神無 悠月side
「やばい、材料切れた」
その日の朝、俺の呟きが台所に虚しく響いた。
幻想郷に来て早一週間、そろそろ生活にも慣れてきて昨日と同じように昼食を作ろうとしたその矢先、台所には一握り程度の食材しか存在していなかった。
博麗神社にはほとんど参拝客が来ないため収入であるお賽銭が全くない。
参拝客無=お金が無い=食べ物が無い、といった結論に辿り着くわけだが、この手の危機には人一倍慣れているからか、俺は冷静に解決策を考えていた。
「俺が渡した五千円使えるかもな」
その時、博麗神社に来て最初に参拝した時に入れた五千円の事を思い出した。
五千円程度なら少なくとも三か月分の食材は確保できるだろう。
金を貰ったすぐに人里へと向かおうと思い、俺は霊夢の分の昼食を作るとその場を後にした。
少年祈祷中
「ここが人里か……意外と普通だな」
人里の通りを見渡して歩きながら呟いた。
歩いている通行人を見るとどうやら江戸時代付近で発展が止まってるようだ。
「なるほどね…………お、あったあった」
適当に歩いていると八百屋らしき店を見つけた。
店前に出している野菜や果物を見てみるとどれもみずみずしくて美味しそうだ。
店の中も見てみると味噌や醤油などの調味料なども売っていた。
「どれも美味そうだから迷うな」
「そんなに迷うほど良いものじゃないわよ」
「滅相も無い。こんなに新鮮な食材どこを探してもないよ」
「あら、口が達者なお兄さんね」
店の中にいた女店主は優しく微笑んだ。
「それにしてもお兄さん、見かけない顔ね。もしかして外来人?」
「ああ、とある事情で最近幻想郷に来たんだ。これからもよろしく」
「こちらこそよろしくね。しかし、どうりで浮いた格好をしてると思ったわ」
「それは俺も思った」
女店主に指摘されて俺は改めて自身の姿を見る。
赤い半袖のシャツに黒いラフなズボン、それに黒いパーカーを羽織った姿だ。
元の世界でも少し浮いていると指摘されたこともあったので今はそんなに気にはしていなかった。
「でもおかしいわね。外来人なら少しは噂になってる筈なのに」
「ここに来たのは数日も前だし、それに博麗神社からあまり出てなかったから尚更だ」
「え、じゃあ博麗神社からここまで歩いてきたの?」
「そうだが……それが何か?」
「いや、よく妖怪に襲われなかったわねと思って」
女店主が不思議そうな目で俺を見つめる。
そういえば、初めに博麗神社に向かう時も妖とは一度も遭遇しなかった。あの時は特に気にはしなかったが、よくよく考え見ればコッチの事情がどうであれ、無防備な人間相手に妖が襲ってこなかったのは不可解だ。もしかしたら運が良かったのか?
「言われてみればそうだな」
「でも、それはそれで安心よ。運が良かったのね」
いや、面倒事に殺されるほど好かれている俺が運が良かったという程度で済まされるはずがない。
いくつかの考えを頭の中で整理しているとふいに通りの向こうから悲鳴が聞こえた。
「ん、悲鳴?」
「何事かしら?」
女店主が不思議そうに通りの向こうを見他その時、俺は嫌な気配を感じた。
それは喜怒哀楽の感情すら飲み込むとてもドス黒い憎しみの塊のようなモノ、俺はその気配の正体を誰よりも知っていた。
「……まさか」
「ちょ、お兄さん‼」
俺は悲鳴が発せられた場所へと一目散に走った。
幸いにも護身用として持ってきていたあの刀がある。俺の読みが当たっているなら、多分これだけでは退くことは難しい。最悪、襲われている人だけでも助けれるように努力しよう。
逃げ帰る人や野次馬の群れをかき分けて通りを抜けるとそこには泣きじゃくる子供を庇うように抱きかかえている女性の姿があった。
その女性の敵意に満ちた視線の先に居たのは俺がよく知っている“ソレ”の姿だった。
“ソレ”の姿は見るからに異様だ。全身は墨で染めたようにドス黒く、ようやく人型を保っているが頭の部分で禍々しく光る紅い球体のような二つの瞳が人間らしさの欠片も感じさせない。
そして、その手には身体と同じように鍔が無い刃渡り1m程の黒い刃が垂れ下がっていた。
“ソレ”は刃を天高く振り上げると一切の躊躇なく振り下ろす。
「させるかよ‼」
“ソレ”に向かって俺が走り出すと腰に掛けていた刀を勢いよく振り上げる。
振り下ろしす刃を刀で切り払うと“ソレ”はバランスを崩しながら後ろへと下がる。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
女性は驚きながらも返事を返した。
腰まである青いメッシュの入った長い銀髪に不思議な形の帽子、スカートに折り重なったレースが付いた上下一体の青い服、第一印象は真面目で正義感が強いといったところだろうか。
女性は傍られで泣いている子供を庇うように抱きながら俺の事を見つめている。
「ここは俺に任せて、アンタはその子を安全な場所へ」
「そんな‼ キミだけであの怪物と戦うのは無理だ」
「生憎と、俺は“コイツ”を知っている。その意味が解るか?」
俺がそう告げると女性は顔を俯かせて考える。
「……わかった」
「物分かりが良くて助かるぜ」
「だが、私もすぐに戻って来るから無理はするなよ」
「はいはい」
「“はい”は一回だ」
「はい」
女性はそう言うと子供を連れて通りの向こうへと走っていった。
ああいう堅物な性格の人間は部長や紫の様な弄り好きな性格の人によくからかわれていそうだ。
「さてと、久しぶりだな“堕ち神”」
俺は不敵に笑いながら“ソレ”……堕ち神を見据える。
堕ち神は憎しみと殺気に満ちた紅い瞳を俺に向けたまま静止していた。
「貴様、何が目的で子供を襲った」
「――我、忘レラレタモノ」
「そうだが…………それがどうした?」
「――存在理由、ソレスラ、我等ハ、忘レテシマッタ」
それは女性にも男性にも子供にも老人にも当てはまらない無機質で不気味な声だ。
堕ち神は途切れ途切れに意味の解らない言葉を紡ぐ。
「――ソコヲ、退ケ、神無ノ御子」
「悪いが黙って見過ごすわけにはいかないんだよ」
「――知ッテイル、刀ガ居ナイ、オマエハ、弱イ」
「言うじゃねえか。だが、退く気はないぜ?」
「――ナラバ、死ネ」
そう言うと堕ち神は地面に刃を滑らせながら間合いを詰めてくる。
「悪いな、死ぬのはごめんだ」
俺は刀を構えて堕ち刀を迎え撃つ。
互いの距離がゼロになった時、堕ち神が刃を振りかざすと同時に地面の砂も舞い上がり俺は咄嗟に腕を交差させて防いだ。その隙を逃すまいと堕ち神は舞い上がった砂を斬り裂きながら俺の胴体めがけて左から横一文字に刃を振る。
「――コレデ、終ワリ」
「それはどうかな?」
刃が俺に当たる瞬間、鋭い金属音が響いた。
砂が晴れて堕ち刀の刃が当たったその先には俺が右手に持った刀が見事に斬撃を防いでいた。
「――ナニ」
「隙あり……‼」
堕ち神が動揺した一瞬、俺はその場で左に回ると全身の力を込めて回し蹴りを放った。
回転に巻き込まれてバランスを崩した身体に全身全霊の蹴りを喰らったからか堕ち神は数m先へと吹っ飛び、その先では砂煙が舞い上がっている。
「油断大敵だぜ」
「――ソレハ、オマエモダ」
刹那、砂煙の向こうからも俺に向かって凄い勢いで黒い刃が刺突してきた。
忘れていた。コイツの常識は見た目通り滅茶苦茶だった。
「ちっ」
俺はそれを横に跳んで避ける。
しかし、それに応えるように黒い刃は俺を追って横薙ぎに振るった。
着地した時には俺と黒い刃との距離は零に等しかったが、間一髪、刀に当ててそれを受けとめた。
その時、刀から金属の壊れるような音が俺の耳に届いた。
「これは……‼」
よく見ると、鍔と鞘を繋いでいた黒い鎖が跡形もなく崩れ去っている。
黒い刃を振り払うと同時に勢い良く抜刀すると、そこには逆に造られた刀身があった。
「ったく、美羽も粋な事をしてくれたもんだぜ」
「――ソノ刃、神殺之刃ノ、紛イ物」
「そう、紛い物だな。でも、今の俺にはこれで十分だ」
「――ナラバ、闇二堕チロ、神無ノ御子‼」
「だったら先に待ってな、堕ちぶれた刀の神‼」
俺は刀を逆手に持ち変えるととその場から刺突する刃に向かって走った。
黒い刃が俺の心臓を突く一瞬、俺は刀を交差させるように刃を地面に叩き付ける。
「夢現一刀流・零殺『刀楼流し』」
その掛け声と共に刀を黒い刃を滑るように火花を散らしながら間合いを詰める。
互いの距離が零になったその時、刃から離れると同時に堕ち神の胴体を横一文字に斬り裂いた。
「――ソンナ、マタ、負タノカ」
「お前の敗因は俺を甘く見過ぎたからだ。よく覚えておけ」
「――フフフ、流石、神無ノ御子」
「言っておくが、俺の名前は神無 悠月だ。神無の御子じゃない」
「――先二、闇デ、待ッテイルゾ、神無 悠月」
その言葉を最期に堕ち神は黒い粒子となって空へと消えていった。
まさか堕ち神が幻想郷にいたとは予想外だった。それも人里の人間を襲うなんて…………。
「……何が始まろうとしてやがる、美命」
虚空を見つめながら俺は恨めしげに呟いた。
ふと耳を澄ませると先ほどの女性の声が聞こえてきた。
「面倒事になる前にさっさと退散するか」
俺は刀を仕舞うと急いで人里を後にした。
ああいう生真面目な性格の人間とは相性が悪いし、恐らく堕ち神の事についても色々と聞いてくるに違いない。それだけは御免だ。
俺の座右の銘は『面倒事は嫌い』だ。……そのくせ、面倒事にことごとく巻き込まれる俺って。
「……………………あ、食材買い忘れた」
その後、人目に付かれないようにあの八百屋に戻って無事に食材を買うことが出来た。
空亡「最近、このあとがきと言う名の茶番が必要か悩んでいます」
悠月「まあ、前の失敗作同様の話だしな。書くことも無いからな」
空亡「いっそのことユウキの記憶を消そうかなとも考えました」
悠月「さらっと恐ろしい事を言うな」
空亡「ま、そんなことしたら後々面倒なのでやりませんけど」
悠月「初めてお前の面倒臭がりな性格がありがたいと思ったぜ」
空亡「二番煎じだとしても、この茶番を最後まで続けることにしましょうか」
悠月「すぐに飽きられて飛ばされるのがオチだぜ」
空亡「それならそれ、これは僕の自己満足の作品ですから」
悠月「作者にあるまじき発言だな」