ーバハルス帝国首都ー
「あ、ドールさん、こんにちは!」
並んでいた前の者が手続きを終えていなくなったので前に出ると、受付のタリアが挨拶をしてくる。
ここは冒険者ギルド、現在はギルドで依頼を受けている。
「ああ」
軽く返事を返す。
「最近はギルドに来ませんでしたね?」
いつも通り私が依頼書を持っていないので手頃な依頼を準備しながらタリアが話し掛けてくる。
「少し調べ物を」
ドラゴンがいるらしいという山脈に行っていたが軽く探しただけでは見つからなかった。この世界のドラゴンを見ておきたかったが次の機会にしておこう。
「私の方で用意したのはこのような依頼ですけど、受けたいものはありますか?」
7、8枚の依頼書の束を渡されたので受けとって確認する。一枚一枚依頼書を確認していると
「そういえばドールさんはパーティーを組まないんですか?」
依頼書から顔を上げタリアに視線を向ける。
パーティーを組むメリットがそもそも無い。オートマタを使っている以上、正体がバレると厄介なことになるし、負ける相手はそういない。例えば死んだとしても、それは人形の身体が壊れるだけで実害は無いと言っていいだろう。そう考えるとやはりソロが都合がいいのだ。
「ドールさんは実力も確かですし、ソロでも問題ないかもしれませんが依頼によってはやはり限界なものもあります。それにどんな実力者でも、不測の事態が起きて死んでしまうのは冒険者でよくある事で、ソロでの生存率が他と比べて恐ろしく低くなります」
どうやらいつもソロで依頼を受けている自分を心配してくれているようだ。ならば一度くらいパーティーを組んでもいいかもしれない、頑なにソロに拘ると変な詮索をされる恐れもある。
「それにパーティーを組んで仲間の立ち回りに合わせて動く、というのは冒険者をしていく上で必要になる事が多いスキルです。経験しておいて損は無いですよ」
「そうだな、考えておこう」
「っと、少し差し出がましい事を言ってしまいましたね」
タリアは、私の返事を聞いてハッとした後、少し苦笑いしながら答えた。
「いやそんな事はない。心配して貰えるのは素直に嬉しい」
「いえそんな、これも仕事のうちですし」
そんな話をしながら依頼書を確認していると、その一枚に目が止まる。
「王国までの護衛依頼?」
「ん?ああそれですか、リ・エスティーゼ王国までの護衛依頼ですね。商人の方の依頼で、モンスターからの護衛が主な仕事になります。」
「モンスター?」
依頼書を覗き込んできたタリアが依頼を説明する。
「はい、その商人の方が使う道は魔狼が多く生息していまして、最初にドールさんが倒した魔狼より大きい個体が多く、護衛無しでは危険な道なんです。勿論盗賊などからの護衛も兼ねていると思いますが」
「ソロでも問題ないのか?」
「いえ、そちらの依頼は既に3人組のパーティーの方達が受けていまして、5人まで受けられるので依頼日まで張り出されているんです。もし受けるのであれば先に受けたパーティーとの合同依頼となります」
「………」
少し考え込む、先ほど話していた矢先の合同依頼。
「やはり、他の人と組むのは気が進まないですか?」
彼女なりの善意で依頼を勧めた為か、沈黙する私に心配そうに声を掛ける。
今回だけの合同依頼だ。このまま組み続ける訳でもないし別にいいだろう。それに王国に行くのは都合がいい、冒険者としてだが少しでもこの目で見ておきたかった。
「いや受けよう、せっかくだしな」
「あ、はい!分かりました。ではこちらの依頼ですね」
タリアは安心したような笑顔になり依頼の手続きを進める。
今日は久しぶりにドールさんの顔を見た気がする。と言っても顔は相変わらず隠しているので、見たと言うのは正確ではないかもしれない。ここ数日の間ギルドに顔を出していないだけなので、久しぶりと言うのは違うと思うが、私にとってはそう感じたのだから仕方ない。
依頼書を持ってきていないので私に任せるという事だろう、それが頼りにされているというか、信頼されているというかとにかく嬉しくなる。依頼は毎日更新される為その日の朝、早ければ昼には貼り直される。
更新される依頼を確認していると、これだったらドールさんにちょうどいい、これは是非勧めたいな、など幾つか目に止まる依頼書をついついまとめてしまう。ちょっと贔屓しているのは自覚があるがこれくらいは許してほしい。勿論他の冒険者が受ける場合もあるので冒険者が受けると言えばそれが優先されるのは当たり前だ。
同僚からは変な冒険者にご執心だとからかわれたりもした。確かに姿格好は怪しいがそこまで変ではない、と思うのは私がドールさんを比較的知っているからだろうか。それでも最近はギルド内でもドールさんに不審な視線を送る人は最初に比べればだいぶ減ったと感じる、いやただ単に慣れただけかもしれない。
そんなドールさんだが彼女はパーティーを組まない。新人の人でも、よくパーティーを吟味して入りたいパーティーに接触する、なんてできる新人もいるが、大抵は偶々声を掛けられたところや合同の依頼を受けたりして、親しくなったところに入るのがほとんど、あとは新人同士で組んだりするのも多い。
彼女の場合は意図してソロで活動しているのだろう。実力に問題はない、既にベテランと呼べる実力者だ。討伐依頼を終えて帰ってきた彼女の服には傷どころか目立った汚れすらない、まだまだ依頼難易度に対して余裕があるのだろう。
そもそもベテランと新人の違いは何か、と問われればそれは経験の差だろう。才能というものもあるが、それは一部の突出した者だけでほとんどは経験の積み重ね。特に冒険者は騎士団などと違って対モンスターが主であるため、実戦で起きた想定外が多過ぎる。故に経験がものを言うのだ。そんな経験豊富なベテランですら危ういのが冒険者稼業、その中でもソロとなれば危険度は跳ね上がる。
私としては何処のパーティーに入って貰いたい。ドールさんの実力を疑うわけではないが、何かあったら会えなくなるかも、と思うと怖い。事実この仕事をしていて帰って来なくなった人のプレートだけ戻ってくるなど珍しくない。
そんな訳で今回の依頼に少し合同依頼を紛れ込ませた。正直余計なお節介だと言うのも理解している。それでもパーティーを組むきっかけになればと勧めてみたら、少し躊躇したもののそのまま受けてくれた。ドールさんからすれば私のお節介と言う事はわかった筈だがそれでも受けようと言ってくれた。
私に気を使ってくれたのか分からないが、何だかんだ彼女は優しいと思う。そんな人だからやはりどんな依頼からも無事帰ってきてほしい。
護衛依頼当日、早朝と言うほどではないがまだ日が低い時間、私は宿を出ると集合場所である門付近に向かう。
私の他にこの依頼を受けたというパーティーは既に来ているようだ。商人らしき男と話している男が一人、少し離れたところに男女が一人ずつ、3人と聞いていたからおそらくこれで全員だろう。
話し込んでいた男女の女の方が私に気づき声を掛けてくる。
「あ、おはよー」
「ん?誰?」
話し込んでいた男の方も振り返る。
「ドールさんだよー、今日一緒に依頼受ける」
「いや俺知らねえーし、会ったこともないし。ども、クルドって言うんだ、今日はよろしく」
「ドールだ。一応そっちも初対面のはずだが?」
クルドと名乗る男に挨拶しながら、女の方を見る。
「あはは、タリアさんから聞いたんだ、見た目はある意味分かりやすいからね。あ、私はラミカ」
「そういう事か」
どうやらタリアの知り合いらしい。
「うちらのリーダーは向こうだよ」
ラミカはそう言って商人と話している男を指差す。
クルドとラミカの格好を見ると大体の役割が分かる。クルドは背中に弓を背負っており、おそらく後方からの護衛や遠距離からの攻撃が主な役目だろう。ラミカは腰の後ろにさげている盾と片手剣、ラミカがリーダーだと言った男が背中に両手剣を背負ってい事を考えると、2人が前衛という事だろう。
そんな事を考えながら商人とリーダーの男に近づくと近づいてくる私に気づき2人ともこちらを見る。
「何か御用で?」
こちらの格好もあり怪訝な雰囲気はあるものの、それを顔に出さないあたり商人としては流石なのだろう。
「ドールという、今回の依頼を受けた者だ」
「おおっ、そうでしたかこれは失礼しました。いや今回は依頼を受けて頂きありがとうございます」
そんな雰囲気も一転、名乗ると愛想のいい笑顔でお礼を言う。壮年と言うには少し年をとりすぎているがそれでもまだまだ現役といった感じで体格も決して悪くない、おそらく体も鍛えているのだろう。
「まだ依頼を受けただけだ、礼は早い」
「いえいえ私の依頼した道の護衛は不人気らしく中々集まらなかったもので、最悪こちらの『銀の風』の皆様だけで行くことも視野に入れていたので、一人でも多く受けてくださるのは心強い」
「おや、僕達だけでは心細いと?」
そんな話を聞いたリーダーの男が軽い冗談まじりの文句を言う。
「そのような事は、勿論皆様にも感謝しています。金第一の商人ですが命あってですからな、金のかけどころ間違えて死んでは元も子もありますまい」
そんな商人の会話に横槍を入れた男、此方は好青年といった雰囲気でニコニコしながら会話に割り込む、まだ若いのだろうがそこからは若さと言うより冒険者という印象が強い、冒険者という職業が馴染む程の経験を積んでいるのが伺える。
「まあそれは僕達も同じだから分かるけどね。僕はナイル、一応パーティ『銀の風』のリーダーをしている。こっちが商人のルドルグさん、君と僕達の依頼主だよ」
そんな気軽な掛け合いをする間柄から、ただの依頼主と冒険者という訳ではなさそうだ。どうやら彼等とこの商人は少なくない交流があるらしい。
「銀の風の皆様にはもう何度も依頼を受けて頂いていまして、今回もその流れでお願いしました。」
よく聞かれる事なのか、もしくは雰囲気で察したのか、私の疑問に答えてくれる。
「うけていただいて…ね、僕達から言わせれば依頼を出してくれてだけどね、まあお得意様って訳さ。ところで君戦闘スタイルを聞きたいだがいいかな?大まかで構わない」
「盾を使わない近接戦闘が主だ、武器は片手剣。今回の依頼は仕切ってもらって構わない、そちらの指示で動こう」
ナイルはそんな返答に目を丸くする。
「いいのかい?あ、いや、此方としてはとても助かるけど」
「構わないが?」
此方が疑問に思いながら見つめていると、気まずげな表情のまま訳を話し出した。
「あーその、新人だと聞いていたから驚いてね。ほらこんな職業だから新人は大人しく指示に従うなんてあまりいないんだ、なんというか割り切って役割を果たすことがね。一応タリアさんから大丈夫と聞いてはいたんだけど」
「新人なら逆に先輩の言う事には従いそうだが」
「そうだね、正確に言えば慣れてきた新人かな。特に君のような才能のある」
「それは…まあある程度力がつき始めると、そういう事にはなりそうだな。困った前例があったようだな、強力な敵より足を引っ張る味方が怖い、それは分かるな」
「ま、そういう事だね。その点は君でよかった今回の依頼は安心していけそうだ」
少し過剰にも聞こえるがそういう経験があるのだろう、私としても余計ないざこざは起こしたくない。
そこから護衛時の配置や万が一の撤退の優先度などを話し合いバハルス帝国を出発した。
帝国から王国までの道のり、その中でも今回の道は3日ほど掛けて進むらしい。道自体は特に険しいところは無く、一行は歩く程度の速さの荷馬車に合わせて進む。
「へ〜、じゃあ本当になったばかりでシルバーなんだ、すごいね!」
「偶々だ、運が良かったのだろう」
「そんな事言っちゃって、私がシルバーになるのにどれだけ苦労したか」
「ラミカはシルバーなのか?」
「そうだよ、一応もうすぐゴールドになれると思うんだけど。あ、でもナイルはゴールドなんだよ、クルドは私と同じシルバー」
まだ周りが背の低い草原ということもあり、警戒も低めに軽い会話をしながら歩を進める。もっとも、この銀の風と依頼主の関係が大きいだろう。
私の格好への不信感も私が女性でソロという事が大きく、そこまで追求されなかった。パーティーを組んでいる女性はともかく、ソロで活動している女性では、ここまでにないにしろ顔を隠したりするのは珍しくないらしい。
「護衛依頼とはこんなでいいのか?」
「はははっ、確かに普通は良くないですな。でもまあこの辺りは見ての通り見晴らしがいいので、そこまで神経を尖がらせなくても良いのですよ。どちらかと言うと明日ぐらいから差し掛かる森沿いの道が魔狼達のテリトリーでして、そこからが本番でしょうか」
荷馬車の隣を歩きながら商人のルドルグに話し掛ける。聞く話によると、ルドルグ自身も以前は冒険者をしていたそうだ。元々は両親が商人でその後を継ぐより冒険者に魅力を感じ冒険者になったが、結局才能がなく諦めたらしい。今でも体だけは鍛えているところを見ると諦めきれてないのかもしれない。
そんな中カッパー時代の『銀の風』が中々依頼を取れないのを見かねて依頼を出したのが最初らしい。
「自分より才能のある彼等が冒険者を諦めてしまうかもしれないと思うと、もったいなく感じてしまいまして。そうして依頼を頼んでいるうちに、今ではほとんどの依頼を彼等に受けて貰っています。最初こそ失敗なんて有りましたが、今では頼もしい限りですよ。何よりお互いよく知る間柄ですからね、色々な意味で安心です」
その日の移動は長閑なもので、モンスターなどの妨害を受ける事なく進む。歩く道も整備されている訳ではないが、けして荒れ放題と言うほどでもない、進むのに支障は無く順調そのものだ。
距離にして40km程歩いただろうか、陽は傾き始めあたりを赤く染め始めた頃、野宿の準備を始める。
ラミカが食事の準備を始めたので、私も近くを探索し薪になるような枝や木片を集める。ナイルとクルドは小枝と糸と鈴を使った罠を設置している。罠というより簡易的な探知装置で野宿の時は毎回使うらしい。本人曰くないよりはマシ程度らしいがそれでも生存率を高める為なので怠れないそうだ。
「僕達は3人ですからね。必然的に1人で見張りをする事もありますから、出来るだけ負担を減らす為という訳です。魔法を使える仲間がいるとこういう事もいらないんでしょうが」
「魔法ばかりはねー、頑張ってどうにかなるものじゃないし、才能云々だから」
「それより本当にいいんですか?遠慮する必要は無いですよ?」
焚き火を囲んで食事しているとナイルが心配そうに聞いてくる。原因は私が食事を摂らない事だ、勿論摂れるなら摂りたいがなにせこの身体はオートマタ、食事の必要はないし食事を摂ることが出来ない。その為、食事は自分で持っている分で充分だから食事は要らないと伝えてある。相手もこんなことを言われて、はいそうですかと目の前で食事出来るほど無神経ではない為、まあ当然の反応だろう。
「大丈夫だ、体質的に食事はあまり要らないんだ」
「そうですか、食べたくなったら遠慮無く言ってください」
「ああ、ありがとう」
「冒険者する上では結構便利な体質だな」
「確かに、クルドはよく食べるもんね」
「は?ラミカに言われたくねーな」
ラミカが茶化してクルドが反撃する。
「僕から言わせればどっちもどっちですよ」
随分と和んだ空気だが各自が最低限の警戒しているため、いきなり襲撃されてもある程度は対応出来るだろう。メンバーの仲は良好、付き合いやすい人柄、見ていないが腕も確かだろう。そう考えるとタリアは随分と気を回してくれたのだろう、わざわざこんな都合のいい依頼を用意してくれたのだ。
しばらく食事と一時の談笑を交えた後、ルドルグは休む準備、冒険者3人は各々の武器の手入れと点検をしながら見張りの順番や時間を確認する。
見張りは前半と後半に分け後半組は最後に少し仮眠を入れると言うやり方らしい。勿論私は眠る必要はないが、普通の人間が眠らずに済む筈がないため大人しく寝たふりをする予定だ。
「今晩はよろしくね」
私は前半組でラミカと一緒らしい、同じ女性と言うのが理由だろう。普通は寝るには早い時間だが明日も護衛がある以上、からだを休める必要のあるナイルとクルドは早々に横になる。残された私とラミカはぽつぽつと話を交えながら時間が過ぎるのを待つ。
「やっぱり凄いよねー、新人でシルバーって」
「それはさっきも聞いた」
「ふふっ、多分ドールさんはその凄さが分かってないと思うな。これも言ったけど、私がシルバーになるのって結構苦労したんだ。それこそ新人なんて呼ばれてた時は酷かったしね。ルドルグさんが居なかったら今頃冒険者じゃなかったかもしれないしね」
どこか懐かしむような表情でラミカは語る。クルドとは同じ村の幼馴染である事や町でのナイルとの出会い、3人でのパーティー結成、その後の失敗の連続、ルドルグとの出会いなど。今でこそベテランと呼ばれる冒険者だがそこまでの道は失敗と挫折の連続だった。
「今の戦闘スタイルだって見つけるのは苦労したんだよ、最初は私が弓を使ってたんだから」
「私は元からそういう生活を送っていただけだ。昨日今日に剣を握った訳じゃない、そういう意味では新人ではない」
「はははっ、確かにそうかもね。ごめんね新人で早々シルバーって言うからちょっと嫉妬しちゃって」
本人はそう言うが不快感は感じない、中々清々しい笑顔をしている。
「そう言えばタリアさんと仲いいの?」
唐突に別な質問をされた。
「ん?まあ別に悪くない、ギルドではいつも世話になっているしな」
「ここ最近なんだよねタリアさんの機嫌がいいと言うか、楽しみが増えたみたいな感じなの。誰かいい人でも見つかったんじゃないかってちょっと噂になったんだよ、結構男性の冒険者に人気だったから。で、その頃からドールさんに親しげに話しかけるようになったて言うからどーなのかなーって」
「まあちょっとあってな、それから随分と気を回してくれるようになったが」
ただちょっと助けただけだが。
「へー、実はドールさん男だったりー?」
真面目な話から一転、何というかニヤニヤしながら問いただしてくるラミカの言葉を受け流しながら夜は更けていった。