そして! 展開が遅いと思ってるみなさん! ごめんね!
静かな喫茶店は客層に女性が多いことを思わせるポップなメニューではあるものの、内装は大人の雰囲気を醸し出した。こんなところで話し合いをするというし、月ノ森は由緒あるお嬢様学校ということなので、一体どんな大和撫子な清楚系が出てくるのかと思って緊張していたら、そこには金髪のイマドキな女の子がにこやかな微笑みを口許に浮かべていた。
「どうもーハジメマシテ! アタシ、桐ヶ谷透子って言います。シ……倉田さんにはいつもお世話になってます」
「初めまして桐ヶ谷さん。大崎海斗です」
思ったより緊張しないのは、その明るいギャルのような感じが誰かを彷彿とさせるからだろうか。誰と言ってはわざわざ相談に乗ってくれた挙句、服を選んでもらった手前失礼かもしれないけれど。ああいや、その分向こうに付き合ったんだからいいか。僕の服よりあのヒトの買いたいものの方が多かったから。
「……大崎さん?」
「あ、あーすいません。少しだけイメージしていた方とあまりに違ったので、びっくりしたというか」
しまった、確かに雰囲気は似てるけど目の前にいるのは今井さんじゃないんだから、気を抜いてちゃダメだよな。そう思って謝罪したけれど、桐ヶ谷さんはびっくりしてたんですかと逆に驚かれた。どういうこと?
「えっと、なんて言ったらいいか……ずっと無表情だったから」
「よく言われます」
「あ、あはは……言われるんだ」
それにしても、彼女はどこかぎこちない。その雰囲気でわかってしまうが、普段が明るい感じなのだろう。それを無理やり押し込めて敬語にして、なんとかしてましろが所属しているバンドは、僕が心配しているようなものじゃないってことをアピールしているのだろうか。今井さんが言うに、わざわざ引き合わせたいというならそういう意図があるらしいし。そう思ってどうにかこのぎこちなさを取っ払っていきたいと考えているとお待たせいたしましたと店員さんがホットコーヒーとチーズケーキ、僕にはレモンケーキを置いていったことで少し空気の流れが変わった。
「桐ヶ谷さんはミルクと砂糖はどうします?」
「一個ずつ、で」
「どうぞ」
「ありがとうございます……って、大崎さんは?」
「僕はブラックで飲みなれてるから」
「スッゲ……あ、えっと」
「いいよ。敬語じゃなくて」
隠し事をされるのは、苦手ってわけじゃないけれど顔色を窺われるのはあんまり得意じゃない。気を遣えるのは確かに人付き合いではプラスなんだろうけれど、それはあくまで踏み込まない関係での話だ。今回の相手もビジネスパートナーではなく、ましろの友人としてだ。だったら、お世辞じみたものは、好まない。
「僕も敬語じゃなくするし、それでいい?」
「オッケーっス。でも年上にはやっぱ敬語だと思うんで、あんまり得意じゃないんスけど!」
「わかった。でも無理はしなくていいよ」
「ッス!」
ニカっと笑うその顔はやっと堅いものが取れたようだった。そこから仕切り直しということで桐ヶ谷さんは色々な話をしてくれた。ましろのバンド活動の経緯、それはあまり彼女から訊いていなかったことだからとても新鮮だった。
「──ってなことがあって! アタシら、もういっかいやってこうってなったんです」
「いい友達を持ったんだね、ましろは」
「いい、かはどうか……正直まだわかんないっスね、シロはどっかでまだ一歩引いてるってか、後ろ向きになるんで」
桐ヶ谷さんの言葉で語られる桐ヶ谷さん自体は、あくまで主観だ。でもそれをなるべく排除して客観的に語れるというのが僕にはすごいことのように感じた。元来正直者というか思ったことまっすぐの行動しかできないヒトなんだろう。だからましろとは時折ぶつかるし、明け透けに傷つくことも言ってしまう。
「なんてゆーか、大崎さんってマジで表情筋死んでんだなーってのは理解しました」
「これでも喜んでるよ。今すぐに外に走り出したいくらいに」
「ぶっ、はは、なんそれ……ウケる」
ウケたらしい。でもましろにそういう同性の友達ができたのは、嬉しいことだよ。それこそ外に飛び出してしまいたいくらいに、スキップして帰りたいくらいには。そう言うと、中学の頃のシロってどんなんでした? と問い返された。中学の頃のましろか。
「とにかく、後ろ向きな子だった」
「あー、やっぱ」
「きっと桐ヶ谷さんが知ってる初期のましろの倍は後ろ向きだね」
「でもわたしなんかーとか言いつつ、構ってちゃんですもんね」
「悪く言うとそうだね」
それに付随して僕の事情に巻き込まれたせいで結構同性には嫌われてた。男子にも、一部では暗くてうじうじしててムカつくって言われてたみたい。でもやっぱり顔はかわいいから、ある程度チヤホヤしてくれる男もいて、それで余計に女子受けが悪かったかな。
「想像つくなー。アタシは共学とか通ったことないんですけど、女子ってそういうの協調性ないって思いがちですよね」
「まぁ実際にましろにあるかと言われるとないんだけど」
なによりましろは基本的に人嫌いだから。初対面とかに結構嫌われるんだよ。その辺は徐々に改善されていると信じたいけど。僕としてはこの人嫌いの部分の事情を知ってるからどうにかしようと思えなくなっちゃうんだけど。
「……もしかして、大崎さんが付き合った理由って」
「想像してるところに近いと思う。もちろんちゃんと好きだからってのもあるけど」
「それで……なるほど」
それから、僕は遠巻きに見ていたらしい八潮瑠唯さん、広町七深さん、二葉つくしさんとも少し話をした。もしも桐ヶ谷さんがボロを出して僕にいい印象を抱いてもらえなかった場合のバックアップとして控えていたらしい。中でも八潮さんの大人びた雰囲気はもしかして先輩かと疑ったものだ。
「むぅ……」
「で? なんでましろはそんな膨れてるの?」
「だって……」
その帰り道、僕がましろを送っていくと二人きりになった時のことだった。ましろは感情が表情に出やすい、僕としては羨ましいタイプだけどここまで拗ねるのは久しぶりのことだった。ずっと頬が膨れていて、僕は少し歩きだしたタイミングで問いかけてみた。
「別に言っても怒らないよ。大体予想はできてるし」
「う……透子ちゃんと、仲良さそうだなって」
だと思った。僕だって話してる途中でどこかで見ていることを知っていたから絶対に妬くだろうなって思ってたから。でも僕は大丈夫、浮気なんてしないよと淀みなく自分で言ってから少しだけ胸が痛んだ。
「なんか、カイくんちょっと変わったね」
「なにが?」
「前だったら、透子ちゃんみたいなタイプ、一番苦手だったじゃん」
「……そうだったね」
僕は距離を詰めてくるタイプが苦手だった。ましろがいると知っていながら僕に女の顔をしてくる人が嫌いだった。中学時代の影響で桐ヶ谷さんは、桐ヶ谷さんにとってそんなつもりはなくてもいつしか、僕の苦手なタイプの分類に属していた。
「桐ヶ谷さんは、パっと見と雰囲気と話し方がそうだけど」
「もうそれだったら充分じゃない?」
「そうだね……でも、平気になったんだよ」
「どうして?」
「高校も色んな人がいるからね」
また、嘘を吐いた。確かに桐ヶ谷さんがそういうタイプじゃないってわかったからというのもある。それ以上に僕がすんなりと話せたのはもう一つの理由があるからだ。僕はそれを、ましろには言えない。言えるはずがない。
ましろ、僕はね──あの雰囲気が、人懐っこさが今井さんを彷彿とさせていたから平気だったんだ。話してみて違うってことも理解したけれど、初対面で嫌だなと思わなかったのは、前の日に今井さんと一緒にいたからなんだ。僕の事情を聴いて、写真を見せられた今井さんがそれじゃあと一日一緒にいてくれたのは、そういう意図もあるのかもしれないと今では思うほどに。
「でも、妬かせた分は返すよ。わがまま一回でいい?」
「じゃ、じゃあ……」
「うん」
僕はこの二重の生活が普通になっていた。今井さんとセックスをして、ましろを愛して、そんな浮気を一年繰り返していた僕はすっかり気が緩んでいたらしい。だけど現実は、そこまで甘いわけじゃない。僕がしていることの落とし前、というものはきちんとつけなければならないから。
「……あのさ」
「なに?」
「今度のお休み……カイくんちに、お泊りがしたい」
「……え」
真剣な目、今まで一度も言われたことのない、予想外のわがまま。それは僕にとって、試練の時なのかそれとも。けれど確実なのが、このわがままは決して断れないということ。妬かせたお詫びなのだから、僕はましろのお願いを叶えなければならない。それこそ僕ができるましろへの愛情だから。
──だからこそ、ましろは独り暮らしをしている僕の家に泊まりに来ることになった。それは意図的に引き離していた二人がすごく近くに来るということでもあるのだった。
そして物語は動き出す。次回はましろのお泊り回となります。何が起きるのか、なにが始まるのか、それはわからない。
先日気づかなくて申し訳ない。流石に年始は忙しくてハーメルン開く暇もほとんどなくてな……
☆10と☆9をひとつずつもらいまして、評価バーが早くも二つ目赤色で点灯いたしました。このあとがきを書いている頃はまだですが、もしかしたらお気に入り150いくかな? さすがに無理ですかね? とにかく、いつもお気に入りや評価、ありがとうございます! 年始で忙しかったかたも、一気読みしてくださいね!