苦手な方はご注意ください。
タグを見返してもらえるとわかると思います。
「んぎーんぎぎー」
「ほら、がんばれがんばれ。はやくリハビリしないと留年扱いになっちゃうよ?」
「無茶をっ、いうなよ……っ」
呪力で筋力を誤魔化せど、流石に元が弱すぎるとなるとそれを補う呪力が勿体ない。そして呪力による強化はある一定で頭打ちになるので、純粋なフィジカルタイプとの相性が致命的になる。
生活するだけならば十分以上なのだが、しかしせっかく高専一年として受け入れられたのだ。
がんばらないといけない。
現在、十六歳。
そして今年の冬に十七になる。
ということで──オレは、まるまる二年の間を眠っていたのだ。
ちなみに体は成長していない。
世紀の美少女たるオレがこの幼い姿のままでいいのかという思いと今のオレを長く楽しめることに対する喜びがせめぎ合って心が迷子になってしまう。
ともあれ現在筋トレ中。
少しづつ衰弱した体は活力を取り戻しているような、そんな感覚になってくる。
「いやー、強化してもこんなに筋力ないんだね。ウケる」
「何一つウケねぇよ……」
腹筋、五回。
背筋、二回。
腕立て伏せ、ゼロ回。
懸垂、二回。
そして出来上がったのは汗をだらだら流してだらしなくも床に肢体を投げ出した、美しすぎる死体。
体がいかに衰弱しているといっても、ここまでとは思わなかった。
この体はそんなに筋力がなかったらしい。呪力で元の体の調子くらいまでに強化してこれなので、オレのぷにぷにな二の腕の実力が図り知れるというものだ。
はい。
でも前はこんなにひどくなかったのでこれは筋肉が衰弱しているせいだ。
そうに違いない。
いくら呪力で強化しようが、人の筋肉は限界を越えた駆動には厳しいのである。
きっとそういうことだ。
「はー、マジで服びしょびしょ……」
現在の季節は夏。
室温は20度後半だ。
30度に差し掛かろうとしているほどで、この間まで冬を生きていたぶんも相まって、嫌なくらいのあつさに感じる。
寒いよりは全然いいのだが、こうして汗をかくと体に衣服がはりつくのでやっぱり夏も嫌いである。
ということで、汗をびっしょりと吸って気持ちの悪い上服を脱いだ。
覆われていたお腹が外気に晒される。
へそに溜まった汗が、体を丸めるときに押し出され、そして流れていった。
タオルでその汗を拭う。
そこで、悟の視線に気づいた。
「どした?」
「いや、仮にも女子なんだからもっと恥じらい持ちなよ」
「……ふーん?」
にんまり。
「何その顔。言っとくけど、僕は祈に対してそういう感情を抱いてないからね」
「えー? マジで? じゃあこれはどう?」
言いつつ、下着を少しずらした。
そして近づいて、その手を肋骨のあたりに触れさせる。
「これでも?」
「全然、まったく、微塵も、ずぇーんぜん」
「えぇー」
本当に全く性的感情を抱いていないみたいだったので少し拗ねる。
子供か、と思うけども、しかしながらこの体は最強の美少女のもの。
そういうそっけない反応をされるのは少しショックである。
「ガキにしか見えないから、需要と合ってないんだよ」
「ちょっ……やめろー! 腹を撫でるなー!」
脇腹をつんつんと突っつかれる。
これは伊野幸人であるときから苦手だった。
あまりのくすぐったさに、びっくりして体が跳ねる。
「そもそも僕にとって祈は妹みたいなもんだから、そういう目で見ようがないっての」
「え、でも五条家ってオレとオマエの子供に期待してるって……」
「……そのとき考えよっか!」
おいそんなのアリかよ。
いや、まぁ、体外受精とかもどんどん一般的になっていくみたいだけど。
しかしそれならそれで、オレが体を許せる相手なんていうのはきっとコイツくらいなので処女懐胎ということになるのでは……。
この件については今後考えればいいか。
そう思って、オレはぽん、と手を打った。
オレの意識が覚醒したのは、おそらくオレが元から備えていた術式:「反転」の効果によるものだ。
冷静になって考えてみると、自らの死亡が確定した状態で、自らの体の放棄という条件をきっかけに呪力制限を解除して──そして、自分の時間の流れに対して術式をかけたのがきっかけだろう。
本来ならば自分自身を巻き戻すだけの効果であったそれは、自分の肉体を喪失したために魂が過去へと引っ張られた。
けれど、過去の時間軸のオレの体には魂が入っている。なのでそこに収まることはできない。
遡り続ける中、オレが入ることのできた器が──あるいは、オレが望んだ器が、五条祈だった。
あの渋谷内で、非術士だったオレが術式に目覚め、そして一体なんの偶然か呪力を扱え、無自覚ながらその術式を扱うことができたことによる奇跡。
まるで冗談のように出来すぎて、物語のような奇跡で、見ているこちらが末恐ろしくなるような、そんなもの。
そしてその術式は今の今までオレの中で眠っていた。
それが、記憶をたどることにより、いよいよ明らかになって。
この現実を選んだときに、オレは再び術式を呼び起こしたのだろう。
そうして覚醒した「反転」の術式は──なんというか、ガチャで言うならばSSRのようなレベルの、インチキ術式だったのだ。
「──領域展開」
途端、呪力が体からごっそりと消えるような感覚。
けれどオレは呪力量だけが取り柄なので、ゴリ押しで「反転」も回しながら展開を続ける。
二つの術式を同時に使うのは、虚式「茈」を使っているうちに慣れた。
──そして、呆けて動けない特級呪霊を「茈」が葬り去る。
領域が解除されて、ため息を一つ。
そしてなんとはなしに呟いた。
「やっちゃってるなぁ、これ」
Q.術式ガチャSSRに術式ガチャSSRを重ねるとどうなる?
A.ぶっ壊れ。
つまりはそういうことだ。
止める力である無下限呪術はないが、そのかわりに領域展開を安定して出せるようになったのだった。
そしてその状態でも「茈」を使うことは可能。
かくして相手の動きを止めてから確実に葬り去ることのできる最強アタッカー・五条祈ちゃんが誕生したのである。
ちなみにこれでも悟はオレより全然強い。
インチキありのオレより数段強いとかあいつやっぱりなんかおかしいよ。
「──おつかれ、祈」
「疲れた。おぶって」
「え? まだ任務あるけど」
「……は?」
「だって祈、僕には遠く及ばないけど……遠く! 及ばないけど! 特級になったじゃん。
だからほら、任務はたくさんあるんだよ? 休んでる間に溜まったやつが。こんなところで遊んでる暇はないって」
「……まぁ、たしかに、そうだけど。で? 次はどこ?」
「香川」
「遠っ!? 地方の連中に任せとけばいいじゃん!?」
「まぁまぁ。行きは送るから。あ、でも帰りは自分で帰ってきてね」
「……は、はぁ……!?」
ちゃんとそっちのほうの呪霊も祓った。
電車に揺られ、家についたのは大体十一時頃。
あのあとどうにか即日で帰れるものを発見した。
電話したら帰りも迎えにきてくれるのかと思いきや全然そういうことはなかったのでキレそうになりながらようやく高専まで戻ってくる。
「ただいまぁ」
と、部屋に入ったタイミングで、
「おかえりー!!」
と、返事がきた。
「……………………」
漂ってくるいいにおい。
それに惹かれたので、靴を揃えて脱いで、そして部屋に入る。
そこには、大量の料理が置いてあった。
部屋はいろいろと飾り付けをされている。
そこに書かれていた文字を読む──『五条祈復帰祝い』。
テーブルの中心には、大きなプレゼント箱が置かれていた。
「──わぁ……」
「どう? びっくりした? 急いで準備したんだぜ、ほら褒めて」
「すごい。ありがと」
「うおっ、めっちゃ素直」
そりゃあ、オレだっていつもキレているわけではない。
こうしてオレのためにやってくれたことなのだから、それを褒めないでどうするというのだ。
ということで、まずは食べることにした。
手を洗ってきて座る。コップにジュースを注いだら、テーブルの上に準備されているもののどれを取ろうかと視線を回す。
ううむ。ケンタッキーなんてあんまり食べる機会がなかったからすごく新鮮。
こういうジャンキーなものは嫌いじゃない。
祝っているという実感が湧くから。
「──ごちそうさまでした!」
「それじゃ、行こうか。──プレゼントの時間だー!」
「わー!!」
と、いうことでテーブルの上に置いてあった箱が差し出される。
「開けていい?」と視線で問うと、頷かれた。
「あけるよ? いくよ? せーのっ……わひゃぁ──!?」
「……ふ、あははははは! マジで引っかかった!」
「こ、このやろ……! このやろ……!」
「本物はこっちだって、ほら」
本当かなぁ。
ちなみにさっきの箱を開いた瞬間飛び出してきたのは学長の呪骸だ。
かわいいのやらブサイクなのやらと判断に迷うそれが音付きで飛び出してきたら誰だって同じくびっくりすると思う。
そして次の箱が差し出された。
今度は比較的小さめだ。
「大丈夫だよ。流石に二回続けてやるとサムいでしょ?」
「あー、それもそうか」
なら安心だ。
悟はちゃんと「面白い」のセンサーを持っている。
冷めるようなことはしないはず──!
『ちんこ』
「赫」を使ったオレはきっと悪くない。
プレゼント箱に入っていたメモ用紙を破りつつ睨む。
同じことを二回するのはよくない。まったく、もう。
「ごめんごめん、本当はこれ」
と、言って渡されたのは3DSLL。
それとポケモンXにモンハン3G、そしてこの時代だとつい先日発売されたばかりのモンハン4。
「祈、なんだかんだゲーム好きでしょ。時間があるとき一緒にやろうぜ」
「……おー」
大丈夫かな……。
まだ解放してないテンプレ装備とか、うっかり口を滑らせちゃわないかな。
そう思いつつ、それでも。
「えへへ、ありがとう」
五条祈になる前に散々やったゲーム。
これでさっきまでのいたずらが許せてしまうなんて、ひょっとしたらオレはかなりチョロいのかもしれない。
「あ、どうする? せっかくだしお風呂一緒に入る?」
「えー、ロリコン扱いされそうだから嫌」
「ふふ、わかった。さっさとお風呂洗ってくるね」
「ん、よろしく~」
とりあえず、この大量の荷物をテーブルの上に置かせてもらうことにする。
そのあと、のんびりと過ごして──眠り──朝。
目を覚ますと、枕元に手紙があった。
「……んー?」
部屋には気配がない。
時計を見ると、まだ六時だ。
朝にするにはまだ早い。
手紙を読むことにした。
暗いけど、それでも読むことはできた。
「……もー、あいつってばさー」
まったくもって、本当に子供みたいだ。
こうしてじゃないと、気恥ずかしくて明かすことができないこと。
きっと、これが彼の本心なのだろう。
それでいい。それがいい。
そうであってほしかった。
これからきっとオレたちは、忘れてしまう。
大事なものを全部手に持とうとしても、その重さに落としてしまうこともあるだろう。大きすぎて持ちきれないこともあるだろう。
だから、大事なことを一つ一つ、じっくりと噛み砕いてのみこむみたいに。
なるべく多くのだいじなものを、なくさないように、とっておきたいと思う。
それができるのか、できないのか。
結局のところ、そのときになってみなければそれはわからない。
呪術師に悔いのない死はありえない。
オレだって、いつかは後悔の果てに死ぬかもしれない。
けれどどんな生き方をしていたところで後悔はするものだ。
オレはそのことを、よく知っている。
だからそのとき、少しでもよかったと思えるように。
自分は幸せだと胸を張れるように。
オレなりに小吉や中吉を拾い上げていって、時たま大吉なんかが拾えたら──それを大事に、大事にかかえて。
結局のところ、遠い未来に渋谷で起こった事件が発端で始まった、オレと五条悟の奇妙な共同生活は、いつまで続くのか、円満に続くのか、いつ破綻するのかわからないわけで。
それこそちょっとしたボタンのかけちがえのように明日には元通りにならない日常があるのかもしれない。
いくら最強といえども、その心までが最強であるなんてことはない。彼の心が押しつぶされることだって、当然あるだろう。
だからこそ、なるべく長く一緒にいたいと思った。
隣で支えていきたいと思った。
前世の幸せな夢を捨ててまでも、オレが戻ってきた現実が、少しでもよくなりますように。
この暗く澱んだ世界に、一筋の光と我儘を通せますように。
この世界が、オレの家族が、悲劇なんて取っ払ったたくさんの幸せで包まれますように。
そんな、子供が描くような穴だらけで夢だらけのそんなことを祈る。
心の奥底ではそんなことにならないと思っている。
難しい、と、世界は無数の悲劇だらけだ、と、そう知っている。
──それでも、この子供のような想いを現実にできるように、と。オレが今生きるこの現実にとこしえの夢を籠めて、だいじに、だいじに祈っていたい。
これにて完結です。
最後に一つ、この作品について振り返るあとがきを次話に、21時より掲載したいと思います。
最終回までお付き合いいただき、ありがとうございました。