神無悠月side
「――椰子の花や竹の中に 仏陀はとうに眠つてゐる。
路ばたに枯れた無花果と一緒に 基督ももう死んだらしい。
しかし我々は休まなければならぬ たとひ芝居の背景の前にも」
俺は川に沿って歩きながらそんな歌を口ずさんだ。
いつの間にかスマホから出て、川の湖面を裸足で歩いていた月美が振り返った。
「芥川龍ノ介の『河童』ですか」
「なんだかその詩が思い浮かんだんだよな」
「そういえば、ここには河童がいるようですからね」
「少なくとも、あの作品と同じ世界観ではないことを願うよ」
俺は足元に落ちている石ころを軽く蹴った。
芥川龍ノ介の『河童』、とある精神病患者が誰にでも語るといわれる河童の国の話、そこでは人間社会と逆だったり仕事を解雇された者は殺されて食料になるなど、常軌を逸した内容の話だ。
俺が口ずさんだ詩も、その患者が歌ったモノなのだが、未だに俺はその意味を知らない。
「それにしても、お前は大丈夫なのか?」
「ええ。少しこの空気に触れていたらだいぶ体も慣れてきました」
「そうか。無理はするなよ」
「わかってますよ」
月美はニコニコと笑いながらスキップして先を行く。
能天気というか楽観的というか、あいつは物事を悪い方向に考えないんだよな。まあ、そこがアイツの良いところでもあるんだろうな。
しばらく歩いていると、月美がしきりに後ろを振り向いていることに気付いた。
「どうしたんだ?」
「さっきから妙なんですよ」
「何が?」
「うーん、誰かに見られているような、そんな気が」
月美は首を傾げると再び歩きだした。
俺はその場で振り返るが、当然といってそこには誰もいない。しかし、誰かがいるような、そんな気がした。
そういえば、『河童』には肌の色を周囲に合わせて変える河童が居たっけな。もしかしたら、損な奴がいるのかもしれない。そんな事を考えてしまう。
「……そんな訳ないか」
俺は何気なくスマホを取り出して電源を付けようとしたその時だった。
真っ暗な画面に映る俺の顔、そのすぐ後ろに少女の顔が映りこんだ。……ここで原作パロかよ。
画面に映る少女は目を輝かせているが、俺は気にせずに後ろを向いた。
「……あ」
少女は俺と目が合うと固まってしまった。
フェーブの掛かった青髪のツーサイドアップ、白いブラウスに水色の上着と裾に大量のポケットが付いた濃い青色のスカート、頭には水色のキャスケットを被っている。なんとも河童に見えない容姿だなとも思ったが、ここではそういう常識は捨てた方がいいだろう。
少女としばらくにらめっこしていると、遠くから月美が面白そうに近付いてきた。
「どうしたんですか?」
「河童とにらめっこ中だ」
「え?」
「あ、あの、えと……」
「怖がってるみたいですけど」
「俺は悪くねえぞ」
「はいはい」
月美は流すように受け答える。
すると、少女が意を決したように俺に詰め寄ってきた。
「お願い‼ その機械、私に頂戴‼」
「断る」
「即答!? どうしてもダメ?」
「悪いな」
少女はスマホの譲り渡しに失敗して肩を落とした。俺はスマホを握り締めた。
これは“アイツ”と一緒に買った大事な物だ。そう易々と渡せない。
「まあまあ。でも、何でこれが欲しいんですか?」
「いや~外の世界の機械みたいだから是非とも触ってみたいなと思って」
「今なら携帯電話なんか流れて着てそうだけどな」
「それならもう調べたよ?」
「……本当に流れ着いてたのかよ」
なぜか時代の流れというものを感じた瞬間だった。
「そうだ、自己紹介が遅れたね。私は河城にとり、見ての通り河童の技術者だよ」
「神無悠月、ただの人間だ。よろしく」
「夢燈月美です。こう見えて式神みたいなものですけど、仲良くお願いします」
「よろしく」
にとりはそう言って俺と月美と交互に握手した。
「でも技術者ですか……なんかすごいですね」
「ふふん♪ そうでしょう」
「もしかして、さっきまで姿を消してたのもそれか?」
「何言ってるんですか。姿を消すなんて河童n」
「そうそう。私特性の光学迷彩だよ」
「ええ!?」
「やっぱりか。でもまだ不完全みたいだな」
「そうなんだよ。だからそれを完璧にするためにもその機械を」
「関係ないだろ」
スマホに手を伸ばすにとりの頭を小突いた。
「そういえば、聞き忘れていたが」
「なに?」
「どうして俺らの後を追ってたんだ?」
「ああ……何だか人間が侵入してきたって話を白狼天狗に聞いたから一目見に」
「白狼天狗……ってことは」
白狼天狗と言えば狼の成れの妖怪、天狗の中でも地位が低いがそれなりに厄介だな。
しかも、にとりの話だとどうやら歓迎してくれる雰囲気でもなさそうだ。
「ところで、貴方達みたいな人間がどうしてここに?」
「山頂にいる神様に会いに行こうと思ってるだけだ」
「なら、引き返した方がいいよ。白狼天狗たちが山道を阻んでるから」
「……これは、もしかしてあの人達が来たのかもしれませんね」
「ああ」
霊夢と魔理沙、あの二人が来たことで山の警戒が強まったってことだろう。しかし、これだと無駄に戦闘する羽目になりそうだな。
その時、にとりが思い出したかのように話し出した。
「そういえば、この先に滝があるんだけど……」
「それがどうしたんだ?」
「そこから上に登れば白狼天狗に見つからずに行けるかも」
「本当ですか?」
「でも、あそこって意外と険しいから、人間には厳しいよ」
「大丈夫です。普通の人間じゃありませんから」
「おい」
叱ろうと近付いた時、月美は素早く切り返して俺の手を取ると河川に沿って走りだした。
「ちょ、お前‼」
「にとりさん、ありがとうございました‼」
「いいってことよ」
「今度会った時はスマホの使い方でも教えますからね」
「本当!?」
「おい!?」
「それでは‼」
月美はそう言って手を振りながらその場を去った。
にとりはそれを見送るように笑顔で俺たちを送りだした。
空亡「今回、一番頭使ったかも」
美羽「何度『河童』を検索したことか……」
空亡「結局、初めの詩の意味も分からずじまいでしたからね」
美羽「元ネタにこだわるからそういうことになるのよ」
空亡「意地を突き通して無茶をする。それがこの作品ですよ」
美羽「そのせいで一日も費やすアンタはも大概だけどね」
空亡「……無駄に生きている自分にはこのくらいしかないですよ」
美羽「面倒臭いやつね」
次回予告
白狼天狗の包囲網、それを掻い潜るために一行はその穴である滝へと向かった。
東方風神録、フォールオブハウンド~鯉の滝登り、どうぞお楽しみに。