神無 悠月side
「……またかよ」
俺は久しぶりに感じる明晰夢に呆れるように呟いた。
ここ最近は何事も無くて安心していたが、どうやらその平和も長続きはしないようだ。
明晰夢を見る=面倒事の前触れ、という嫌な方程式が確立させられている始末だ。
「……今回は桜か」
俺が改めて周りを見渡すと、そこには美しい桜の木々が満開に咲き誇っていた。その桜の木々を分けるように、目の前には石畳の道が奥へと続いている。
誘われるように桜並木の道を進んで行くと、俺の目の前を霊魂のようなモノが通り過ぎた。
ふいに空を見上げると無数の桜の花弁と共に白い霊魂までもが舞い踊っていた。死霊に桜、昔読んだ本にも似たような内容の御伽話が載っていたのを思い出した。“死を誘う桜、それに苦悩する歌聖の娘の悲しき物語”という内容だったはず。
前回の夢といい、何か思惑がありそうな予感がする。
「もしかして、あの本は……‼」
考えているうちに桜並木の道は途絶え、目の前には一本の大きな桜の木が立っていた。それはとても美しく、しかしどこか恐ろしく、まるで身も心も食われるような感覚だった。
こういうのを恐いほど美しいというのか。先ほどから俺の身体はその恐怖で震えていた。
いや、違う。これは死へとの恐怖、それして今俺は死のうとしている。
「夢で死ぬとか、洒落にもなんねえな」
虚勢を張りながら目の前を見ると、そこには一人の女性が桜の木を眺めていた。
ウェーブの掛かったピンク色のロングヘアー、何も描かれていない真っ白な着物、目の前にいるのにそこに居ないような幽かな雰囲気を持った女性だ。
彼女は俺の存在に気付いたのかゆっくりと振り返り、光を失くした瞳を俺に向けた。
俺は死への誘惑を振り払うと、また再び桜を見つめながら呟く。
「桜が綺麗だな……」
俺のその言葉を聞いて、女性の瞳に一瞬だけ光が戻ったように見えた。それはさっきまで彼女に宿っていなかった喜怒哀楽の感情を表しているように思える。
そんな彼女の手には血で染められた短刀が握り締められており、よく見ると彼女の首筋からは鮮やかな色をした血が流れ出ていた。
その持ち方を見て俺は眉をひそめた。そう、あれは自分で自分の首を斬る時の持ち方だ。
彼女は俺の視線に気付くと、再び彼女の瞳が闇に堕ちそっと微笑みかけてこう言った。
「貴方も、死んでみる?」
彼女の美しい微笑みは、文字通り俺を死へと誘っているようにも思えた。
しかし、光を失くしたその瞳の奥には、誰かに救ってもらいたいという願いが見えた。
少年祈祷中
「……死へと誘う桜か」
俺はこたつに丸まりながら積み上げられたみかんを頬張っていた。
今朝見た明晰夢で感じた感覚、あれは今まで感じた感情にはどれに当てはまらない体験だ。
自分で自分を殺そうとした。例えそれが夢であったとしても、その感覚はいまだに残り続けている。
食べかけのみかんを台に置くと、俺は溜息を吐いて突っ伏した。
それを見て心配したのか、スマホの奥から月美が顔を出してきた。
『どうしたんですか? 今朝から元気が無いですが』
「ああ、久しぶりにみた夢が少し強烈だっただけだ」
『明晰夢、ですか?』
「ご名答。今度は綺麗な桜が咲き誇る場所だった」
『なんだ、それならユウキが一番好きそうなところじゃないですか』
「ところがそうじゃないんだよ。その場所、どうやら“あの世”みたいだった」
俺の予想外の言葉に、楽しそうに話していた月美の笑顔とアホ毛が凍り付いた。
そういえば、月美はほぼ怨霊のような存在のくせに心霊系の話にはめっぽう苦手で、昔はお化け屋敷に入った時になんかは俺の首に抱き着かれて窒息死しそうになったほどだ。
彼女のリアクションを見たお陰か、さっきまでの不快な感覚はどこかへと消えていた。
「さて、そんな事よりも」
『そんな事で済まさないで下さいよ』
「いいだろ。それで思い出したんだけどさ、今日って何月だ?」
『五月です。ちなみに夏みかんの旬でもあります』
「そう、五月だよな。つまり雪の舞う冬ではなく、桜の舞う春だよな」
『そ、そうですね』
「でもさ……」
俺は恨めしげに開いた襖の隙間から外の景色を見る。
そこは桜の花弁ではなく、真っ白な雪がしんしんと降り注いでいた。
そう、幻想郷は五月にも関わらずいまだに雪の降る寒い日が続いていた。
最初は「今年の冬は長いなー」『そうですね~』とあまり危機感を抱いていなかったが、五月に最近になってからこの気候の異常さに疑問を抱くようになった。
怠さの残る瞳で外の景色を見つめていると、廊下から寒そうにした霊夢が入ってきた。
『おはようございます。霊夢さん』
「おはよ~。あ~やっぱりこたつは温かいわね」
「霊夢、今更だが、五月になっても雪が降り続けてるっていうのはおかしくないか?」
「今年の冬が長いだけよ、多分ね」
『さすがの幻想郷でも、この気候は異常だと思います』
「俺も、そこまで常識を捨てた気は更々ないんだけどな」
「霊夢はただ怠いだけだろ。元々から寒いのは大の苦手だしな」
「まったく、そんなのでよく博麗の巫女が務まりますね」
「グータラさはウチのユウキにも負けてないわね」
突然割り込んできた三つの声、視線を巡らせるとそこには魔理沙と咲夜、それに咲妃の三人が当り前のようにこたつに入っていた。それぞれの手元には月美からの豆知識で聞いた夏みかんが皮を剥かれた状態で置かれていた。
「アンタら、人の家に何勝手に上がり込んでるのよ」
「居るならせめて挨拶ぐらいしろ。あと、みかん勝手にとって食べんじゃねえ」
「たかがみかん一個でケチくさいな。霊夢の守銭奴でも移ったのか?」
「まあ、こんな寂れた所にいればお金に困ることは多々あると思いますが」
「大丈夫よ魔理沙に咲夜ちゃん。ユウキの守銭奴は元々だから」
「「……なるほど」」
魔理沙と咲夜は俺を見ると納得したように小さく頷いた。
一連のやり取りに少し怒りを覚えたが、怠いので俺は話を逸らすように三人に尋ねる。
「ところでお前ら、何しにここに来やがった」
「え? あ、そうそう、これを見せに来たんだったな」
魔理沙はそう言うと服のポケットから小さな小瓶を取り出した。
その中にはほのかに光を纏った桜の花弁が瓶の五分の一まで詰められていた。
『桜の花弁? でも、今年はまだ桜は開花していないはずですよね』
「ああ。それにその花弁、普通のやつじゃない感じがするぜ」
「これは春度っていって、簡単に言うなら目に見える春だな」
「目に見える春ね……見えなくてもいいから、早く春になってほしいわよ」
「パチュリー様の本で一度見かけたけど、それを集めれば春にすることができるとか」
「そう、だから私はこれを片っ端から集めてるんだぜ」
「春って、そんなにも安っぽいモノだったんだな」
『なんだか意外です』
「月美ちゃんの頭の中は春っぽいけどね」
『し、失礼ですよ咲妃ちゃん‼』
月美が怒りを表すように腕とアホ毛と振り回している姿を見て、咲妃はご満悦な表情をしている。みんな平常運転で安心した。
「しかし、咲妃はともかく、咲夜が来るのは珍しいな」
「暖房に使う燃料が底を尽きそうなのよ。それで異変解決を頼みに」
「でも、当の本人は全く動く気が無さそうね」
「当然よ。こんな寒い日に出掛けれる元気なんてないわよ」
「霊夢のやる気の無さは筋金入りだからな。説得には少し時間が掛かるぜ」
「困ったわね。せっかくレミィちゃんがみんなとのお花見を楽しみにしてたのに」
「こんなのにお嬢様が倒されたというのが未だに信じられません」
深く溜息を吐く咲夜を尻目に霊夢は大きく欠伸をしながら寝転がった。なぜだろう、霊夢を見ているといつかの俺を見ているようで心が痛くなる。
とりあえず咲夜を慰めると、俺はスマホを持って席を立った。
「――ユウキ」
「なんだ?」
「――気を付けて。この異変、ただで終わる気がしないわ」
咲妃は他の皆には聞こえない声量でそう言った。俺はそれを聞き、無言で頷くと部屋を後にした。あの咲妃がいつになく真剣だ、これは本当に何かあるな。
「春度か、どうやらこの季節のずれはどこかの誰かさんの仕業みたいだな」
『誰かが春度を集めている所為で幻想郷に春が訪れていない。随分身勝手な犯人ですね』
「それについての詳しい事情は犯人に直接聞くとして。月美、やれるか?」
『大丈夫ですよ。それよりも、異変の解決に出るという事は今朝の夢が?』
「ああ、どうやら最近の明晰夢は俺に異変の解決をしてもらいたいらしいな」
『でも、くれぐれも前回の様な無理をしないで下さいよ』
スマホの中の彼女は心配するような瞳を俺に向けている。
前回が前回なだけに、さすがの俺もあそこまでの無茶はするつもりはない。多分。
自分の部屋に戻ってマフラーを首に巻くと境内へと出て空を見つめた。
魔理沙が言った通り、空から雪と共に春度が風に乗って舞い落ちてくる。
「とりあえず、春度を辿って行ってみるか」
『そうですね』
この異変に、夢で出会ったあの死装束の女性がいるような気がして寒気が走った。
気合を入れなおして風に流される春度を辿るように走り出す。
明星 美羽side
「ユウキたちが動き出したわね」
「彼が見たという明晰夢、まるで異変へと無理矢理介入させるために見せてますね」
「そんなことはどうでもいいわ。それよりも、今回のは少し厄介ね」
「死へと誘う妖怪桜、その名も西行妖ですか。物騒ですね」
「あれが完全に開花したら、間違いなく幻想郷自体が死ぬわね」
「ユウキ君たちには荷が重すぎますね」
「……傍観者よりも出演者の方が面白そうね」
「出るのですか?」
「しょうがないでしょ。彼に死んでもらったら困るのは私だもの」
「素直でよろしいですね。では、私もご一緒させていただきますよ」
「いいのかしら? これは私の独断行動、美命様に叱られるわよ」
「承知の上ですよ」
「まったく、霧の様に掴めない性格をしてるわね、貴女は」
「よく言われます」
「それじゃあ、行くわよ」
空亡「始まりましたね」
美羽「そうね。そしてなんでまた私がこんな所にいるのよ」
空亡「今回は登場するといっても終盤からですからね。しばらくはここで」
美羽「まあいいわ。今回はの私の機嫌はいいから」
空亡「現金な方ですね。でも、普段から出番をあげているのに何が不満なんですか?」
美羽「知ってるのよ。あれって文字数が少ない回の水増しのためにやってるって」
空亡「な‼ その情報度から‼」
美羽「あら、デタラメを言ったつもりなんだけど……まさか本当だったなんて」
空亡「しまった‼」
美羽「ということで、暇な時だけでもいいから私単体の話を作りなさい‼」
空亡「う……イエス・マム」