東方絆紡録   作:空亡之尊

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彗星少年 前編

神無悠月side

 

 

「……着いた」

 

 

滝を登り切った俺は溜息を吐いた。

あれから約十分、休むことなく登り続けていたら腕に疲労が溜まってしまった。さっきの椛との戦いよりもこっちの方がきついような、そんな気がした。

 

 

「もう少し鍛えないとな……」

『まったく、無茶をするところも似てるな』

 

 

湖面から顔だけ覗かせた竜鯉(りょうり)は呆れ声でそう言った。

 

 

「この滝を登り切るアンタも大概だよ」

『これでも妖だからな』

「そうかよ」

『……さて、それじゃあ私もそろそろ戻るか』

「ありがとうございました。竜鯉さん」

『いや、こっちも久しぶりに良いものが見れた』

「また会う時はゆっくりと話そうぜ」

『ああ』

 

 

竜鯉はそう言うと滝へと向かって泳いでいった。

今度は神無のことでも聞いてみるか。“あのバカ”を知ってる奴なんて数少ないしな。

 

 

「さて、それじゃあ、高みの見物も疲れるだろうし……」

「……そろそろ降りてきてくれませんか?」

 

 

俺と月美が振り返ると、そこには一人の少女が浮いていた。

黒髪のセミロング、黒いフリルの付いたミニスカートと白いフォーマルな半袖シャツ、頭には頭襟を被り、手には葉団扇を持っている。しかし、何よりも目を惹くのは、彼女の背中に生える真っ黒な羽根だった。

少女は俺を見下ろすと、ゆっくりと地面に舞い降りた。

 

 

「気付いてたみたいですね」

「さっきから嫌な視線を感じてたからな」

「それはすみません。あ、私射命丸文と申します」

「俺は神無悠月、こっちは月美だ」

「これはご丁寧に」

「それで、何で俺たちを監視してたんだ」

「大したことではありませんよ。久々に面白いものが撮れたので」

 

 

射命丸はそう言って一昔前の写真機を取り出した。

よく見ると彼女の手元に手帳のような物が見える。

 

 

「……パパラッチか」

「人聞きが悪いですね。ジャーナリストと呼んでください」

「ようは新聞記者、つまりパパラッチだろ」

「ヒドイですね。新聞はお嫌いですか?」

「まあな。昔ありもしない事実を書かれて迷惑したことがあるんだよ」

「それは心中お察しします」

 

 

射命丸は礼儀正しくそう言った。

俺はそれを見て違和感を感じた。俺だけじゃない、隣にいる月美も感付いたようだ。

 

 

「……何を企んでいるんですか」

「何のことですか?」

「とぼけないでください。さっきから微妙に殺気が漏れてますよ」

「…………………………」

「それに、その無理して礼儀正しくされるとかえって不快ですよ?」

「……やっぱりそういうのは分かるみたいね。ただの式神ってわけではなさそうね」

 

 

射命丸はそう言うと面白いものを視るように笑った。

 

 

「八雲紫のお眼鏡に掛かってるだけはあるわね」

「そう言うところまでお見通しかよ」

「当然よ。数々の異変に携わり、その度に人間妖怪問わず親交を深める外来人、記者として、いや一人の妖怪として、調べ上げないと気が治まらないわ」

「仕事熱心なのは褒めてやるぜ」

「それはどうも。こちらとしては褒め言葉より取材の方が喜ばしいのですが?」

「断る」

「でしょうね。やれやれ、これだからお堅い人は苦手ね」

 

 

射命丸は溜息を吐いて首を横に振る。

 

 

「それで、私が何を企んでいるのかって話だったわね」

「はい」

「単刀直入に、私の大事な部下の敵討ちってところよ」

「……言っておくが、殺しはないぞ」

「それは知ってるわ。でも、ただの人間にやれたとなっては天狗の評判に関わるのよ」

「物事に本気にならねえくせに、プライドだけは高いな」

「そうね。だけど、人間だって犬に手を噛まれたらイラッと来るでしょう?」

 

 

射命丸は同意を求めるかのような表情で俺に言った。

要約すれば、人間風情が天狗に歯向かうな、そう言いたいのだろうな。

それを察したのか、普段はバカみたいに明るい月美が怒りで拳を握り締めている。

今にも殺しに掛かりそうな月美を軽く押さえると、俺は彼女に向かって言い返す。

 

 

「犬に噛まれるなんて、その人間はよほど下に見られてるんだろうな」

「……なんですって?」

「おまけに噛まれてイラつくとは、了見が狭いにもほどがあるな」

「……なるほど、そう返しますか」

 

 

その瞬間、射命丸の周り風が吹き始めた。

それはまるで、彼女の怒りを表しているようだった。

 

 

「……その嘗めた口、今すぐ訂正してあげるわ」

「やってみろよ。ただし、先に侮辱したのはそっちだってことを忘れるなよ?」

「知らないですね‼」

 

 

射命丸は葉団扇を振り上げると、風が刃のようになって向かってきた。

俺は咄嗟に月美を刀に変えるとそれを斬り払った。しかし、風の刃は絶え間なく俺を狙って放たれ、いつの間にか避けていくうちに川のど真ん中へと追いやられた。

 

 

「くっ……見えない少し辛いな」

「その程度で根を上げないで下さいよ。人間」

「ばーか。そっちこそ、俺を楽しませてくれよ。妖怪」

「上等ですよ。岐符『天の八衢』」

 

 

射命丸が葉団扇を振り払うと、両端の川岸を覆うように弾幕が展開された。

彼女の正面だけ不自然に開いた空間、それを侵食するように左右から弾幕が向かってくる。すべての弾幕が斬り払うと、彼女は目にも止まらぬスピードで移動して今度は右から弾幕を展開する。

 

 

『速いですね。流石天狗です』

「なら、こっちもそれなりに行かねえとな」

 

 

俺は弾幕を一通り避けると、ホルダーからスペカを取り出す。

そこには、波長の二重線を背に、指鉄砲の構えをし紅い瞳になっている鈴仙の姿が描かれている。

 

 

「狂弾『幻影弾丸‐マジックブレッド‐』」

 

 

俺は指鉄砲のk前を取ると、指先から銃弾のような弾幕を射命丸に向かって放った。

当然のように、上空へと逃げられその弾幕は易々と避けられる。絶え間なく弾幕を撃ち込むが、空を自由自在に高速で動き回る彼女を捉えるのは至難の業だ。

 

 

「そんな鈍い弾幕では私を射抜けませんよ」

「そうだな。なら……」

 

 

俺は口元をニヤッとさせると、再び弾幕を放った。

しかし、今度はさっきの通常弾ではなく、拡散するショットガンのような弾幕へと変わった。

遠くへ行くほど範囲を広げる弾幕、いくら速くても、文字通りこの弾幕をかわすのは難しい。

 

 

「いつまで避けられるかな、鴉」

「調子に乗らないで。風神『風神木の葉隠れ』」

 

 

射命丸が葉団扇で弾幕を振り払うと、凄まじい風が吹き荒ぶった。すると彼女の周りに大量の木の葉が舞い上がりその姿を覆い隠した。弾幕で撃ち抜こうとしても、木の葉が邪魔で狙えない。

その時、風に吹き飛ばされるように鋭い木の葉が俺に向かって放たれた。

 

 

「ったく、目立つスペカのくせに狙えねえ」

『だったら、こっちも同じことをするまで』

「ああ」

 

 

俺は木の葉を避けると、一枚のスペカを取り出した。

そこには、迷い竹林を背に、あくどい笑みを浮かべるてゐの姿が描かれている。

 

 

「悪戯『幸運なスウィンドラー』」

 

 

俺が斬り払うと、目の前を覆い隠すほどの弾幕が展開された。

あちらから見れば俺の姿は完全に隠されて見失う。だが、このスペカの本領は…………。

木の葉の向かってくる速さが増している。どうやら彼女も少し本気になってきてくれたようだ。

徐々に弾幕が削られていき、やがて全て突破されると、周囲が煙に包まれた。

 

 

「これでお終いですか。呆気ないですね」

「それは……」

『……こっちの台詞ですよ』

「え?」

 

 

次の瞬間、煙を晴らすように巨大なレーザーが放たれた。

それは油断していた彼女の身体を確実に捉え、その姿を閃光が包み込んだ。

閃光から勢いよく飛びだした彼女は水飛沫を上げながら川に膝を着いて着地した。

 

 

「何よ……今のは」

「先に展開した弾幕に目を惹きつけて、後で強力なのをぶちかました。ただそれだけだ」

『それに木の葉を撃ちだしてる間は動きが止まりますからね。狙うには打ってつけでしたよ』

「……どこまでも油断ならない人間ね」

「お褒めに預かり、至極恐悦」

 

 

俺はわざとらしいお辞儀を彼女へと向けた。

顔を上げると、彼女の瞳に微かな怒りが垣間見えた。

 

 

「……もういいですよ。そこまでバカにされると正直清々しいです」

「ようやく本気になってくれるのか?」

「ええ。人間だと思って手加減はしませんから、覚悟してくださいよ?」

「上等だ。掛かってこいよ」

 

 

俺は射命丸に向かって指を立てる。

 

 

「行きますよ。『幻想風靡』」

 

 

射命丸は水面を蹴り上げると、目にも止まらぬスピードで俺の真横を通り過ぎた。

咄嗟にその姿を捉えようと目で追うが、超高速に飛びまわる彼女の姿は一本の線にしか視えなかった。その上、弾幕をばら撒いてくるので反撃のしようがない。

 

 

「幻想郷最速と呼ばれる私を捉えきれますか?」

「くっ……」

「そろそろ退場していただくわ」

 

 

射命丸はそう言うと、俺の身体に向かって超高速で突っ込んだ。

速さも相まって、その衝撃はトラックに衝突された時と同じ感覚だった。

俺の身体は耐えることができずに、滝口を超えて何も無い空中へと吹き飛ばされた。重力の法則には逆らうことができず、俺はそのまま滝壷に向かって落ちていく。

 

 

『ユウキ、これは』

「詰んだ」

『そんな冷静に言われても』

 

 

しかし、あの速さに追いつくのは今の俺では到底無理な話だ。

俺の斬撃は速いが、あれに追いつくには多少の無理をしても確実に捉えられる保証がない。

 

 

「こういう時に魔理沙がいればな」

『そんなフラグみたいなこと言わないで下さいよ』

「よんだか?」

「『え?』」

 

 

声が聞こえると、俺の横を通り過ぎた何かに腕を引かれ、空へと昇っていく。

その時、視界に映ったのは黒いとんがり帽子と魔女の服、それと綺麗な金髪だった。

そいつは滝の頂上へと辿り着くと、俺を引っ張り上げて箒に乗せた。

 

 

「まったく、珍しくヒドイ様だな」

 

 

そう言って、魔理沙はニヤッと笑いながら俺を見た。

 

 

 

 

 

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