早苗友人帳   作:ウォールナッツ

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守矢神社

「でも、夏目君が何事も無くて本当に良かったわ。だって、私たちはただランニングしていただけだもの。むしろ、良い運動になったわ」

 

「な、言っただろう夏目。タキも気にしてないって」

 

「すまない…いや、ありがとう。2人とも」

 

 翌日の昼過ぎ。土曜日で学校が休みの夏目たちは、事前に決めておいた待ち合わせ場所に集まっていた。

 夏目は顔を合わせて早々、散々探し回らせてしまった昨日のことを謝罪すると、タキは“ちょっとランニングしただけ”とクスクスと笑い、それに倣って田沼も微笑んだ。昨晩、彼が電話口で言った通り、タキも迷惑などとは全く思っていなかったのだ。

 

『やはり夏目様は目を離すと何をしでかすか分かりませんなぁ』

 

『まさしく、まさしく』

 

 中級たちとも合流すると、彼らも会話に参加する。しかし、そんな軽口を言えるのも夏目が無事だったからだ。

 

『ふん、一体どれだけ心配したと思っているでありますか。昨日、洩矢神様のあの気配を感じた時は、夏目殿が殺されたかと思ったでありますよ』

 

 ちょびがジト目で見ながら夏目に文句を言った。

 昨日の夕方、彼ら妖たちは圧倒的に禍々しい気配を感じたのだ。ちょびや中級たちはすぐにそれが洩矢神の気配だと気付き、尽く“死”を覚悟した。それは夏目の死であり、己の死であり、この地に住まう全ての者の死だ。祟り神の王の怒りというのは、そういうものなのである。

 

「う…。ごめん、ちょび…」

 

『…まぁ、別に良いであります』

 

 故に、昨夜夏目たちが無事に帰ってきて彼らは心の底から安堵した。そして斑から早苗と守矢の神々の話を聞いて、ようやく納得がいったのだ。洩矢神の怒りは守矢神社の祝子を騙して喰おうとした下等な妖に向けられたものらしい。なんとまあ命知らずの馬鹿がいたものだと、ちょびは溜息を吐いた。全く以て良い迷惑である。

 

「そういえば、ちょびも中級たちも荷物があるな。守矢神社の神様への手土産か?」

 

 人間3人と妖4人が守矢神社への山道を行く。秋の山は紅葉が美しく、歩くだけでも気分が良い。

 そうして歩いていると、妖の面々が風呂敷を持っている事に気付いて夏目はそれを尋ねた。

 

『ええ、秋ですから山の幸が豊富なのです』

 

『とはいえ、縁起物とされる三つ実の栗を集めるのには苦労しましたぞ~』

 

『高貴な私は上品な切り花であります。高位の神格である八坂様ならば、間違い無くこの美しさを気に入って下さるでありますよ』

 

 3人とも自慢の品をお供え物として持って来ているようだ。中級たちは、この地で縁起物とされる三つ実の栗に加え、柿や自然薯などを風呂敷に包んで背負っている。ちょびも美しい切り花の束を大切そうに抱えていた。

 

「私も持参したぞ。名酒『猫ごろし』だ。八坂様は酒好きとの噂だからな」

 

 斑も首に風呂敷をかけている。中身が酒ということは一升瓶だろう。いつも斑が晩酌で飲んでいるあの酒に違いない。

 因みに、斑が酒盛りをする度に夏目の部屋を酒臭くしているものだから、藤原夫妻に変な誤解を受けないだろうかと夏目はいつも心配していたりする。今のところはバレていないようだ。

 

「えっと…、もしかして俺たちも何か必要だったか?必要なら今からでも何か買いに行くけど…」

 

「私、午前中に焼いたクッキーを持って来たんだけど、こんなのじゃダメかな?日本の神様に洋菓子をお供えするのは、やっぱり失礼かしら…」

 

 妖たちが手土産を持参していることを夏目経由で聞いて、田沼とタキが困ったように斑に尋ねた。夏目も手ぶらなので悩み所である。

 しかし、斑は特に気にすることなく答えた。

 

「いや、お前たち人間は別に気にするな。むしろ、守矢神社が最も欲しているものは人間の信仰心だ。心から御参りするといい。それが一番喜ばれるだろう。クッキーは…分からんな。八坂(タケミナカタ)様は異国の侵略から日本を守ったこともある御方である故、もしかすると不快に思われるかもしれん。お供えする前に東風谷早苗に聞いた方が良いかもしれんな」

 

「分かったわ、東風谷さんに聞いてみる。ところで…夏目君、大丈夫?」

 

「あ、ああ…。だが…結構遠いな…」

 

 とりあえずクッキーの件は早苗に聞くことにして、目的地へと向かう夏目一行。しかし、ずっと山道を登ってきたと思ったら、今度は長い階段が待っていた。夏目はゲンナリしながら登っていく。体力に自信のない彼にとっては、かなりキツい道のりだった。

 

「鳥居が見えてきたぞ。夏目、もう少しだ」

 

 夏目がフゥフゥ息を切らしながら登っていると、斑が声をかけてきた。顔を上げると確かに大きな鳥居が見える。そして、今まで夏目が見てきた神社以上に荘厳な雰囲気を感じた。

 

「ほう…流石は守矢神社。立派な佇まいだ」

 

『それにしても大きな池ですな~。いや、この規模だと湖ですかな?』

 

『はて?この山に湖など無かったはずですが…』

 

 ようやく階段を登り切り、鳥居を通る。山の頂上なので辺りが一望できた。正面は守矢神社の本殿がドンと構えられており、近くには湖が広がっている。

 だが、元々ここは普通の山だったはずであり、こんな湖に見覚えはなかった。中級たちも揃って首を傾げていた。

 

「湖も一緒に転移させて来たのか、それとも湖を新たに創ってみせたのか…。いずれにしても、とんでもない力だ。水脈とか一体どうなっているのだ?」

 

『なんとも凄まじい神通力でありますな…!』

 

 天変地異すらも越える神の奇跡、創造。妖の理解の範疇を遙かに超える力に、斑たちはただ感嘆するしかなかった。

 一方で、夏目たち人間勢はその凄さをいまいち理解出来ず、とりあえず境内を見渡している。早苗を探しているようだった。

 

「見た限りだと外には誰も居ないみたいだな」

 

「東風谷さんはどこの建物に居るのかしら?呼び鈴か何かあれば良いんだけど…」

 

 境内を歩きながらキョロキョロと辺りを見ていると、田沼が何かに気付いた。そしてタキへと声をかける。

 

「見てくれ、ほらあそこ。湖の側の岩に腰掛けている女の子がいるぞ」

 

「本当だ。小学生くらいだし、東風谷さんの妹さんかな?ちょっと聞いてみましょうか。すみませ~ん!」

 

『ん?誰に声をかけているでありますか、人の子たち……な!?ちょ、ちょっと待つであります!そ、その御方は…!夏目殿!白狸!早く2人を止めるであります!』

 

 見つけた女の子に話を聞くため、田沼とタキはその子へと声をかける。だが、ちょびはソレを見た瞬間、血の気が引いた。急いで2人を止めようとするも、彼らは陣が無ければ妖の姿は見えず、声も届かない。田沼たちはそのまま行ってしまった。

 顔面を蒼白にしたちょびは、夏目と斑を慌ててペチペチ叩きながら叫ぶ。神社の正面の方を見ていた夏目たちはようやくソチラを向いた。

 

「ちょび?そんなに慌ててどうしたんだ?……あッ!?」

 

「おい、ちょび。何度も言っているが、その呼び方は止めろ……ぬおっ!?」

 

 10歳くらいの女の子。金髪のショートボブ。目玉のついた帽子。夏目たちはその子に見覚えがあった。土着神の頂点と呼ばれた存在、洩矢神。そんな大神格が普通に湖の畔に居る。そして、タキと田沼がそんな相手に話しかけようとしている。それを見た夏目たちは心臓が口から飛び出そうだった。

 本来、ただの人間が神格に話しかけるなど、それだけで不敬なのである。

 

「ケロケロ~♪ケロちゃん風雨に負けないぞ~♪あれ?お姉さんたちどうしたの?」

 

「こんにちは。キミは東風谷早苗さんの妹さんかな?」

 

「ん~ん、妹じゃないよ。家族ではあるけどね」

 

 カエル座りで岩の上に佇み、ご機嫌な様子で歌っていた少女。彼女はタキから話しかけられると、和やかに返答した。ニコニコと笑いながら応えるその姿は普通の少女そのものだ。

 

「お姉さんたちは早苗のお客さんだね?今日は友達とその友達が来るって早苗が朝からはしゃいでたよ。私の名前は洩矢諏訪子。ようこそ守矢神社へ。歓迎するよ」

 

 諏訪子は立ち上がると、両手を広げて歓迎の意を露わにする。その時、ようやく夏目たちが2人に追いついた。

 

「た、田沼!タキ!」

 

「大変失礼致しました、洩矢神様。どうか平にご容赦を…」

 

「いや、そんなにビビらなくてもいいよ。このくらいで怒る訳ないじゃん。私ってそんなに怖いかなぁ?…いや、うん、怖いか。昨日やらかしちゃったし」

 

 夏目が2人を呼び止め、すかさず斑が間に滑り込んで諏訪子に平身低頭で土下座をかます(元々4本足なので伏せている様にしか見えないが)。ちょびや中級たちも後ろで冷汗を浮かべながら頭を下げていた。

 とはいえ、諏訪子は気分を害した様子はなく、むしろ必死で謝罪する斑たちを見て苦笑している。そして、それらの会話でタキたちもようやく彼女の正体を理解した。

 

「洩矢神様…?ま、まさか、この可愛い女の子が祟り神の王様!?」

 

「でも、俺にもタキにも姿が見えているぞ…!?」

 

 焦るタキと田沼。本来、彼らは陣無しで妖や神格を見ることは出来ない。だからこそ、普通に見えていたこの少女もただの人間だと思っていたのだ。そう狼狽していると諏訪子はクスリと笑ってみせた。

 

「そりゃあ、これでも神様だからね。実体化くらい楽勝さ。ほら、こういうことも出来るよ」

 

 諏訪子がペチンと指を軽く鳴らすと、静やかな風が2人に吹きかけられる。その変化は明らかだった。普段ならば見えないはずの中級たち妖の姿が見えるようになったのだ。

 

「凄い…!陣も使わずこんな簡単に妖が見えるようになるなんて…!」

 

「う~ん、いい反応。驚かしがいのある子たちだなぁ。とりあえず境内に居る間は見えるようにしといたよ。外に出れば勝手に元に戻るから」

 

「「あ、ありがとうございます…」」

 

 祓い屋の間においては禁術ともされる姿写しの陣。しかし、高位神格の力というのは凄まじいもので、息をするかの如くタキの陣以上のことをやってみせたのだ。目の前の少女は本当に神様なのだと呆気に取られて、タキと田沼はただ口をポカンと開けたまま礼を言っていた。

 

「あ、あの洩矢神様。東風谷さんは…」

 

「早苗ならそろそろ来ると思うよ。それよりも洩矢神様なんて呼び方が固いな~。諏訪ちゃんって呼んでよ。ほら、可愛く“諏訪ちゃん”って」

 

 諏訪子が両頬に指を当ててぶりっ子ポーズをとるが、夏目はどう答えれば良いのか分からない。視線で斑たちに助けを求めるも、彼らも非常に困惑していた。間違い無く夏目たち以上に戸惑っているだろう。当たり前だ、神格は総じてプライドが高い。低位の神格だって、こんなことは言わないのだ。

 

「いや、あの…すみません、無理です…」

 

「えー残念。ま、いいや。早苗も来たみたいだしねー」

 

「え?」

 

 口では残念と言いつつも、全く気にしていない様子で諏訪子は言った。そして、夏目たちの後ろを指差す。彼らが振り返ると、巫女姿の早苗が手を振りながらコチラに向かってきていた。

 

「夏目さーん!皆さーん!あら、諏訪子様。皆さんをお出迎えして下さったのですね!」

 

「そ、出迎え出迎え。じゃあ私は本殿に戻るから。ばいば~い」

 

「ははッ!」

 

 早苗が来ると、諏訪子はピョンと岩から飛び降りて去っていく。子どもの様に自由気ままな彼女だったが、伝え聞いていたような邪悪さは無い。ただの噂だったのかと斑たちは頭を下げながら思った。

 そうして、諏訪子と入れ替わりで早苗が皆の前にやって来る。

 

「ようこそ皆さん!私は守矢神社の風祝、東風谷早苗です!夏目さんとニャンコ先生以外は初めましてですね!…と、思ったら貴女は同じクラスのクールビューティー、タキさんではありませんか!」

 

「クールビューティー?このタキが?…そんな馬鹿な」

 

「信じられないでありますな」

 

 クラスメイトのタキに気付いて、早苗は驚きの声を上げた。

 学校でのタキは非常に物静かな女子だ。それは、かつて悪意有る妖に“他人の名前を口にすると、最後に名前を呼んだ人間から順に13人を喰い殺す”という呪いを受けてしまい、他人との関わりを出来るだけ避けていた経緯があるためだ。その名残で解決した今でもタキは静かな学校生活を送っていた。

 だが、それでもタキが優しい心の持ち主であることには違いない。無口ながらも困っている人を見かけたら助けてくれるタキは学校でも密かな人気があり、特に女子から大変モテていた。

 なお、タキの素の性格を知っている斑やちょびからすると、とてもじゃないが信じられない。人違いじゃないかとタキの顔をマジマジと見ていた。

 

「あはは…。よろしくね東風谷さん」

 

「俺は1組の田沼だ。普段は妖をちょっと感じるくらいの力しかないけど、今はさっきの神様のおかげで見えているよ。よろしく、東風谷さん」

 

「我々は近隣に住む妖で、夏目様とは懇意にさせて頂いております。守矢の風祝様、どうぞよしなに」

 

「ええ、よろしくお願いします皆様!では、まず御神前へ…おっと、その前に御手水(おちょうず)で手を清めましょうね!」

 

 田沼や妖たちも自己紹介を終えて、早苗は神社の案内を始める。神社とは神聖な場所であるため、参拝者は手水で清めなければならない。両手を洗うことで身体を清め、口をすすぐことで魂を清めるのだ。そういう作法を早苗は教えた。

 

「先生、妖って清めても大丈夫なのか?」

 

「グ…!流石に守矢神社の清めの水はキツいな…。私は何とか我慢出来るが中級たちでは無理だぞ、これは」

 

 夏目たちは清め終わったが、妖にとっては難題である。上級の妖である斑ですら厳しいようで、肉球が赤くなってしまっていた。水に触れただけでビリビリと痛むらしく、苦悶に顔を歪めている。

 そうしていると、後ろで見守っていた早苗が口を出した。

 

「いえ、妖の皆さんは無理して清めなくて大丈夫ですよ?手が消滅しちゃいますからね!」

 

「そういうことは先に言わんか!?」

 

「さぁさぁ、次こそは拝殿ですよ!」

 

「おい、聞いておるのか!?」

 

 少し赤くなってしまった前足をブンブンと振って斑が抗議するも、早苗は張り切って次の場所へ案内しようとしている。友達が来てくれたことで浮き足立っているのだろう。彼女に全く悪気の無いところが逆にタチが悪かった。

 

「凄いな、東風谷さん。あのニャンコ先生を振り回してるぞ…」

 

「でも東風谷さん、学校に居る時より生き生きしてるわ。ふふふ」

 

 元気すぎる早苗の姿に田沼とタキは苦笑いを浮かべる。彼女は半分神様だと聞いていてので身構えていたのだが、それを全く思わせない雰囲気が早苗にはあった。

 

「拝殿はこちらになります。思う存分お参りしていって下さいね!」

 

 拝殿とは、祭儀や拝礼を行うための(やしろ)である。賽銭箱が置いてあり参拝客が手を合わせている建物を思い浮かべると良い。一般的に神社といわれてイメージする建物が拝殿なのだ。そして、神社に祀られている神様は奥にある本殿から拝殿で拝む人間を見ているのだという。*1

 

「え~と、参拝作法は…」

 

「では、二礼二拍手一礼でお願いします」

 

 拝礼は神社や地域によって特色があるため、厳格に決められた作法がある訳では無い。しかし、それでは参拝客が混乱してしまうため、簡略化された作法が全国に広まった。それが二礼二拍手一礼だ。

 御賽銭を入れた後に、二回お辞儀する。そして二度手を叩き、最後にもう一回お辞儀する。そういった作法である。夏目たちはその通りに参拝した。

 

 

「現人神様、これは私どもの気持ちであります。お受け取りいただけましたら幸甚に存じるであります」

 

 一方で、妖たちは御賽銭の代わりに貢物を捧げていた。これは『守矢の傘下に入ります』という意味ではなく、『守矢と敵対する気はありません』ということである。

 無論、敵対する気がないだけならば参拝や貢物など必要無く、己の縄張りの中で大人しくしていれば良いだけだ。実際、そういう妖も多いだろう。そんな中で、わざわざ彼らが貢物を持ってまで足を運んだのは、守矢の大神格に畏敬の念を持っているからに他ならなかった。

 

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。神様たちもお喜びになるでしょう。そうだ、皆さん。折角ですから上がっていってください。お茶でも……おや?」

 

「現人神様、如何なされましたか?」

 

「もしや貢物の中に、八坂様のお気に召さない物でもありましたでしょうか…?」

 

 ふと言葉途中で早苗が振り返った。その視線の先には神が御座す本殿である。しばらくその方向を見ていた早苗だったが、妖たちの心配する声に反応して慌てて視線を戻した。

 

「あ、いえいえ!そうではなく、むしろ逆ですね。今、神様から『献饌(けんせん)*2と信仰の礼を直接言いたいので、本殿まで来てくれ』と神託がありました。いやぁ、良かったですね皆さん!我が主神から拝謁を賜るだなんて滅多に無いことですよ!」

 

「なんと、妖である我らもか…?」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

 驚く斑に早苗は当然のように頷く。神格からすれば、妖というのは人間以上に下賤な存在だ。この程度の献饌で謁見出来るとは思ってもいなかったのである。

 

「勿体ないお言葉ですなぁ」

 

「いやはや、苦労して栗を探した甲斐がありました」

 

「あの…東風谷さん。私、クッキーを焼いてきたんだけど、これ神様にお供えしても大丈夫かな?」

 

 大神格への謁見は名誉なことだ。妖たちがホクホク顔で喜んでいる中で、タキが不安げな表情で尋ねる。しかし、早苗は菓子を見て一層テンションをあげた。

 

「わぁ、クッキー!お菓子は御二方とも好物ですから、大変お喜びになるでしょう!」

 

「ほ、良かった…」

 

「ふむ、八坂様は外国がお嫌いかと思ったが、やはり懐が深いのだな」

 

 タキは安堵の息を吐く。大神格の器の大きさに斑が讃えるように感嘆すると、早苗は自慢気に頷いた。渾身のドヤ顔である。

 

「ええ。鎌倉時代の元寇の際には、元軍十数万人を海の底へと沈めた軍神ということで外国に厳しい神様だと思われる方も多いのですが、そんなことはありません。とても寛大な御方なのです。だから安心して良いですよ、皆さん!」

 

(もの凄い数の人間を()ってる!?)

 

(ぜ、全然安心出来ない…!)

 

 桁違いの殺害数に思わず白目を剥いて絶句する田沼と夏目。戦の神だとは聞いていたが、これはあまりにもヤバすぎである。もちろん、これにはタキも驚いていた。

 

「元寇…!まさかあの神風を起こした神様が八坂様!?」

 

「その通りです!護国の神格なんですよ。凄いでしょう?」

 

「え…ええ、そうね。凄い神様だわ…」

 

 13世紀、地球上の陸地の約25%を支配していたというモンゴルの大帝国、元。その国家による日本侵攻を元寇という。しかし、文永の役と弘安の役という二度にわたる元寇は大失敗に終わった。その理由は、鎌倉武士ら日本軍の激しい抵抗。そして、季節外れの暴風雨(台風)の存在にあった。

 暴風雨は文永・弘安の役の両方で発生しており、元軍の船舶を破壊。侵略者たちの命を片っ端から奪っていった。結果、大帝国である元軍は凄まじい被害を出してしまい撤退を余儀なくされたのである。

 当時の人々は、神様のおかげで日本を守れたのだと信じて、その季節外れの暴風雨を『神風』と名付けた。そして、その神風を起こした神様というのが他でもない。風雨を司る守矢神社の軍神、八坂様(タケミナカタ)だったのだ。

 

「そういえば、鎌倉時代以降の武士たちは熱心に守矢神社を信仰していたな。理由はそれか」

 

「守矢の分社が全国に広まったのも、確かその時期からでありますな。軍神故に乱世で特に好まれる神格であったのでしょう」

 

 斑やちょびが感慨深く頷きながら当時を語る。800年近く前のことだが、上級妖怪である彼らはその時代を生きてきたのだろう。闇に蠢く妖といえども異国の侵略は一大事。強く記憶に残っていたようだ。

 

「な、なぁ東風谷さん。そんな凄い神様に会うだなんて俺たちじゃ失礼だと思うんだけど…。礼儀作法とかも全然分からないし、やっぱり俺たちお暇した方が良いんじゃないかな…?」

 

「いやぁ、夏目君は謙虚ですね。ですが、そんなに遠慮せずとも良いのですよ?せっかくのお誘いなのですから」

 

 今更ながら尻込み始める夏目だったが、早苗の押しの強さには叶わなかったようだ。結局、彼女に連れられるがまま本殿へと案内された。古い建物で装飾は質素*3だが、とても綺麗に整えられている。そして、何処よりも荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 

「さぁ、この御扉の先におわしますのでコチラへお座り下さい。あ、にゃんこ先生はその姿のままで構いませんよ」

 

 本殿の正面に備えられている厚みのある扉のことを御扉(みとびら)という。早苗はその扉の前まで彼らを案内すると、人数分の座布団を並べた。夏目たち人間3人が前列、斑たち妖4人が後列という並びだ。

 早苗に促され、彼らは座布団に座った。正座である。斑も依代の姿でポッテリ座っているが、本人的には正座なのだろう。因みに、夏目は前列の真ん中だった。早苗がグイグイと背中を押してきたため、夏目はそこに座る他なかったのである。

 最早、事ここに至っては覚悟を決めるしかない。御扉とは即ち結界。本殿においては神と人を隔絶するものだ。早苗はその御扉に手をかけ、今まさに開かんとしていた。

 

(お前たち、頭を下げろ!八坂様が良いと仰るまで、絶対に頭を上げるなよ!)

 

(わ、分かった…!)

 

 とにかく無礼がないようにと、斑は夏目たちにキツく言いつける。その酷く緊張している声に、夏目も冷汗の出る思いで、深々と頭を下げた。

 諏訪大戦では祟り神の王・洩矢諏訪子を打ち破り、元寇においては元軍を一蹴した名高き軍神・八坂様(タケミナカタ)

 張り詰めた空気の中、ついに夏目たちは守矢の主神に出会うのであった。

 

*1
なお、モデル元の諏訪大社には本殿が無く、守屋山そのものを御神体としている

*2
神前に物を供えること

*3
華美な寺院建築と異なり、神社建築は日本古来の建築様式が取り入れられているため装飾などは質素にされている。しかし、その無駄のない質素さこそが美しいのである。




「ケロちゃん風雨に負けないぞ~♪」
 風神録で諏訪子が使用するスペルカード『土着神「ケロちゃん風雨に負けず」』より引用。
 風雨が神奈子のことだとすれば「次に神奈子と戦う時は負けないからね!」という意味にも取れるスペルカードです。


元寇の神風
 風神録での早苗のスペルカード『奇跡「神の風」』・『大奇跡「八坂の神風」』とダブルスポイラーの『奇跡「弘安の神風」』より。
 実のところ、元寇の神風を起こしたのはウチの神社の神様だと、色々な神社が主張しています。モデル元の諏訪大社もその一つ。
 恐らく元寇の際には、沢山の神社で敵撃退の祈祷が行われていたのでしょう。そこに台風が現われたことで、風を司る神社が皆「おほー!うちの風の神様の御利益スゲー!」となり各地で信仰され続けたのだと思います。だから、どこの神様が正解というのはないのだと思います。
 ですが、東方においてはスペルカードを見る限り、明らかに神奈子が神風を起こしているので、このSSでもそれを採用しています。
 というか、神奈子様だったら当時の鎌倉武士の所行を見てドン引きしてそうですね…。
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