髪よし、メイクよし、服よし。うん今日もイケてる。そんな自己暗示に似たものを鏡の前でしてアタシはキャリーバッグを手にマンションを出た。Roseliaのみんなには言ってあって、友希那は対策なら紗夜と考えておくわ、なんて言っていたけどこれは気合入れて自主練しないとなぁと背中に背負ったベースに気を配りながらドアを潜った。
「ん……? おはよ、リサ」
「おはよ、海斗」
そこにはちょうど出てきた海斗と一緒になった。アタシがどんだけ別の男と話しても嫉妬する素振りすらない翔にこの間デートしたよーって言うとすごいヤキモチ妬いてくれるお隣さん。デートっていうかたまたま会って話してただけなんだケド、そこをデートって言ってやると反応が面白い。
「出かけるの?」
「そ、北海道まで」
「……翔さんか」
長くなるって連絡来たからにはさ、会いたいじゃん? ちょうど大学ないし、毎日暑いからちょーどいいじゃんって思ったんだよ。そう言うとそんな気軽な理由で北海道行くなんてセレブだね、なんてイヤミを言われてしまった。まぁ確かにRoseliaに専念するってなってバイトも辞めちゃったし、そう言われてもいいようなことしてるけどさ。
「あ、リサさん」
「ましろもおはよー」
「おはようございます」
海斗が受験期ということもあり、中々会えないことを危惧したましろは海斗の反対をわがままでゴリ押しして半分同棲してるみたい。おかげさまで目の前でこれでもかってくらいイチャイチャが繰り広げられる。
「カイくん、置いてかないでよ」
「あのまま抱き着いてたら寝るじゃんましろ」
「だって……ねぇやっぱ暑いし家にいようよ」
家にいたら勉強できないから図書館行くんでしょ、と言われてましろが膨れる。どうやらあれから半年以上が経っているが、二人の関係が順調な様子にアタシは微笑んだ。もうアタシがどうこう言うような関係じゃなくなっているのは、嬉しくもあり、やっぱり少し寂しいな。
「海斗、だからアタシが教えてあげようかって言ったじゃん?」
「カイくん?」
「そんなことを言われた覚えはない」
慌てる海斗だけど、ましろにも誘うのはほどほどにね~と釘を刺しておいた。海斗ってば誘うと無限に性欲湧いてくるみたいに襲ってくるもんね……なんて言ったらまた妬かれるからやめとくとして。
「そういえばもうすぐ花火大会だケド」
「行くことにしたよ」
「大丈夫?」
「大丈夫、もうましろと一緒にいることに不安もないし」
「そっか」
──いいな。やっぱり海斗の隣はあったかそう。でもそのいいなって気持ちは海斗じゃなくて翔に向けていく。翔はホントに忙しくて、ほっとくと全然帰ってこなくなるんだもん。こーして会いに行ってもいいってわかってるだけ一年前とはまるで違う状況だけど。やっぱ、あーやってのんびり日常の中で愛を育んでますって感じのを、羨ましいと思う。でも前に翔も海斗たちのこと見ていいなって言ってたから、おんなじ気持ちだってことは知ってるのが幸いだった。
「今度こそ、恋人としてカイくんと花火で見るんです」
「いいなー」
「そっちこそ、北海道土産は楽しみにしてる」
「カニ……いいな」
「いや、カニはお土産にもらうには高くない?」
そんなのんびりな二人の会話を途中まで聴きながら、アタシはなんでもない日常という幸せをほんの少しだけ分けてもらって、それから翔のいる場所に向かっていく。すっかり乗り慣れた飛行機で数時間、アタシは空港で待っててくれた翔に甘えていく。
「ごめんね翔」
「いや、俺も会えるのが嬉しいからな」
「よかった」
まだ、確認したくなっちゃうのは悪いクセだけど、翔の言葉に頬が緩む。海斗との色々が終わって、春休みやGWなど、それ以外の土日とかにも暇があれば翔に会いに行っていた。翔や翔のバンドメンバーはそれを快く受け入れてくれて、最初からこうすればよかったんだって思った。
「いや」
「ん?」
「最初から、は困った」
「あー浮気?」
「おう。あの頃の俺なら、リサを理由に切れるほど、決意の堅い人間じゃなかったからな」
ホテルの晩御飯を食べて部屋でベッドに座りながらアタシがわがままでいいのはあの二人のおかげってことだね、と言うとリサは海斗くんのおかげだろう? とちょっとだけえっちな手つきでアタシの腰に触れてきた。
「……今日の朝もね」
「なに」
「海斗が、ましろと一緒に部屋にいるとすぐえっちしちゃうからって図書館行くところに出くわしたんだ」
「それで?」
「や、ちょっと、早いってぇ」
そして翔は翔で、どうやらがっつくと自分のイメージが損なわれるからって我慢していた部分があったということも知った。翔にもアタシをどうにかしたいって欲求があったことが、アタシはすごく嬉しくて、こうやってからかって誘ってしまう。興奮した翔からもらえる熱は蕩けるくらいに幸せで、触れられるだけでぞくぞくして、前よりももっと気持ちいい。アタシの大好きな熱を翔は与えてくれる。
「リサ、練習は大丈夫なの?」
「いちおー自主練できるよーにって楽器は持ってるケド」
「スタジオは紹介する」
「アリガト」
アタシにとって、翔と同じくらい大切なバンドのこと、Roseliaのこと。放置しちゃうのはよくないんだケドね。こんなんだから、ホントはRoseliaに全てを掛ける覚悟なんて最初からなかったかも、なんてネガティブな発想をしてしまう。結局、アタシは何もかもが中途半端だから。海斗のことも、翔のことだって。
「リサ」
「……なに?」
「リサはヒトから何かをもらってばっかりだと思ってるんだな」
「そうだね」
「その逆は、本当にないのか?」
自分が何かを誰かに与えてるんだって? あるのかな。思いつくものと言ったら翔に愛を与てるってことと、後はそうだな……お節介を焼くことくらいだろうか。そのお節介が必要ないってわかると寂しくなっちゃうんだけど。
「……連絡来てる」
「誰から?」
「Roselia」
「練習の予定?」
「うん、変更になったってさ」
朝が来て、翔がアタシのスマホを見ながら教えてくれた。当日に変更って珍しいこともあるなぁと考えていたところで、翔がなにか面白いものを見つけたように笑いだした。あこあたりが面白いものでも送ったのかなと首を傾げると、リサも驚くよとそれを見せてきた。
──送信者は紗夜、その内容を見て、アタシは驚くとかいうレベルじゃない。一瞬で微睡から目が覚めた。
「え! ちょ、これ!」
「だってさ、
「嘘でしょ……」
マップに記された新しいスタジオはなんと、
『私は──大丈夫よ』
「紗夜たちがいるからでしょ」
『ねね! リサ姉はご飯決まってる!? 決まってなかったらおいしーもの食べたい!』
「なるほどね~ご当地グルメかぁ、夏はなにがいいのカナ?」
『この季節ですとウニ、メロン、ジャガイモ、カボチャなどでしょうか、後は花咲ガニというカニもあって、やっぱり北海道はおいしいもので溢れています!』
「燐子は情報が早いなぁ~」
『ジャガイモ……コホン! とにかく、練習はきっちり行ってから、ご飯で英気を養うという形で』
「あはは~、紗夜ってばポテト欲が透けてみえてるって~」
──アタシは、もらってばっかりじゃないんだ。だからこうやって何かあったら与えてくれる。それはアタシが誰かにとって施す側の存在だから。アタシが独りじゃないって証明がそこにはあった。
「な?」
「なんかエラソー」
「リサはもっと自分に自信を持ってほしい。リサの笑顔はあったかくて素敵なもんだからさ」
「……ありがと、翔」
きっと、アタシはこれからも自分に自信がなくて、自分を傷付けることがいっぱいある。お節介なんじゃないかって悩むこともたくさんある。だけど、そんなときは翔がいる。Roseliaのみんながいる。それから、海斗たちだって。
「それじゃあ、行ってきます」
「おう、帰りは連絡くれれば迎えに行くよ」
「りょーかい! 迷子になるかもだから、頼りにしてるよ!」
海斗、アタシさ──海斗に出逢えて、恋できてよかったよ。翔と一緒に歩く道を教えてくれたのは誰でもない、海斗だから。
これからも、アタシはあの時の恋をしてよかったって気持ちを忘れたりなんかしない。たとえ浮気だったとしても、汚いものだったとしても、アタシの中であの過去はキラキラ光る、キレイな思い出たちだから。
当たり障りのない日常というのも、幸せのひとつ。
次回海斗のエピローグで最後です!