あまり接点のないふたりだが、その実意外な共通点や互いに胸の内に秘めた思いがあった。
なんでこんなことになったんだろう・・・
聖翔音楽学園舞台育成科所属、第99期生、神楽ひかりと石動双葉。
河川敷で黙々と キャッチボールをするふたりの舞台少女は、決して口には出さなかったが内心では同じことを自問自答していた。
遡ること数時間前。。。
折角の日曜日ということで、双葉は自身の愛車であるバイクの整備にいそしんでいた。おまけに今日に限っては香子は真矢から、
「休日に何もしないのはよくありません、追われる者同士トレーニングに励みましょう」
などと訳の分からない理由で半ば強制的に参加、ながれでクロディーヌも加わり、どこかへ行ってしまった。
世話のかかるルームメイトはいないし、これで存分にメンテができると心弾ませながら整備に打ち込めていたが、それでも背中を預けられる相方がいない寂しさが心の中にはあった。
一方、ひかりは部屋で自分の着替えや荷物の整理をさせられていた。整理整頓や片付けは華恋以上に苦手なひかり、今でも部屋はものでいっぱいなのに通販でみつけて衝動買いしてしまったミスターホワイトとクラゲのぬいぐるみが昨晩届き、そのことを知らなかったまひるをカンカンに怒らせてしまった。その結果、要らないものの処分と清掃、自分の洋服の整理と収納を言いつけられた。これでもまひるからしたら大分譲歩した内容であるが、ひかりにとっては膨大な量だ。目の前の状況に絶望しかけていたが、ふと野球の練習にまひるに連れていかれる華恋の言葉をひかりは思い出した。
「ひかりちゃん!片付け終わったらひかりちゃんも一緒に野球やろうね!」
まひるに引っ張られながら投げかけた華恋の言葉を胸に、目の前の難題に取り組みだした。
希望なぞって足を前へ 揺らがないように
時計の針が12時を指す前に双葉はバイクの整備をほぼ終わらせた。香子の世話がなかった分いつもよりだいぶ早くに片が付いた。あとは給油をして今日のやることはおしまいだ。
「そろそろお昼だし、香子が帰ってくる前に給油も済ませておくかな。」
使っていた工具一式をしまい、置いておいたヘルメットを取り出し、バイクを外に出そうとすると、背後から人の気配を感じた。
振り返ると、二人分のグローブとボールを持った神楽ひかりがじっとこちらを見ていた。
「?。なんだ神楽か。お前も出かけるのか?」
「……。」
双葉の問いかけに応じないひかり。彼女がこちらの問いかけに答えないのは特段珍しいことではないと思い、バイクを押して星光館の入り口前に出た。
するとどうだろう、ひかりも双葉の後を追って外に出てきた。
「……。」
しびれを切らした双葉が問い詰める。
「さっきからあたしのこと見てるけど、何の用だよ、神楽。」
「……掃除が終わったから、華恋とまひると一緒に野球をしに行きたいんだけど、
場所が分からなくて……」
「それで、あたしのバイク出して二人のいるところまで連れてってくれってか?」
「……うん。」
「……ハァー。」
思わず大きなため息が出てしまった。バイクを出すこと自体は別に構わない。ただ問題は、頼んでいるのがあの神楽ひかりということだ。
前にも似たようなことがあった。
以前、観たい舞台の劇場が遠くて一人では行けず、双葉にバイクを出してもらい連れて行ってもらったことがあった。それ自体は大した問題ではない、問題だったのは言い出したのが開演まであと30分を切っていた事だった。あの時は本当に焦ったし肝も冷えた。違反スレスレの猛スピードでバイクを飛ばし、開演まで1分を切ったギリギリのところで会場に滑り込むことが出来た。
そんな過去もあり、ひかりのお願いに双葉は素直にイエスとは言えなかった。正直また同じような目に合うのは御免だ。
悩む双葉。しかし。
「……たい焼き。」
「え?」
「ぶんぶく亭のたい焼き!あとでおごれよな!」
「うん…分かった。」
交渉成立。というよりかは双葉が折れたといった方がいいだろう。
受け取った予備のヘルメットを被りひかりはリアシートに乗り、双葉の小さな背中を掴んだ。
前回のような大急ぎでなければ、遠くもない。これくらいだったらまあいいだろう。という見解で了承し、エンジンをかけバイクを走らせた。しかし、依頼人は神楽ひかり。すぐに届けて終われるわけがない。さらに言うと双葉は大事なことを忘れていた。
市街地を走り抜けた先に河川敷が見えてきた。日曜日ということもあり、あたりはそれなりに人で溢れている。駐車場に入りバイクを止めると、ひかりがリアシートから降りた。
「……ありがとう。」
「いいって別に。じゃああたしは行くから、帰りは自分たちの足で帰れよ。」
貸りていたヘルメットを双葉に返し、ひかりは河川敷の方へと走っていった。
これにて一件落着。安堵して再びバイクのエンジンをかけようとしたが、何故かバイクが反応しなかった。おかしいなと思いつつ何回か鍵を刺し直してみたがやはり起動しない。
まさかと思ってタンクの中をのぞいてみると、嫌な予感は的中していた。ガス欠だ。
「しまった!給油しなきゃいけなかったの忘れてた!」
ひかりを連れて行くことに気を取られて、すっかり給油することを忘れていた。
おまけに予備のリザーブタンクも、整備の時に開放したままにしてそのままだったので、文字どおり空っぽになってしまった。
痛恨のミスだった。もはやどうすることもできず、双葉はバイクの前でしゃがみこんでしまった。
自分の詰めの甘さ不甲斐なさに思わず泣きそうになってしまったその時だった。
「……双葉。」
自分を呼ぶ声にハッとする。服の袖でこぼれそうになった涙を強引にふき取り顔を上げ振り返る。
そこには、先ほどここまで連れてきて、河川敷の方へ走って消えていったはずのひかりが、今さっきの自分のように泣き出しそうな顔をして立っていた。
「か、神楽か。なんだよ、華恋たちはどうしたんだ?」
「……居なかった。」
「へ…?」
「華恋とまひるが居なかった。いつもはこの河川敷で練習してるのに、どこを探しても居なかった。」
泣き出しそうな声で事情を説明するひかり。だが双葉も双葉でガス欠のことがありどうすることもできい。
「ほ、他の場所にいるんじゃないのか。どこか検討着く場所とかは…?」
「……分からない。ここ以外で野球はやったことないから。」
「そうか……。」
「二人がいないから、今日はもう寮に戻る。また、乗ってってもいい?」
流れから、ひかりの言い出すことについては何となく予想は出来ていた。
「そうさせてやっても別にいいんだけど、無理だ…。」
こちらの事情を説明すると素直に納得してくれた。だがそれで別に事態が好転するわけではない。行く先も解決手段もない人間が二人になっただけだ。
万事休す。二人はしゃがみこんでしまった。
「……ごめん。」
ひかりが双葉に対し謝る。何に対しての謝罪なのかは言わなかったが、大体察しがつく。
「……別にいいって。」
こんな状況下だからか、双葉もあまり気にはとめなかった。
「……ねえ。」
「どうした…。」
会話の続かず生まれた沈黙を打ち破るようにひかりが双葉に問いかける。
「…キャッチボール、しない…?」
台詞が止まり、舞台は途切れる
時を戻して現在、こうしてふたりはキャッチボールをするに至った。
とは言ったものの、二人の間に会話というものはなかった。同じクラスの仲間でありトップスタァを目指すライバル、特段険悪な関係ではないが、かといって互いの本音を常にさらけ出せるほどの親密な関係でも二人は無かった。
飛んできたボールをグローブでキャッチしては投げ返す。まるで星罪の贖罪のように永遠に繰りかえされていた。
誘われた双葉は勿論、誘い出したひかりでさえ、どうしてこうなったのかよくわかっていなかった。とはいえさすがに我慢の限界が来たのか、双葉がボールを投げ返しながらひかりに問いかけた。
「神楽はさぁ。」
「…なに。」
「…華恋と幼馴染だっていうけど、その、どうなんだよ?」
遠慮がちにひかりに華恋のことを聞く双葉。
「…華恋は、華恋とは……。」
双葉の問いに、ひかりは上手く言葉を紡げずにいた
「華恋とは、いつか舞台で逢おうって、2人で…一緒にスタァになるって約束した。だからロンドンに行った。華恋と一緒にいると、私は華恋に頼り切ってしまう、そうしたら一緒にスタァになんかなれないから。」
無意識に強くボールを投げ返す。重いボールに双葉の手がしびれる。
「けど私は、華恋との約束をキラめきに換えてしまって、挙句失いそうになってしまった。約束を守るため、約束を破って、日本に戻った。だから時々怖くなる、華恋が約束の話をする度に…。」
それはいつもの無口で表情の読めない謎多き舞台少女神楽ひかりなんかではない、ずっと閉じ込めておいた不安を吐き出した、等身大の一人の少女神楽ひかりがいた。
「そういう双葉は、どうなの?」
「どうって?」
「香子のこと。」
「………。」
双葉と違い単刀直入に聞くひかり。双葉もまた言葉に詰まった。
「あたしは…あいつが一緒に来てほしいっていうから、必死に特訓してこの学校に入った。ずっとあいつの世話をしてきた。けどいつまでも追いかけるだけじゃ嫌なんだ。」
返ってきたボールは自然と強く投げ返される。重い球にひかりの手もまたしびれる。
「もう置いて行かれたくない、あいつが約束してくた場所でもその先も、あたしはずっと一緒にいたい。あいつのファンとしてではなく、香子の隣で、同じ目線で、一緒に…。」
いつもとあまりかわらない、強気で男勝りな舞台少女石動双葉の口調だが、その声はどこか震えている、普通の1人の少女石動双葉だった。
本音をボールに込めてぶつけた2人。この思いはお互いの大切な存在に打ち明けるにはまだ辛すぎた。
容姿性格、生まれや境遇にあまり共通点のない二人の女の子。
だが二人とも、心の底から大切な幼馴染がいて、一緒にトップスタァを目指す、眩しいキラめきを持った舞台少女だ。
一緒にスタァになる、一緒にスタァライトすると運命を約束した、
世界で一番キラめくところを一番始めに見せてくれると約束した、
1人だけじゃ見つけられない夢だったから
再びボールをキャッチする音だけが繰り返し河川敷に響き渡る。今度はひかりから投げかけた。
「…多分、似ているんだと思う……。」
「え?何が。」
「……私たち。」
「ハァ?何だよそれ。」
ぶっきらぼうにかえす双葉、だが夕日でよく見えなかったが照れくさそうに笑っており、
ひかりもまた小さく笑っていた。
本音を投げきり気持ちが落ち着いたのか、その後はとりとめのない会話がぽつりぽつりと続いた。
結局陽が沈むまで2人でずっとキャッチボールをしていた。
ガス欠となったバイクは寮までの道のりを2人で押して帰ることにした。気が付けばあたりはすでに真っ暗になっている、夜空の遠く彼方には小さいが星が見えていた。小さな星、夜がそのうち明けてば真昼には消えてしまう、いつもの日常へ戻っていく。
しかしお互いに誰とどんな約束ををしたのか、こんなにも本音を晒けだした、こんなことは初めてだった。
これは、ありえたかもしれなかった
2人の舞台少女が紡ぐ、もう一つの…レビュー
ひかり、さす方へ そびえる一本道