大火と名乗る呪霊。
特級だ。
それも比較的上澄み。おそらくは領域だって、既に使えるだろう。
そうなった場合、勝ち目はない。──
彼女は領域対策を有していない。
過去倒した特級は、領域展開されたが辛うじて倒すことができた。
しかしそれは敵の術式との相性がよかったからだ。
もしも領域が、煙と火の充満した世界だったら。
間違いなく二人は死ぬ。
故の猛攻は、しかしながら成果に乏しい。
相当な攻撃力があるコンビであることは間違いないだろう。彼女の攻撃は、頑張れば二級を一撃で仕留めることだってできる。
しかし、術式開示と
「──遅いんだよ、このやろう!」
頭を下げて、攻撃を紙一重で回避しながら吠える。
攻撃は遅い。動きも鈍い。
けれど、威力は違う。
あまりに巨大なものが落ちる感覚、というのか。
ゆっくりであるように見えるが、その破壊力は計り知れない。
そしてそれ以上に受けられないのが、大火の纏っている煙だ。
現状殴っても何も効果がないことから、おそらく相手からの攻撃が決まったときのみ発動するのだろうその効果。
おそらくは中毒で昏倒する。
──現状、決め手がないわけでもない。
彼女の相方が持つ、謎の衝撃波。
アレをヒットさせることができれば少なくはない手傷を与えることができるだろう。
だがそれを当てるためには、
「工夫しないとねぇ……!」
だから彼女も、本来の姿を解き放つことにした。
「──
かっこよく決まった。
それが術式効果を高め、そして──彼女の姿が変化する。
着包み变化。
彼女がそう名付けた技。
着包み内部から着包みを展開、装着し、外側にある着包みを脱ぎ捨てる術式。
変化のときにはどの形態になるのかを宣言してからでないと変化できない。
そして、
最初から装備している熊の着包みを愛用するのは、全形態の中で一番バランスが取れているからだ。
無条件で強い。汎用性に優れた着包み。
逆にこれは、丁寧にお膳立てしてやることで無類の強さを誇る形態。
彼女が特級を退けられた所以は、多様な相手に対応できる拡張性の高さとそれを丁寧に繰る無類の術士センスによるものが強い。
「がおー」
何かある、と判断したのだろう。
大火が周辺を炎で振り払った。
爆風が、多くのものを退ける。
しかしそれは中綿梓には効かない。なぜなら龍は炎を従えるもの。
強固な鱗は耐熱性に優れている。
火事程度の炎では、怯みも退きもしないのだ。
(攻撃力が高い。触られると不味い。でもそれならそれでやりようなんていくらでもあるんだよ!)
この局面で龍を出したのは、スペックが最上位ということだけが理由ではない。
龍は炎を繰る側だ。
故に、酸素不足での中毒など効果はない(と彼女は思っている)。
「速い」「強い」
「お褒めに預かり光栄ですっと!」
敵は炎を纏っている。普通に殴ろうとすれば手が焼け焦げるだろう。
だが龍ならば。
──振り抜いた拳が、大火の巨体を吹き飛ばす。
瓦礫をぶち抜きながら飛んでいくその姿を、五条祈が屈折させるように正逆に反転させて、再度吹き飛ばす。
しかし大火も馬鹿ではない。一度やられたことは、当然覚えている。
引き寄せられるように戻ってきたその勢いのまま、彼は梓に拳を突きつけた。
正面にいてもそれに当たるほど間抜けなつもりもなかったが、更に手札を隠されていると不味いので回避を選択。
横合いに逸れることを選択する。
そこに対応するように即座に襲い来る攻撃。
(速くなってる)
ほとんど変わらない。
だからそれは気づいたというより、半分以上野生の勘だ。
けれど勘はこれまでの経験の発露。彼女にとって、自分の勘以上に信じられるものと言えば五条悟が最強ということくらい。
だから疑わない。彼女はほんのわずかな直感で、相対している特級呪霊の格を見抜く。
今年は本当に人手不足が酷いようだ。
彼女なんかがこんな大層な呪霊と戦わなければならないのだから。
格闘。地面から抽出したエネルギーを、正面に放つ。
対する大火は拳をクロスしてガード。みしりと腕がきしみ、ロウソクのような火がちろりと舞った。
それを不味いと認識するには、ほんの数瞬遅く。
拡大し発散された莫大な熱量が、彼女の耐性を貫通して柔らかい肌に焼け跡を遺す。
(着包みは破れてない。セーフ。セーフか? マジで言ってる? 全然セーフじゃないでしょこれ)
油断はしていなかった。けれど、意識の外の攻撃。
狙ってやったのだとしたら──やはり。
相手は、この瞬間にも学習している。
間違いも、疑いようもない。
「
宣言通り、中綿梓は加速した。
攻撃の手を緩めない、その一撃。
顔面に向けて拳を放つ。同時に腹へと向けての攻撃も左手で。
それを受けられれば、しゃがむようにして足を払う。
転がした相手の腹へと叩き込むのは龍の爪。
なのに。
爪痕一つ残らない。
──想定済みだ。
だからこの攻防の本題はそこではない。
そこから放たれたのは砲撃。
龍のブレスだ。
特級相当の呪力砲は、大火の体を吹き飛ばす。
「……見事」「強い」
「ははっ、どうだみたか」
「故に、慢心はない」「全力を持って殺す」
「そりゃあいいや」
それは大火の意識が中綿梓に向いた瞬間。
──無下限呪術の秘伝、その最大出力が放たれた。
露骨に警戒されることはわかっていた。
故に、大技を放とうとするタイミングを狙って「茈」を撃つことは最初から織り込み済みだ。
『たぶんいのちゃんの必殺なら、普通に殺せる。防御とかもぶち抜いてね。
だから、私も大技を撃つ。そのあとに紛れるようにして撃って』
成功するとは思わなかった。
正直なところ、オレは「茈」を何度も撃てる。だからこそ、一人ならばこれを連射していただろう。
しかしながらそれだと祓えたかどうかもわからない。
だからこれでよかった。
そういうことにする。
「茈」で消し飛んだ体。
それは既に、修復すら難しいほどに崩壊している。
「うひゃー、すごい威力だねぇ。いのちゃんすごーい」
「ふー、一件落着かな?」
──待て。
帳が上がってない。
呪霊を倒したあとに上がるはずの、帳が。
直感に任せて呪力でガードを固める。
しかしそれも遅い。
振り向いた顔を横合いから殴り飛ばされた。
一瞬、自分が生きているのかわからなくなるほどの浮遊感と、視線の回転。
地面に落ちたと気づいたのは頭に痛みが走ってからだ。
「……いった」
声に出したが、喋った感覚はない。
意識が遠のきかけている。そんなに耐久力がなかっただろうか?
視界は明滅。ゆっくりと意識を手放しかけ、自分自身を「赫」で吹き飛ばす。
飛びかかってきた大火をそれで回避できたのは、本当に運がよかった。
そして今の「赫」でなんとか気付けは完了。
頭こそ回らないが、これでどうにか戦いは継続できる。
「は……はぁ!? どういうこと、今確実に死んだはず……!」
死体のほうに目を向けた梓が、はっとしたよう息を呑んでから舌打ちした。
「やられた……! そりゃあ強いに決まってる! だってあいつ、
どういうことだろうか。
もう足取りもおぼつかない──これは、最初に警戒していた状態だろう。
やっぱり食らっちゃダメなやつだったか。
「声が二重だったのも……! あいつ、
「はぁ」
オレにはもうよくわかんないけど。
また意識を落としかけたオレの腹に、拳が二度叩き込まれる。
血が口からこぼれた。お腹は潰れてないだろうか。
気休めにしかならないが、反転術式を使って治癒を始める。
「はー……はー」
痛い。
こんなに傷ついたのはいつぶりだろうか。
はじめてかもしれない。はじめてじゃないかもしれない。
もう、覚えてない記憶の中にあるのかも。
「だから身長が250cmくらいだったのか。──ってことは」
せめて最後ににらみつける。
「茈」の破壊の嵐がすべてを呑み込んでいく。
それを空中に浮遊することで回避した大火は、こちらを見て。
「──恐ろしい」
手で印を結んだ。
「させるかぁ──!!」
と、翼のように紐をはためかせ、梓が空を駆ける。
地面へと叩き落とすように、手を盛大に破壊する。
自分が術式に罹ろうと、関係なしに。
それによって呪印の成立を阻止──したが。
小さく揺れる炎が、大火の体に印を刻み込んだ。
そして、世界は色を変える。
恣意的に歪められた世界。まるで焦土のようだ。
熱はない。けれど、全てが燃え尽きたような──終わった世界。
ここが地獄というのなら、それで納得できるような。
そんな光景が、目の前に広がっていた。
「ああクソ……! 私のミスだ……!!」
梓はその表情を大きく歪めて、叫ぶ。
「ふざけんなよ、クソ、せっかく、せっかく……」
「
──わからない。
頭が全く働かない。
けれど、今この状況が不味いということだけはわかった。
「……げほっ」
咳き込んだ喉から、血がべったりと零れ出た。
心臓がきりきりと痛む。
息ができない。
見れば、梓も地面に手をついていた。
「いち、に、さん……わかった。この領域内での、あいつが隠してた本当の術式」
ゆっくりと立ち上がって、彼女は言う。
「三分──三分以内に倒さないと、私たちは死ぬ」
一部の特級は口で印結んだり淫紋で領域発動したりしててずるいですよね
せっかくなんで領域を発動するときは淫紋を腹に貼り付けてないといけない術士みたいなの書きませんかだれか。
それが男でも女でもシリアスな場面で「でもこいつ淫紋つけてるんだよね……」ってなるのすごくよくないですか。例えばだごん戦の伏黒が淫紋つけてたらすげーぐっときませんか。
紋章術士って実質淫紋術士ですよね。