以上はあると思いたいけど」
「自信なくない?」
「ましろちゃんに自信ないって言われるとちょい傷つくな……でもまぁ、そのくらい俺たちは、リサや海斗くんを縛りすぎたんだよ」
わたしたちは自分の幸せを優先しすぎた。だからこうして未だに浮気されて喫茶店で二人がどういう結論を導くのかを祈ることしかできない。カイくんのことを考えてあげられずに、飾りにしすぎた結果なんだもん。
「そっか……また、えっちしたんだ」
「それは怒っていい。ここに来たなら怒ってあげた方がいいよ」
「……うん」
逆にそこで怒れなかったら、本当にわたしとカイくんの縁は切れてるってことだ。仕方がないって思ってしまった瞬間に、それは本当に愛してるとは言えない。そうだよね? と問うと耳が痛いなと翔さんが苦笑いをした。
「あ、そういえば浮気のこと、知ってて見ないフリしてたもんね」
「……ズバズバ言い過ぎだからな」
後悔すること、本当にたくさんある。わたしたちはいわば恋人を恋人って枠に収めて利用してきただけにすぎない。独りで入る度胸のないお店に引きずっていったり、肝心なところでは触られるのを嫌がったりして、一方的に使い潰していた。それはリサさんのことをカノジョだからって縛って、どこにも行けないようにしながら他の女のヒトとセックスをし続けていた翔さんも同じだ。
「わたしは、王子様が欲しかったのかなあ」
「王子様か、ロマンチックだ」
「うん。カッコよくて優しくて、わたしのことを大切にしてくれる、お姫様にしてくれるヒト……あはは、子どもっぽいね」
口にしてみれば、我ながらなんて幼稚な恋愛観なんだろうと思う。カイくんのことを、王子様にしたのはわたしだ。無表情だけど守って守ってって小さな頃から頼ってばかりだったせいでカイくんに、王子様にならないとって思わせちゃった。そんな呪いに似たわたしの幼い恋愛観がカイくんを苦しめたんだ。
「カイくんとの恋愛はきっとこれからも、キラキラもドキドキもしない。きっと、そういうドキドキとかって、翔さんならくれたんだろうなぁ」
「それが望みなら、約束しようってのが愛するヒトへの俺ができるスタンスだからな」
「ん、わたし……翔さんみたいなヒト、好きになっちゃうかもね」
「今からでも遅くないかもな。リサに振られたら、拾ってもらおうかな」
「ふふ、いいの? わたしめっちゃ甘えるよ。今の百倍は面倒だし、その……えっちは、優しくしてほしいな」
「心得た……でいいか?」
おどけるようなやり取りに、わたしはやっぱりなぁと再確認した。一緒にいてドキドキできる。キラキラしてる王子様でヒーローみたいなヒト。それはまさしく、久國翔さんがそうなんだ。合理的に考えるならお互いを取り換えっこしちゃえば丁度いいんじゃないかってくらい、見事に好みと実際に付き合ってるヒトが逆なんだね。
「じゃあ、もしカイくんがリサさんとって言ったら……翔さんに慰めてもらおうかな?」
「そうはならないと思うけど……もしそうなら、俺もましろちゃんで癒されようかな」
そうはならない。何故だか確信が持てた。だからわたしと翔さんはそんな冗談みたいなやり取りをする。
カイくん、わたしね──もう理想を追いかけるのはやめようと思う。だからカイくんも、わたしに言いたいこと全部教えてほしい。激しいえっちがしたいなら考えるし、わたしだって守られるだけじゃなくて、カイくんを守ってあげたいから。
もうわたしはまっしろでも、カイくんの色でもない。わたしだけの色を見つけたよ。だから、カイくんはカイくんの色のまま、今度こそ……幸せになりたいな。
まぁ設定上ちょうど逆になる感じでキャラメイクしたし(メタ発言)
なんならましろちゃんが翔さんがお隣さんだって知らずにいい感じになっちゃってうんたらみたいなのも考えてたし。もっと翔くんがクズみたいになるってパターンも考えてたしね。
完結予定が㊴となりましたので、完結まで残り三日となります。最後まで付き合ってくれYO!