神無 悠月side
「――また、夢か」
俺は視線を泳がせながらそう呟いた。
明晰夢、意識あるまま夢が夢であることを認識してみることがある現象。
俺はよくこの明晰夢を見ることがある。その大半が面倒事の起こる兆しだ。
「今回は……紅いな」
俺は夜空に浮かぶ月を見上げながらそう呟いた。
夜の深い闇をも覆う深く紅い霧が夜空を紅く染め、光り輝く月も禍々しい紅へと変わっていた。
周囲にも紅い霧が立ち込めており、息をしただけでも咳込みそうだ。
これだけでも十分に不気味な夢なのに、俺の前にはそれよりも不気味さを漂わせる存在があった。
「紅い館か……」
そこにはまるで血で染め上げたように紅い西洋風の屋敷が紅い月光に照らされてそびえ立っていた。
こういう館を見た時に思い浮かぶのは趣味の悪い館の主と完璧瀟洒なメイドだ。
そういえば俺が昔読んでいた絵本にも似たような館が出てきたことがあった。
確かその絵本の話は“素直になれない姉とみんなと遊びたい妹の可哀想な物語”だったはず。
我ながらハードルの高い本を読まされていた事を今になって理解した。
「しかし、これはこれで面倒事の予感がする……‼」
その時、俺の身体を嫌な感情が貫いた。
今まで色々な奴等に殺気や憎しみを向けられていた俺でも、一瞬息をすることが出来なくなった。
それは怒りにも憎しみにも似ていて、まるですべてを壊そうとするような黒い感情だった。
咄嗟に俺は紅い館の頂上を見上げた。そこには一人の少女が紅い月を背に立っていた。
濃い黄色の髪のサイドポニーテール、深紅を基調とした半袖とスカートを着、頭には紅いリボンが付いたナイトキャップ、手には奇妙な形の棒を持っている。まだ幼さが残る少女だ。
見た目だけ見れば普通の可愛らしい女の子なのだが、彼女の背中から生える七色の宝石のような不思議な羽根が、彼女が人間ではない事を証明していた。
「君は……?」
俺は無意識のうちに口を開いた。
俺の声が聞こえたのか、それともただの気まぐれなのか、少女はシャランと音を立てながら俺の方へと振り返り、俺を見てニコッと笑う。
少女の幼く紅い瞳が俺を捉える。その無邪気な瞳には、果たして俺が何に見えるのだろうか。
少女は羽根を広げると、俺を見つめたままゆっくりと口を開く。
「ねえ、遊びましょ♪」
紅い月を背に、少女は無邪気に笑った。
それはそれは無邪気で楽しそうに、そして残酷なほど狂おしかった。
けれど、それはどこか一人で寂しそうな、悲しみの笑みにも見えた。
少年祈祷中
「……起きたか」
見慣れてしまった天井を見つめて、俺は苦々しく呟いた。
さっきの夢の所為なのか、それとも夏の暑さなのか、俺の寝間着は汗でびしょびしょだった。
スマホの画面を見ると、時間は真夜中の十二時を回ったところだ。流石に着心地が悪いので、いつもの服装に着替えることにした。
「……外に出てみるか」
身体を涼めるためとさっきの夢の内容が少し気になったので、俺は襖を開けて縁側へと出た。
しかし、そこから見える月はいつも見るよりも赤く紅く染まっていた。
そう、さっきの夢で見た“あの月夜”と同じだった。
「紅い月…………これはこれでありかもな」
少し不気味だが、これを見ながら部長のブラット・ケーキを食うのもまた楽しそうだ。
そんな事を考えていると、廊下の向こうから霊夢が寝惚け眼を擦りながら歩いてきた。
「こんばんは、霊夢」
「こんばんわぁ。悠月も起きてたのね」
「今さっきな。それよりも……」
「言いたいことは分かるわ」
霊夢は気怠そうな瞳で紅く染まった月を見上げる。
いつもと同じに見えるのに、霊夢からは微かに真剣な雰囲気が漂っている。
「昼間から寝ていたアンタが知らなくて当然ね」
「昼からこの状態か。当然、今からこれを解決しに行くんだろ?」
「めんどくさいわね。私はまだ眠りたいのに」
「そう言うなよ。異変解決が博麗の巫女の仕事だろ」
異変、それは幻想郷で起こる怪事件や怪現象を総称したもので、主に幻想郷規模の広範囲に渡る事件のうち発生時点で原因不明されたもののことらしい。
博麗の巫女である霊夢はその異変を解決するために動かなければならないのだが、本人のやる気は見ての通り無いようなので、あまり期待はしない方が良いだろう。
「はあ、何でこんな時に異変が起こるのよ」
「さあな。起こした奴にでも直接聞きに行くことだな」
「そうね。このやり場のない怒りを異変の主犯にぶつけることにするわ」
そういう霊夢はいつもの気怠そうな表情なのだが、その瞳は怒りに満ちていた。
誰だから知らないが異変の主犯よ、ご愁傷様です。
そんな会話をしていると空の向こうから見慣れた黒い何かが飛んでくるのが見えた。
「よう‼ こんばんわだぜお二人さん」
「こんばんは、魔理沙」
「アンタ、こんな真夜中なのに元気いいわね」
「当然だ。なんせ、初の異変だからな」
「何が良いんだか、私にはわからないわね。ふぁ~あ」
目を輝かせながら話す魔理沙に対し、霊夢はいまだ気怠そうに欠伸をしている。
この二人の温度差は何なのだろうと、いつもながら思わされる。
「釣れないな霊夢は」
「私をやる気にさせたかったらお賽銭を入れることをお勧めするわ」
「現金な奴だぜ」
そう言って魔理沙は手に持っていた箒を浮かせると、それに乗った。
飛んでいく直前、魔理沙は振り返って一言。
「そうそう、異変が解決したら私のとっておきの酒を奢ってやろうと思ってたんだけど」
「何ですって‼」
「残念だけど、まあ仕方ないよな。霊夢はやる気が無いみたいだし」
「あ、アンタ……」
「にしし。それじゃあ、私は先に行ってるぜ」
「待ちなさいっ‼」
悪戯っぽく魔理沙は笑うと神社の裏手の方へと飛んでいった。
残された霊夢は自分の中の何かと葛藤しているようでその場から動かない。
「霊夢?」
「決めたわ。悠月、神社のことお願いね」
「……わかった。気を付けろよ」
「それじゃあ………………魔理沙あああああ‼‼‼‼‼」
霊夢は物凄い勢いで魔理沙が向かった方へと飛んでいった。
その場に残された俺はもう一度寝ようと部屋に戻ろうとした時、俺の横にスキマが開いた。
案の定、中から出てきたのはいつも通り胡散臭い微笑みを浮かべている紫だった。
「何の用だよ、紫」
「あら、理由もなく現れちゃいけないのかしら?」
「理由が無いなら俺はもう寝るぞ」
「残念ね、貴方が今知りたがってることを教えに来たのに」
俺は気になって紫の方を向くと、彼女は真剣な眼差しで俺を見つめている。
どうやら、おふざけで俺の前に現れたわけではなさそうな雰囲気だ。
「どういう意味だ?」
「この異変、少なからず夢で出会った少女が関係しているわ」
「――覗いたのか、俺の夢を」
俺は殺気の籠った瞳を紫に向けるが、彼女は一切動じない。
「ほんの出来心だったのだけど、それについては謝罪するわ」
「――御託はいい。話はそれだけか?」
「“紅魔館”、そこにこの異変の主犯と“彼女”がいるわ」
「そうか……」
「私が話したかったのはそれだけよ。それでは……」
紫はそう言ってスキマの奥へと消えていった。
再び一人になった俺はその場に立ち尽くした。
「………………行くか」
俺は部屋に戻ると刀とカードホルダーを手に取った。
三日三晩、霊夢や魔理沙に手伝ってもらって作成したスペカを試すチャンスが来た。
外に出て空を見上げると、赤く紅く染まる月が俺を笑っているようにも見えた。
「いいぜ、面倒事には慣れているからな」
口元をニヤッとさせると俺は霊夢と魔理沙が向かった方へと走り出した。
空亡「始まりましたね。二度目ですけど」
美羽「駄作者、今回の私の出番はどのくらいか聞きに来たわよ」
空亡「丁度よかった。あとがきが一人じゃつまらないので手伝ってください」
美羽「つまらないのはいつものことでしょ?」
空亡「そうですけど。ユウキは異変解決で欠席ですから。あと、出番は最後だけです」
美羽「少ないわね。しょうがない、今回はここで暇潰しさせてもらうわ」
空亡「ありがたいです。では今回はここまで」
美羽「つまらない作品だけど、まあ暇潰しに見てやってね」