早苗友人帳   作:ウォールナッツ

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少女とミシャグジ様

「むぅ…。これはまた…凄まじい力だな」

 

「どうした先生?まさか祓い屋の結界か?」

 

 目的地の森に入ると、すぐに斑は眉を顰めながら辺りを見渡した。夏目も足を止め、周りを見るが特に変わりない夜の森だ。妖の天敵である祓い屋の結界でもあったのかと聞くと、斑は慎重に歩を進めながら答えた。

 

「いや、そうではない。恐らく、噂の大妖とやらはこの山のどこかに居るのだろう。そこから溢れ出た妖力だけで森の瘴気が祓われ、力で満ちている。悪意あるものではないからニブチンの夏目には気付きにくいのかもしれんが、妖にとっては好条件だから良く分かるのだ。私も今まで以上に力が湧いて、腹も満ちていくような感覚がある。いや、待て…これは妖力ではなく、まさか神格の――」

 

 斑の話を聞きながら歩いていると、不意に近くの茂みが音を立てた。そこから現われたのは見知らぬ妖が2人。夏目たちは隠れる暇もなく、彼らに見つかってしまった。

 

「ん?お主ら見ない顔だな…。何処から来なすった?」

 

「むむ!?おい、こやつ人間だぞ!」

 

「う、しまった!」

 

 慌てて腕で顔を隠そうとする夏目だが、それぐらいでは下級の妖といえども騙されない。人間だと、それも妖が見える人間だと分かるや否や、彼らはクワッと顔を豹変させた。

 

「むむ、しかも我らが見えておるのか!」

 

「人間のくせに生意気な!喰ろうてやろうか!…と言いたい所だが…」

 

 牙を剥いて夏目を脅していた妖たちだったが、顔を元に戻して口調も勢いがなくなった。これには夏目も、妖を追い払おうとしていた斑も首を傾げる。普通なら遠慮なく襲ってくるのが妖というものなのだ。

 彼らが不審に思っていると、妖たちがその理由を語ってくれた。

 

「この山は八坂様のお膝元。ここでの人食いは厳禁じゃ。運が良かったな人の子よ。そこの白豚も、ここで人を襲ってはならぬぞ。八坂様を怒らせたくはなかろう。人をちょっと脅かすくらいなら大目に見てもらえるがな」

 

「誰が白豚だ!どう見てもプリチーな猫ちゃんだろうが!全く、これだから下級の妖どもは…!」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ先生」

 

 無礼な呼び名にプリプリと怒る斑を夏目は宥める。そうこうしていると、妖たちも歩き去ってしまった。

 

「さっきの妖たちは…あぁ、何処かに行ってしまったか。話が出来るなら紅峰さんの居場所を聞きたかったんだけど…。でも、彼らの言う『八坂様』が例の大妖なら、人を襲わないように下の妖たちに言いつけてあるんだな。安心したよ」

 

 彼らの言葉から察するに、八坂様と呼ばれる者がリオウたちを降して、この山を治めているのだろう。そして、人に危害を加えることは固く禁じられているらしい。

 夏目が一息ついて安堵して言うと、斑はそれに鼻を鳴らして答えた。どうも彼は新しい支配者を信用してないようだ。

 

「ふん、安心なものか。敷地内へ勝手に入った私にすら無条件に恩恵を与えているのだぞ。これ見よがしにそんなことをしていたら…」

 

『おおおオオオ!!!』

 

 斑の言葉途中で、突如として森の奥から禍々しい咆哮が轟いた。続いて悲鳴が聞こえる。咆哮の主に襲われている妖の悲鳴だった。

 

「ヒィィ!邪鬼が暴れておる!誰か助けてくれ!」

 

「しかも、デカいぞ!儂らにはどうしようも出来ん!誰ぞ早う八坂様にお伝えせよ!」

 

「ぎゃあ!た、助けてくれ!」

 

 ベキベキと木の枝をへし折る音と、助けを求める声が夜の森に響く。辺りは暗く、邪鬼がどこに居るか分からないが、聞こえてくる音や声が近づいて来ているのが分かる。暴れながらこちらの方へと向かっているに違いなかった。

 

「力を求めて、ああいった見境の無い輩も山に入ってくるってことだ。夏目、さっさとここから離れるぞ。おい、夏目?」

 

 騒ぎに背を向けてその場から移動しようとする斑だったが、肝心の夏目が動かない。斑の呼びかけに夏目は僅かに逡巡するも、彼はむしろ騒ぎの中心に走り出してしまった。襲われている妖を助ける為だった。

 

「夏目ッ!あのお人好しめ!」

 

 舌打ちしながらも斑がドロンと本来の姿へと身体を変えた。その姿は狐や狼にも似ているものの、体高*1は2メートルを優に越している。そして、白く輝く姿は威厳に溢れており、力強さを感じさせた。

 その姿で斑は夏目の後を追い、圧倒的なスピードで彼の横に並んだ。とはいえ、斑がいくら戻れと言っても夏目は妖たちを助けようとするだろう。それに加えて、暴れている黒い大きな塊、邪鬼はすぐ近くまで来ている。仕方無く夏目に代わって斑が邪鬼を追い払おうとした、その時であった。

 

「皆さん!ここは私に任せて、お下がりください!」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、空から1人の少女が地に降り立った。特徴的な緑髪をたなびかせ、邪鬼と妖たちの間に割り込むと、手に持っていたお祓い棒*2を相手に向ける。

 その少女は間違い無く、夏目が学校で見たあの女子転入生だった。

 

「おお、早苗様じゃ!」

 

「皆の者!早苗様が来てくださったぞ!」

 

「早苗様!風祝(かぜはふり)様!」

 

 少女の登場に妖たちが歓声を上げた。彼らから余程信頼されているらしい。

 そんな彼女は青いスカートと、白地に青色の縁取りをした上着という一風変わった巫女装束を身に着けていた。特に、肩の部分は布地が取り外されていて、上着と袖が分離して脇が丸見えになっている謎の仕様である。

 それはともかく、荒れ狂う邪鬼の前に彼女は立っていた。夏目から見れば、それは自殺行為でしかない。

 

「あぶな―――」

 

 急いで逃げるよう彼女に声をかけようとしたところで、巨大な前足が夏目を近くの茂みへと引き摺り込んだ。斑の前足である。

 

(ニャンコ先生!何を!?)

 

(シッ…!)

 

 斑は夏目を黙らせ、彼自身も身を伏せて茂みの影に隠れた。既に邪鬼は緑髪の転入生に狙いを定めて突撃してきている。このままではあの女子が殺されてしまう。夏目がそう思った、次の瞬間であった。

 

「えい!」

 

(なッ!?)

 

 彼女は可愛らしい声と共に、お祓い棒を振り下ろす。たったそれだけ。棒が直撃した訳でもないのに、ただそれだけの動作で邪鬼は激しく地面に叩きつけられた。まるで見えない空気の塊に押し潰されているようだった。

 

「これでお話できますか?」

 

『おおオオ…!』

 

 緑髪の転入生は倒れ伏した邪鬼の顔を覗き込むながら語りかける。しかし、当の邪鬼は獣の様に唸りをあげながら彼女を睨んでいた。

 かつて、夏目も同じく邪鬼と呼ばれる妖に襲われたことがある。その邪鬼は大杉に封印されつつも、通りかかった人や妖に呪いを飛ばして喰らう凶悪な妖だった。知り合いのヒノエという妖の力を借りて夏目は何とか事なきを得たが、悪意と食欲に満ちており言葉を解せようとも意思疎通がとれる相手では無かったと今でも記憶していた。

 しかし、目の前の邪鬼はその時の奴よりも大きく、封印されている訳でも無い。もしも、夏目が1人で相手をすれば命に関わる事態になるだろう。そんな邪鬼を一方的に叩きのめした彼女は余程の実力者に違いなかった。

 

「待ってください。何とかして人を食べずにいられませんか?妖を食べずにいられませんか?妖であろうと邪鬼であろうと、私は出来る限り穏やかに日々を過ごしてもらいたいのです」

 

『おおおオオオ!!』

 

 緑髪の転入生は力尽くではなく、誠心誠意をもって邪鬼を説得しようとする。しかし、邪鬼の返答はやはり否であった。彼女を喰らわんと、口から様々な呪いを飛ばしながら吼える。大型の肉食獣を彷彿とさせる殺気と咆哮だった。

 だが、彼女はお祓い棒を素早く一振りすると、それだけで放たれた呪いを全て消し飛ばしてみせた。

 

「そうですか…残念です。ですが、仕方ありませんね…。お願いします、ミシャグジ様」

 

 彼女は哀しそうな表情で邪鬼を見る。それは憐れみの視線だ。その直後、夏目たちは視線の意味を知ることになった。

 彼女が何者かの名前を口に出した瞬間、地面から黒い塊が湧き出して来たのだ。それも1つや2つ程度の数ではない。数十のナニカが彼女の周囲に現われた。それらの見た目はいずれも大きな黒い蛇のようだ。表皮は濡れた岩のようにヌラついており、紅い瞳が怪しく光っていた。

 

「ひぃ!あ、あれがミシャグジ様!」

 

「な、なんとおぞまし…いや、なんと頼もしい…!」

 

 彼女に助けられた妖たちすらも怯え恐れてしまう程の存在。それが目の前の黒い大蛇たちだ。その恐ろしさは夏目にも十分に伝わった。とにかく酷く嫌な気配と殺気が漂っているのだ。全身が悪寒に襲われ、夏目はブルリと身体を震わせた。

 

(せ、先生…!)

 

(静かに…!今動けばこちらも襲われるやもしれん。奴等の隙を見て逃げるぞ…!)

 

 夏目が不安に駆られて小さく声を出すと、斑も緊張した面持ちで答えた。妖である斑は夏目以上に相手の気配に鋭い。故に、分かってしまうのだ。彼女が呼び出した大蛇たちがどれほど危険な者たちなのかを。

 斑は息を殺しながら夏目と共に茂みの影に潜む。万が一の際には、自らが囮になってでも彼を逃がすことも視野に含め、斑は四肢に力を込め続けていた。

 

 一方、斑たちの心中など知らない大蛇たちは、身体をくねらせながら宙を泳いでいた。その目はしっかりと邪鬼と緑髪の転入生を捉えている。邪鬼への視線は明らかに獲物として、そして彼女に対しては、忠犬のように飼い主の合図を待つ従順な視線であった。

 

「ミシャグジ様、どうぞ」

 

 彼女がそう言葉を発した瞬間、数十の大蛇たちが邪鬼に殺到した。大蛇たちは顎を大きく広げ、鋭い乱杭歯で次々に食らいつく。邪鬼も必死に抵抗しているようだが、何をしようとも無慈悲に喰われていくしかない。その光景は、正に殺戮の宴だった。

 

『おお!オオ!おおおオオオぉぉぉォォォ……―――』

 

「…ありがとうございました、ミシャグジ様」

 

 邪鬼の叫び声は次第に小さくなり、そして聞こえなくなった。邪鬼は滅されたのだ。それでもなお、大蛇たちは死体を喰らい続け、最終的には肉片も残さず腹に収めてしまった。

 その様子を見て、緑髪の転入生がペコリと頭を下げて彼らに礼を述べる。すると、大蛇たちは満足げに地面へと帰っていった。

 

「おお、助かった…!」

 

「良かった…!本当に良かった…!」

 

 助けられた妖たちは腰を抜かしながら胸を撫で下ろしていた。邪鬼に襲われずに済んで安心した…という訳ではなく、黒い大蛇たちに喰われずに済んだことに安心しているのだろう。斑すらも恐れる程の存在たちだ。下級の妖である彼らにとっては地獄のような一時だったに違いない。

 もちろん、それは夏目も同じ気分だった。先程まで溢れていた嫌な気配と殺気が消え、心の底からホッとして息をつく。しかし、それがいけなかった。

 

「あら?」

 

 夏目の気配に勘付いたのか、緑髪の転入生が振り返った。彼は慌てて息を潜めて茂みに隠れ直し、茂み越しに彼女の様子を窺う。

 だが、夏目はそんな自分の目が信じられなかった。彼女のすぐ隣に、小さな女の子が1人立っていたのだ。先程までは絶対に居なかった筈の少女。年の頃は10歳くらいだろうか。金髪のショートボブで、青と白を基調とした不思議な服を着ている。そして被っている帽子には、何故か2つの『目玉』が付いていた。

 疑問に思った夏目がその少女を凝視すると、彼女の周囲には金色と黒色のオーラのようなものが溢れ出していることに気付いた。こんな現象は普通では有り得ない。夏目が『この女の子は人間じゃない…!』と気付いた時――少女が夏目の方を見てニヤリと笑った。

 

「…ッ!?」

 

 その瞬間、夏目は身体を思いっきり引っ張られた。斑が夏目の胴を口に咥えて走り出したのである。速く、とにかく速く斑は走る。ジェットコースターもかくやというスピードで、彼は森を駆け抜けた。夏目が今まで見たことが無いほど、その時の斑の表情は必死だった。

 しかし、その勢いで振り回された夏目は堪ったものではない。もちろん、出来るだけ彼に負荷が掛からないように優しく咥えてくれているようだが、残念ながら貧弱体系(もやしっ子)の夏目にはそれでも辛かったのだ。

 そんな状況でも、彼らは森から数十秒足らずで家へと戻ってきた。出る際に開けっ放しにしておいた二階の窓から静かに夏目の部屋へ飛び込み、斑は咥えていた彼をペッと吐き出す。斑自身は変身した大きな姿のままで酷く息が荒れていた。

 

「ハァー!ハァー!」

 

「ゴホッ、ゴホッ!イテテ…。でも、ありがとう先生、助かったよ。上着はヨダレ塗れだけど…」

 

 口内の圧迫から解放された夏目が咳き込みながら身体の調子を確かめる。少し痛む部分もあったが、怪我と言えるようなものは無い。ただし、着ていた上着は斑のヨダレでドロドロだ。

 そんな軽口を言うと、いつもの斑なら『助けてやったというのに、その言い草はなんだ阿呆め!』と怒ってくるだろう。だが、今日の彼は違う。無言のまま荒い息を繰り返して、そこから動こうとしなかった。

 

「ハァ…!ハァ…!」

 

「ニャンコ先生?大丈夫か?」

 

 夏目が問いかけるが、やはり斑は動かない。依代(ねこ)の姿に戻ることもせず、目を見開き震えながら宙の一点を見据えていた。夏目も彼のそんな様子を見たこと無く、流石に心配になる。斑の毛並みを優しく撫でながら、夏目は立ち上がった。

 

「…水を持ってくるから、少し待っててくれ」

 

 上着を着替えた夏目は、寝ている藤原夫妻が起きないように家の中をゆっくり歩く。コップに水を注ぐと、部屋に戻って斑の前に置いた。しばらくした後、彼も変身を解いて普段のもっちりボディに戻る。そして小さな前足でコップを持つと、クピクピと水を飲んでようやく一息ついたようだった。

 

「ふぅ、助かったぞ夏目」

 

「いや…、ごめんよ先生。俺が首を突っ込んだばかりに」

 

「ふん、何を言うか。アレを放置する方が余程マズいことになっただろう。お前のお人好しも偶には役に立つと言ったところだな」

 

 結局、夏目たちはリオウにも紅峰にも会えず、いたずらに身を危険に晒しただけだった。そうなってしまったのは夏目の無茶が原因。彼がそれを謝ると、斑は首を横に振って答えた。

 あの者たちは妖の斑から見ても異常な存在だったのだ。そんな存在が近くの山に居ることを早い段階で気付けたのは、むしろ幸運だったかもしれないと斑は思っていた。

 

「それよりもだ。先ほどの緑髪の小娘が、以前お前が話していた学校の転入生という奴だな?」

 

「ああ、間違い無い…。あの凄く嫌な気配に、操っていた黒い蛇の様なバケモノたち…。やっぱりアイツは妖だったんだな」

 

 思い出すだけでゾクリと背筋が寒くなる。邪鬼ですら救おうと説得する彼女を見て、最初は心優しい人だと思った。しかし、それは間違いだったと夏目は思い直す。あのような邪悪なバケモノたちを操り、残酷に喰らわせる者が人間だとは思えなかったのだ。

 しかし、そんな夏目に対して、斑が出した見解は全く反対のものだった。

 

「違う」

 

「え…?」

 

 夏目が驚いて顔を向けると、斑と目が合った。彼も難しい顔をしている。しかし、嘘を吐いている表情ではなかった。

 

「夏目、アレは人だ。人と神が交じり合った様な、良く分からん匂いだったが、少なくともあの小娘から妖の気配は感じなかった」

 

「そんな…」

 

「そんなことよりも、問題はミシャグジだ!人間如きが使役するなど聞いたことも無いぞ!なんなのだ、あの小娘は!」

 

 ショックを受ける夏目を尻目に、斑は本題に入る。『ミシャグジ』。それがあの大蛇たちの正体なのだが、聞き覚えのない言葉に夏目は首を傾げた。

 

「そういえば…あの女子や妖たちも言っていたな、ミシャグジ様って。先生、ミシャグジって何だ?嫌な感じがしたから良くないものだとは思うけど…」

 

「すごく簡単に言ってしまえば…、祟り神の通称といったところだな」

 

「祟り神…?オババや不月神(ふづきがみ)みたいな神様か?」

 

 夏目たちがオババと呼ぶ妖が居る。正式な名は『アオクチナシ』という老婆の妖だったが、(やしろ)に祀られていた神格だった*3。自分のお願いを断れば祟る、と脅してくるほど強引な性格の持ち主だったが、実は心優しい神格であったことを夏目は覚えている。

 また、不月神は三隅という山で10年に一度行われる月分祭に現われる神格だった。不月神は豊月神(ほうづきがみ)という神格の対となる存在で、祭りで豊月神が勝てば三隅の山は今後10年が豊作に、不月神が勝てば今後10年は山が枯れるという勝負を行っていた。夏目はその祭りに巻き込まれ、何とか彼の働きによって豊月神が勝ったという形になったが、不月神が勝っていれば大変なことになっていただろう。

 

「あのオババは信仰が薄まり弱体化してしまっただけの神格だから違う。地枯らしの神である不月神の方は、正しく祟り神といえるだろうな。だが、あの小娘が使役していたミシャグジたちは格が段違いだった。一体一体がそれなりの神社に祀られていてもおかしくない神格だったぞ!」

 

 斑が怒りに任せて床をペシペシと叩いた。

 同じ神という括りの中でも“格”というのは存在する。上は天地を創造するような桁違いの神格から、下は弱い妖にも劣る神格まで、実に様々。この日本には、正に八百万(数え切れないほど)の神々が居るのだ。

 そして、彼女が操っていたミシャグジたちは間違いなく高位の神格であった。彼らを鎮めるのは道端の祠などでは到底不可能。それぞれキチンとした神社で手厚く祀らなければ祟りで殺されるレベルの神々たちなのである。だというのに、それらが1人の人間の言うことを聞いていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それは絶対に有り得ないことなのだ。

 

「一体一体が…?ちょっと待ってくれ先生!あの沢山居た黒い蛇のような妖たち…。まさか、あの全てが…?」

 

「ああ、それぞれが別個体の祟り神たちだ。そして、最後あの小娘が振り向いた際に感じた神格は…それらすらも遙かに上回る気配だった。あれはヤバい。ヤバいぞ、夏目。小娘が使役していたミシャグジたちも当然恐ろしいが、それらを全て引っ括めても敵わぬほどの神格が小娘の隣に隠れていた…!」

 

 斑はそう語りながら無意識に毛を逆立てている。そんな彼を見て、夏目はゴクリと唾を呑み込みながら聞いていた。最後に見た小さな女の子。はっきり言って夏目は、あの少女がそんなに恐ろしいものには見えていなかった。得体の知れなさは有ったものの、恐ろしさという点では大蛇(ミシャグジ)たちの方が上だと感じていたのだ。

 だが、斑の様子からそれは違うと思い知らされた。そこで、夏目は気になることを斑に恐る恐る聞いた。

 

「…ソイツ、この家まで追ってこない…よな?」

 

「恐らくは問題無い。気付かれてはいたが、敵視はされていないはずだ。小娘の視線に合わせてコチラを見ただけだろう。貧弱なお前が失神もせずに無事でいるのが証拠だな。害そうと思われていたら、今頃お前は祟りで息を引き取っておる」

 

「先生、それ最悪の判別方法だぞ…」

 

 夏目の非難の声を聞きながら、斑は咄嗟に逃げたのは正解だったと心の中で思っていた。高位の神はプライドが高く、更に気まぐれな者が多いのである。あのまま覗き見していては不敬として殺されていた可能性があるし、こちらの姿を見せて投降しても、あの存在の気分次第でどうなるか分からない。

 故に、彼は逃走を選択した。あれほど強大な神格であれば、斑や夏目ですら羽虫の如き者でしかなく、興味なく見逃すのではないかと思ったからだ。今考えれば、夏目の家を特定されないように寄り道しながら帰るべきだったが、逃げている最中はそんな事を考えている余裕も無かった。

 それでも、今ここで自分たちが無事にいるということは、見逃されたという事なのだろうと斑は判断していた。

 

「でも、祟り神より凄い神格か…。もしかして、それが『八坂様』って神様なんじゃないか?分社を持つほどの神格なら力も強いって先生も言ってただろう?」

 

「いや、別の神だ。感じた気配が明らかに違った。しかし、だからこそ訳が分からんのだ!山に満ちていた気配からして、八坂様とやらは祟り神などではない純粋な神格、それも大神だろう。そして、緑髪の小娘からも確かにその気配を感じたから、奴は間違い無く八坂様と呼ばれる神格の巫女だ。だというのに、その巫女が多くのミシャグジを操り、あまつさえそれら以上のナニカを傍に置いているのだぞ。全く以て意味が分からんわ!」

 

「わ!?暴れるなよ、先生!下に響くだろ!」

 

 じたばたと手足(前足と後ろ足)を振るう斑を、夏目は慌てて抱きかかえた。一階では藤原夫妻が就寝中なのである。彼らに迷惑をかけられないし、心配にもさせたくない。親戚間をたらい回しにされて居場所の無かった夏目を引き取り、優しく気にかけてくれている人たちなのだ。夏目が妖の見えることや、友人帳や命を狙われていることは絶対に秘密だった。

 

「ともかく、あれはマズい。今は大人しくしているようだが、万が一あれほどの神格が本気で暴れ出したら…」

 

「この地で良くないことが起きてしまうかもしれないんだな…?」

 

 夏目は眉を顰めて問いかける。せめて、この家と藤原夫妻には厄介事が及ばないようにしなければならないのだ。しかし、斑の答えはそんな夏目の甘い考えを打ち壊すような言葉だった。

 

「その程度では済まん。この辺りは無論のこと、周囲数県に渡って未曾有の大災害が襲うだろうな」

 

「な…!?」

 

 力の有る妖でも小さな森くらいが精々。神格であっても山を一つ枯らす程度が過去に夏目が見てきた妖たちの限界だった。故に夏目にとって、その程度の被害が基準であり、今までの常識だったのだ。

 しかし、周囲数県ともなれば圧倒的にレベルが違う。ここにきて夏目はようやくその存在の危険性を真に理解した。

 

「放置する訳にはいかん。だが、刺激することも出来ん。今はとにかく情報を集めるしかないな。おい、夏目。あの小娘はどこの神社で巫女をしているとかは言っていなかったか?」

 

「言っていたような、言っていなかったような…」

 

「ええい、使えん奴め!そこが一番大事なところだろうが!」

 

「一週間も前のことだし、その時は髪の色に気を取られていたんだがら仕方無いだろ!」

 

 大きな声は出せない為、小さな声で言い争う夏目と斑。とはいえ、こんな状況で喧嘩していても意味が無いので、溜息を吐きながらもさっさと切り上げた。そもそもこれは本気の喧嘩ではなく、いつものじゃれ合いの延長線のようなものだ。

 

「はぁ、まぁいい。一応、名取の小僧にも伝えておけ。人間にどうこう出来るレベルでは無いが、手は多い方が良い。私の方でも知り合いの妖たちに話を聞いておこう」

 

「名取さんを巻き込むのは申し訳ないな。でも、名取さんなら何か知っているかもしれないし…。分かったよ、先生。明日の朝一番で連絡する」

 

 彼らの言う名取とは、夏目の年上の友人であり、夏目と同じように妖を見ることが出来る人物、名取(なとり)周一(しゅういち)のことだった。彼は人気イケメン俳優という表の顔を持っているが、裏では祓い屋稼業も営んでいる。夏目は名取を信頼しており、彼自身も確かな実力を持つ有能な祓い人だった。

 

「それに、田沼やタキたちにも注意するように言っておかないと。特にタキはあの女子と同じクラスだからな。心配だ…」

 

 夏目は寝る為の布団を敷きながら、友人たちを心配していた。タキという人物は夏目の友人の女子生徒で、本名は多軌(たき)(とおる)という。そして、彼女も田沼と同じく夏目が妖を見ることを知っている人間の1人だった。

 一週間前にクラスを覗いた時には見かけなかったが、タキも緑髪の転入生と同じ5組の生徒なのである。

 

「何事も起こらないことを祈るしかあるまい。それこそ神にでも、な」

 

「ああ、そうだな…」

 

 斑が呟くと、夏目も就寝の準備をしながら頷いて同意する。大きな不安を抱きつつも、夜は静かに更けていくのであった。

 

*1
四足動物の場合なら、地面から背までの高さを体高という

*2
正式名称は御幣(ごへい)という

*3
妖であっても信仰を受ければ神格となる




 謎の少女の金色オーラは夏目友人帳世界の神様オーラで、黒色は非想天則の立ち絵の暗黒オーラ。クロスオーバーなので混ざったイメージのオーラです。一体、この神格は何者なんだ…。

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