神無 悠月side
「どこだよ、ここ……?」
目が覚めた俺は雲一つな青空を見つめて力なく呟いた。
寝惚けたままの身体を起こして周りを見渡すと、そこには深緑の草原だけが視界に広がっており、風が吹く度に草が大きく波打っている。
恐らく、人の手が一切加えられていないありのままの自然なのだろう。空気も美味しい。
俺はその光景に見惚れていたが、すぐさま、ここに居る理由を思い出した。
「美羽の奴め…………はぁ」
深い溜息を吐くと俺は再び草の上へと寝転がった。
最近は行方知れずだったのに、いきなり再会した直後にこんな所へ落とされるとは、不幸だ。
思い出すだけで溜息が出るが、美羽が言っていたことが気になっていた。
「――幻想郷か」
俺は懐かしむようにその名を呟いた。
昔、まだ人間不信だった俺に“とある友人”がこんな話をしてくれた。
幻想郷、“とある妖怪”が人と妖の共存を願って創った理想郷の名。
そこに住んでいるのは人間や妖怪、妖精、吸血鬼、幼獣、亡霊、鬼、半妖、不死人、閻魔、天狗、神様、天人、お化け、聖人、神霊、仙人、付喪神、ついでに魔法使いなどなど、様々な人(?)たちが互いの領域で暮らしている。
今では博麗大結界というモノが張られていて、自力で見つけるはほぼ不可能だが、結界の作用で現代で幻想になった――忘れられた――モノは幻想郷に流れ着く。このことから、忘れられた理想郷とも呼ばれている。
だが、その結界も完璧ではなく、ごく稀に結界の破れたところから迷い込んでしまう人も多かったという。人によっては帰る者もいれば、永住する者、もしくわ喰われる者もいる。
美羽のやつ、俺をここへ送り込んで何を企んでいるのだろうか。
「……………………わからん」
俺はいくつか考えるも、頭を振ってそれを否定する。
美羽の事だ。俺があの場所に行くことを知っていて、そして何らかの理由でここへ送った。
まったく、いつでもどこでも面倒事だけが俺に付き纏う。偶にはのんびりと余生を過ごしたい。
俺がこうも枯れた性格になってしまったのも、大半が自分の不幸体質が原因だと思っている。
神職なのに良運に恵まれていない、これいかに?
「今後は開運アイテムでも集めてみようかな……」
割と本気で考えていると向こうにさっき落としたはずの刀が転がっていた。
刀を手に取り鞘から抜いてみるしたが、鍔と鞘の間に真っ黒い鎖が繋がれていてこれでは刃を抜けない。刀が使えないのは惜しいが、まあ無いよりはマシだろう。
近くにあの黒いカードホルダーも落ちていないか探してみてたが、どうやらここには無いようだ。
それにしても、これからどうするか。向かうべき目的の場所も無い、周りを見ても同じ景色でどっちへ進めばいいのかもわからない、その上スマホさえも失くしてしまった。
これはあれだ、将棋やチェスでいう詰み(チェック)の状態だ。
「どうするか……」
「お困りの様ね」
思いふけていると、懐かしい声が聞こえた。
視線を向けるとそこには見るからに美しい女性が微笑みながらこちらを見ていた。
綺麗な長い金髪に髪先には赤いリボン、頭にはナイトキャップの様な帽子、紫色のドレスを身に纏い、日傘を差したその美しい姿に俺は見覚えがあった。
「久しぶりだな、紫」
「久しぶりね、悠月」
「十年ぶりなのに、紫は変わらず綺麗だな」
「うふふ、お世辞でも嬉しいわね」
目の前の女性、八雲 紫は嬉しそうに微笑んだ。
まあ、お世辞で言ったつもりは微塵もないのだが、余計な事を言うのはやめておこう。
紫と出会ったのはおよそ十年前、周りから虐められて人間不信になっていた頃、一人で散歩していた時に優しく声をかけてくれたのが紫だった。最初は怖かったが、だんだんと話をしていくうちに俺は自然と彼女に心を許していた。
その時に話してくれたのが幻想郷だった。彼女は一種の御伽話として色々と話してくれた。彼女と別れてからも、好奇心だけはあった俺は神社に帰ってからも幻想郷に調べた。そして、その中には当然、紫の名前も載っていた。
彼女が妖怪だと知った時は驚いたが、それよりも友人が出来たことに俺は喜んでいた。
「紫がここに居るってことは……」
「察しの通り、ここは幻想郷よ」
「やっぱり…………話を進めるか」
「そうね。それじゃあ、どうしてこうなったのか、説明をお願い」
「不幸体質は今も健在だった。以上」
「……うん。分からないわ」
「え? 部活メンバーならこの説明だけで納得してくれるんだがな」
いつも面倒事に巻き込まれれば大概が俺の不幸体質の所為とされ、みんなに同情される。
面倒事の原因である部長や美羽にさえも本気で心配される俺の不幸体質って一体…………。
「貴方、この数年で大分変ったわね」
「そうか……?」
「ええ。少なくとも、そんな楽しそうな顔はしていなかったわ」
そういえば暁美にも、昔よりも笑うことが多くなったって言われた。
自覚はないが、みんなのおかげで少しは笑えるようになってるのだろうか?
「でも、戻らないと意味が無い」
「分かっているわ。しかし、ね……」
「そう簡単には戻れない、か?」
美羽が動いたということは、当然、美命も動いているに違いない。
アイツが動いたとなると、そう易々と帰れると思わない方が良いだろう。
「まったく、面倒事は部長の無茶ぶりだけで十分だってのに」
「人間なのに苦労してる人生を送ってるわね」
「もう吹っ切れたよ。嫌でもあんなことを体験させられればな」
「ところで、これからどうするの?」
「それを解決する為に紫は出てきたんだろ?」
「…………そうだったわね」
紫で手に持っていた扇子で口元を隠して笑った。
俺の記憶が確かなら、紫は悪巧みか図星を突かれた時によくこの行動をしていた。
まあ、俺から目を逸らしているから今回の場合は図星だろう。
まったく、部長といい紫といい、俺の周りにはマイペースな人が多すぎる。
「どこか宛てでもあるのか?」
「この先に神社があるわ。そこならしばらくは寝泊まりできるでしょ」
「なるほど、それなら丁度いいな」
「ああ、それとスキマの中にこんなものを見つけたわ」
そう言って紫は何かを投げ渡した。
手に取ってみると、それは俺が失くしたはずのスマホだった。しかし、その中には月美の姿かたちが一切ない。どうやらスマホ内にからどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「紫、この中にいた女の子を知らないか?」
「いいえ。私が見つけた時には何も無かったわ」
「そうか……」
「大事な人なの?」
「ああ、俺に光を見せてくれた大事な“相棒”だ」
「なら、私も出来るだけ探してみるわ」
「ありがとうな」
「いいのよ、それよりも案内は必要かしら?」
「別にいい。いつもの勘で行くからさ」
「そう、また会いましょうね」
「ああ、それじゃあな」
俺は紫に手を振ると勘を頼りに俺は歩き出した。
美しくも残酷なこの地で、俺はどういった物語を紡ぎだせるのだろうか?
「なーんて、面倒事さえなければ俺はどうでもいいけどな」
空亡「幻想入り、羨ましいですね」
悠月「どこがだよ」
空亡「空気はきれいそうだし、景色はよさそうだし、女の子はいそうだし、何よりも今の現実から目を背けたい」
悠月「わかったから、そのハイライトな目で黙々と語るな。気味悪い」
空亡「ま、僕がどうせ幻想入りしたって妖怪に食われてバットエンドですよ」
悠月「卑屈だな」
空亡「いや、どうせ食われるならルーミアに食われたい」
悠月「誰だよそれ。あとほどんどお前の欲望じゃねえか」
空亡「死に際ぐらい自分で決めさせてください!」
悠月「お前は一体何を言いたいんだ」