とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 24話『孤独』

  一行は深奥を目指して進む。

 オウルの指示のもと、口や鼻から吸い込まないようにマスクを着用する。

 

「ゴホ、ゴホッ……うう、マスク越しでも酷い臭いだ」

 

 アントは、何度もえづく。彼のヘッドライトが照らすのは、周囲に満ちる白いもや。水分を含んでいるのか、隊員たちの肌の上に纏わりつく。

 

(……これはなんだ?)

 

 隊員たちが、少しずつ進む中でただひとりヴェルダーは白いもやを手に取り、観察していた。蜘蛛の巣のように、やや粘着性があり、植物の繊維のような性質を持つ。

 

 しばらく歩いた際、歩く地面の変化をヴェルダーは逃さない。

 

「……オウル、足元に気をつけろ。瓦礫が散乱している」

 

 先頭にいるオウルへ注意を呼びかけた。彼はヴェルダーの言葉を聞いて、

 

「了解した。しかしこの暗さで良く見えているな」

 

 感心、と言わんばかりな物言い。

 ラビットやアントは頷き、最後尾のルナ・ケイジュは夜目の凄さに頷いた。

 

「これでも一応、最前線で彼女たちと夜戦に臨む人間だ」

 

 ヴェルダーは隊列の後方、メリアの前で大きな声で返事をする。

 ルナ・ケイジュとアントは、共に小首を傾げ、”まるで夜も昼も関係ない言い方”と感じた。

 

「彼女たち? ストレンジ・ヴェルダーさん、それはどういうことですか?」

 

 彼の発言の直後、メリアは口を開く。

 隊員たちの瓦礫を踏む音に負けず、彼女の声は響いた。

 

 しばしの沈黙。

 その後に、ヴェルダーは重い口調で話し出す。

 

(オレ)は元々、提督だ。彼女たちというのは、艦娘たちを指す」

 

「そうだったんですね。でも、なんで特殊部隊への参加を? 軍属の中でも――」

 

 薄暗い暗路を進む中、メリアの純粋な疑問を前にヴェルダーの歩幅は半分に。

 彼のペースが落ちたことを、察知したルナ・ケイジュは訊く。

 

「ヴェルダー殿? なにかありましたか?」

 

 ペースが早かったのか、と心配する素振りも見えた。

 会話に耳を傾けていたオウルは、ヴェルダーの異変に気付く。

 

「ヴェルダー。今は足を止めている場合ではない。足を動かしなさい」

 

 後ろを振り向きざまに、諫めるような口調で言う。

 オウルの装着する、強い光を放つヘッドライトは一瞬だけ不穏な影を照らした。

 

(ん? 今何か――)

 

「そうだな、オウルの言う通りだ。すまない、(オレ)のせいで全体の足を止めるような真似をしてしまった」

 

 ヴェルダーのヘッドライトの位置が僅かに下へ傾く。

 彼の行動に対し、オウルは「分かった」と言い、再び進んでいく。

 

 何か傷つけることを言ってしまったのか、とメリアは落ち込む。しかし後方へ移動したラビットやルナ・ケイジュに励まされていくうちに元気を取り戻す。

 

「彼も色々あるみたい。だから、そんなに気落ちしないで」

 

 これまでの経緯を思い出した上で、メリアを宥める。

 

 一行は瓦礫の散乱する暗路も抜けて、街灯のような明かりが照らす場所へ辿り着く。

 今までとは打って変わり、マスクが不要に感じるほどに清潔な空気に満ちる。 

 

「ここはいったい」

 

 言葉を言い切る前に、白いタイルの床に座り込む。

 オウルは口元のマスクを外し、新鮮な空気を吸い込まんと深呼吸を繰り返す。

 

 ヴェルダー除く、他の隊員たちも同じような行動を繰り返した。

 

(ん? 妙だな、見知った気配がする)

 

 ひとり、ペストマスクを装着したまま感じ取る。

 皆が息を整えているあいだに、彼はスーツの内側からタブレット端末を取りだそうとする。

 だが、後方に立つ、ルナ・ケイジュに一声かけられた。

 

「おや、ヴェルダー殿。まだマスクを外されないのですか?」

 

 油断していたとはいえ、びくり、と大きく肩を震わせた。

 首を斜め四十五度に捻り、姿を見たまま不審な行動は控えるべき、と判断を下す。

 

「随分、進んだと思っていたところだ」

 

 ルナ・ケイジュの言葉に対し、彼はペストマスクの装着部に指を掛け、外す。

 ヴェルダーは首元にペストマスクを掛け、鋭い目つきを向けた。

 

~~

 

 ヴェルダーとルナ・ケイジュのあいだの雰囲気はピリピリとしていた。

 重い空気を割くように、ルナ・ケイジュが「はぁ」と落胆したような溜息を吐く。

 

「ヴェルダー殿。まだメリアの言葉が気になるのですか?」

 

 その言葉に首を横に振る。

 ならば、と不満げにルナ・ケイジュが言いかけた。

 

 しかしヴェルダーが言葉を被せる。

 

「元々、目つきはかなり悪い。別に警戒しているわけでもない」

 

 加えて、「見知らぬ子供にも泣かれる始末だ」そう自虐的に微笑む。

 彼の様子に、ルナ・ケイジュは口元を緩ませる。

 

「なんだ、そうでしたか。私も余計な気を回してすみません」

 

 薄く笑みを作り、謝罪の言葉を前に頭を下げる。

 ルナ・ケイジュの態度にヴェルダーも謝罪をした。

 

~~

 

 二人の様子を見ていた、アントは、

 

(なーんであいつら、互いに一礼し合ってたんだ?)

 

 そう思いつつ、ペットボトルの飲み口を咥える。

 ごく、ごくと少しずつ飲む。

 

 そうしている中で周囲の観察と次の指示を待つ。

 自身の手元を見ながら、アントは一考する。

  

(兎にも角にも。今は休憩時間みたいだから、気を休めておこうか)

 

 空になったペットボトルをリュックサックの中へ。

 足元にリュックサックを置き、その場で立ち上がって軽くストレッチを行う。

 

(とりあえずいつもの、しとこう)

 

 筋や関節を伸ばしていく。

 ベキベキ、ゴキコキ、と音を耳にする。

 体が軽くなる感覚に心地よさを感じていると、

 

「あの、キラーアントさん。少しいいですか?」

 

 不意にメリアから声を掛けられた。

 意識だけ彼女の方へ向ける。

 

「オレに答えられる範囲なら」

 

 ストレッチの最中だが、気にせず返事をする。

 アントの言葉を耳にしてか、遠慮がちにメリアは話し始めた。

 

「キラーアントさんは、家族はいらっしゃいますか?」

 

 彼女の言葉を前に、アントの動きが止まる。彼の脳裏には、地上で見た記憶喪失の姉の姿が鮮明に蘇っていた。

 

「いるよ」

 

 アントの心が小さな棘が刺さった。

 俯いて、ぶっきらぼうに返す。

 

「そうなんですね」

 

 そう言う、背後のメリアの声色が明るさを持つ。

 アントーージークの心には影が差す。

 

 メリアの言葉次第で、酷い言葉を、態度を投げかけてしまう気がしていた。

 ジークは心の内で祈る。家族自慢だけは、やめてくれ、と。

 

 きゅっと目を瞑り、眉間に皺を寄せる。

 しかしメリアの口から語られたのは、もっと惨い内容。

 

「……私には、血の繋がった本当の家族はいません」

 

 ジークは、アントはメリアの方を向いた。

 彼女自身は聖母のような、慈愛の表情で言い放つ。

 

「は、あ?」

 

 目を伏せるその姿は、現実を拒絶しているよう。

 アントはゆっくりと近づく。

 彼女の、メリアの、長い睫毛が見えるくらいにまで。

 

「最年少兵、なんて言われていますが、この部隊で保護されていなければ今頃死んでいたかもしれません」

 

 そう言い切ると同時に、優しく抱きしめる。

 アント自身、言いようのない後悔に襲われていた。

 

「き、急に何を……?」

 

「いいから、黙って抱きしめられてろ」

 

 突拍子もない行動に困惑する彼女に対し、言い聞かせる。

 メリアの心情は察せない。

 

「……」

 

 メリアはアントの背に腕を回し、目を伏せ、口を硬く閉ざす。

 どくん、どくんと弱々しい心音を二人で共有する。

 彼女の、布越しで感じる体温。

 

「大丈夫だ。おまえはここにいる」

 

 小さな声で呟く。

 裡から湧き出す感情を前に、抱きしめる腕が小刻みに震える。

 何故かは分からないが、彼女が消えてしまう錯覚を見た。

 

「私に血の繋がった家族はいません。任務、任務外でも関係なく歳の離れた兄や姉、父母として接することを認められていました」

 

「そうか」

 

 アントは短く相槌を打つ。

 しばらく抱き締め合う二人だが、腕を放す。

 

「この先で戦っている家族を助ける為にも……改めてお願いします」

 

 メリアは深々と頭を下げる。

 彼女の態度、真剣な言葉を通して妹の存在が重なる。

 

 昔日の情景が蘇る。

 すっと引いていく情景の中でアントは口元を綻ばせた。

 

「――……もちろんだ」

 

 彼は無意識でメリアの頭を、優しい手つきで撫でる。

 

「ありがとうございます」

 

 拒絶することなく、受け入れる。

 アントの胸の内は、後悔で波立っていた。

 

(よし、決めたぞ)

 

 この作戦が終わったら、メリアを両親へ紹介してもいいかもしれない。

 そう固く強く決心をした。

 ついでに、記憶喪失な姉、メリアと共に家族団欒を夢見た。

 

「メリア」

 

 アントは彼女の瞳をまじまじと見つめる。

 いつになく真剣な表情に退きかけた、そのとき。

 

「二人とも~! そろそろ進むからな~! 話し合いもほどほどにしておけよ」

 

 オウルから号令がかかる。メリアがアントへ聞き返す前に、彼は反射的な返事を返した。

 

「休憩も終わりみたいだ。また後で紹介したい人たちがいるから、連絡先を交換しよう」

 

 そう言い切り、アントは足元のリュックサックを手に取る。

 メリアは呆けた表情のまま、彼に腕を掴まれ、オウルの元へ二人で駆けていく。

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