彼は“はねる”。その先に、きっと何かがあるのだと信じて──。
彼は信じていた。
たとえ、無駄だと罵られようと、
仲間が次々と諦めて進化していこうと、
きっと、きっと──!
(“はねる”は、こんなものじゃない……!)
“はねる”には、まだ先があるはずなんだ!
“はねる”しか使えなかった彼は、いつしか“たいあたり”を覚えた。しかし、それでも彼は“はねる”、“はね”続ける。少しでも高く、少しでも速く……。
あるときはキレが足りないと一日中“はね”続け、あるときは遊びが足りないと一日中“はね”続け、あるときはなんか違うと一日中“はね”続けた。
たとえ「ピチピチピチピチうるせぇ!」と怒鳴られようと、“はね”ている内に“たいあたり”で吹き飛ばされようと、彼は“はね”続けた。
そう、彼は“コイキング”。ひたすらに“はねる”ポケモン。そして彼は──
(まだだ……まだ足りない!)
黒い体を持つ、
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
「……まだやってたんだ」
山奥の深い深い緑を映す湖面で、二匹のコイキングが向かい合っていた。
片や紅く、通常個体ではあるが、中でも鮮やかな色合いをした、所謂美形にあたるような容姿だ。
片や黒く、その漆黒の体は異端であることをまざまざと感じさせる。好き嫌いが分かれるタイプだ。
「久しぶりだね、ユウキ」
「……ああ、久しぶりだ」
黒いコイキングは、紅いコイキングに対し、ユウキと呼び掛け再会を喜ぶ。ユウキと呼ばれたコイキングは、何処か複雑そうではあるが、僅かな間の後に笑顔を持って返す。
すると、黒いコイキングは、一先ずの話は終わったと判断したのか、先程まで続けていた“はねる”を再開する。
「まだ諦めてないの?」
「見ればわかるだろ」
その姿を見たユウキは様々な感情が入り雑じった声で問うも、返答は簡素で、期待していたものとは違ったのか落胆した様子を見せる。
“はね”続ける彼の瞳は、真っ直ぐに天を見つめており、どこまでも真摯に夢を追う少年のような輝きを宿している。
その様子を見つめるユウキの瞳は、苛立ちと、やるせなさと、後悔と、そして、僅かばかりの憧憬と……苦しそうに見える。
「……僕、さ」
暫く、“はね”て湖面を叩く音ばかりが響いていたそこに、ユウキの絞り出すような声が混ざる。それでも、音が止むことはない。
「──進化、するよ」
「────」
その“はねる”は、この日“はね”始めてから一番の高さで、水音も、二人の声も、何も聞こえない時間がふっとできた。
「……そっか」
それでも、無情な重力に引き戻された彼の体は大きく水音を立て、その陰に隠れるように小さな言葉を発した。
またも、沈黙。何を思うのか、何一つ言わないユウキと、何かを考えるように“はねる”のを止めた黒いコイキング。
「──君も……ッ!君も進化を──!」
「しない」
「……ッ!」
「……しないよ」
溢れた想いが言葉を押して、決壊したダムのように流れ出そうとしたが、それは固い意志に、あっさりと塞き止められる。
「そう、だよね」
彼だって分かっていた。目の前のコイキングが、そんなやわなコイキングではないことは。それでも言わずにはいられなかったのだ。最早仲間も誰一人としていなくなったこの場所で一人“はね”続ける彼に、夢を追い続ける彼に。
皆が止めた。
その先には苦しみしかない。
終わらない夢は虚無感しかもたらさない。
その夢は────叶わない。
それでもユウキは、信じた。信じたかった。自分達の可能性を。“はねる”の可能性を。
だから味方をしたのだ。一人ぼっちの彼の、たった一人の味方になったのだ。あのときの、彼の笑顔を忘れることはないだろう。
だが、自分は諦めてしまった。見えない夢の到達点に。何処までも平坦なばかりで、壁も、崖も、何もない長い長い道に、ヒレを止めてしまった。
もしかして、自分の言葉が楔になっているのではないか。自分が不用意に信じるなんて、その到達点を見てみたいなんて、馬鹿みたいなことを言ったせいで、彼は逃れられないのではないか。
そんな、そんな葛藤を抱えて登った川の先には変わらず“はね”続ける彼がいた。その“はね”姿は洗練され、数年前からは見違えるように上達していることがわかる。そこには、彼のたゆまぬ努力と研鑽の証があった。
だからこそ、だからこそ言うのだ。
「こんなこと……こんなこと──!」
無駄だ、と。
「無駄じゃない」
「……ッ!」
間髪を入れない答えに、思わず怯む。しかしユウキは心のままに想いを叫ぶ。
「なんで!なんで諦めないの!確かに君の“はねる”はこの世界で一番だよ!だけど、だけどそんなことが何の役に立つのさ!?君がやってることに、意味なんて──」
「あるさ」
止まらない言葉は、ユウキの望まない、彼を傷つけるような言葉となっていくが、止まらなかった。それでも、返答は簡素で、しかし確かな優しさを感じさせる。
「だって、今君を──守れるから」
ユウキの目前にいたはずの彼は掻き消え、ユウキの背後に迫っていた凶刃の前に漆黒が現れる。
「──ッ!?」
「“
一瞬遅れてきた声は、彼のもので、彼が紛れもなく“はね”たのだと伝えてきた。
「──危ないッ!」
ワンテンポ遅れて振り向いたユウキの目に、今にも弾き飛ばされそうな彼の姿が映る。
思わず目をそらしたユウキの耳に、木々を薙ぎ倒すような大きな音が聞こえてくる。
見たくない、そう思いながら目にしたのは──
「“
「────」
悠々と泳ぐ彼と、倒れた木に囲まれて目を回す
「ッ!」
一息つくと、ユウキの体に軽い痛みが走る。どうやらピジョットの爪がかすっていたらしい。
「大丈夫──“
「────」
彼の言葉と同時に、小さな傷がみるみる消え、ユウキの体が優しい温かさに包まれる。
「──俺はさ、諦められなかったんだ」
心地よさと混乱からぼぅっとするユウキに、彼はピジョットの方を見ながら、優しく語り始める。
「どれだけ否定されても、信じたかった。“はねる”は、役立たずじゃないって」
彼は、信じ続け、“はね”続けた。それが、彼の“はねる”をここまで高めたのだ。
そこまで話すと、不意にユウキへ目を向ける。
「俺がここまで来れたのは、君のお陰だ」
「えっ!」
自分が苦しめていたのではないか、自分のせいで彼は……そうやって悩んでいたユウキにとって、想像だにしなかった言葉だった。
彼は、信じていた。しかし、信じられなかった。一人ぼっち、それも、周りに人はいるのに一人という状況は、彼の心を苦しめた。それこそ、折れてしまいそうなくらいに。
「でも、君は──」
信じてくれた。
そう言って彼は笑う。
「僕はそんな大層なこと……」
「俺にとっては大きなことだったんだ」
二人は見つめ合い、どちらからともなく笑った。久しぶりに、心から笑った。
「──これから、どうするの?」
「まだ“はねる”よ。“はねる”の限界は、まだまだ先だから」
「……そっか」
想像通りの答えに、ユウキは自分の口元が緩むのを感じた。
「じゃあさ」
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
とある山に、一つの都市伝説がある。
そこでは、ずっと水面を叩くような音が聞こえるらしい。そして、伝説のコイキングがいると噂されている。
ある人は、暗い木陰の湖で、黄色と白の髭を絡ませて“はねる”コイキングを見たという……。
さて、この物語は全てコイキング(一部ピジョット)で構成されております。
さあ皆様、美形のコイキングと好みは分かれるけど美形のコイキングを想像して読めましたでしょうか。
できなかった人はもう一周どうぞ(読んでくださりありがとうございます……!)