どうしよう、迷っちゃった。
学校が終わって一旦家に帰ってからカイくんの部屋におじゃましようと思ったのに、すっかり迷子になっちゃった。うう、地図苦手なのにカイくんに見栄張っちゃったせいでこんなことに。でも、今日はカイくんに迎えに来てもらわなくても大丈夫ってところ見せなきゃだし。
「ううん、わたしはやれる、できる……はず!」
そうしてカイくんにもらった地図情報とスマホのGPS機能を照らし合わせながらあっちでもないこっちでもないとうろうろしていく。今頃カイくんはわたしが来るのを心配しながら待っているのだろうと思うと、わたしは少しだけ勇気が湧いてくる。
「んーっと、さっきの道が……こうなってて、だからえっと……」
「なにしてるの?」
「ヒッ……! え、あ……?」
「ひってひどくない? まいいや、やっほ」
きょろきょろと周囲と地図を交互に見ていたわたしは突然声を掛けられてびっくりしてしまった。でも、
「い、今井さん!?」
「リサでいーよー。えっと、倉田ましろちゃん、だったよね」
今井リサさん。
「どしたの? 迷子?」
「は、はい……あの、ここに行きたくて」
「……ふぅん? なるほどねぇ」
「……えっと?」
いつもは明るくて、なんだかぽかぽかしたヒトだなぁという印象だったのに、場所を示した瞬間に、冷たくて意地悪な笑みのようなものを浮かべられてしまった。まるでエサを見つけた、遊びがいのある玩具を見つけた猫のような残酷な笑みにわたしは鳥肌を立てた。
「何号室?」
「え、えっと」
なんでそんなことをとは思ったけどおっかなびっくりながら教えるとリサさんは目を細めてなるほどねともう一度呟いた。彼女の納得がなんなのかがわからない。わからないは怖い。だけど知らない人ではないということが、その恐怖を不必要に和らげていた。
「そこアタシんちなんだ」
「え、そうなんですか?」
「そういうこと! だから案内してあげるよ」
ほっとした。ちょっと怖かったけど、案内してくれるということでなるほどと無理やり納得することにした。彼女の家でもあるからなるほどと言ったのだと。頭ではずっと黄色信号だというのをまるで見なかったようにしながら。
「うんうん、おねーさんに任せなさい」
「あ、ありがとうございます」
スマホをしまい、リサさんについていく。ものの数分でやってきて、アニメ映画で見たチェシャ猫に振り回されるアリスにならなくてよかったと安堵しながらその部屋の前で呼び鈴を鳴らすけど返事がない。どっかでかけてるのかな? とリサさんが首を傾げてよかったらアタシの部屋に来る? と言われた。
「あ、あのでも……」
「大丈夫大丈夫♪ アタシの部屋、
「え、それって……」
「……ましろ」
淡々と、だけどまるでお姫様を救うナイトのように、手を引かれようとしたわたしに声を掛けてくれる。カイくんが後ろに立っていて、わたしはリサさんの手を解いて、カイくんの元へあと数歩のところを飛びつくようにして残りの距離をゼロにした。
コンビニ帰りだった。部屋にコーヒーしかなかったのでましろのためにジュースやお菓子を買いに行って、帰ってきた時だった。部屋の前にましろの後頭部が見えて、その奥にいる人物と目が合ってすかさずましろに声を掛けた。
「……ましろ」
「カイくん!」
抱き着いてくるましろを受け止めて、嬉しそうな顔で見上げてくる彼女に愛おしさを感じているとおかえりとにこやかな笑顔を貼り付けて声を掛けてくる今井さんにもしかして案内してくれたんですか? とあくまでお隣さんの体で返事をした。
「そそ、アタシも知らない子じゃなかったからさ、きょろきょろしててなにしてんのカナーって」
「ありがとうございます、リサさん!」
「いーっていーって、それにしても、
「……ええ」
まぁそうなるよな。底意地の悪い今井さんのことだ。絶対わざわざ僕の名前を呼ぶと思っていた。思っていたから冷静に返事をした。ましろは僕が海斗と呼び捨てにされたことについて反応したけれど、何かを問いかけることはしなかった。
「ってかその荷物、もしかしてお泊まり?」
「そうですよ」
「ふーん、じゃ、襲われないように気を付けてねー」
そんなことを言いながらリサさんは自分の部屋に戻っていった。ましろに見えるように僕の隣の部屋に。あのヒトは何がしたいんだかと思ったけれど、効果はてきめんらしくましろは今までにないくらいに頬を膨らませてヤキモチを妬いていた。
「聞いてないよ」
「言ってない。お隣さんが知り合いだなんて知らなかったよ」
「お隣さん? リサさんは、カイくんのこと呼び捨てだったよ」
「……今井さんが」
知り合いだなんて知らなかったのは事実で、そして単なるお隣さんじゃなくてバイト先の先輩だってことも事実だ。それを言うとあ、そっかと何かストンと納得してくれたらしい。そういえば今のバイトは紹介されたってことは言ってあったっけ。
「お隣さんで、バイトが一緒。だから、仲良しなんだ」
「それ以外になにがあるの?」
「……だよね、カイくんはわたしのカレシだもんね」
胸が痛んだ。たぶん、ましろが最初に考えていた仲良しの理由、それよりも斜め上にまずいところを歩んでるから。嘘を吐いてしまわないといけない。いけないことをしている、その罪悪感が僕の胸を刺した。
「ごちそうさま! カイくんの手料理、おいしかったよ!」
「お粗末さま、練習した甲斐があった」
「えへへ、ありがとう」
「うん。お風呂も沸かしてあるから先どうぞ」
「はーい!」
ましろを風呂に入れて、その間に洗い物をする。お皿の白を再び取り戻させるように丁寧に擦り、泡立たせていく。手料理、教えて
「カノジョのためですよ」
「カノジョさん、料理できないの?」
「料理というか、家事はたぶん」
「そうなんだ」
「リサさんは、得意ですよね」
「そりゃもちろん」
そのもちろんが、女性としてという意味なのかそれとも、カレシのためなのかという意味なのかはわからなかったけれど。僕はそれを特段ステータスとは感じない。僕が最低限とはいえ自炊を覚えていて、簡単な料理なら作れるのはましろが苦手だからだ。家事が苦手なら僕はそれを助けてあげればいい。そもそも、家事を女性がしなければというのは、あまりに前時代的ではあるし。
「んーまぁそだケド」
「リサさんの料理は好きですよ」
「そう?」
「優しい味がしますから」
「……なに? もしかして口説いてる?」
そんな今井さんの優しい味の秘密を知りたくて僕はましろのために半年以上練習を積み重ねていった。その成果を発表できたことを嬉しく思いながらも、代金だと身体を請求されたことを同時に思い出してため息を吐いた。唯一救いなのはこの部屋に今井さんを一度も上げてないということくらいだろうか。
「はぁ……ふぅ」
ましろとお風呂を代わって、湯船に浸かる。やっぱりましろが傍にいるというのはそれだけ、彼女の無防備で底なしの優しさに触れてしまえるということ。それが泊まりなのだからなおさらだ。
──いっそ、これならいっそましろに欲情できない方がよかった。あの無垢な身体に指を這わせて、白が赤に染まっていくさまを……見たいと思ってしまうなんて。
「ダメだ。そんなんじゃ……僕がましろを守るって決めたんだから」
ましろ、僕はね──今井さんにもらった甘さをもらう度に、キミの優しさを穢したくなる自分がいるんだ。好きは、愛は、セックスという結論に至ってしまうのは当然であることを知りながらも、それを拒否した報いなのか。僕は、ましろに欲情をしている。そんな熱を、だが彼女はある意味で更に熱してくれるし、ある意味では冷ましてくれる。
「……カイくん。これ……ってさ、
風呂上りのリビングで目撃したのは半裸の、青色が眩しい下着姿のましろ。そんな彼女が手に持っていたそれは、未使用のコンドームだった。そんな危機的な状況でも、彼女の胸元や臍に太股に目を向けそうになってしまう僕は、もしかしたらとっくに……壊れているのかもしれない。
ついに邂逅したましろとリサ、そして見つかる決定的証拠。明日はどっちだ。
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そして☆10と☆9が一つずつ追加され、順調に評価も増えて嬉しい限りです。続くので次の話もお楽しみに!