浮かれた五条悟は死ね   作:moti-

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 ※呪術廻戦10、11巻のネタバレを含みます。
 まだ見ていない方はご注意ください。


馬鹿なりの結論

「──ふー……やべぇな、これ」

 

 時計を見る。

 兄譲りの時計だ。

 そこには時刻20:30とあった。

 

「電車はこねーし、電話は通じねーし、人でごった返してるし、とにもかくにも」

 

 慌てふためいている人の中で、平然とレールの上に立っているヤツが、三。

 普通に考えると今回の件の黒幕だろう。

 

 何かが起こっている。

 その判断はすぐにできた。

 だからこそ警戒している。オレ一人が警戒したところで、何が変わるわけでもないが。

 少なからず自分は生き残る可能性が生まれるかもしれない。

 この緊張感の有無が、結果を分けるかもしれない。

 

 とはいえ、オレが──オレたちがここに閉じ込められて、既に一時間半もの時間が経った。

 それだけすれば、警戒している自分の気力もかなり削がれてくる。

 

「いかんいかん、緩んでる」

 

 このまま何もアクションが起こらないままだと大変だ。

 そう思って、待っていたときのこと。

 

 上から──人が降りてきた。

 

「これで負けたら言い訳できないよ?」

 

「貴様こそ、初めての言い訳は考えてきたか?」

 

 そのやり取りは、よく聞こえた。

 何かが始まろうとしている。

 その気配だけは、敏感に感じ取れた。

 

 そして。

 

「え」

 

 落下を防ぐ仕切りが、突然空いた。

 人でごった返した現状。

 潰されるように、押し出されるようになっていた人だっているはずだ。

 それが、落ちた。

 

 そのまま人の波に流されて、オレも線路へと落ちる。

 しかしながら、オレはすぐに降りてきた男の後ろへと回るために逃げる。

 

 ──一瞬振り返った背後。

 

 そこで、人が死んでいた。

 

「──っっっ!」

 

 怖かった。

 けれど、納得できた。

 だってそれは予想できていたのだから。

 

 何かが起こっている。

 到底、オレなんかじゃわからないような領域で──何かが。

 

 少しの間があって。

 

「──正直驚いたよ」

 

 男の声が響く。

 それが今、恐ろしくもあり──頼もしくもある。

 

 オレは、今この場において、この白髪の男に全幅の信頼を寄せていたのだった。

 

 当然かもしれない。

 物語である悲劇。

 それを食い止めるために戦う主人公。

 そういうものに、憧れてきたオレが──こうして、いざそれに類似した現場に立っている。

 憧れか? それともまた別のなにかか?

 

 わからない。

 わからないけど。

 

 目隠しを取った彼に、オレは何よりも今──興味を惹かれていたのだ。

 

 そこから始まったのは蹂躙だった。

 

 ただの体捌きで腕をもぎ取り、三人いた中の一人を圧殺。

 相手の攻撃は彼に通用していない。

 ──すごい、と思ったのを覚えている。

 

 けれど状況は変わる。

 それは電車が来てからだった。

 

 詰め込まれた、何か。

 化物のように見えるなにか。

 

 それが先頭の男を殺し──そして、溢れ出す。

 

 怖くて、逃げた。

 そして。

 そして。

 

 たった一人、未だ無傷で立っている彼をめがけて──全方位からの攻撃。

 避けられない。これは死んだ。間違いない。

 

 短い人生だった。そう思って──足掻くのをやめる。

 できれば痛くなければいい。そう思って、目を閉じた。

 

「──アレ? オレ、生きてる?」

 

「……っ!」

 

 それは、ただの奇跡。

 他人の血飛沫を浴び、臓物にまみれながら──オレの体には、傷一つついてはいない。

 

 まさか生き残っているとは思わなかったのだろう。白髪の彼は、オレを見て。

 そしてどこか得心したような表情で。

 ほんの少しだけ、希望を宿したかのようだった。

 

「うげっ」

 

 そして彼に服の襟を掴まれる。猫のように持ち上げられたそのあとのこと。

 

 

「──領域展開」

 

 

 ──一瞬だ。

 けれど、オレはその瞬間を目に焼き付けた。

 

 そしてそのあと、彼は呆けて動くことのない化物たちを瞬時に殺し続け──そして。

 

 

「獄門疆 開門」

 

 

 そんな声がする。

 そして、彼は『獄門疆』なるなにかに身を覆われ──。

 

 たった一人、戦える彼が捕まってようやくオレは気づいた。

 

 世界に完璧なヒーローはいない。

 絶対的に強かったとしても、万全の対策をされていれば……それこそ、親しい仲の人間を利用したりすれば、それで止められてしまうのが現実だ。

 

 だから。

 だから。──だから。

 だから、何だ?

 

 今オレにできることはなにか。

 逃げる。

 彼を助けるための、最大の方法は──彼のように、いるかもしれない強い味方を呼ぶことだ。

 走って、駅を登っていこうとして、足が止まった。

 

 腹に突き刺さった、巨大な腕。

 

「彼は……一体なんだい? どうしてわざわざ無量空処から守った」

 

「ああ、こいつ脹相の攻撃食らって生き残ったやつじゃん。術士でもないのに。ひょっとしてこれ使ってどうにかしようとか考えてた? 残念だったね」

 

「ちっ」

 

 首だけ振り返って、拘束された男を見る。

 彼の名前は……なんだっけか。

 ああ、思い出した、五条悟だったか。

 あれだけ連呼されてればさすがに覚える。

 

 腹はもう、痛みすら教えてくれない。手遅れなのだ。

 それでよかった。

 オレには特別な力なんてない。なにもできる余地なんてないのだ。

 

 それでも。

 きっと、物語の主人公ならこんな状況でもどうにかしようと足掻くのだろう。

 ──ああ、だからか。

 

 なぜだか無性に、悪足掻きがしたくなった。

 

「ばーん」

 

「?」

 

 指を銃の形にして、頭に傷のある男に向けてみた。

 当然一切効果はない。

 

 何も起こることはなく、閑静な空間にオレの声だけが響く。

 

 ややあってから。

 

「オマエ、結局何がしたかったの?」

 

 言葉は次に進まない。

 体がぐにゃり、と歪むような──いいや、これは魂だろうか。

 

 ──そして。

 

「──は?」

 

「どうしたんだい、真人」

 

「消えた」

 

「消えた?」

 

「魂が消えた! 完全に! 跡形もなく!」

 

 そんな言葉を、オレは上から見下ろしていた。

 意識はない。けれど、ある。

 そういう不思議な状態で。

 

 そのまま引っ張られていく。

 理屈はわからない。

 理由もわからない。

 けれど、遠い視界の先でオレの体が爆発したのを見て──ああ、オレは死んだんだな、と。

 そう思った。

 

 死んだのなら、きっと転生がある。

 そういうことを本気で信じていたわけじゃないけれど。

 もしも本当にそんなことがありえるのなら、一つだけ願いを叶えてほしい。

 

 できたらでいい。

 来世は、こんな終わりにならないように──そうだ。五条悟を助けることができるように。

 

 それがオレの人生最後の願いだった。

 

 

 

 

 ──五条祈は、オレの祈りの果てだった。

 

 そういうことだ。生まれる前に死んだ彼女は、本来歴史の表舞台に上がることのない存在だった。

 

 しかしおそらく、オレの術式が暴走して魂が過去へと吹き飛ぶ。

 ひょっとしたら、神様なんてものがホントにいて、手伝ってくれたのかもしれない。

 そしてオレが抱いた願いをもっとも叶えられそうな器に入り込んだ。

 

 それがオレが五条祈として目覚めることができた原因。

 オレの意識がほとんど残ってなかったのは、オレの魂が真人と呼ばれる男の影響で破損していたからだろう。

 そして記憶の領域は完全に破損しつつも、なお、オレは再び意識を取り戻した。

 

 それが答え。

 

 思い出せばすべてが簡単だ。

 この世界はきっと、オレが作り出した未練だ。

 夢。

 幻にすぎない。

 けれど、見ようと思えば朽ちるその日まで、この幸せな夢は続いていく。

 

 渋谷で起きたあの事件がなかったことになったかのように、オレはオレとして生きていくことができる。

 

 ──オレとして?

 それって、どっちだ。

 伊野幸人として生きていくこと。

 五条祈として生きていくこと。

 それのどちらが、本当のオレなんだ。

 

「──悩んどるよーね」

 

 声がした。

 扉を思いっきり開いて登場したのは──

 

「──ば、婆ちゃん!?」

 

 本来この家にいるはずのない祖母だった。

 

 

 

 

「ユキ。……いや、祈って呼んだほうがいいかな」

 

「……婆ちゃんがなんでそれを」

 

「知らん。これに関しては、ユキがそれだけ私を強いと思っとるってことやと思う」

 

「え、ええー……」

 

 どういうことだよ。

 

「──ユキは、どうしたい?」

 

「どうしたいって……」

 

 どうしたい。

 どうしたいか。

 

 オレは──

 

 

『兄貴はさ、いなくならないよね?』

 

『──ユキがさ、生きててくれてほんとによかったって思うんだ』

 

 

 オレは、どうしたいんだろうか。

 

 夢とはいえ、オレが死んだとしてこの世界から出ていくこと。

 現実に二度と戻らず、五条祈が死ぬこと。

 

 そのどちらを取るにしても、選択は悲しみを生む。

 オレがオレにとって都合のいい夢を見ないということは、この家族にオレが死んだことを突きつけるということと同義じゃないか。

 オレが生きていてくれてよかったと。

 顔を見て、泣きそうになるくらい思ってくれる家族なんだから。

 

「ユキ」

 

「……なに?」

 

「舐めとんちゃうぞ」

 

 婆ちゃんの言葉。

 顔を持ち上げる。

 祖母は、笑っていた。

 まるで兄のように。

 

 

「離れてても、まったく別人になっとっても、ユキは生きとーやろ。私らにとってはな、それで十分なんよ」

 

 

「…………」

 

 喉の奥が詰まって、言葉が出てこない。

 

「……それ、マジ?」

 

「マジもマジ、大マジよ。

 ──答えは出たみたいやね」

 

 握りしめたメモ。

 祖母を見返すオレの視点は、さっきよりも明らかに低い。

 

「──うん」

 

 これがオレの答え。

 

 オレの心が、そう許しを求めて。

 それを婆ちゃんという形で正当化したのだとしても。

 それでも、いや、そうだというのなら──

 

 ──オレの心は最初から決まっていた。

 

 

 

 

 

 

「──……ユキ。その姿は」

 

「父さん」

 

 声はまるで、年若い女子のようなものになっていた。

 いや、実際にそうなっているのだ。

 オレの姿は、もう伊野幸人のものじゃない。

 五条祈のそれだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに無言で、間ができる。

 

「……最後に」

 

 父は言った。

 

「みんなで食事をしないか」

 

「……うん」

 

 そう言って、リビングに向かう。

 そこにはもう全員が揃っていた。

 まるでこうなることを予期していたかのようだ。

 いや、祖母がすでに伝えていたのだろう。

 祖父の姿だってある。

 

 母はどこか淋しげに、それでも口元に笑みをたたえ。

 兄は軽薄な笑みを崩さずに。

 祖母と祖父は、既に必要なことは言い終えたというふうな顔で。

 妹は、何がなんだかわからないような顔で。

 

 弟は、涙を貯めてこちらを睨んでいた。

 

 そしてオレと父が席につく。

 

 テーブルには、既に料理が置かれていた。

 皿の準備も、箸の準備もばっちりだ。

 

 オレの皿には、コンビニの景品で当てたマスコットキャラクターの皿。

 これに関しては母と、そして妹だけ固定の皿がある。

 

 箸だってそうだ。

 大量に買えて安いものではなく、オレの箸はキャラクターのプリントがある以外はやけに立派な、黒いもの。

 

 家の思い出を数えれば、それこそいくらでもある。

 きっとそのぶんだけ、未練もある。

 

「ユキ」

 

「ん?」

 

 兄に声をかけられた。

 生姜焼きを皿に引っ張ってきたオレは、動作を止める。

 

「オマエは今、幸せか?」

 

「……」

 

 ──今の生活。

 五条悟がいる生活。

 基本的に呪力の特訓をして、いろいろと試行錯誤したり考察して。

 家の用事なんかもして。

 同居人の身勝手さに腹が立つこともあるけれど、それも含めて楽しんでいた自分がいた。

 

「うん」

 

「それならいいや」

 

 と、兄は笑った。

 笑顔だった。

 

 オレが兄貴と会える季節は、長期休みのときのみ。

 だけど、行こうと思えば会える距離だ。

 

 あのときああしていれば。

 後悔はいつだって残る。

 今更しても遅いと思っていても、それはやまない。

 

 だから、思い出はちゃんと手に持とう。

 二度と戻れないけど、思い返すように、本のページをめくるように、一つ一つ数えれるように。

 

 大丈夫。ちゃんとできる。

 だって、この味も、記憶の中だというのに鮮明だ。

 

「……ねぇ、ユキ」

 

 今度は母親の声だ。

 

「結局オマエの口からさー。何をやりたいのか聞いてねーぞ」

 

「……それ、言葉にしようとすると恥ずかしいな」

 

「やっぱそんな美少女なってんだし、お嫁さんとか?」

 

「違うわボケ」

 

 成り行きでそうなりはしたけれど。

 

 オレのやりたいこと。

 オレの夢。

 

 それは、きっと。

 

「そうだなー……強いていうなら、オレはヒーローの仲間になりたい」

 

「へぇ?」

 

 にまにまと笑う母親。

 

「いくらすごいヒーローでも、背負うものが多いと潰れるらしいからな。だから、それを持つ手伝いをするヤツ」

 

「いいじゃん。応援してるよ。──そしてそのヒーローは、もう見つけたんだね?」

 

「……まぁな」

 

「そっかそっか」

 

 誤魔化した言葉の中に、照れて言えないようなことがあったのだろう。

 母親にしては雑な返しだ。

 けれど、むしろそれが心地よかった。

 

「兄貴」

 

「……どした? 洞爺」

 

「……オレじゃ、駄目なのかよ」

 

「…………」

 

「オレ……絶対にヒーローになってみせるから……それじゃ駄目なのかよ」

 

「……なってほしくないなぁ、オレは。

 どんなに強いやつでも、助けれない命があるんだぜ」

 

 そうだ。

 五条悟は全員の命を助けれたわけじゃない。

 最強であっても、どうしようもない事態はある。

 

「明日」

 

 震えた声がする。

 

「明日じゃ、駄目なのかよ……モンハンも、ポケモンも、まだまだ全然遊んでないじゃんか……」

 

「……ごめん」

 

「約束したじゃんか、いなくならないって」

 

「ごめん」

 

「ごめんじゃねぇよ」

 

「……ごめん」

 

 弟を抱きとめた。

 いつの間にか大きくなっている体は、今のオレの体より少し小さい程度。

 小さなぬくもりが、オレに伝わってくる。

 

 小さな雨が降る。

 それがオレを濡らしたけれど、嫌な気持ちにはならなかった。

 

 

 手元にあるものは、全部食べ終わっている。

 そして、皿の上のものも既に捌けた。

 ──時間だ。

 

 

「……どこに向かうんだい?」

 

 父親の声。

 

「東京」

 

「駅まで送るよ」

 

「わかった」

 

 立ち上がって、玄関のほうに歩き出す。

 後ろの嗚咽は振り切った。玄関で、靴を履く。

 

 祖母が背中を叩いた。

 

 振り返ると、祖父が頭を撫でた。

 溢れそうになる何かを、ごまかすように深呼吸。

 

「おにーちゃん、行っちゃうんだ」

 

 妹が出てきた。

 手を伸ばして、頭を撫でると、まるで猫のように目を細める。

 自慢の妹だ。

 

「──いってきます」

 

 そして、もう戻ることはないだろう。

 父親が扉を開けて、そのあとをついて体を家から引き離した。

 

「いってらっしゃい」

 

 父親以外の、全員の声。

 伊野幸人との、別れの声がした。

 

 

 

「……ユキ」

 

「……どしたの、父さん」

 

「僕たちのことは、忘れていい」

 

 ──歩きながらの会話。

 

「なんでそんなこと言うんだよ」

 

「『伊野幸人』である時間は、僕たちの前だけだ。

 これから先、君は『五条祈』として生きていく」

 

「それは、そうだけど。でもみんなのことを忘れるなんて、そんなことはありえねぇよ」

 

「でも、二度と会えないんだ。そして遺せるものもない。

 『五条祈』の家族は僕たちじゃない。だからこそ──君はこれから、新しい家族のことを知るべきだと思う」

 

「……オレの家族は、もう決まってるんだわ」

 

 伊野幸人として生きてきた人生が、オレを形作っている。

 そして、五条祈として生活した期間というのは一年ほど。

 

 だから、オレの家族は、この伊野一家と。

 それから──。

 

「忘れないし、向こうの家族だって好きでいる」

 

 五条悟。

 オレにとって、唯一の『五条祈』としての家族。

 

「悪いとこばっかあげちゃうけど、いいとこだって10個余裕で挙げれるんだ」

 

「……そっか。──あーあ、会いたかったなぁ、ユキの好きな人」

 

「な、なななっっ別に好きとかそんなんじゃないんだけど!?」

 

 そもそもオレは男だ。

 何いってんだ。と、そういう話をしていたら、駅についた。

 

「──じゃあ、いよいよさよならだ」

 

 到着した電車に乗って、手を振る。

 父親は、いつもと変わらない優しげな笑みを貼り付けていた。

 

「元気でな。長生きしてくれ」

 

「それはこっちだって同じさ」

 

 扉が閉まる。

 その、最中。

 

 

「──生まれてきてくれて、ありがとう、ユキ。

 君と()()暮らせたこの日々は、こんな幸せは──」

 

 

 その先は、なんと言ったのか。

 

 閉まる扉。最後の最後で戻りかけた体が、阻まれる。

 そのまま、誰も乗客のいない電車の床に崩れ落ちた。

 

 そして電車は走り出す。

 父の姿を遠くに置き去りにして。

 ずーっと手を振っていた父は、その姿が見えなくなる間際、その袖で何かを拭っていた。

 

「…………」

 

 また、と言ったか。

 

 それはオレの都合のいい幻想かもしれない。

 オレが、ただそうであってほしいと思った結果かもしれない。

 それでも、それでもだ。

 

「……父さん……みんな……」

 

 ぽつり、と、雨が降った。

 それが座席のシートに落ちて、目の前が見えなくなった。

 

 これでお別れだ。

 

 ──そう。

 本来、死人は話すことはできない。

 だから、生者とこうして、話し合うことはできやしないのだ。

 

 けれど、オレは。

 

 ぽつり、ぽつりと雨が降る。

 

 

 大事な思い出は、全部オレが抱えている。

 だから、大丈夫だ。

 

 電車は進む。

 戻ることはない。

 駅から発つのは、死人だけ。

 

 

 

 

 もう行き慣れたスーパーには、いつもの店員さんはいなかった。

 そのまま歩いていって、高専へと向かう。

 慣れた道。

 既に、何度も通った道。

 

 そして、たどり着いた。

 東京都立呪術高専学校。

 

 いつもどおりのルートを歩いて、彼の部屋へと向かっていく。

 

「──アレ? 伏黒、あれ誰かわかるか?」

 

「いや、見たことない。五条家の人かもな。

 高専結界が働いてないってことは関係者なことには間違いないだろ」

 

「え、五条先生の親戚!? マジ!? 俺ちょっと行ってくる!」

 

「あっ、おい……!」

 

 そんな声が聞こえてきて、その方向を見る。

 今の高専生みたいだった。

 

「ちわー! なんて名前っすか!」

 

「えーと、君は?」

 

「俺、虎杖悠二っていいます! こっちは伏黒恵!」

 

「……こんちわ」

 

「おー、こんにちわ。オレは──」

 

 オレの名前は。

 

「五条祈です。ところで質問ですが、五条悟はどちらに?」

 

「あー、どこだろ! 伏黒わかる?」

 

「任務に出てるわけじゃないので、……そうですね。ひょっとしたら医務室のほうにいるかもしれません」

 

「おー、ありがとうございます。それでは!」

 

 家入さんのところか。

 それならばわかる。

 

 走る。

 手にはメモ帳。

 そして廊下を駆けて、

 

「──ふぎゃっ!」

 

「ん?」

 

 横合いから出てきた相手と激突した。

 

「あれ、君──」

 

「いた! 喰らえばかやろー!!」

 

 いやがった、五条悟だ。

 

 見たときから、ずーっと決めていた。

 このメモ帳は、きっちり顔面にぶちかましてやると。

 

「ん、これは」

 

 しかし無限に阻まれ、手に持っていたものがびたりと固定される。

 それを手にとって開いたヤツは、「ふっ」と吹き出した。

 

 

 

 

「──いたっ」

 

 叩きつけたのは顔面だ。

 ばしん、と手に持っていたメモ。その中身は、夢の中で知っている。

 

「あっはは、読んでたのかい?」

 

「……夢の中で」

 

「ふぅん?」

 

 といいつつ、内容が違っていたらあれなので開いて自分で一度確認しておく。

 

 そして、もう一度悟の顔面に叩きつけた。

 

「いてっ」

 

「もー! もー! 死地に赴く嫁に渡すのがそれか!?」

 

「いやー、ごめんごめん。つい出来心でね」

 

 と手を合わせて謝ってくるが、決して許す気はない。

 そもそも女子に渡すものではないだろう。

 

「──おかえり、祈」

 

「……ただいま。悟」

 

 とにかく。

 

 オレは、ようやく現実に戻ってきたのだった。






 次回が最終回です。
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