浮かれた五条悟は死ね   作:moti-

13 / 18
「いつもどおり」の日常

 今日はいい日だ。

 なんとなくそう思った。理由なく思うわけがないので、ひょっとしたらオレの心境に何かあったのかもしれない。

 だって、いつもどおりだ。

 今日は至っていつもどおり。

 普段と代わり映えのしない一日でしかない。

 

 高校生の朝は早くない。それが自堕落野郎となると尚更だ。

 けれど日曜朝になんとなく目覚めてしまったのだから仕方ない。洗顔をして、鏡で顔を見た。

 

「……んー」

 

 鏡が映し出すのは量産型高校生の顔。

 どこか怪訝そうな顔をした、どこにでもいる、特徴のないモブ顔だ。

 異世界召喚系主人公にはなれそうにもない。

 いや別になりたいとも思わないが。

 

 なぜだか、違和感があった。

 まるでこれが自分の顔でないような──そんな違和感だ。

 

「いやいや……別に、いつもどおりのオレの顔だろ?」

 

「どーした中二病?」

 

「いや、別に……。おはよう、母さん」

 

「おーおー。……ま、ちょっとばっかオマエ入院してたからね。そういうこともあるでしょ」

 

「入院? なんで?」

 

「私が聞きてーんだよ全く……こないだトーキョーいったっきり、ばったり倒れやがって。そんで自分には記憶がないときた」

 

 そう言えば、そんなこともあったような気がする。

 どうしてオレは東京なんかに行ったんだっけ。

 高校二年。

 進路も考え始める時期だ──オープンキャンパスにでもいったのだったか?

 

 いや、違う。思い出した。

 パーティーを盛大にしようということで、東京のほうに行ったのだ。

 

「なんかあった気がするんだけど……」

 

「おーおー、オマエったら私の心配をよそに二週間寝込んでは、帰ってくるなり普段どーりなんだから」

 

「え、心配してくれてたの?」

 

「そりゃあそうさ。親なめんなよ? いくらテメーのガキに嫌われようが、私が一番オマエのことを好きで、心配で、愛してやらねーでどうするんだよ」

 

「……そー」

 

 そう言われると、どことなく気恥ずかしい。

 軽く目を逸らすと、母親はオレの頬をぐにーと引っ張った。

 

「や、やめろっ、痛いっ」

 

「……なーんか、嫌がり方が女々しくね? どした? こっそり女装とかしてた?」

 

「や……やらねーよ馬鹿!」

 

「おーおー母に向かってその口の利き方はなんだぁ? いいのか? 親はガキのケツ叩く権利があるんだぜ? うりうり」

 

「馬鹿に馬鹿っつって何が悪い」

 

「よっし百回」

 

「ちょっ……寄るんじゃねぇ! やめろ! ヤメロー!!」

 

「うるさいぞ兄貴! ちょっと静かにしろー!」

 

 オレだけかよ。

 逃げるようにしてリビングに飛び込むと、弟が睨みをぶつけてくる。

 まだ幼い顔で、全く怖くない。

 

「なんだァ? 兄貴に向かってその態度は」

 

「瑠璃寝たんだから黙って」

 

「ごめん」

 

 昨日夜更ししたのか、妹はすやすやと眠っていた。

 オレの後ろから顔を出した母親も遅れてそれを見る。そして、「あちゃー」と頭を抑え。

 

「昨日は修羅場だったからねぇ。ちょっと手伝ってもらってたらこのザマか」

 

「修羅場って……何やってたんだよ」

 

「文旦剝いてた」

 

「あー」

 

 修羅場というのはおかしいと思うが、それでも文旦を剝くというのは重労働だ。

 それを手伝わせようとして夜更しさせたんだろう。

 

「ちなみに何個剝いた?」

 

「瑠璃は二十六個」

 

「アホか」

 

「ジジイが食べるかんな。この程度すぐ捌けるよ」

 

 戦果を享受するのはいつだって大黒柱ということか。

 家計を支えているぶん、と言えば聞こえはいいが……それでも、だからといって当然のような顔で食い尽くされるとムカつくものだ。

 ……はて。

 今の感想はいったい、どこからきたのだろう?

 オレは実際に文旦を剝いた覚えはない。ないが、それでもどうしてかその実感が今あった。

 

「ところでユキ」

 

「あっ」

 

 オレがいったいどうだったかと記憶を漁っている隙に、母が肩を掴む。がっしり。逃げられない。

 ていうか痛いくらいだ。

 

「ようやく隙を晒したな」

 

「ま、待て、話せばわかる」

 

「問答無用」

 

 指導。

 

「……つーかさー、ユキ。あんたなんか雰囲気変わったね」

 

「うん? そう?」

 

「なんつーか、前は『無気力ですー』ってオーラ出してたけど……なんつーか、今は活力あんじゃん。

 どした? 夢でもできたか?」

 

「……いや」

 

 夢。夢か。

 

「まーったく。夢のゆの字も見つからねぇや」

 

 人生なんて適当にやっていても生きていけると思った。

 

 昔からなんだって、そこそこのラインまでいくことができた。特段努力なんてしなくても、オレの人生はこのまま進んでいくのだろう。

 

 適当な大学に入って、適当な仕事について、適当にアニメとかゲームとかで休日を潰して、そして──適当に死ぬ。

 どうしてか、そういうものだと思ってしまう。

 

 やりたいことなんてない。

 将来の仕事で、何かしたいことなんてなにもなかった。

 大学受験は指定校推薦を適当に受けようと思っている。だから、今の段階で面接の話すネタは探している。

 

 その大学に入って、自分が何をしたいか。

 そんなのはどうでもよかった。興味はないし、知らないし、それでも適当にやれば一時の失敗や恥はともかくとして、なんだかんだで入ることはできるだろう。

 そういうものだと思っている。

 

「そうかぁ。ま、私としてはこのままニートにならなきゃ別にいいんだけど。

 ──ああ。夢ができたら、ちゃんと言えよ? それがどんなものであれ、私は応援してやるから」

 

「……了解」

 

 でも、そんな機会はきっとこないだろう。

 なぜなら、オレにやりたいことなんてできるはずがないから。

 

「え、にーちゃん夢ないの? おっくれってるぅ」

 

「何が不味い。言ってみろ」

 

「オレには偉大な野望がある!」

 

 と、洞爺は堂々と胸を張って言った。

 

「へぇ? なになに?」

 

「ウルトラマンになる」

 

「そこは今見てたライダーにしとこうや」

 

「ライダーもかっこいいけど……でも、ウルトラマンのほうがいいや」

 

「なんで?」

 

 それは、単純な疑問だった。

 いやオレが昔仮面ライダーになりたかったということは関係ない。

 ないから。

 

「だって、でかいんだぜ? あと空も飛べる。

 オレみたいに強くなくてもさー、サイガイキュージョとかならできそうじゃんか!」

 

「おー、いい夢じゃん!」

 

「まじかよ母さん」

 

「こんな夢くらい追いかけようぜ、折角の人生なんだから」

 

 母親は、オレと弟の頭を豪快に撫でる。まるで犬をわっしわっし撫でるようなその手から逃れようと軽く身じろぎ。

 

「……ま、夢に破れた馬鹿の戯言なんだけどね!」

 

「よく言うよ、同人活動続けてるくせに」

 

 伊野(いの)うず。仕事として塾勤務をしつつ、趣味でイラストレーターとして活動中。

 同人誌も毎年出すなど、現在も鋭意活動中。

 母親はやりたいことを持ちすぎた結果、器用貧乏になってしまったタイプの人間だ。

 

 ──それは、打ち込めることがたくさんあったということだ。

 そしてその幅を減らさないために、公務員である教職ではなく塾の講師を選んだ。

 少しだけ羨ましく感じる。

 

「おー。つってもただDL販売だけだからな、まだまだだよ」

 

「なにその直販目指してるんでみたいな……」

 

「私はまだ登り始めたばかりだからよ、この険しく長い同人坂を……」

 

 アホがなんか言ってる。

 

「……おはよう、かな?」

 

「おっ、おはよー。目ぇ覚めたか?」

 

「ん。おにーちゃんおはよ。手の振り方女の子みたい」

 

「やめろよそういうこというの」

 

「そうだぞ瑠璃、気にしてるんだから……気にしてるんだよ兄貴二学期の50メートル走11秒で盛大に笑われたこと」

 

「なんでオマエが知ってんだ洞爺あぁおい??」

 

「持久走補走常連らしいじゃん。マジで運動苦手だよね」

 

「やめろやめろバスケだと3ポイントシューターってので重宝されてんだよこれでも」

 

 ……オレは致命的に運動センスがない。

 投擲だけならできるが、走るとなるとほんとに苦手だ。

 おそらく骨格が走るのに適してないのだろう。別の体になれば走るのだってうまくなるはず。

 

 まぁ、オレは頭脳だけでも天才なので。

 IQ200なので。

 

「うわ、おにーちゃんってそんなに雑魚なの……?」

 

「雑魚って呼んだら魚に悪いレベルだよ」

 

「だなぁ。50メートル11秒は笑えん」

 

「じゃあオマエら何秒なんだぁ!? 言ってみろ!」

 

「8秒」

 

「6秒」

 

「6秒。まぁ昔の記録だけど」

 

「畜生……こいつら足異常に速い……」

 

 上から順に瑠璃、洞爺、母親である。

 なんでその運動センスがオレに遺伝しなかったのだろう。父親か。父親のせいか。

 インドアを極めた父親のせいなのだろう。

 

「おはよう」

 

 父親が起きてきた。

 あくびのせいか、目に涙が浮かんでいるのをごしごしと拭って、声をかけてくる。

 

「おー、おはよー」

 

 父親が、椅子に座りながらこちらを見て。

 

「……魔女裁判?」

 

「いや、普通にいじめられてるだけ。ていうかなんで魔女? 女?」

 

「その筋肉で男は無理でしょ」

 

「テメーも似たようなもんだろうがぁ!?」

 

 あんまりな言い分だったので、流石にキレた。

 

 

 

 

 ──部屋に戻って、パソコンを起動する。

 そこでようやく一息ついた。

 スマホを見ると、友人からのラインの通知。軽く返事をしておく。

 

 なにか忘れているような予感。それについて考えようとすると、扉が控えめにノックされた。

 

「なにー?」

 

「入っていい?」

 

「おー、いいよ」

 

 来たのは弟だ。

 扉を開けて、彼を部屋に招き入れる。

 

「で、なんの用?」

 

「モンハンしよ」

 

「えー、ダブルクロス? まぁいいけどな」

 

 3DSを取り出して、PCから音楽を流す。

 オレは基本的にゲーム音を聞かない。目で見て避ける。

 そんなオレとは違って、弟は自分のほうで音を流し始めた。

 

 ローカルで部屋を作ると、弟がすかさず入ってきた。

 ──と思ったらもう二人入ってきた母親と父親だこれ。

 無駄にHRも高く、超特殊許可クエストを制覇した証である王冠も最大な二人が装備を見せびらかしてくる。なんだこいつら。

 まぁ、やるというのなら仕方ない。音楽を止めて、それからスリープモードに。

 

「リビングいくぞー」

 

「んー。ねぇ、兄貴」

 

 部屋から出ようとして、弟の呼びかけに声の方を向く。

 

「兄貴はさ、いなくならないよね?」

 

「はぁ? なるわけねーだろ」

 

 明瞭じゃない呼びかけだ。

 ひょっとして、オレが二週間病院で意識不明だったっていうので不安になったのだろうか。

 案外かわいいところもある。

 だから、オレは安心させるように言う。

 

「いなくならねーよ、大丈夫だ」

 

「約束する?」

 

「おう、約束」

 

「……そっか。だよな!」

 

 笑顔になった。

 うん。これが正解だ。

 と、そのタイミングで弟の3DSからちりんちりんと何度も鳴り響くクエスト準備完了の合図。

 

 

 

「──連打してんじゃねぇ!!」

 

 










 執筆中BGMはmozellさんのネレイアとLast Hopeでした
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。