早苗友人帳   作:ウォールナッツ

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真実

「猫ちゃんは『ニャンコ先生』って呼ばれているんですか?可愛いお名前ですね!私は東風谷早苗と申します。これでも守矢神社の風祝なんですよ」

 

 時刻は午後六時頃。2人と1匹は言葉を交わしながら山道を登っていた。

 元々、早苗は今日の夕刻に名を奪われたという妖と再会する約束をしている。そこに夏目を連れていって解呪する、もしくは解呪の手掛かりを探るつもりだった。

 

「かぜはふり?先生知っているか?」

 

「いや、山の妖たちにそう呼ばれていたのは覚えているが詳細は知らんな。そもそも私は守矢神社について詳しくないのだ。知っているのは伝え聞いた神々の伝説くらいなもの。そういう神職については私より名取の小僧の方が詳しいと思うぞ」

 

 斑は首を横に振ってそう言った。神格についてならまだしも、それに仕える人間の役職については流石の斑も把握していない。それならば祓い人である彼の方が詳しいだろうということであった。

 

「お二人ともご存知ありませんか?では、説明しましょう!風祝というのはですね、暴風を鎮める為に風の神様を祀る神職名なんです。守矢神社だけの特別な役職なので、知っている方は少ないですね。なので、普段は『巫女をしています』って言っちゃってます。そっちの方が分かりやすいですし、別に間違っているという訳でもないので」

 

「じゃあ、八坂様は風の神様なのか。戦の神様って聞いていたけど違うのか?」

 

「いえ、合っていますよ。軍神という戦の神様であり、風雨の神様でもあるんです」

 

「なるほど、兼任しているんだな…」

 

 夏目は静かに頷いた。『戦』と『風雨』。それらを司っている神格だと聞くと、とてもじゃないが優しい神様という感想は湧いてこない。むしろ、夏目の脳内では金剛力士像の如き屈強で厳つい大男が八坂様のイメージとして出来上がってしまっていた。

 

「それにしても、守矢神社は何故この地へとやって来たのだ?しかも大規模な転移術で来たと聞いたぞ。神社はおろか敷地ごと転移してくるなど、余程の大事でもなければ有り得んだろうに」

 

「え~と、簡単に言うと引っ越しの練習ですね。私たち守矢神社は諏訪の地を離れ、他の土地に移ることにしました。その地はちょっと遠いので、試しにここへと転移してみたのです」

 

「す、諏訪の支配者とも呼ばれた神格がその地を離れるだと!?一体何故…!?」

 

 斑が血相を変えて聞き返した。神格というのは基本的に地元から離れない。そこが己の縄張りだからだ。故に、その地から転居するということは縄張りを投げ捨てることと同義であった。

 そして、守矢といえば諏訪地域のほぼ全域を縄張りとする神社である。つまり、彼女たちは一国ともいえる領土を自ら手放したのだ。妖の常識からすれば絶対に有り得ないことであった。

 

「恥ずかしながら信仰の減少が原因でして…。神様たちはこのままだと恐らく数十年以内に力を失い消えていくだろうと仰っておりまして…。その前に信心深い土地へと引っ越し、新たな信仰を得なければならないのです」

 

「なんと、そんな理由が…。ううむ、私が気配を感じた際は八坂様も洩矢神様も凄まじい力だと思ったが、あの気配すらも弱体化した果てとは…。流石は最高位の神々と言うべきか」

 

 早苗が理由を説明すると、斑が唸りながらもそう呟く。信仰が薄れても決して色褪せぬ武威。それが守矢の神々だ。斑はそれを思い知らされた。

 

「俺には良く分からないけど、信仰って引っ越して集まるものなのか?信心深い地域だとしても、遠い所からやって来た神社より、昔から有る馴染みの神社の方が…その、なんていうか皆そっちにお参りに行くんじゃないか…?」

 

 夏目が遠慮がちに問いかける。だが、彼の言う通りだ。一般的な信心深い地域ならば、新たな神を受け入れない可能性は高い。排斥まではされないものの、深く信仰されることも無いだろう。

 しかし、夏目たちには言っていないが、彼女たちの引っ越し先は幻想郷である。その辺りの問題は無かった。

 

「それは大丈夫ですよ。神道がとても根深く残っている地域なのですが、元からある唯一の神社には全然信仰が集まって無いらしいのです。不思議でしょう?信心深い土地なのに神社に信仰が集まって無いなんて。なんでも、その神社に仕えている今代の巫女が全然やる気を出さないそうなんです。まったく!神に仕える者として恥ずかしいことですよ!」

 

「まぁ、そのおかげで守矢が信仰を得られそうなんだから良かったではないか。それより、妖との待ち合わせ場所はまだか?」

 

「あ、すみません。もうすぐです。妖さんはもう来てるかな~?」

 

 プリプリと怒っていた早苗を斑は宥めて、話題を逸らした。そうして、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、すぐに獣顔の妖が近付いてきて彼女へと声をかけた。

 

「おお、巫女様…!お待ちしておりました」

 

巫女(・・)様?守矢に恭順を誓った妖なら、正式な職名や名前で呼ぶはず。…なるほど、こやつは名を取り返すために上辺だけへりくだっているのだけの妖だろうな)

 

 斑は首を傾げつつもそう見当をつけた。少なくとも山の妖たちは『風祝様』や『早苗様』と呼んでいた筈なので、彼女の存在は周知されていた筈だ。それを知らないということは、この妖は守矢に所属していないのだろう。

 それはつまり、この妖が万が一にでも夏目に襲いかかってきた場合は、斑は守矢に遠慮することなく撃退出来るということでもあった。

 

「あ、妖さんお待たせしました。連れてきましたよ、この方はレイコさんの――」

 

「おお!此奴めは正しく夏目レイコ!おのれレイコめ!」

 

「視力は大丈夫ですか?明らかに男の子ですよ?」

 

 早苗が夏目を紹介する前に、獣顔の妖は恨み言を叫んだ。まさかの初手ブチ切れである。

 これには流石の早苗も困惑気味で聞き返すが、妖の怒りは治まらない。今にも夏目に襲いかかりそうな様子だ。それを見て、斑が小さく溜息を吐いた。

 

「妖は見た目よりも妖力で相手を判断することが多い。夏目の妖力はレイコにそっくりだからよく間違えられるのだ。知能の低い妖は言っても聞かぬしな」

 

「うわぁ…。色々と大変なんですね、夏目さん」

 

「ああ…」

 

 早苗が同情しながら言うと、夏目は疲れたように頷いた。勘違いで襲われた経験は一度や二度ではない。時には、瓶詰めされて拉致された経験すら有る。最早、迷惑とかそういうレベルを超えている話だ。そして、それはこの妖も同じだった。

 

「さぁ、巫女様!あの忌々しきレイコを始末してくだされ!」

 

「ちょ、始末って…」

 

「レイコの奴め、相当恨まれておったようだな」

 

 妖は夏目を指差して早苗に縋る。聞き捨てならない内容に夏目は焦り、斑は眉を顰めた。他人に頼ってまで殺そうとしてくる相手は、流石にこの妖が初めてだ。夏目は粘つくような強い怨根を感じていた。

 

「話がブッ飛んでいませんか?名を返して欲しいのですから殺しちゃダメでしょう。というか、いくら私だって殺人はしませんよ。常識的に考えて下さい」

 

 一方で、頼られた早苗もこれには困り顔だった。

 彼女は殺人を犯すつもりは無いし、その手伝いをする気も無い。それどころか、早苗は人を襲おうとする妖が居たら退治する側の人間である。当初、夏目レイコの悪行を聞いた際ですら、説教というお仕置きをしてから名前を返却させたら、それで手打ちにしようと考えていたくらいだ。

 故に、人間を殺してくれと頼まれても早苗にはどうすることも出来ない。だというのに、この獣顔の妖は諦めず、更に強く訴えかけてきた。

 

「名など殺した後に回収すれば良いのです!そんなことより、奴は神格の名をも奪った大罪人!その罪は命を持って贖わせるべきです!」

 

「それは誤解だったそうですよ。貴方も夏目さんと話してみて、レイコさんのことを聞いてみたら如何でしょうか。きっと誤解が解消されると思います」

 

「そんなものは知りませぬ!とにかく夏目レイコは殺さねばならないのです!巫女様、早くレイコを殺して…いや、倒してくださいませ!巫女様が倒した後はこの儂が奴のハラワタを喰らい、息の根を止めて見せましょうぞ!」

 

「いやいや、だからですね…」

 

 早苗は説得しようするも、妖は強硬な主張を譲らず埒があかない。その様子を見ていた斑も、馬鹿馬鹿しいとばかりに首を横に振った。このままでは日も落ちてしまうだろう。全く以て時間の無駄である。

 さっさと解決するためにはコチラが動くしかないと、斑は夏目に声をかけた。

 

「おい、夏目。奴等が口論している隙に名を返してしまえ。今なら小娘もこちらを見ておらんし、妖の方も名を返せば怒りも多少は静まるだろうよ」

 

「ああ、分かったよ先生。『我を護りし者よ、その名を示せ』」

 

 夏目は夏目で、自分(レイコ)のせいで早苗に迷惑をかけてしまっていることを気にかけていたようだ。

 斑に言われたとおり友人帳を取り出すと、コッソリと呪文を唱えた。こうやって相手をイメージしつつ呪文を唱えると、友人帳が自動的に名の書かれた紙を割り出してくれるのである。

 

「…あれ?」

 

「夏目どうした?」

 

「『我を護りし者よ、その名を示せ』。…おかしいな、友人帳が反応しない」

 

 しかし、夏目は友人帳片手に首を傾げた。いつもは勝手に動く友人帳が全く反応しないのである。何か間違えたのかと思って夏目はもう一度呪文を唱えるが、やはり友人帳はピクリとも動かなかった。

 

「馬鹿な、そんなことは有り得ん。友人帳に名があれば自動的に割り出す筈だ。依代に封印されている妖の場合は名を探し出せないこともあるが、奴にそういった様子はないしな」

 

「やっぱり変だよな?う~ん、どうなっているんだろう…」

 

 斑にそう言われるも、現に反応してくれないのだから夏目にはどうしようも出来ない。パラパラと友人帳を捲ってみるが、普段との違いもないようだ。

 彼がそうやって悩んでいると、しばし考え込んでいた斑が静かに声をあげた。

 

「……。なるほど、そういうことか。夏目、友人帳を仕舞え」

 

「先生?」

 

 斑はそう言い残して、押し問答を続ける2人の間に立つ。そして、獣顔の妖に向かって言い放った。

 

「おい低級。お前、本当は名など奪われていないな?」

 

「き、貴様、何を言うか…!儂は…!」

 

 それまで斑のことなど眼中にも無かった妖が、ビクリと肩を震わせて口籠もった。一方で、早苗や夏目はまだ理解出来ておらず、頭の上に疑問符を浮かべたような表情をしている。

 そんな2人はさておき、斑は相手を小馬鹿にしたような顔で言い募っていく。すると、妖の表情が徐々に怒りへと変わっていった。

 

「大方、レイコを喰おうとしたものの、軽くあしらわれたことで逆恨みしているのだろう。レイコの眼中にもなかった小者の中の小者。それがお前という訳だ」

 

「黙れ黙れ、白豚め!儂は人間如きに名を奪われた間抜け共とは違う!儂をコケにしたレイコを殺してやるのだ!」

 

 プライドを酷く貶された妖が強く叫んだ。見下していた下等な人間(レイコ)に手も足も出ずに、鼻先で軽くあしらわれた己の過去。名を奪うわけでもなく路傍の石のように扱われた。それは事実だったからこそ、彼の中では絶対に容認出来ないことだった。

 しかしながら、妖のその反応こそが斑の求めていた答えだったのだ。

 

「ふふん、正解だったか。道理で名を奪われたことを守矢の巫女に言えた訳だ。本当は奪われていないのだから、知られたところで痛くも痒くもないのだからな。とはいえ、こんな簡単にボロを出すとは思わなかったぞ」

 

「かまをかけたのか。やるな先生」

 

「ぐッ…!?」

 

 斑が自慢気に鼻を鳴らして言うと、夏目も友人帳が動いてくれなかった理由を理解した。元より名が無いのだから反応しないのは当然だ。

 そして、分かりやすく『しまった…!』というリアクションを見せる妖に、早苗も眉を顰めていた。

 

「嘘だったんですか!?ちょっと、それはダメですよ本当に。守矢を何だと思っているんですか?」

 

 正直、早苗は自分自身が騙されたことに対してはそこまで怒っていない。しかし、獣顔の妖は早苗を巫女として頼っていた。結果的に、彼は『守矢』を騙してしまったのである。

 これはお説教案件だと早苗が咎めようとしたが、やはりというべきか妖は強く反発した。

 

「ぬぅぅ…!もう良い!こんな腑抜けた巫女など喰らい殺し、喰らって得た力で白豚も夏目レイコも始末してくれようぞ!」

 

 本性を現した妖は、手始めに早苗を襲おうとする。無論、低級程度の妖では彼女には傷一つ与えられる筈がない。しかし、早苗に何かあれば守矢の神々の怒りに触れてしまうのは間違いないだろう。

 そんな事態を防ぐためにも、斑は変身して早苗の前に立ち塞がった。

 

「低級風情が…。身の程知らずにも程があるぞ!去れ!あと私は白豚ではない!」

 

「ギャッ!?」

 

「わぁ、変身!カッコいいです!」

 

 白く美しい獣の姿となった斑が光を放つ。相手は弱い妖だったので、軽い一撃で簡単に撃退することが出来た。

 一方で、早苗も妖に一切の脅威を抱いていなかった為か、斑の姿を見て呑気に歓声を上げている。変身はロマンだ。彼女はそういうのが大好きなのである。

 

「先生、アイツ逃げてしまったけど良かったのか?」

 

「所詮、他人を利用することしか出来ない低級の妖だ。逃げた先でどうすることも出来まい。放っておけ」

 

 夏目が聞くと斑が答えた。

 己だけで夏目を襲えるのだったら最初からそうしていた筈だ。わざわざ早苗を頼ったということは、力を貸してくれる仲間の妖も居ないということに他ならない。その程度ならば夏目たちはもちろん、妖の見えない一般人すら襲えないのだ。

 夏目と早苗が出会う切っ掛けとなった騒動は、こうして一段落を迎えるのであった。

 

 

 

 

「おのれ、おのれ、おのれ!夏目レイコめ…!次に会った時は必ず喰ってやるぞ…!」

 

 斑の光から逃げた妖は山林の中を走っていた。心中はレイコへの憎しみが更に高まっているが、弱い己ではどうすることも出来ない。彼に出来ることといえば、ただ怨み言を吐くことしか残されていなかった。

 

「はぁはぁ…む?」

 

 妖が走っていると足元からシャクシャクという音がした。最初は枯葉を踏んだ音かと思っていたが、どうにも音が違う。奇妙に思い足を止めて地面を良く見ると、白く薄い皮のようなものが敷き詰められていた。

 

「これは…蛇の抜け殻?」

 

 白い皮は蛇の抜け殻だった。大小様々な大きさのそれらが辺り一面に落ちている。気持ち悪いほどの数だ。

 そして、『ケロケロ』というカエルの鳴声も周囲から聞こえてきた。それが徐々に大きくなっていき、いつの間にか『ゲロゲロ、ゲロゲロ』という大量の鳴声が彼を囲んでいる。今の季節は秋。季節外れのカエルが数匹程度ならばともかく、これほどの数は有り得なかった。

 

「な、何なのだ、これは…?」

 

 あまりの気味の悪さに妖は狼狽する。空は夕焼けに染まっており、森の中も赤く、そして薄暗い。本来ならばこのような暗闇を好むはずの妖ですら、恐怖を抱くような雰囲気だった。

 

「あ~あ、早苗にもうちょっと妖の悪意を教えたかったんだけど失敗したなぁ。低級の雑魚に期待した私が馬鹿だったよ。まっ、幻想郷に行ってから教えればいいか」

 

「だ、誰だ!?」

 

 背後から声が聞こえ、妖は慌てて振り返る。カエルの鳴声で満ちた中でも不思議とハッキリ聞こえる少女の声だった。

 しかし、振り返って周囲を見渡しても、その姿は見当たらない。

 

「さぁ、誰だろうねぇ?アンタはそんなこと気にしなくて良いよ。意味ないしね」

 

 返答が今度は別方向から聞こえ、妖がまたも振り返った。だが、やはりその姿はない。彼は恐怖と同時に怒りも湧き、その力を借りて声を荒げた。

 

「どこに居る!姿を現せ!」

 

「アンタが見えてないだけだっての。馬鹿だねぇ、アハハハハ」

 

 今度は明らかに己を小馬鹿にする声が聞こえてきた。からかうような笑い声も非常に煩わしい。妖はギリッと歯軋りがするほどの怒りを露わにすると、見当たらぬ相手に対して強く叫んだ。

 

「貴様!さては夏目レイコの子分だな!ええい、守矢の巫女を喰ったら貴様もレイコ共々始末してやるぞ!」

 

「……別にさぁ、アンタが嘘吐こうが夏目とかいう人の子(ガキ)を喰おうが、私にとってはどうでも良いんだよ」

 

「なにぃ?ならば、さっさと失せろ!貴様にかまっている暇など無い!」

 

 笑い声は静まり、こちらを馬鹿にするような声質も消えた。さては威嚇に恐れたかと考えて、妖はニタリと汚い笑みを溢す。『やはり己は強い。先ほど撃退されたのは何かの間違いだったに違いない。次は巫女もレイコも、その子分も全て喰ってやる』。そんな根拠の無い妄想が妖の頭を占め始めていた。

 しかし当然ながら、それは大きな大きな間違いだった。

 

「でもさぁ……早苗を狙ったことは許さない」

 

「ひぃッ!?」

 

 酷く無機質な声が聞こえた瞬間、空気が変わった。

 カエルの鳴声がビタリと止まる。風も止み、木々や葉のざわめきすらも消えた。まるで、この世界そのものが声の主に怯えているようだった。

 この妖も怯えながら声の主を探す。先ほどと同じように見つからないかと思っていたが…、その姿はあった。何者かが夕日を背にして坂の上に立っている。逆光で顔は真っ暗になっているが、そのシルエットは聞こえていた声の通り、ヒトガタの少女だった。

 

「未遂で終わったとか、早苗が気にしてないとか、そんなのは関係無いんだよ。私が許さないって言ってるんだからさ。しかも、守矢(ウチ)の祝子だって分かっていながら襲おうとしてたんだから、これはもう見過ごせないよねぇ」

 

「ウチの祝子…?ま、まさか!」

 

 ここにきて、この妖もようやく気が付いた。レイコへの憎しみのあまり、己が手を出していた相手が何だったのか忘れていた。守矢は軍神の神社。そして祟り神を統べる者の神社。低級の妖如きが喧嘩を売っていい相手ではないのだ。

 

「ケジメってのは大事なんだよ。じゃないと真似する馬鹿がどんどん出てくる。アンタもさぁ、早苗を襲おうとさえしなければ見逃してやったんだけどね。でも、アンタは欲を出して早苗を狙った。いやぁ駄目だよねぇ、これ。お前たちもそう思うでしょ?」

 

「ひぃッ…!」

 

 夕焼けで長く伸びる少女の影の中から黒い大蛇たちが次々と現われた。ミシャグジである。彼らからすれば主君の愛娘が襲われそうになったようなものだ。無論、そんなことは許せる筈もなく、少女の言葉に同意するように全てのミシャグジたちが殺意を持って妖を睨んでいた。

 こうなってしまった以上、低級の妖に過ぎない彼に為す術は無い。

 

「ぶっちゃけさ、アンタは丁度良かったの。分かる?今から始まるのは、守矢に手を出したらこうなるぞっていう…」

 

 故に、この妖がその身で果たせることは、ただ一つだけ――

 

「み・せ・し・め♡」

 

「お、お許しを!どうかお許し下さい!ヒィ…ァァアアア!」

 

 ミシャグジが動く。どんなに詫びたところで彼らは止まらない。

 恐怖の中、妖の視界に入ったのは夕日の逆光で見えないはずの少女の顔。しかし、弧を描く口元と瞳だけが妖しげに紅く煌めき、彼の意識を絶望へと染めていくのであった。

 

 

 

 

「む…!」

 

 ハッと斑が顔を上げ、ある方向を見た。視線の先には山林。その森からは、逃げるように飛び立っていく無数の鳥たちの姿がある。

 

(今のは洩矢神様の気配。何という禍々しさだ。感じた方角は先ほどの低級が逃げた先…。なるほど、この娘をずっと見守っておられたという訳か。…奴の身に何が起こったのか考えるだけでも恐ろしいな)

 

 斑はゴクリと唾を飲み込んだ。今の今までずっと見られていたのだ。上級の妖である斑にも気付かれずに淡々と。そして、獣顔の妖は洩矢神の逆鱗に触れて制裁を受けた。斑が怯えるほどの禍々しさだ。あの妖は楽には死ねないだろうと彼は思った。

 

「ニャンコ先生?」

 

「ふかふか!ふっかふかですよ、ニャンコ先生ちゃん!」

 

「いや、何でもない夏目。それより守矢の現人神よ。私の真の姿はこの通り優美な姿なのだ。『先生ちゃん』はよせ」

 

 先の妖のことは頭から振り払い、斑は答えた。そして、先程からずっとしがみついている早苗へと声をかける。

 確かに、今の斑の姿は白く美しい。白狼や妖狐を彷彿させる気高さがある。普段の猫ダルマの姿からは想像もつかない姿であり、その毛並みも美しかった。即ちモフモフである。変身ということもあり、早苗はもう堪らなかった。

 

「分かりました!じゃあ、私のことも現人神じゃなくて、名前で呼んで下さいね、ニャンコちゃん!」

 

「なぜ先生の方を残さんのだ…」

 

 呆れる斑に、早苗はにへら顔で笑う。打てば響くといった感じで斑が反応してくれるものだから楽しいのだ。

 

「えへへ、冗談ですよ。おお、顔を(うず)めるとシャンプーの匂いがする…。それにしても、ニャンコ先生のこの姿は見覚えがある気がするんですよねぇ。それもつい最近。私たち何処かで会いましたか?それともこれがデジャビュって現象なんですかね?」

 

「それは…」

 

 早苗が疑問を呈すと、夏目が言い淀んだ。あの夜、どうやら彼女は逃げる斑の姿をほんの少しだけ見ていたらしい。

 しかし、彼らは覗き見していた身の上である。それを何と言うべきか夏目が言葉に詰まっていると、斑が諦めたように語り出した。そもそも、あの時点で洩矢神にはバレていたのである。ならば、ここで下手に誤魔化す必要など無かった。

 

「一昨日の夜、私たちは見ていたのだ。山の妖たちを暴れる邪鬼から守るお前の姿をな」

 

「あ、思い出しました!あの時、茂みの中にいた白いわんちゃんですね!いやぁ、思い出してスッキリしましたよ!」

 

 ポンと早苗が手を打って頷いた。覗き見されたことに怒っていないし、そもそも覗かれたとも早苗は思っていない。むしろ『邪鬼に襲われなくて良かったですね!』と彼らの安否を気遣っていた。素直で心優しく、穏和ながらも非常にマイペース。きっと彼女はそういう人物なのだろう。

 だからこそ、夏目はあの夜のことを早苗に尋ねなければならなかった。

 

「東風谷さん、一つ聞かせてほしい。キミは何で邪鬼を殺したんだ?それもあんな残酷なやり方で…。話をしてみてキミは、進んであんなことをする人ではないと俺は思うんだ。だから、良ければ理由を聞かせて欲しい」

 

「う~ん、それも見られちゃっていましたか。やっぱり残酷に見えますよねぇ。私もどうにかしたいとは思っていたのですが、諏訪子様が言うにはあれが最善とのことでして…」

 

「いや、我々ですら生きた心地のしない光景だったのだが…。最善とはどういうことなのだ?」

 

 早苗が眉を寄せて唸りながら答えると、斑がポンという軽い音を立てて依代の姿に戻した。そして首を傾げながら尋ねる。夏目も真剣な表情で聞いていた。

 

「神の供物になることで、ただ祓うよりも地獄での処遇が軽くなるだろう、とのことです。あの手の邪鬼は先ほどの妖と違い、撃退したとしても逃げた先で人や妖を喰らおうとするでしょう。被害を未然に防ぐためには仕方のないことでした」

 

 近頃の人間は信じなくなってしまったが、死後の世界は地獄も閻魔も存在するのだ。死んだ人や妖はまず地獄に行き、そこで閻魔によって生前の罪を裁かれる。そして、罪人は地獄で罪を贖うという訳である。

 では、食欲と悪意の赴くままに人や妖を喰らってきた邪鬼へ下される裁きとは如何なるものか。少なくとも生易しい判決が下されることは無いだろう。

 

「ふむ、(にえ)か。確かに、古来より神への生贄に選ばれた者は周囲より尊ばれたと聞く。それならば、あの邪鬼も僅かなりとも罪を償えたかもしれんな」

 

「ええ、そうでしょうとも、そうでしょうとも。諏訪子様たちの仰ることに間違いはないのですから」

 

 斑が同意したこともあり、早苗はウンウンと自慢気に頷いた。守矢の神々の言うことは常に正しいのだ。問題は、神奈子と諏訪子で主張する意見が真っ向から対立することが多々あるということだが…。大丈夫だ、早苗はそんなこと気にしない。

 

「理由は…分かったけど、封印とかそういう方法ではダメなのか?」

 

「暴れる理由が感情などから来ているものならば封印は有効でしょう。短気な妖でも時間が経てばある程度は落ち着きますから。しかし、原因が空腹や欲望などであれば…ちょっと難しいですね」

 

 早苗は封印よりも攻撃的な術の方が得意だ。風を操り、水を絶ち、星を降らせる。しかし、それでも基本的な封印術は習得していた。それに加え奇跡をも併用すれば、高難易度の封印も軽くこなせるだろう。

 しかし、封印が根本的な解決に至らない場合は、どんな難しい封印だろうと意味など無いのである。

 

「うむ、時間が経てば経つほど腹が減り、我を忘れていくからな。万が一、封印が破られた際は手当たり次第に周囲を襲うだろう。所詮、封印など時間稼ぎでしかないのだ。時には、祓ってやることが妖にとっての救いとなることもある。覚えておけよ夏目」

 

「ああ…分かったよ、ニャンコ先生…」

 

 斑が諭すように夏目へ言った。その様子を見て早苗は斑が『先生』と呼ばれている理由が分かった気がした。きっと彼は優しいのだろう。そして、その教えを受ける夏目も細やかで温かい少年なのだろうと思った。

 そんな彼らの様子を見て、ホッコリと心にぬくもりを感じた早苗は一つ良い事を思いついた。

 

「そうだ!夏目さん、ニャンコ先生!私たちの神社にお詣りに来てみませんか?歓迎しますよ!」

 

「ほう、そうだな。いずれ八坂様にも挨拶せねばと思っておったし、丁度良いかもしれん。今日はもう夕刻なので帰るとして、明日辺り参拝に行くか」

 

 早苗が晴れやかに言うと、誤解の解けた斑も頷いた。守矢神社は余所者ではあるが、その強大な力は決して無視出来ない。そういった観点からも挨拶という名の面通しは必要だった。

 

「ああ、明日は土曜で学校も休みだしな。東風谷さん、友人たちも誘っていいかな?俺が妖を見えることや、ニャンコ先生が妖だって知っている人たちなんだけど…」

 

「もちろん!人間でも神格でも妖でも、参拝に来て頂けるのなら大歓迎ですよ!いつでもお待ちしています!」

 

 友人というのは無論、田沼とタキのことだ。そして、妖でも問題無いとのことなので中級たちも呼んでいいのだろう。ある種、夏目の早とちりで怖がらせてしまった状態なので誤解を解いておかねばならないのだ。

 そういった約束を取り付けて、夏目たちは早苗と別れるのであった。

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい貴志君」

 

「あ、塔子さん。ただいま帰りました。すみません、遅くなってしまって…」

 

「ふふふ、いいのよ。でも、この辺は電灯が少ないから夜道は危ないわ。出来れば早く帰ってきてね」

 

 家に帰ってきた頃には、日が落ちきる寸前といった時間帯だった。

 藤原家の夫人、塔子も口では構わないと言っているが、やはり彼のことが心配だったのだろう。ホッと安堵した表情が見てとれて、夏目は申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「あ、そういえば田沼君と名取さんから電話があったわよ?貴志君に何か用があるみたいで、帰ってきたら折り返しの電話をお願いされたわ。2人ともちょっと焦っていたような声だったけど…」

 

「あ…!すみません塔子さん。すぐに2人に連絡します!」

 

「うふふ、わんぱくね。でも、お友達にあんまり心配かけちゃ駄目よ?」

 

「は、はい!」

 

 夏目は返事をして、慌てて電話機へと向かった。

 田沼は今日の学校のことだろう。下校時の逃走劇をクラスの誰かに聞いたに違いない。名取については、昨日までの判明していた事を留守電に入れていたから間違いなくそれだ。

 とにかく夏目は、まず田沼へと電話をかけた。

 

 

 

『良かった。じゃあ、ただの誤解だったんだな』

 

「すまない、田沼。俺たちが無駄に騒いじゃったせいで色々心配をかけてしまって…」

 

 夏目が事情を話すと、田沼からは安心したといった感じの声が帰ってきた。彼の話も聞けば、田沼とタキは夏目を探してずっと走り回っており、日が落ちてきた為に仕方無く帰宅したのだという。つまり、彼らはついさっきまで夏目を探してくれていたのだ。とても大変な1日だっただろう。

 それでも夏目が電話口で謝ると、田沼は軽く笑って済ませてくれた。

 

『ハハハ。でも、夏目が相談してくれて俺は嬉しかったよ。たぶんタキも同じことを言うと思う。ああ、明日の参拝のことを含めて、タキには俺から電話しておくよ。夏目は名取さんにも連絡入れないといけないんだろう?』

 

「すまない、田沼。頼めるか?…ありがとう。それじゃあ、また明日な。…さて」

 

 参拝には田沼も行けるとのことだった。また、タキへの連絡も彼がしてくれるらしい。謝罪は改めて明日するとして、夏目は田沼の好意に甘えた。

 受話器を一度下ろし、今度は名取に電話をかけようとしたところで、二階から降りてきた斑が夏目の肩へと乗ってきた。

 

「次は名取の小僧に電話か?こっちは中級やちょびたちに伝えたぞ。3人とも明日の参拝に同行するそうだ。田沼やタキも来るかもと言ったら、ヒノエには断られたけどな」

 

 ヒノエは人間嫌いで男嫌いだ。惚れたレイコにそっくりな夏目だけは大層気に入られているが、他の人間の前にはほとんど出て来ない。今回もそれで同行を断ったのだろうと、斑はそう語った。

 

「そういえば、ヒノエには守矢神社を調べさせているって昨日先生が言っていたけど、大丈夫だったのか?」

 

「ああ、今は紅峰と一緒にお前の部屋で酒盛りをしている。聞けば、紅峰を含めリオウたちは東風谷早苗と仲が良いらしい。紅峰もお前の部屋には一昨日の夜に来ていたらしいぞ」

 

「一昨日の夜というと…うわぁ、俺たちがあの山に行っていた時にすれ違いになったのか。タイミングが悪かったな…」

 

 夏目が地味にショックを受けて頭を抱えた。あの時、夏目が慌てて行動していなければ、紅峰が全て説明してくれていたのだ。そうしていれば、こんな騒ぎになって周りに迷惑をかけることも無かっただろうにと考えて落ち込んでしまった。

 

「だが、紅峰も洩矢神様が奴の近くに居たことは知らなかったぞ。洩矢神様のことを知らなければ、結局は何かしらの混乱は起きていただろうよ。事前に全部解明出来て良かったと思うことにしろ。そうでなきゃやってられん。それより、ほれ。さっさと名取に電話してしまえ」

 

「ああ、分かったよ。……あ、もしもし、名取さん?」

 

 慰めか、それとも諦念か。疲れたような斑の声に従い、夏目も再び受話器を手に取る。そして電話をかけると相手はたった1コールで電話を取った。

 

『夏目、無事かい!?祟られたりしていないね!?』

 

「え、ええ…無事です。あの、名取さん…」

 

 夏目の声が聞こえた瞬間、名取は怒濤のように夏目の安否を念入りに確かめた。それもそのはずだ。名取が長期のドラマ撮影から帰って来ると、電話には夏目から何件もの着信履歴と留守電が入っていたのだ。明らかな非常事態。それだけでも冷汗ものなのに、とにかく留守電に残された内容がヤバかった。

 祟り神を操り、邪鬼を喰わせ殺した緑髪の少女のこと。上級妖怪である斑すらも怯える大神格がその少女の傍らに居たこと。次の日に入っていた留守電には、その少女が守矢の巫女であり、近くに居た大神格はあの洩矢神であると判明したということが残されていたのだ。

 もうこの時点で名取の顔面は蒼白である。彼の式である笹後(ささご)瓜姫(うりひめ)(ひいらぎ)たちも相手があの洩矢神と聞き、酷く緊張した様子だった。

 名取も震える手で藤原宅に電話をかけるが、既に学校は終わっている筈の時間だというのに塔子からは夏目はまだ帰宅していないと告げられる。これは本当にヤバいと感じた名取は、ずっと電話の前でウロウロしながら夏目からの返事を待った。そして、電話が鳴った瞬間、受話器を取ったという流れである。

 万が一、夜を過ぎても夏目からの返電がなければ、名取は藤原宅の近くまで赴いて人捜し用の紙人形を飛ばしまくっていただろう。彼はそのくらい危機感を持っていた。

 

『ああ、良かった!いいかい?洩矢神様は祟り神の王とも呼ばれた大神格だ!以前の不月神とは比べ物にならないほど危険な存在なんだよ!今回ばかりは絶対に、絶対に首を突っ込んだりしては…!』

 

 名取は心の底から安堵するが、すぐさま夏目に釘を刺した。危なっかしい彼が何をするか分からないからだ。だからこそ、この言葉に対する夏目の返答は予想外であり、そしてどうしようもなく予想通りだった。

 

「名取さん…あの、すみません。ついさっき解決しちゃいました…」

 

『………。』

 

「す、すみません、名取さん…」

 

 電話口から名取の声が消えた。言葉も出ないとは正にこの事か。だが、夏目にとってはその無言が中々に怖い。

 たっぷり10秒ほどの時間をおいた後に思考が回復したのか、名取はようやく言葉を取り戻した。

 

『…ニャンコ君は近くに居るかい?相手が守矢神社の関係者で、あの洩矢神様が出てくるかもしれないって分かっていたのに、キミの用心棒は何をしていたのかな?』

 

「うるさい!私が夏目たちを見つけた時には、既に話がついていたのだ!夏目、今日の出来事を一から説明してやれ!」

 

「名取さん、実は――」

 

 自称用心棒が全く機能していないことを名取が指摘すると、斑もムキになって言い返す。ただし、台所に居る塔子に声が聞こえないよう小声で、だ。

 そうこうあって夏目が事情を説明すると、聞き終わった名取は深く感じ入ったように息を吐いた。守矢は日本最古の神社の一つに数えられるほどの神社だ。名取もある程度だが守矢神社の知識を持っている。だからこそ、夏目から聞いた話は思いも寄らない内容だった。

 

『あの守矢神社が新たな信仰を得るため引っ越しをするとは…。いや、洩矢神様がタケミナカタ様と仲が良いというのも驚きだが…。そして、現人神となった風祝の東風谷早苗という女の子。なるほど、これは色々と興味深いな』

 

「女子高生に興味とは…。未成年相手は流石にアウトだぞ、名取」

 

 先ほどの仕返しだろう。斑が茶化すようなことを言った。しかし、名取は動じない。元々、斑と彼は軽口を言い合える仲なのだ。

 

『こらこら、変な疑いをかけないでくれるかな。廃業寸前まで落ちぶれてしまったが名取家は元々、神格と交渉する紙使いの一族。家族のように大神格と接しているというその子に興味が湧くのは当然だよ。それに守矢の風祝には一子相伝の秘術があると聞く。それを教えて欲しいとまでは言わないが、色々と話は聞いてみたいんだ』

 

「えっと、それなら明日お詣りに行く予定なんですけど、一緒に行きますか?」

 

『うーん、残念ながら明日はCM撮影の仕事が入っていてね…。明後日の日曜はどうかな。お昼辺りの時間で、近くの町で食事でもどうだろう?2人きりだと周囲から変な誤解を受けそうだから、夏目も一緒にね。もちろん、その子の保護者の許可も必要だ。食事代は私が出すから、何が食べたいか聞いてきてくれないかい?』

 

 夏目の提案に残念そうに答える名取だったが、その代わりとなる案を出してきた。なんとも“イケメン俳優”の彼らしい提案である。しかし、“祓い屋”としての本来の彼は、もっと繊細で警戒心が強い筈なのだ。少なくとも、こんな簡単に他人へ接近するタイプの人間ではない。

 それがどうにも気になったものの、名取たっての頼みだったので夏目はとりあえず頷くことにした。

 

「はぁ、分かりましたけど…」

 

「おい、やっぱりナンパではないか」

 

 返事をする夏目の隣で斑が呆れたように言う。しかし、名取はクスクスと笑ってそれに応えた。

 

『フフフ。誤解だね、ニャンコ君。女性を食事に誘うのは礼儀だよ』

 

「また痛々しいことを…」

 

 きっと電話口の向こうで名取は意味もなくキラめいていることだろう。面倒くさいこと極まりないといった様子で斑は眉間に皺を寄せていた。

 その後、軽く雑談を続けていると台所に居る塔子から声がかかった。彼女も夏目が未だに電話をかけているとは思っていなかったのだろう。声の大きさが2階の部屋へと呼びかけるそれだった。

 

「貴志く~ん。お夕飯出来たわよ~」

 

「あ、はい!それじゃあ名取さん。東風谷さんに聞いたらまた連絡します」

 

『うん、私も明日の夕方以降なら家に戻っているだろうから頼むよ。別に断られても気にしなくていいからね。それじゃあ夏目、電話ありがとう』

 

 最後は夏目を気にかけながら名取は電話を切った。夏目も受話器をゆっくりと下ろし、大きく深呼吸をする。女子を食事に誘うなんて初めてのことだ。請け負ってしまった後ながら、そう考えると夏目は緊張してきてしまった。

 

(う~ん…よし、この話はニャンコ先生に切り出してもらおう)

 

 彼は早苗から気に入られているし大丈夫だろう。塔子が用意した猫用の夕食を食べに台所へと向かう斑を追いながら、夏目は明日の作戦を練るのであった。

 




早苗「いくら私だって殺人はしませんよ。常識的に考えて下さい」
 幻想郷に行く前なので、早苗さんもまだ一応は常識的です。というか常識に囚われなくなった早苗さんも、弾幕勝負で妖怪をやっつけることはあっても殺害まではしてないのでセーフです。誓って殺しはやってません!

諏訪子「み・せ・し・め♡」
 前作含めて、始めて本編中の文で♡マークを使いました。普段の書き方では地の文で表現しているところですが、今回はお試しで。
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