神無 悠月side
「……狂気が、濃いな」
俺は大図書館の本棚の合間を走り抜けながらそう呟いた。
さっきまで気付かなかったが、図書館の奥深くからあの紅い霧で感じたのと同じ狂気が流れ出している。そうか、これが紅い霧に混じった所為で妖精が狂暴になっていたのか。
俺がそう言う結論に辿り着くと、道を阻むようにパチュリーが立っていた。
「随分と早い再会だったわね」
「悪いが、今はアンタと話している暇はないんだ。退いてくれ」
「この先には“死”しかないわ。それでも行くの?」
「当然だ。そのために俺はここまで来たんだ」
俺はそう言いながら刀に手を添える。が、彼女は小さく溜息を吐いた。
「行きなさい。“あの子”はこの先よ」
「いいのか?」
「レミィへの嫌がらせよ。あの子は私が止めると思っているみたいだから」
「ったく、友達思いの腹黒い魔女だな」
「貴方こそ、見ず知らずのヒトを助けようとするバカなお人好しね」
「よく言われるよ」
俺はふっと笑うと再び走り出した。
彼女の横を横切る際に、彼女は小さな声で懇願した。
「……495年の孤独から、“妹様”を助けてあげて」
「……任せろ」
俺は口元をニヤッとさせるとさらに加速して図書館の奥へと走った。
少年祈祷中
「……ここか」
俺が辿り着いたのはどこにでもあるようなごく普通の扉の前。
だが、その向こうから漂う死気と狂気がこの先への危険を忠告している。
この先にいるのは狂気に捕われた化物なのか、それとも………………。
俺は扉に手を掛けるとゆっくりと音を立てながら開いた。
そこは俺が思っていたよりもありきたりだった。
家具やベットなどの日常生活に必要なモノは一通りそろっており、ベットの上には何冊か本が置いてある。これだけ見れば、ごく普通の部屋とは変わりないはずだ。
部屋の奥、紅く染まる月明かりに照らされ座り込んでいる少女が居た。
濃い黄色の髪のサイドポニーテール、深紅を基調とした半袖とスカートを着、頭には紅いリボンが付いたナイトキャップ、手には奇妙な形の棒を持ち、背中からは七色の宝石をも要したような不思議な羽根が生えている。まだ幼さが残る少女だ。
少女は俺の存在に気付くと、顔を上げてその深紅の瞳を俺に向けた。
「アナタ、誰?」
「神無 悠月、ただの人間だよ。君は?」
「フランドール・スカーレットよ。人間が自分から来るなんて珍しいわね」
「さっき君のお姉さまに止められたけどね。好奇心の方がそれに勝ったな」
「へえ、アイツの制止を振り切るなんて、お兄さんって強いのね」
「いや、ちょっとその場を信頼できる奴に任せただけだ」
「でもその前に美鈴や咲夜を倒して、ここまで来たんでしょ?」
「察しがいいな、その通りだよ。でもって、俺はフランの遊び相手としてここに来た」
「そうなの‼」
フランは目を輝かせながら嬉しそうな表情で立ち上がる。
いくら長く生きた吸血鬼と言えど、見た目も中身はまだまだ子供だ。
だが、俺はそれが逆に恐ろしいと思った。
「ああ。だから、今は思い切り俺と遊ぼうぜ。なあ、フラン」
「わかった。なら……」
フランはあの奇妙な棒を持つと頭を俯かせた。
その瞬間、さっまで部屋を覆っていた狂気がフランの方へと集まっていくのを感じる。
そして、フランはゆっくりと頭を上げると、さっきの深紅の瞳を向ける。
「――壊れないでネ?」
その瞬間、俺の視界を紅い弾幕が埋め尽くした。
咄嗟に刀を抜いて相殺しようとするが、今までのよりも威力が桁違いなせいか防ぐのがやっとだ。
扉の方まで飛ばされた俺は煙を振り払うと無邪気に笑うフランへと視線を向けた。
「君は……」
「ねえ、遊びましょう♪」
そう言ってフランは無邪気に、そして残酷に笑う。
無邪気とは穢れを知らない事。聞こえはいいだろうが、つまりは善悪の判断が付かないのと同じ。
アリを踏みつぶすことに子供は何の罪悪感も持たないと一緒で、目の前の少女は俺の命など虫よりも軽いと感じているのだろう。
さっきから放たれる弾幕には一切の手加減が加えられていないのだから。
「ここで戦うのは不利だな。一旦逃げるか」
「逃がさないよ‼ 禁忌『クランベリートラップ』」
俺が廊下を走って逃げようとすると、フランから複数の魔法陣が放たれる。
魔方陣は俺を追うように廊下の壁や天井を陣取るとそれぞれ赤と青の弾幕を撃ってきた。
俺は廊下の壁を蹴り跳びながら弾幕をかわすとすべての魔方陣を斬り伏せた。
「一枚目突破‼」
「ふふ、そうこなくちゃ面白くないわ」
部屋の前でフランはクスッと笑うとあの羽根をはためかせて俺の方へと飛んで来た。
俺は全速力で廊下を走り抜けると大図書館へと出てきた。そこではパチュリーが優雅にもお茶を飲んでいた。
「あら、随分早かったわね」
「いや、ここまで追い込まれた」
「でしょうね。貴方程度で妹様を止められる筈もないものね」
「その発言は聞き流すとして、どこか広い場所はないか?」
「だったらエントランスね、そこの広さなら貴方も目にしたはずでしょ?」
「だな。じゃあ、また後でな」
俺は軽く手を振ると急いでエントランスの方へと走り出した。
いまだに後ろからはフランの容赦ない弾幕が放たれている。
「アハハ♪ 楽しいね、お兄さん」
「追われてるこっちは全然楽しめてないけどな」
特攻まがいの攻撃をする俺は目の前の弾幕を見て避けるルートを考え出してあてに近付くのが主流なのだが、こういった追いかけっこだと弾幕も相手の姿も見えないので正直言って怖い。
さっきまで“勘”で避けてきたが、時間が経つにつれて弾幕の量も多くなってきたのでそろそろ限界ではないか、そう考えていると目の前に扉が見えた。あれがエントランスへの扉だったはず。
俺は扉を強引に蹴り破ると階段の下で立ち止まった。
「ようやくまともに戦えるような場所に着いたぜ」
「そうね。ここならあの子ともまともに戦えるでしょうね」
声のした方に振り返ると階段の上にボロボロになったレミリアがいた。
咲妃と激しい戦いをしたのだろう、所々ナイフの斬り傷やら服の破れが目立つ。
しかし、その近くに彼女が居ないとなると、どうやら負けてしまったようだ。
「で、レミリアはどうしてここに?」
「決まってるでしょ、貴方を止める為よ」
「悪いがそれは無理だな、二重の意味で」
「そうね。この傷じゃ貴方を止められないだろうし、それにあの子を止められる自信が無いわ」
「そういうこと。怪我人は大人しく寝てろ」
「そう言うわけにもいかないわ。これは家族の問題だから」
その瞬間、レミリアの視線が鋭くなる。
シスコンな姉ほど怖いものはないと教えられたのを思い出しそうになった。
そんな緊張した雰囲気をぶち壊すかのように、レミリアの後ろの扉が勢いよく開けられた。
「やっと追いついたわね」
「あれだけ攻撃受けたくせに速いなんて、吸血鬼って凄いな」
「あれでも十分重症の筈なのに、流石は吸血鬼ね」
そう言って出てきたのは霊夢と魔理沙と咲紀の三人だった。
咲妃に至っては、二人に肩を貸してもらってやっと立ってるという状態だ。
「悠月‼ 無事か?」
「まったく。勝手に来て、勝手に行って、勝手に心配かけさせないでよ」
「すまん。これが終わったら宴会でご馳走喰わせてやるから許してくれ」
「ホント!? 約束だぜ」
「ああ、約束だ」
「さて、どうでしたか?」
「はっきり言って勝てる見込みなし、最悪死ぬかも」
「それは困りますね。お嬢様が悲しんでその後が面倒です」
「主人への忠誠心が全くないメイドだな」
「これが私の生き方ですので、お気になさらずに」
そう言って咲紀が一礼した時、俺が入ってきた扉が爆風によって消し飛んだ。
案の定、そこには無邪気に笑うフランの姿があった。
「見つけたよ、お兄さん」
「やれやれ、今日は遊んでばっかりだな」
「じゃあ、もっと遊ぼう‼ 禁忌『レーヴァテイン』」
フランがそう叫ぶと持っていた奇妙な棒が赤く光り出し、一本の炎の剣へと姿を変えた。
レーヴァテイン、北欧神話の神が所有していた云われている災いの剣。それがたとえスペカで出来た紛い物だとしても、その破壊力は俺にとっても十分な脅威になる。
「ったく、形は違えど“二度も”コイツを目にするなんてな」
「いくよ、せいぜい壊れないでネ」
無邪気に笑いながらフランはそれを俺へと振り下ろす。
受け止めることはできないと判断した俺は横に跳んでそれを避ける。しかし、地面に当たる直前に角度を変え、俺に向かって横薙ぎに振り払われる。
間一髪で受け止めた俺だったが予想以上の力に押し返され、壁の方へと吹っ飛ばされる。
「この子、本気で殺りにきてる」
「あの攻撃、尋常じゃないわね」
「こんなの、弾幕ごっこじゃないぜ……‼」
「あれ、どうしたの? もう壊れちゃっタ?」
「んなわけあるか。まだまだこれからだ」
「だったら、もう一発いくヨ♪」
俺の緊張とは裏腹に楽しげなフランの声と共にレーヴァテインが振り下ろされる。
俺は刀を逆手に持ち変えて受け止めると、そのままフランへと走り出す。
フランは俺を振り払おうとレーヴァテインを振るうが、その弾みで刀が離れると同時に俺は全身全霊を込めた弾幕を容赦なく浴びせる。
いくら元の世界で無茶をしてきたと云っても、すでに四回連続で弾幕ごっこをしたこの身体はもう限界だ。さっきから息切れが激しすぎて…………。
次の瞬間、俺の目の前をさっきの比べ物にならない数の弾幕が覆った。
疲労がたまり過ぎたせいか反応が遅れ、全身に弾幕を受けその場に倒れた。
俺は顔を上げて弾幕が飛んで来た方を見る。頭から血が出て視界が狭まっているが、それでもこの目には“四つ”の無邪気に笑う影が視えた。
「……っ‼」
「「「「アハハ♪ 油断大敵だよ、お兄さん」」」」
容姿や服装が全く同じ姿をした四人のフランがハモって笑う。
一人だけでも厄介なのに、四人に分身したとなるともはや地獄絵図しか思い浮かばない。
俺はフラフラになりながら立ち上がるが、どうも全身に上手く力が入らない。
幻想郷に来る前、元の世界でグータラし過ぎた結果がこれだ。もっと体力付けないとな。
自嘲するように笑って顔を上げると、四人のフランはそれぞれスペルカ―ドを持っていた。
「あ……これは……まずいな」
「止めなさい‼ フラン‼」
「「「「行くよ‼ 禁忌『レーヴァテイン』」」」」
四人が同時にレーヴァテインを発動させる光景を見て、俺は目を見開いた。
スペルブレイクされていなかった現実にも驚いたが、それ以上にあの攻撃が四人同時から編み出されると考えると頬に冷や汗が伝った。
俺が後ずさりをした瞬間、四人が俺目がけて真っ直ぐレーヴァテインを振り下ろす。
刀を納めると全力で攻撃範囲外へ跳んで回避に専念する。しかし、さっきの弾幕に直撃してしまった為か今まで負ってきた傷が開いてしまい、直撃よりも先に出血で倒れそうな気がする。
「それっ‼」
数回目の振り払いを避けて着地した時、俺は気付いていなかった。
分身したうちの一人が、霊夢たち四人に向けてレーヴァテインを振り下ろそうとしていることに。
霊夢と魔理沙は怪我している咲紀を守ろうとして動けない。レミリアも、実の妹が姉である自分に剣を振り下ろそうとしている現実に悲しげな瞳をしている。
そこから先は何も考えなかった。他三人のフランの攻撃を避けながら、俺はがむしゃらに四人の下へと走った。霊夢、魔理沙、レミリアの三人が目を見開いているのが見えた。
俺は抜刀してレーヴァテインを受け止めるが、どうやら今日で無理をし過ぎたようだ。
刀は音を立てて砕け散ると、その勢いでレーヴァテインが俺の身体を袈裟に裂いた。
「――残念、もう壊れちゃっタ」
「――っ‼」
無邪気に笑いながら俺を見下ろすフランを見て俺は気付いてしまった。
フランがレーヴァテインを引き抜くと、俺は血反吐を吐きながらその場に倒れた。
貧血で視界が霞む中、霊夢と魔理沙が俺の下へ駆け寄ってきた。
「ユウキ‼ 返事をしなさい‼」
「おいユウキ‼ しっかりしろ‼」
「……っ、パチェを呼んでくるわ」
そう言ってレミリアは大図書館の方へと羽根をはためかせて飛んでいった。
なるほど、魔女であるパチュリーならこの傷を治せるかもと思っているのだろう。不測の事態でもすぐに行動できるとは、流石は紅魔館の主といったところだ。
ああ、こんな事ばかり考えているともうすでに気が遠のき始めてきた。
「ああ……これは……死ぬかも」
「何呑気なこと言ってるのよ‼ 気をしっかり持ちなさい‼」
「そうだぜ‼ あの魔女なら何とか……」
「それ……多分……無理だな」
「…っ‼ なんでだよ、助かる見込みぐらいあるかもしれないのに‼」
「解るんだよ……自分の……身体だから」
「そ、そんな……ユウキ……‼」
俺がいつもの調子でそう言うと、二人の涙が俺の目の前へと落ちてきた。
ああ、女の涙はもう見たくないって思っていたのに、またこの繰り返しか。
「……き」
薄れ逝く意識の中、近くから哀しげな声が聞こえた。
視線を向けると、他の分身とは違う一人のフランが俯いて何かを呟いている。
「フ……ラン……?」
「嘘吐きッ‼」
フランは涙を流しながら叫んだ。
そうか、そういうことだったのか。フランはただ………………。
その事に気付いた俺は最後の力を振り絞ってフランに一言、とても小さな声で囁いた。
「……ごめんよ」
そして、俺の意識は深い闇の中へと落ちた。
後は頼んだぜ…………咲妃っ‼
霧晴 咲妃side
「本当にお人好しね」
二人の少女達の下で眠るように目を閉じている彼を見て私はそう呟く。
いつも下らぬことで命を懸けて、その度に幾度となく命を落としかける。
でも、最後にはみんなで笑って終わってハッピーエンド、それが彼の物語。
ならば、彼が戻ってくるまでの間、私が代役を務めなければ。
彼が命を懸けて守ろうとしたものを、今度は私が守る番だ。
私はナイフを手に取り、頭上で笑う少女を睨みつける。
「さあ、ショータイムよ」
私は口元をニヤッとさせると少女の下へと走り出す。
いつまでも寝ていたら、さすがの私でも本気で怒りますよ、ユウキ。
美羽「……バカね。他人を庇うなんて」
空亡「それがユウキの魅力だと長々語っていたアナタが言いますか?」
美羽「それとこれとは別よ。お人好しは見ていて嫌になるわ」
空亡「アナタのお人好し嫌いも相変わらずですね」
美羽「うるさいわね。……今日はこれで帰らせてもらうわ」
空亡「あらら、今回は少しからかい過ぎましたね。後で謝りに行きますか」
美羽「……どうしたのユウキ、その程度なの? だらしないわね」