神無 悠月side
「……紅い、な」
俺は館の廊下で妖精メイドの弾幕を避けながら静かに呟いた。
館の外から見てもそうだったが、屋敷の壁も廊下も変わらず紅く染まっていた。
赤色をずっと見つめた後に白色を見ると緑色に見えるという豆知識を思い出したが、この館で白い物を視る機会など皆無なのだろうと心の中で思った。
しかし、ここまで紅一色だと館の主の趣味を疑ってしまう。
「少なくとも、一筋縄ではいかないよな」
美鈴や小悪魔、パチュリーを見て思った事だが、この屋敷にいる人外はそこらの妖怪よりも遥かに強い力を持っている。妖精メイドは普通の妖精と力は変わらないが、質よりの量の攻めならそこらの中級妖怪ぐらいは倒せるだろう。
これほどの戦力を統べる館の主、一体どんな奴なのだろうか。
そう思って廊下を走り抜けようとしたその時、俺の目の前を銀のナイフが迫ってきていた。
俺は咄嗟に後ろへと跳び、刀を抜いてナイフを斬り払った。
払われたナイフはぐるぐると回りながら放物線を描き、廊下の先にいる少女の手元へと戻った。
銀髪のセミロングに両方のもみあげ辺りには先端に緑色のリボンをつけた三つ編み、青と白を基調とした膝丈のメイド服に頭にはホワイトブリムを付けている。どうやらここのメイドのようだ。
メイドの少女はナイフを手元で回すと、俺に刃先を向けた。
「驚いたわね、まさか一瞬で私のナイフを弾くなんて」
「驚いたはこっちだよ。誰もいなかったはずなのに、一体どこから出てきたんだよ」
確かに、さっきまで妖精メイドの弾幕を避けて前への注意力が下がっていたが、流石に前からナイフが飛んで来れば嫌でも気付く、人が立っていれば尚更だ。
だから俺は少し動揺している。気配も殺気も消して俺の前に現れたメイドの少女に。
「手品師がそう簡単にトリックを明かすと思う?」
「じゃあ、せめて名前だけでも聞かせてくれないか? 俺は神無 悠月、ただの人間だ」
「その態度に免じて教えてあげるわ。私は十六夜 咲夜、この紅魔館のメイド長よ」
「メイド長ね、さっきの妖精のメイドを指揮してたのはアンタか?」
「あの子たちは好き勝手にやってるだけよ。その所為で家事全般は私の仕事よ」
そう言って咲夜は深い溜息を吐く。
一瞬だけ知り合いのメイドに似ていると思ったが、まだ咲夜の方がマシな状態だった。
「苦労話は後で聞くとして、一つ聞いてもいいか?」
「何かしら? ちなみに、“お嬢様”の下へは行かせるつもりはないわよ」
「先手を打たれたか。メイドに手を出すのは不本意だが、力づくでも通らせてもらうしかないな」
俺は刀を構えると、咲夜は両手に数本のナイフを構えた。
こいつもナイフ使い。ったく、なんでメイドはナイフとか暗器系の武器しか使わないんだよ!?
俺が苦い顔をしたその時に、彼女はくすっと笑う。
「貴方に私の能力(トリック)が見抜けるかしら?」
「見破れないトリックなど存在しない、俺の友人の言葉だ」
それを合図に走り出すと、咲夜は後ろに飛んでナイフを投擲する。
ナイフを振り払って咲夜の懐へと跳び込んで刀から弾幕を撃ちだすが、気付いた時にはそこに彼女の姿はなかった。驚いて目を見開いたその時、背後から彼女の声が聞こえた。
「隙あり。奇術『ミスディレクション』」
「ちっ‼」
咄嗟に後ろを振り向くと、彼女は赤いクナイ状の弾幕を全方位に放ちながら左に移動していた。
横に避けて弾幕を撃ちだすが、その時には彼女の姿は消えており、姿を見つけようと視線を動かすと背後から無数のナイフが飛んで来た。
ギリギリ反応が追いつくと、弾幕を放ちながらナイフを相殺する。
ナイフの隙間を抜けきった弾幕が咲夜を捉えるとそのまま直撃した。
「くっ、中々やるわね」
「そっちこそ、一瞬で移動するなんてどんな手品使ってやがる」
「言ったはずよ、簡単にトリックは明かせないって」
「それもそうだったな」
「次、行くわよ。幻幽『ジャック・ザ・ルビドレ』」
咲夜はニヤッと笑うと目の前に大きな紅い弾幕を放った。
さっきの事もあるので周囲を警戒しながら一歩後ろに下がった瞬間、目の前には視界を覆うほどのナイフの壁が俺に向けて迫ってきていた。
考えるよりも先に身体が動き、迫り来るナイフの群れを刀で可能な限り振り払った。地面には綺麗に輝く無数の銀のナイフが突き刺さっている。
「はあ……はあ……これは、キツイな」
「全て凌ぎきるなんて。これは甘くかからない方が良いかしらね」
「まあ、トリックを見破れただけで及第点は突破だな」
「……っ‼」
俺が口元をニヤッとさせると咲夜は目を見開いた。
時間差が無い瞬間移動、一瞬で現れるナイフの雨、今までの戦いの中で一番厄介な相手だと俺はそう確信した。だからこそ、彼女の能力(トリック)を見破れた。
「咲夜の能力はおそらく『時間を操る程度の能力』、瞬間移動もナイフの出現も、時を止めて移動やナイフを設置すれば簡単な事だ。他にも早くすることや遅くすることも出来るかもしれないが、今の状況を見るに使う機会もないようだから安心だな」
「今の攻撃だけでそこまで見破るなんて凄いわ。でも、それがどうしたの?」
「ああ、それが分かったとして霊夢や魔理沙のように対処なんてできない」
「そう。だから私の勝利が揺らぐことなんてないわ」
そう言って咲夜はスペカとナイフを構える。
俺には霊夢や魔理沙のように能力なんてない“ただの人間”。勝てる見込みなどない。
ならば他の最善策を探って相手に目に物見せてやれ、何気ない部長の言葉を思い出す。
「ここから先は私の世界。幻世『ザ・ワールド』」
咲夜は炎の弾幕を放つと、それと同時に不規則に飛ぶナイフの雨も現れた。
今の俺には咄嗟にナイフの軌道を読んで避けることしか出来ない。だが、これで終わるようでは、“あの子”に会える資格もないだろう。
俺はホルダーからスペカを取り出すとそれを天高く放り投げる。
「……?」
「隙あり。斬符『愛糸』」
スペカに目がいった一瞬の隙を突き、俺は刀を横に振り払って黒い霊気を纏った糸を撃ちだす。
咲夜は時を止めて俺の背後に瞬間移動するも、蜘蛛の巣のように広がった黒い糸に捕まった。
すかさず振り向いた俺はその勢いのまま弾幕を放った。避ける事なく咲夜は弾幕に当たった。
「いくら時を止めても、その先の行動までは読めないだろ」
「いい気にならないでください。たかが一度当てた程度で」
「ああ、だから次はお前に目に物見せてやるよ」
「やってみなさい‼ メイド秘技『殺人ドール』」
咲夜から数十本のナイフが放たれるが、俺は避けようとせずに立ち尽くす。
そして次の瞬間、目の前を不規則に飛び回るナイフの雨が広がっている。ナイフは壁や天井を跳ね返って俺の方へと容赦なく襲い掛かってくる。
俺は刀を構えるとホルダーからスペカを取り出す。
そこには扇子を持ち、色鮮やかな着物と黒い羽織を着た金髪の女性が描かれている。
「我が意志を貫け。斬符『無夜』」
スペカを発動させるとそこには、色褪せたモノクロの世界と俺の目の前の空中で止まっているナイフの雨が視界に広がっていた。そして、その先には動きを止めている咲夜の姿。
斬符『無夜』は相手の能力をマネする万能なスペカだが、その代わりに一度使ったら一日程度時間を置かないと再使用できないという欠点がある。
俺はゆっくりとナイフとナイフの隙間を抜けて咲夜の背後へと立つ。
「そして時は刻み始める」
俺が指を鳴らすと世界に色が戻り、止まっていたナイフも天井や床に突き刺さった。
そして、俺が突然その場から消えたことに咲夜は動揺した。
「お返しだ」
「……っ‼」
咲夜が背後の俺に気が付くも、時はすでに遅し。
彼女はナイフを俺目がけて投げるも、俺は刀でそれを弾くついでに零距離で弾幕を放った。
「これで俺の勝ちだ」
「まだ……よ。お嬢……様の……ために……」
言葉を続けようとした彼女は力尽きるように膝から崩れ落ちた。
俺は咄嗟に彼女を抱きかかえるとすぐ近くの柱に寄り掛からせた。
この子も霊夢や魔理沙との連戦で体力を消費していた。もしも、万全な状態で戦っていたら、俺の方が負けていたのかもしれない。そう思うと、どうか納得できない自分がいる。
「機会があれば、また戦おうぜ」
俺はそう言って咲夜の頭を優しく撫でるとその場を後にした。
それと同時に、上の方から聞き慣れた爆発音が聞こえた。
空亡「今回の相手は完全瀟洒な従者、十六夜 咲夜さんでしたね」
美羽「どこのメイドもまともな奴が居ないわね」
空亡「一番まともそうじゃないアナタが言っても説得力ゼロですよ」
美羽「ユウキの周りにいる連中にまともな奴なんていないでしょ?」
空亡「仰る通りですね。ああ今頃、ユウキが草葉の陰で泣いてますね」
美羽「その時は私が傍にいて慰めてあげるわよ…………永遠に」
空亡「ちなみに僕はいまだにヤンデレの良さがわかりません。いや解りたくないです」
美羽「さあ、今回も適当なところで締めるわよ。それじゃあ、またね」