地下 中枢深奥部にて。
白く広い空間の中で、繰り広げられる死闘。
ルナ・ケイジュとメリアの二人、そして特殊部隊の四人が戦場へ加わる。彼の鼓舞を聞いた者共は、最後の力を振るい、人魚を撃破していく。
「は、思ったよりも――こいつら硬くねえなッ!!」
アントは使い慣れた二対の植木挟を扱い、豆腐を切るように、人魚を倒す。切り刻まれた肉塊はぐちゃ、と水っぽい音を鳴らしながら崩れる。
「は、はは! なんで、オレはこんなやつらに日和ってたんだかなあ!?」
そう自身の汗と青い血に塗れた身体で、力強く絶叫をした。
しかし彼の声など、戦場の中ではどんな音よりも小さい。
「オラッ! テメェらは産まれた価値なんてない、ただの生ごみだ!」
絶命した人魚を思い切り踏みつけた。
ビシャっと噴き出た青い血が、アントの身体を濡らす。今までのうっ憤を晴らすように、執拗に何度も踏みつける。
体液が皮膚を柔らかくしてからの、強い衝撃。
興奮冷めやらぬ表情を証拠に、アントの靴底は、臓腑と肉片が混ざり合っていた。
「あは、ハハハハ!! き、きゃはははっ」
近寄る人魚を片っ端から殺していく。
(これは正義の行い。醜悪な化け物を倒して、悪を断罪する)
殺す毎に人魚の断末魔と彼の嘲笑が周囲に響く。
メリアはアントの精神が、狂気に汚染されていくのを間近で耳にしていた。
(キラーアントさんがこのままだと危ないっ)
しかし彼女は、足踏みをする思いに駆られる。
ほぼ無限に襲い来る、この状況下で下手に仲間をフォローする行いは危険行為。
(お願い、キラーアントさん! もう少しだけ待っていてください)
汚い嘲笑を何度も耳にする度、メリアの心は揺らぐ。
それでもアントを信頼しているため、彼女は目の前の事に集中する。
アントは人魚と接戦を繰り返す。
植木挟の柄を力強く握り、肉に深く差し込むと、ただ斬り飛ばした。
時には、骨も断つ。頭蓋骨も砕く。
乱暴な捌き方ではあるが、意外にも有効打でもあった。
「莉イ髢薙↓菴輔r縺吶k?」
「莉雁勧縺代※繧?k縺九i縺ェ」
その数分後、彼は複数の人魚に囲まれる。
アントの目元以外は、人魚の青い血に塗れていた。彼の纏う臭いも血とラベンダーの香りが鼻先にこびりつく。
「スンスン……なんで、ラベンダーの匂いがすんだ? ここには、誰も消臭剤なんてもちこんじゃいないだろう」
鼻の近くに肩を寄せ、不思議そうに呟く。
「莉翫′繝√Ε繝ウ繧ケ縺?」
その奇声を皮切りに、人魚は一斉に行動を開始する。
ぬめっと床を這うのを目尻に捉えた、アントの意識は再び戦闘の中に沈みゆく。
~~
火薬と煙の臭いが空間を満たしつつある。その中で、オウルとラビットは共闘して先行部隊の救助を行う。
「――大丈夫?!」
「は、はい。ありがとうございます」
「オウル! こっちの隊員は意識あり! よく持ちこたえた!」
ラビットが怪我をしている先行部隊の隊員に手を差し伸べる。胡坐の体勢で、隊員は彼女の手を掴む。
ぐ、と力を込めて立ち上がろうにもうまくいかない。同じようにラビットもしゃがみ、隊員の背を摩ってやる。
「すみません……このまま死んじゃうんだと思いました」
彼は涙目になり、鼻をずびずび鳴らして俯く。
だが、ラビットは彼の背を力強く叩き、励ます。
「安心しな! ここには私の仲間も、あなたの隊長もいる。それに証拠品も入手したんでしょ? なら、もう怖いことなしよ」
彼女は元気づけるように、口角を上げて笑う。
そんな表情を前に、隊員は立ち上がる。
「ハイラビット……ありがとうございます」
「もういいのかい? この先は――」
ラビットなりの、最後の確認。
全員が生きて地上へ帰るには、もう泣き言など言えないから。
「はい。俺はもう弱音は吐きません」
隊員の表情は、数分前とは違い、瞳の奥に確かなものを宿す。
ラビットは何度も頷き、
「扉の方にヴェルダーっていう、青い髪のやつがいる。一応彼が、最終防衛ラインを築いてくれているから、そこまで死ぬんじゃないよ」
強く言い聞かせて、背中を軽く押す。
続けて、
「足を止めるな、止めたら死と思え!」
先行部隊の隊員にもそうだが、付近にいる者へも呼びかける。
呼びかけ通りに隊員は一本の刀を持ったまま戦火の中へ投じていく。
「いっちまったか……」
休憩を挟んだとて、これだけの長丁場。
長年、任務に携わってきた人間でも苦行を感じる。
今の隊員で数人目。応急処置に、戦闘を重ねたラビットは目が眩む思いをしていた。
「っとナイスフォロー、オウル」
ぐらり、と倒れかけた彼女の身体をオウルが支える。彼の傍では、神経麻痺毒を患部に叩き込まれ、動きを鈍らせている人魚が目立つ。
「……ラビットもヴェルダーのいる最終防衛ラインまで下がれ。これは隊長命令だ」
戦場の音に耳を傾けつつ、彼女に命令を下す。
いつ終わるか、目途が立たないこの戦況で最愛の人を失いたくない。
今だけはオウルではなく、
(脈が弱い。それに顔色だって悪い。こんな状態じゃ、生きて帰ることはできない)
ラビット――和子の状態を詳しく見て、思案する。
「わた、しはまだやれるから」
そうは言うが、強がりだとすぐ見抜く。
しかし、突然武田の背に冷やっこい物が当てられ、身を震わせた。
「うっ! な、なんだ――」
青い顔をして、周囲を見渡したそのとき。
「オウル、危ないッ!!」
間一髪のところでルナ・ケイジュが魔の手から二人をカバーした。一瞬で武田はオウルへと意識を切り替える。
「危ないところ、助けて頂き感謝するッ!」
「そんなことはどうでもいい! お互い様だ!」
と、一蹴。
三人へ迫る人魚を片しつつ、
「オウル、単刀直入に聞く。もしや、ラビットの様子がおかしいのか!?」
心配そうに叫ぶ。
ラビットが、不安げにオウルの腕を当て、
「まだ私はやれるわ」
ぎゅ、とか細い指で精いっぱい掴む。
オウルは恐怖に震える彼女の頬に、手を添える。
顔のパーツを中心に集めるくらいに、目を瞑り葛藤した。
急にパチっと開き、
「ケイジュ殿! 申し訳ない! わしはいったんラビットをヴェルダーの元へ連れて行く」
そうやって言いながら、ラビットを背に抱える。そして扉の元まで一直線に、人魚を蹴散らしながら進んでいった。
~~
小さくなる彼らの背を見つめたまま、ルナ・ケイジュは緑色の短剣を二対、構える。
「あちゃ~……そうくるか?」
彼の前には人魚が三体。連戦続きの彼にとっては、少し手の余る相手。
耳を貫く爆音。肌を焼く熱風。
その中で、たらり、と垂れる汗がイヤに冷たい。
『ザザッ ジジッ』
トランシーバーから異音が生じ始める。
一番近くの音に、耳を傾けたとき。
『全員、今すぐしゃがめ!』
ひどく掠れたヴェルダーの指示が入る。
しかしその声色は切羽詰まっており、危機を感じて咄嗟にしゃがむ。
ブォォ――……ン
船の汽笛のような音が頭上を通過していく。
ただ、それだけ。
「なんなんだ、いったい……?」
突然の指示にもやもやしつつ、立ち上がる。
周囲は静寂に包まれ、人魚たちは動かない。
「ケイジュさん、大丈夫ですか!?」
「ケイジュ隊長! 私も手伝いに来ました!」
そんな中前方で戦っていた二人の参加。
ルナ・ケイジュは戦況の変化に頭が追いつかない。
「おまえたち……ぐぅ!?」
ズキ、ズキと痛む頭を押さえて、目を凝らす。
血と煤に塗れたメリア、その隣のアントは左頬を腫らし、青い血に汚れていた。
「ケイジュ隊長、大丈夫ですか!?」
頭を押さえ、よろける様子にメリアは心配そうな悲鳴をあげた。
彼女は武器を放り投げて駆け寄る。
今にも倒れそうな、ルナ・ケイジュをメリアが抱きしめるように、支えた。
アントは二人の様子を見て、気恥ずかしそうに鼻を擦る。
「情けないぜ、ほんとうによお」
「――ああ。本当にな」
ザシュッ
「は、え? ケイジュ、たいちょう……?」
自らをあざけるような、低く冷たい声。
同時にメリアは腹部から赤い血を垂れ流し、横側へズレて落ちた。
「ふ、ふ」
ルナ・ケイジュはメリアを見下ろして、小刻みに震える。二人からすれば、それは笑いを必死に堪えているように聞こえた。
血に酔う感覚をも超えるほど、怒りで気が狂いかけていた。
今までで一番激昂しているかもしれない、と胸に秘める。
「お、おい! テメェ、何してんだ!!!!」
そんな彼をひょい、と躱す。
トッ、トッ――今までの怪我などなかったとでも言うように、軽やかな足取りで距離を取る。
「はぁ、はぁ……アント、さん。気をつけ、て」
メリアの視界は霞み、ぼやける。片耳は完全に遮音しており、近くに見えるアントの怒号が、まるで遠くで発生しているように聞こえていた。
ルナ・ケイジュは腕を大きく広げ、宣言するように叫ぶ。
「――以上が、私がミライ様へ贈る作品です。ご満足いただけましたか?」
彼が言い終えると、周囲からは無数の拍手が聞こえる。しかし見渡せど観客席のようなものは一切、存在しない。ならば、どこから聞こえるのか。それと、この悪趣味な茶番は何なのか。
「ぐ、うう……拍手の音が、うるせえ」
アントの思考は絡まった糸のように、纏まらない。
「あー、あー……マイクテスト」
前方の壁が、ゆっくりと上昇していく。
その奥は全面ガラス張りの観戦席が見え、そこに表情こそ見えないが何人か、見えた。
観戦席の更に上。
巨大なスクリーンには、足を組んで座る者の影が映し出された。
「うう~ん……いい物語、とは言い難い。しかし大丈夫そうだね、ケイジュ君。君の事だ、もうひと手間加えるのだろう?」
何を言っているのか、理解できない。
アントの考えをよそに、ルナ・ケイジュは元気よく返事をした。
彼は懐から、黒いピストルを取りだす。
手慣れた動作で、躊躇いなくメリアの胴体に数発の弾丸を打ち込んだ。
「がッ……あ」
アントが手を伸ばす前にメリアの肉体は血の池に沈んでいく。
目の前で潰えた夢を前に、彼は喉を枯らす。