神無 悠月side
「……ここか」
俺は石畳の道の先にある物を視て眉をひそめた。
そこにあったのは夢で見た一本の大きな桜の木だった。しかし、あの時とは違いこの桜、西行妖は他の桜の木とは違って虚しく枯れている。あの感覚を再び味わうことがないと安心したが、心のどこかでこれが咲いてしまう気がしていた。
そんな胸騒ぎを抱えながら俺は先に行った霊夢たちのあとを追うことにした。
『西行妖、さっきの話は本当だったんですね』
「知ってんのか?」
『ええ。何百年も昔ですが、とある歌聖が愛した桜が多くの人間の正気を吸って妖怪と化した文字通り妖怪桜です。ある日を境にその話は聞かなくなりましたが、まさかここにあるなんて』
「人の正気を吸って妖怪と化すか、厄介そうだな」
『でも、あの状態を見ると今は力を封印されているみたいですね』
「けど、その封印を解こうとしている輩が居る」
『花を咲かせることで封印が解かれるのであれば、春を集める理由にも納得いきます』
月美は真剣な雰囲気を漂わせているが、俺は他の事を考えていた。
妖怪と化した桜と死へと誘うあの力、俺はその話を知っていた。それは昔読んでいた昔話の一つ、『富士見の娘と死の桜』という話だ。あれはとある歌人の娘の苦悩と最期を記した哀しい話だ。その中で出てきた桜の名前が西行妖だったはずだ。
「あれは単なる御伽話じゃないってことか……?」
『どうかしましたか?』
「いや、ちょっと考え事をしていただけだ。気にすんな」
『……無理に抱え込まないで下さいよ。私は貴方の愛刀なのですから』
「ああ」
ふっと笑うとさっきまでの考えを後回しにして走りだす。
やっぱりコイツじゃないとだめだな、そんな事を考えている俺は馬鹿なのかもな。
しばらく走っていると見覚えのある少女が道の先で立っていた。
黒髪長い右サイドテール、紅色のロングスカートに白い長袖のパーカー、頭には紅い花の髪飾り、腕には桜の花弁を象ったブレスレットを付けている。
彼女は俺を見るとにっこりとしながら口を開く。
「せんぱ~い、お久しぶりです~」
「椿希、お前も来てたのかよ」
「はい~部長さんにまた呼ばれてしまいまして~」
『やっぱり、椿希ちゃんも七不思議の調査をしていたんですね』
「でも、やっぱり何も見つけられませんでした~」
俺は相変わらずのほほんとしている彼女、双花 椿希を見て溜息を吐いた。
彼女は咲妃と同じく元の世界の仲間で俺の後輩で、ウチのマスコット的存在だった。
持ち前の放浪癖で世界中を巡っている所為で居場所は突き止めにくいはずなのだが、部長もよく見つけられたものだ。
見ての通りのほほんとしているが俺よりも剣術の腕前はある。
「それより、“アイツ”に変わってくれないか?」
「それが、ここに来るときに離れてしまったようで~」
『それは困りましたね。“柊妓ちゃん”の方が状況を詳しく知ってると思たのですが』
「仕方ないな。それと、この先を三人組が通らなかったか?」
「それならさっき物凄い勢いで飛んでいきましたよ~」
『やっぱりこの先のようですね』
「急ぐか」
「先輩がその感じだと、やっぱりよくない事が起こるんですね」
俺がその場を立ち去ろうとした時、彼女は懐かしむような声でそう言った。
いつものほほんとしているのに、こういう時だけ雰囲気が変わるから少し苦手だな。
「言い方が悪いぞ。まるで俺が面倒事を呼び込んでるみたいじゃねえか」
「実際、先輩の行く先々ではいつも面倒事しか起きていない気がします~」
『椿希ちゃんの言う通り、ユウキは面倒事の種みたいなものですからね』
「そうですよね~でも面白いから私は好きですよ~」
「好き勝手言ってくれるぜ、まったく」
「でもやっぱり、先輩が動いているところを見るとちょっと胸騒ぎがします」
少し警戒するように彼女が俺を見る。
俺は少し歩くと視線の先にある西行妖を眺めながら口を開く。
「……ここのお嬢様は知ってるのか、あの桜の真実を」
「知らないと思う。今回の異変は彼女の気紛れだから」
「気紛れで幻想郷中を巻き込む異変を起こすなよ、まったく」
「でも、もうすぐ開花してしまう。私にはわかります」
「……大丈夫、俺が必ず食い止めてやるよ」
「お気を付けて、この先で待っているのは最凶の死ですよ」
「俺を誰だと思ってんだ。…………行くぜ」
『はい。それでは、椿希ちゃんも気を付けてね』
俺と月美は椿希に別れを告げると石畳の道を走っていった。
少年祈祷中
「これまた凄まじい絵だな」
俺は目の前で繰り広げられている激戦を見ていた。
霊夢、魔理沙、咲夜、それぞれが自分の得意技を駆使しながら弾幕の中を待っている。そんな幻想郷でも指折りの実力者三人と対峙しているのは見覚えのある一人の女性だった。
彼女は優雅に舞うように霊夢たちの弾幕を避けていき、扇子を振ると同時に蝶のような弾幕が霊夢たちを俺の所まで押し返した。
「大丈夫か」
「……っ‼ 手強いわね」
「こっちの攻撃が掠りもしないぜ」
「これはさすがにヤバいわね」
『みなさん、あまり無理はしないで下さい』
「そうも言ってられないな」
「このまま終わるとお嬢様に顔向けできませんから」
「ったく、自分勝手な奴ばっかだな」
「アンタにだけは言われたくないわよ。無鉄砲」
「「『同感だな/同感ね/同感ですね』」」
「お前らな……」
「何だか楽しそうね~」
そう言ってさっきまで戦っていた女性が降りてきた。
ウェーブの掛かったピンク色のセミロング、桜花の柄が描かれた青い着物、頭には紫のと似た帽子と渦巻が描かれた三角頭巾、手には御所車と桜が描かれた紫の扇子を持っている。殺気立っている霊夢たちに対して緊張感のない雰囲気を漂わせている。
彼女は俺の方を見ると優しく微笑みかける。
「あら、そこのかっこいい男性は誰かしら?」
「カッコイイは余計だ。……俺は神無 悠月、ただの人間だよ」
「そうなの。私は西行寺 幽々子、同じくただの亡霊よ~」
「嘘言いなさい、ただの亡霊がここまで強いわけないじゃない」
「それを言ったらユウキだってただの人間じゃない気がするぜ」
「簡単に時を止めたりできますからね。実力ならお嬢様以上かと」
『ユウキが普通と呼べる所なんて、せいぜい甘いもの好きしかありませんよ』
「お前ら、後で覚えてろよ」
「うふふ、若いっていいわね~」
俺らのやり取りを遠目から見ていた幽々子は楽しそうに微笑む。
何だか雰囲気が椿希に似ている気がする。特に緊張感の欠片が微塵もないところが。
「そうそう、椿希が世話になってるようだな」
「あ、もしかしてあの子が言ってた頼りになる先輩ってアナタ?」
「どうだろうな」
「話に聞いてた通り、女性にはモテるようね」
「いや、それはおかしいだろ。な?」
「そうね」
「まったくだな」
「節穴ね」
三人はそれぞれ彼女の言葉を否定するが、なぜかみんな頬を赤くして目を背けている。
前にも似たような光景を見たような気がしたが、まあこどうでもいいことだろう。
「そんなことはどうでもいいとして、聞きたいことがある」
「なぜ私が春を集めるのか、かしら?」
「まああらかた予想はついてるが、一応本人から聞いておこうと思ってな」
「私はあの西行妖の下に眠る“誰か”をただ知りたいだけよ」
「それがアンタ自身を滅ぼすとしてもか?」
「ふふ、もしそうだったら紫に怒られちゃうわね」
「呑気な奴だぜ」
俺は呆れるように溜息を吐いた。
「さあ、どうするかしら? 私はやめる気はないわよ」
「そんなことわかってるわよ。だからぶちのめしてやめさせるわ」
「物騒だな、ウチの腋巫女は」
「それに、ユウキだけもう背負わせないって決めたんだから」
「霊夢……」
「だな、ユウキばっかりに無茶させてちゃ魔法使いの名折れだぜ」
「彼にはお嬢様たちの事での借りもありますし、ここで返しておきたいですね」
「魔理沙、咲夜……」
「アンタたち、気合入れていくわよ‼」
「「ああ‼/ええ‼」」
霊夢の掛け声で気合を入れた彼女ら三人の瞳に強い意志が宿ったように見えた。
三人はそれぞれスぺを取り出して飛び上がる。幽々子はそれを見て面白そうに口元を吊り上げると霊夢たちに並ぶように飛び上がる。
「うふふ、良い目になったわね」
「行くぜ‼ 恋符『マスタースパーク』」
「喰らえ‼ メイド秘技『殺人ドール』」
魔理沙が振りかざしたミニ八卦炉から十八番のマスタースパークが放たれると目の前の景色を閃光が覆い尽くした。それに続くように昨夜から無数のナイフが彼女を追うように飛び放たれる。しかし、幽々子はそれらを全て見切って次々と避けた。
彼女が勝ち誇ったかのように微笑んだその時、彼女の周りを紅い帯の帯のような結界が囲んだ。それに驚いた彼女は咄嗟に自身の頭上を見上げた。そこにはすでにスペカを構えている霊夢の姿があった。
「悪いわね、私の専門は結界なのよ」
「これは、負けね」
「成仏しなさい‼ 霊符『夢想封印』」
霊夢から放たれた夢想封印は身動きができない彼女へと向かっていく。色鮮やかな光に包み込まれる時、幽々子は満足したような表情をしていた。
その場の全員が異変の終わりを確信したその時、事態は大きく動き出してしまった。
幽々子から桜吹雪のような弾幕が押し寄せ、空中で戦っていた霊夢たちを俺の後方へと押しやった。幽々子は糸の切れた人形のように無抵抗で落ちていき、寸前のところで俺は抱き留めた。しかし、その表情は先ほどまでのとは全く違って死相に染まっていた。
「なにがどうなってやがる」
『ユウキ‼ あれを‼』
月美が声を上げて示したその方向には“ありえない光景”が広がっていた。
封印が解かれない限り咲くことのない死の桜、先ほどまで寂れ枯れていた西行妖に桜の花が咲き乱れていた。その幻想的な美しさを目の当たりにした俺の心はあの時の夢のように恐怖で震えていた。
咄嗟に月美を刀から元の状態に戻すと幽々子を連れてその場から離れようとした。その時俺は視てしまった。西行妖の前でゆらゆらと揺らめきながら佇む一人の女性の姿に。
「お前は……」
女性はゆっくと振り返る。それは幽々子と似ているが全く違っていた。
その髪は腰回りまで伸びており、衣服も故人が着させられるような白い着物を着ており、その手には血で染められた小太刀が握られている。いや、それ以上に幽々子と違うところは、その瞳に一片の生気が宿っておらずまるで世界に絶望したかのような表情をしている。
間違いない。俺の目の前にいる女性は夢で見たあの死装束の女だ。
死に装束の女は俺を見てゆっくりと口を吊り上げていき、こう言った。
「――貴方、死んでみる?」
死装束の女は美しく微笑みかける。
それは文字通り、俺を死へと誘う残酷な笑みに見えた。
空亡「さて、いよいよ妖々夢も最終面に突入ですね」
美羽「西行妖が復活か、面倒ね」
空亡「今回は会話シーンが長めなのであまり戦闘の方には期待しないで下さい」
美羽「なに、さりげなくハードルを下げてるのよ」
空亡「いや、自分で確かめてみても今回は少し出来が……」
美羽「だらしないわね、アンタのダメっぷりは周知の事実でしょ。今更気にしないでもいいわよ」
空亡「……そうですね」
美羽「だらか気楽にいきなさいよ。私だって今のこの物語が好きなんだから」
空亡「美羽さん……(キュン)」
美羽「そういうことで、次回もあまり期待しないで待っててね」